軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第275話:思い出の味と、初めての編集

「「いただきます」」

撮影が終わり、小さなダイニングテーブルに向かい合った俺たちは、同時に手を合わせた。

どんぶりの蓋を開けた瞬間、ふわぁっと立ち上った出汁の甘い香りが、一気に食欲を刺激する。

凛は待ちきれない様子で、割り箸で親子丼を一口すくい、パクリと口に運んだ。

もきゅもきゅと咀嚼した瞬間。

「んん〜〜っ……!」

いつも以上に幸せそうに目を細め、彼女の顔が「ふにゃっ」と崩れた。

「美味しい! 卵が本当にトロトロだし、お肉も柔らかくて……。出汁の味が染み込んでて、最高だよぉ……」

「ははっ、よかった。」

熱々の親子丼を頬張りながら、凛はふと、どこか懐かしむような優しい瞳で俺を見た。

「……ねえ、朝陽くん。覚えてる?」

「ん?」

「私が初めてこの部屋に転がり込んじゃった日。朝陽くんが作ってくれたのも、親子丼だったよね」

あの日のことは、俺もよく覚えている。

栄養失調と過労で倒れそうになっていた『氷の令嬢』に、とにかく消化が良くて温かいものを食べさせなきゃと思って作ったのが、この親子丼だった。

「あの時もすっごく美味しかったけど……今日の方が、もっともっと美味しく感じるよ」

彼女は少しだけ潤んだ瞳で俺を見つめ、えへへ、と照れくさそうに笑った。

あの頃よりもずっと近くで、こうして二人で笑い合いながら食べるご飯。

俺は少しだけ顔を熱くしながら「……たくさん食えよ」と返すのが精一杯だった。

食後。

俺はスマホで撮影した大容量の動画データを、ノートパソコンに移していた。

高画質の動画データはLINEなどのメッセージアプリでは重すぎて送れない。

そのため、大容量のファイルを無料で送れる『ギガビン』というファイル転送サービスを使ってアップロードを行う。

「容量が大きいから、アップロードに少し時間かかるみたいだな」

「そっか。じゃあ、その間に……」

凛の言葉を遮るように、俺は冷蔵庫から買ってきた箱を取り出し、テーブルに置いた。

「作業とカメラマンのお礼。温かい紅茶も淹れるよ」

「えっ! エクレアだ! 買ってきてくれたの!?」

箱を開けると、カスタードと生クリームがたっぷり詰まった、少しだけいいエクレアが顔を出した。

凛は「わぁっ!」と歓声を上げ、さっき親子丼を完食したばかりだというのに、見事な別腹を発揮してエクレアに齧り付いた。

クリームを口の端に少しつけながら幸せそうに笑う彼女を見ていると、本当にいくらでも甘やかしたくなってしまう。

エクレアを食べ終える頃、データのアップロードが完了し、生成されたURLを『A&R作戦会議室✨』のグループLINEに送信した。

数十分後。すぐに翔さんから返信が来た。

翔:『素材確認したよ! 画角も綺麗だし、手元のシズル感もバッチリ! 最初にしてはすごくいい感じ!』

彩音:『うんうん! 親子丼めっちゃ美味しそうだったー! 深夜に見たら飯テロすぎる(笑)』

二人の感想に、俺と凛は顔を見合わせて「よかったぁ」と安堵の息を吐いた。

彩音:『最初から完璧なものは出せないから、まずはこれで十分! 足りない部分は私が編集の力でカバーして面白くするから安心して!』

朝陽:『ありがとうございます。何か、次回に向けての反省点とかありますか?』

翔:『強いて言うなら、カンペを意識しすぎて、朝陽くんの話し方が少し硬かったかな。「画面の向こうの視聴者」じゃなくて、「カメラを持ってる凛ちゃん」に話しかけるつもりでやると、もっと自然で柔らかい雰囲気が出るよ』

なるほど、と俺は深く頷いた。

確かに、初めての撮影ということもあり、台本を間違えずに読むことばかりに意識が向いていた。

俺の料理を一番美味しく食べてくれる目の前の彼女に向けて話す。

そう考えれば、次からはもっと肩の力を抜いてできそうだ。

彩音:『毎食撮るのは朝陽くんも疲れちゃうだろうから、まずは簡単なオススメレシピの時だけ、週に1〜2本くらいのペースで気楽に撮っていこう』

無理のないペース配分まで提案してくれて、二人のサポートには本当に頭が下がる。

彩音:『それじゃあ、今回の素材を使って、朝陽くんに動画編集の基本を教えたいんだけど……次の土日の昼間とか、朝陽くんの部屋に行ってもいいかな?』

そのメッセージを見た瞬間。

俺と凛は、同時にビクッと肩を震わせた。

(――っ! 次の週末は、金曜の夜から日曜までガッツリお泊まりの予定が入ってる……!)

もし俺の部屋に翔さんたちが来たら、凛のお泊まり用の私物があったり、何より『二人がお泊まりしている』という事実がバレてしまうかもしれない。

(どうする!? 予定をずらしてもらうか!?)と俺が焦ってスマホの画面を見つめていると、凛がすかさずグループLINEに返信を打ち込んだ。

凛:『朝陽くんはノートPCなので、私の部屋で教えるのはどうですか? 私も動画編集の作業、見てみたいです!』

彩音:『おっ! 凛ちゃんの部屋か! いいね、お邪魔しまーす!』

翔:『了解! じゃあ土曜日の13時に凛ちゃんの部屋に行くね』

鮮やかな手口で、見事に危機を回避した凛。

彼女はスマホから顔を上げ、「ふぅ」と一息ついてから、悪戯っぽく俺にウインクをした。

これで、来週の土曜日は『俺の部屋でお泊まり』を継続しつつ、昼間だけは『凛の部屋に移動して編集レクチャーを受ける』というスケジュールが完成した。

「……危なかった。心臓止まるかと思ったぞ」

「ふふっ。これで、来週末もずっと一緒にいられるね」

エクレアの甘い余韻と、来たる金曜日へのソワソワとした高揚感。

俺たちの忙しくて最高に幸せな一週間が、こうして本格的に幕を開けたのだった。