軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第226話:ケーキと、念入りマッサージ

ダイニングテーブルに置かれた、少し焼き色のついたニューヨークチーズケーキ。

凛は両手でフォークを握りしめ、キラキラと目を輝かせながらそれを見つめていた。

「すごい……お店で売ってるやつみたい。本当に朝陽くんが作ったの?」

「まあな。とりあえず、食べてみてくれ。」

俺が促すと、凛はフォークでケーキの端をスッと切り取り、パクリと口に運んだ。

数秒間、ゆっくりと味わうように目を閉じ、やがて彼女の顔に花が咲いたような満面の笑みが浮かんだ。

「……んんっ、すごく美味しい!」

「よかった。甘すぎなかったか?」

「ううん、ちょうどいい! クリームチーズがすごく濃厚なのに、レモンの酸味でさっぱりしてて……それに、この下のクッキー生地のサクサク感がすっごく美味しい!」

凛は嬉しそうに足をパタパタと揺らしながら、次々とケーキを口に運んでいく。

その見事な食べっぷりを見ているだけで、数時間かけて下準備をした苦労がすべて報われた気がした。

「……朝陽くん」

「ん?」

「誕生日の時のこと、覚えててくれたんだね。私、どっちにするかすごく迷ってたから」

凛がフォークを置き、少しだけ潤んだ瞳で俺を真っ直ぐに見つめてきた。

「お店のケーキもすごく美味しかったけど……私のために、わざわざ時間を作って焼いてくれた朝陽くんのケーキの方が、何百倍も嬉しいな。……ありがとう、朝陽くん」

「……おう。そんなに喜んでくれるなら、またいつでも作ってやるよ」

俺は照れ隠しに頭を掻きながら、自分の分のケーキにフォークを入れた。

自分で作ったはずのチーズケーキは、いつもより少しだけ甘く感じられた。

食後、俺たちは各々お風呂を済ませた。

昨日のハプニングの反省と、今朝おばあ様に突きつけられた「節度」という言葉を胸に刻み、俺は凛から『服着たよー!』というLINEが来るまで、自分の部屋で微動だにせず待機した。

連絡を受けて二〇二号室へ向かうと、そこにはパジャマ姿の凛がベッドの上にうつ伏せになっていた。

「お疲れ。髪、乾かすか?」

「うん……お願い。今日、ずっと座りっぱなしで描いてたから、体がバキバキ……」

クッションに顔を埋めながら、凛がくぐもった声で助けを求めてくる。

俺はドライヤーで彼女の髪を丁寧に乾かした後、ベッドの端に腰を下ろした。

「よし。じゃあ今日は入念にやろうか。特に痛いところ、教えて」

「ほんと? えへへ……首と、肩と、あと腰も……」

スライムのようにとろけている凛の背中を見下ろし、俺は軽く手首を回して準備をした。

「まずは、首と肩からいくぞ」

「ん……お願い……」

俺は両手の親指を使い、凛の首の付け根から肩にかけてのガチガチに凝り固まった筋肉を、円を描くようにゆっくりと揉みほぐしていった。

一日中液タブに向かって下を向いているため、彼女の肩回りは相当な負担がかかっている。

「……あぁっ、そこ、すごく気持ちいい……」

「痛くないか? 力加減、強かったら言えよ」

「ううん、ちょうどいい……もっと……」

少しだけ掠れた甘い声が漏れ、俺の指先に彼女の体温がダイレクトに伝わってくる。

(いかん、平常心だ……)と心の中で深く息を吐きながら、俺は次の工程へと移った。

「次は肩甲骨周りな。少し腕を後ろに引くぞ」

「んっ……」

凛の腕を軽く持ち上げ、背中の中心に寄せるようにストレッチをかけながら、肩甲骨の隙間に指の腹を滑り込ませていく。縮こまっていた胸が開かれ、深く息を吐き出す凛の背中が上下に揺れた。

続いて、背骨のキワに沿って、手のひら全体で体重をかけながらゆっくりと圧迫していく。

そのまま腰のあたりまで下りていき、腰骨の少し上のツボを両親指でグーッと押し込んだ。

「……ひゃあっ!?」

その瞬間、凛がビクッと体を震わせ、艶っぽい声が寝室に響き渡った。

「お、おい、大丈夫か!?」

「だ、大丈夫……そこ、すごく効く……なんか、足の先までビリビリってした……」

「そうか。腰もかなり張ってるな。座りっぱなしは腰に来るからな」

心臓が跳ね上がるのを必死に抑え込みながら、俺は優しく腰回りをほぐし続けた。

「……よし。最後は、手、貸してごらん」

うつ伏せになっていた凛に仰向けになってもらい、俺は彼女の右手を取った。

親指の付け根の膨らみを、俺の親指でグッと押し回すようにほぐしていく。

「あ……手のひらって、こんなに疲れてたんだ……」

「ずっとペン握りっぱなしだもんな。腕の筋肉もガチガチだぞ」

手のひらから手首、そして肘にかけての筋肉を、さするように優しく揉みほぐす。

凛はうっとりとした目で俺の顔を見上げ、小さく微笑んだ。

「朝陽くんの手、大きくて温かい……。すごく、安心する」

「……そうか。ならよかった」

「はい、おしまい」

「…………」

すべてのマッサージを終え、俺が声をかけても、凛はベッドに沈み込んだまま動かなかった。

「おい、凛? 生きてるか?」

「……生きてる……。でも、もう一歩も動けない……体がスライムになったみたい……」

「ははっ、そりゃ重症だな」

完全に骨抜きになった凛を見て、俺は苦笑しながらベッドの布団を彼女の肩口まで引き上げた。

俺が「それじゃあ、俺は戻るか」と立ち上がろうとした瞬間、布団の中からスッと手が伸びてきて、俺の服の裾をギュッと掴んだ。

「……ダメ。今日も、一緒に寝るの」

「……おばあ様に怒られるぞ?」

「……今は、おばあちゃんいないもん」

とろとろに溶けた顔で、上目遣いでそんなことを言われて断れる男がこの世にいるだろうか。いや、いない。

「……わかったよ」

俺は観念して、部屋の明かりを落とし、凛の隣に潜り込んだ。

待ってましたとばかりに、凛はすぐさま俺の胸元にすり寄ってきた。

「……ケーキも、マッサージも、ありがとう……」

胸元から、微睡んだ甘い声が聞こえる。

「朝陽くんのおかげで、毎日頑張れる……。えへへ、大好き……」

「おう。おやすみ、凛」

俺は彼女の背中を、一定のリズムで優しくトントンと叩き始めた。

ものの数分で、凛からスースーと規則正しい、幸せそうな寝息が聞こえてくる。

(節度、ねぇ……。やっぱり、こんな顔を見せられたら無理な話だよな)

俺は心の中でそっとおばあ様に謝罪し、彼女の温もりとシャンプーの甘い香りに包まれながら、静かにベットから出た。