軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第230話:ドア越しと、雨上がりの添い寝

「……ねえ。お風呂……一人じゃ雷、怖い……。どうしよう……」

服の裾をギュッと握りしめ、上目遣いで訴えかけてくる凛。

外ではまだ、ゴロゴロと不気味な雷鳴が響いている。

確かに、この状況で一人でシャワーを浴びるのは、雷が苦手な彼女にとっては酷だろう。

「……わかった。じゃあ、今日は俺の部屋の風呂に入りな。俺は脱衣所のドアのすぐ外で待ってるから」

「ほんと? いてくれる?」

「ああ。ドア越しに声も聞こえるし、それなら怖くないだろ?」

俺の提案に、凛はパッと顔を明るくして「自分の部屋から着替え持ってくる!」と小走りで二〇二号室へ向かった。

数分後、パジャマとタオルを抱えた凛が戻ってきて、俺の部屋の脱衣所へと入っていく。

しかし、ドアを閉める直前。

凛は少しだけ隙間を開けて顔を出し、ジト目で俺を見つめてきた。

「……あのね、朝陽くん。私が着替えてる時、絶対に勝手に開けちゃダメだからね? あと、着替えとかも見ないでね?」

「開けるわけないだろ」

「それはそれで複雑…」

「変な心配してないで、さっさと入って温まってこい」

「うんっ、わかった」

パタン、とドアが閉まる音。そして内側からカチャリと鍵がかけられた。

俺は小さく息を吐き、宣言通り、脱衣所のドアのすぐ外の壁に背中を預けて座り込んだ。

「……朝陽くん、いる?」

「いるよ。ちゃんとここに座ってるから、安心して洗え」

壁一枚隔てた向こう側から聞こえる声に返事をする。

「はーい。じゃあ、シャンプー借りるねー」

「おう」

「今日のうどん、美味しかったね」

「そりゃどうも。また今度、ちゃんと時間がある時に美味しいもん作るよ」

そんな他愛のない会話を交わしながら、凛の入浴タイムは進んでいく。

しかし、会話が途切れた隙間に聞こえてくるのは、シャワーが床を叩く音や、ちゃぷんと湯船のお湯が揺れる音。

(…………)

見ないという約束は当然守るし、覗く気なんて毛頭ない。

だが、壁のすぐ向こう側で、大好きな彼女がお風呂に入っているという事実と水音は、男子高校生である俺の想像力を容赦なく刺激してくる。

(いかん。落ち着け、俺。無の境地だ)

俺は顔に集まってくる熱を必死に冷ましながら、天井の木目をじっと見つめた。

おばあ様に突きつけられた言葉を思い出す。

節度。そう、節度だ。

「朝陽くん、お風呂あったかいねー」

「……あ、ああ。そうだな。ゆっくり温まれよ」

無邪気な凛の声に少しだけ声が裏返りそうになりながらも、俺は必死に理性を総動員して、彼女が上がってくるまでの時間を耐え抜いた。

「お待たせー。あー、さっぱりした」

しばらくして脱衣所のドアが開き、パジャマ姿の凛が出てきた。

頬はほんのりと桜色に上気していて、お揃いのシャンプーの甘い香りがふわりと鼻をかすめる。

「お疲れ。じゃあ、次は俺が入ってくるから」

「うん、今度は私がここで待ってるね」

俺は凛と交代するように脱衣所へ入り、服を脱いで浴室へ向かった。

先ほどのドギマギを洗い流すように、少しだけ冷ためのシャワーを浴びて、烏の行水でパパッと済ませる。

「お待たせ」

髪をタオルで拭きながらリビングに戻ると、凛がソファで温かいお茶を飲んでいた。

ふと気づく。

さっきまで窓を震わせていた雨音が静かになり、不気味な雷の音もすっかり聞こえなくなっていた。

「お、雷、止んだみたいだな」

「うんっ。さっきから全然光ってないし、雨も弱くなったみたい。よかったぁ……」

凛はホッと胸を撫で下ろし、ソファの背もたれに深く体を預けた。

「さて、明日からまた学校だし、そろそろ寝るか」

「……うん。」

時計は夜の十一時を回っていた。

凛はソファから立ち上がり、自分の部屋へ戻ろうと玄関に向かう。

だが、ドアのノブに手をかけたところで、彼女の足がピタリと止まった。

「……どうした?」

「あのね……」

凛はくるりと振り返り、もじもじと指先を絡ませながら俺を見上げた。

「……雷は止んだけど、まだ胸のドキドキが全然収まらなくて。……今日、一人で寝るの、怖いかも」

少しだけ潤んだ瞳で見つめられ、俺は思わず苦笑いをこぼした。

まったく、この子は本当に俺の理性を試すのが上手い。

「……わかった。じゃあ、今日は俺のベッドで寝な。」

「えっ、でも朝陽くんは?」

「俺にはこれがあるから大丈夫だ」

俺はクローゼットを開け、以前おばあ様が俺たちのためにわざわざ買ってくれた来客用の布団を取り出した。

明日からはまた学校だ。

さすがに今日はソファーはキツイし、別々の布団でしっかりと睡眠をとったほうがいい。

俺が床に布団を敷き終えると、凛は嬉しそうに俺のベッドに潜り込んだ。

「ありがとう、朝陽くん」

「おう。ほら、目ぇ閉じろ」

俺はベッドの横に腰を下ろし、布団の上から彼女の肩のあたりを一定のリズムでトントンと優しく叩き始めた。

先ほどの雷の恐怖から完全に解放されたのか、五分も経たないうちに、凛から規則正しい寝息が聞こえ始めた。

「……おやすみ」

彼女が完全に眠りに落ちたのを確認してから、部屋の明かりを常夜灯だけにし、俺も床に敷いた自分の布団へと潜り込む。

嵐のような日曜日の夜が過ぎ、部屋には穏やかな静寂だけが残っていた。

明日からの学校生活、そして、木曜日の夜に約束した「遊園地の作戦会議」。

楽しみな予定に思いを馳せながら、俺はゆっくりと目を閉じた。