作品タイトル不明
第253話:フレンチトーストと、先輩カップル
「よし、いい感じの焼き色だ」
待ちに待った土曜日の朝。
俺はいつもより少しだけ早く起き出し、今日の顔合わせに向けた気合い入れの朝食を作っていた。
昨日の夜から卵と牛乳、そして少し多めの砂糖を合わせた特製卵液に、厚切りの食パンをじっくりと浸しておいた。
それを、たっぷりのバターをひいたフライパンで弱火でじっくりと焼き上げる。
ジュワァァ……という心地よい音とともに、焦がしバターと甘いバニラエッセンスの香りが、キッチンからリビングへと広がっていく。
付け合わせには、フライパンの端でカリカリに焼いたベーコンと、シャキシャキのレタスとトマトのサラダを用意した。
「ん〜……、すっごくいい匂い……」
エプロン姿でフライパンを返していると、寝癖を少しだけつけたパジャマ姿の凛が、目をこすりながらリビングへやってきた。
「おはよう、凛。ちょうど焼けたところだぞ。今日はフレンチトーストだ」
「わぁっ! カフェみたいな朝ご飯!」
テーブルに並べられたお皿を見て、凛が一気に目を覚ましたようにパァッと顔を輝かせる。
席についた凛は、こんがりきつね色に焼けたフレンチトーストに、メープルシロップをたっぷりと回しかけた。
「いただきまーす!」
ナイフで一口大に切り分け、口へと運ぶ。
「んんっ……! 外はカリッとしてるのに、中はプリンみたいにトロトロ〜! すっごく甘くて美味しい!」
「よかった。ベーコンの塩気と一緒に食べても美味いぞ」
「本当だ! 甘いのと、しょっぱいのすごく合うね!」
幸せそうに頬を緩ませる凛を見ていると、これから初めての人たちに会う緊張も少しだけ和らいでいく気がした。
美味しい朝食を終え、俺たちは一度それぞれの部屋に戻って外出の準備をした。
顔合わせが終わった後は、そのまま秋服のお買い物デートに行く予定だ。
俺もいつもより少しだけ気を使って、清潔感のあるシャツとカーディガンを選んだ。
準備を終えて玄関で待っていると、凛の部屋のドアが開いた。
「お待たせ、朝陽くん!」
「おっ……」
現れた凛を見て、俺は思わず目を瞬かせた。
少し深みのあるボルドー色のニットに、落ち着いたチェック柄のロングスカート。
今日はぐっと大人っぽくてお洒落な雰囲気だ。
「なんか今日、いつも以上に気合い入ってないか? すごく似合ってる」
俺が素直に褒めると、凛はえへへと嬉しそうに笑いながら、トコトコと歩み寄ってきて俺の腕にギュッと抱きついた。
「だって、今日会うお二人ってカップルだから、私たちも負けてられないなって思って!」
「……っ、なるほどな」
上目遣いで甘えてくる凛の可愛い対抗心に、俺の顔まで熱くなってしまう。
本当に、この子はどうやったら俺が喜ぶかを完全に理解している。
「よし、じゃあ行こっか!」
「ああ、行こう」
俺たちはマンションを出て、待ち合わせをしている駅前のカフェへと向かって歩き出した。
凛はさっき宣言した「カップルらしさ」をアピールするためか、いつもより強く手を握り、肩が触れ合うくらいぴったりと寄り添って歩いている。
秋の少し冷たい風が心地いいはずなのに、俺の心臓は少しずつ早鐘を打ち始めていた。
(大学生で、しかも動画編集や音楽制作をしてるクリエイター……完全に別世界の人たちだよな)
自分のやりたいこととはいえ、全く未知の領域で活躍している人たちに会うのは、どうしても緊張してしまう。
俺が少しだけ口数を減らしていると、隣を歩いていた凛が、握っている手にキュッと力を込めた。
「朝陽くん、緊張してる?」
「あ、いや……まあ、少しな」
「大丈夫、私がついてるよ。朝陽くんは私の自慢の彼氏なんだから、堂々としててね!」
俺の顔を下から覗き込み、凛がにっこりと力強く微笑む。
その笑顔と、繋いだ手から伝わる温もりが、不思議と俺の背中をポンと押してくれた。
時計の針が十時を指す少し前。
俺たちは、待ち合わせ場所に指定されていた駅前のお洒落なカフェに到着した。
「あっ、いた! あそこの窓際の席!」
凛が小声で指差した先には、すでにコーヒーカップを前に談笑している男女二人組の姿があった。
女性の方は、凛より少し背が低く、ショートヘアがよく似合う活発そうな人だ。
そして男性の方は、今風のツーブロックの髪型で、シンプルな服をサラリとお洒落に着こなしている。
(うわ……すごくお似合いの美男美女カップルだ……)
俺が内心で圧倒されていると、凛はパッと笑顔を咲かせて二人のテーブルへと駆け寄った。
「 彩音(あやね) さん、 翔(しょう) さん! お久しぶりです!」
「あ、凛ちゃん! 久しぶりー!」
「元気だった?」
彩音さんと翔さんと呼ばれた二人が、立ち上がって凛を笑顔で迎える。
俺と同居を始めてから凛の生活環境が変わったことや、テスト期間で忙しかったこともあり、最近はリモートでのやり取りが多く、直接会うのは久しぶりだと言っていた。
「今日はわざわざお時間作っていただいて、本当にありがとうございます!」
「ううん、全然! 私たちも久しぶりに凛ちゃんに会いたかったし」
彩音さんが気さくに笑い、それから少しだけ視線をずらして、凛の後ろに立っている俺を見た。
「それで、そちらが……」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、凛はクルッと振り返り、俺の腕をキュッと自分の胸元に引き寄せた。
「はい! ご紹介します、私の自慢の彼氏で、お料理がとっても上手な朝陽くんです!」
カフェ中に響き渡るほどではないが、自信満々のドヤ顔での宣言。
俺は一気に顔が沸騰するのを感じた。
「あ、えっと……瀬戸朝陽です。本日はよろしくお願いします……っ!」
「ふふっ、本当に仲良しなんだね。はじめまして、翔です」
「彩音です。よろしくね、朝陽くん!」
凛の盛大なハードルの上げっぷりに赤面する俺を、翔さんも彩音さんも、面白がるような温かい笑顔で迎え入れてくれた。
「立ち話もなんだし、座ろうか。何飲む?」
「あ、じゃあ私、カフェラテで!」
和やかな空気の中、四人が席につき、それぞれのドリンクを注文する。
凛が繋いでくれたこの温かい縁から、俺の新しい挑戦がいよいよ本格的に始まろうとしていた。