軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第166話:受け止める決意と、親友のアシスト

大輝たちに相談を持ちかけ、「全部受け止めてあげて」という女子陣からのアドバイスに謎の納得をしてしまった、その日の夜。

夕食と入浴を済ませた後、俺はいつも通り凛にマッサージとストレッチを施していた。

「……よし、今日の分は終わりだ」

「ふぁ……ありがとう、朝陽くん。すごく体が軽くなったよ」

ストレッチを終え、時計を見るとまだ就寝には少し早い時間だった。

俺は自分の部屋(201号室)のリビングにあるソファに腰を下ろし、「まだ寝るには早いし、少しテレビでも観るか」と、適当なバラエティ番組を流し始めた。

すると、隣でタオルを畳んでいた凛が、「私も観る」と俺のすぐ隣にやってきた。

肩と肩が触れ合いそうな距離。ふわりと、彼女からいつもの甘いシャンプーの香りが漂ってくる。

(……きたな)

俺は内心で身構えた。

テレビの画面をぼんやりと眺めていた凛が、ごく自然な動作でコテン、と俺の肩に頭を乗せてきたのだ。

いつもなら、「おい、近いぞ」「眠いなら自分の部屋で寝ろ」と少し体を離すところだ。

女の子にこんな無防備にすり寄られて、平常心でいられる男なんていない。

だが、今日の俺には昼間の紗季たちの言葉が重くのしかかっていた。

『変に拒絶したり突き放したりしないで、今まで通り全部受け止めてあげて?』

(……そうだ。ここで俺が突き放したら、サポーターとしての信頼関係が崩れてしまう)

俺は不自然に体を強張らせながらも、逃げずにその場に留まった。

「……ん?」

俺がいつもなら体を離すタイミングで何も言わないことに気づいたのか、凛が少し驚いたように顔を上げ、俺の顔を下から覗き込んできた。

「……なんだよ」

「ううん、なんでもないっ」

凛はパッと花が咲いたような嬉しそうな笑顔を浮かべると、再び俺の肩に頭を預け、さらにギュッと体を寄せてきた。

(ちっ、近すぎる……!)

俺の理性は早くも決壊の危機を迎えていたが、俺は石像のように固まったまま耐え続けた。

やがて、肩の重みが完全に俺に預けられ、静かな寝息が聞こえ始めた。

「……本当に寝ちゃったのかよ」

俺は小さくため息をつき、ぐっすり眠る彼女を丁寧に抱き上げると、俺のベッドに寝かせてタオルケットをかけた。

俺自身は、予備の毛布を被ってそのままソファで眠りについた。

翌朝。

ソファで目覚めた俺は、ベッドでまだスヤスヤと眠る凛を起こさないようにキッチンへ立ち、朝食の準備を始めていた。

しばらくして「ん……」と目を覚ました凛は、一度自分の部屋(202号室)へ帰って身支度を整え、再び俺の部屋へとやってきた。

フライパンでベーコンに火を通し、卵を割り入れようとしたその時だった。

「おはよう、朝陽くん」

「おわっ!?」

背中に、ふにゃりとした柔らかい感触が密着した。

凛が、俺の後ろから腰に腕を回し、背中にぴたりと抱きついてきたのだ。

「お、おい凛! だから火を使ってる時は危ないっていつも……!」

いつもの癖で必死に引き剥がそうと声を荒げかけたが、俺はハッと我に返った。

(いかん、『全部受け止める』って決めたんだった)

俺は持っていた菜箸を強く握りしめ、大きく深呼吸をしてから、努めて冷静な声を出した。

「……火を使ってるから、危ないぞ。せめて、俺の背中で大人しくしてろよ。絶対に手を伸ばすな」

注意はしつつも、俺は彼女の腕を振り解かず、そのままの体勢で料理を続けた。

背中に張り付いた凛は、一瞬驚いたように息を呑んだ後、俺の背中の服をきゅっと掴んだ。

「……うんっ。大人しくしてるね」

やがて、彼女は嬉しそうに俺の広い背中に顔を押し付けてきた。

背中から伝わってくる彼女の心音と柔らかな体温に、俺はフライパンの上の卵よりも先に、自分の顔から火が出そうになるのを必死に堪えていた。

(凛視点)

同日の昼休み。

私、冬月凛は、親友の陽菜と一緒に中庭のベンチでお弁当を食べていた。

周りの生徒たちからは『氷の令嬢』として遠巻きに見られているけれど、陽菜の前では普通の女子高生に戻れる。そして何より、陽菜は私と朝陽くんの関係を知る、数少ない理解者だ。

「ねえ、陽菜。ちょっと聞いてくれる?」

「ん? どしたの凛」

陽菜が卵焼きを頬張りながら、不思議そうに首を傾げる。

私は箸を置き、興奮を抑えきれない声で話し始めた。

「昨日の夜からね、なんだか朝陽くんの様子が変わったの」

「瀬戸が? どう変わったの?」

「私がくっついても、全然突き放さなくなったの。いつもなら『近いぞ』って体を離すのに、昨日はずっと肩を貸してくれて……今朝なんて、キッチンで背中に抱きついても、引き剥がされなかったんだよ。注意はされたけど、そのまま受け入れてくれたんだ」

朝の出来事を思い出し、私は熱くなった頬を誤魔化すようにうつむいた。

ずっと引かれていた境界線が、急に取り払われたような感覚。

朝陽くんが私を受け入れてくれているという事実が、たまらなく嬉しかった。

私の話を聞いた陽菜は、「へえ……」と目を丸くした後、優しく微笑んだ。

「実はね、昨日瀬戸から深刻な顔で相談されたんだよね。最近、凛の距離感が近すぎて困ってるって」

「えっ!? 朝陽くんが、そんな相談を……?」

私は思わず息を呑んだ。

「私がグイグイ行き過ぎて、朝陽くんを困らせてしまっていたのかな……少し、やりすぎたのかも」

申し訳なさで胸がチクッとしたが、陽菜はゆっくりと首を横に振った。

「ううん、凛が気にするようなことじゃないよ。私たちが『突き放したらサポーターとしての信頼が崩れるから、今まで通り全部受け止めてあげて』ってアドバイスしたの。だから、それ実行してくれてるんだと思う」

「そう……だったんだ」

「でもね、凛。やっぱり……陸上部の人を断った時の『片思いしてる人がいる』って言葉、偶然聞いてたみたいだよ」

「っ!」

「でも瀬戸、『あいつには他に好きな奴がいる。俺は男として見られてない安全パイだから甘えられてるだけだ』って、本気で思い込んでたよ」

「…………はぁ?」

私は思わず、氷の令嬢らしからぬ間の抜けた声を出してしまった。

(朝陽くん……あれだけくっついて、毎日ご飯作ってもらって、私が好きじゃないわけないでしょ……!)

悲しいほどの彼の鈍感さと自己評価の低さに呆れつつも、私は陽菜の手を両手でガシッと握りしめた。

「陽菜……本当にありがとう。色々と聞いてくれて」

「ううん。瀬戸が『全部受け止める』って決めたんだから、凛、あとは遠慮なんかいらないよね? 頑張って」

陽菜に背中を押され、私はコクリと頷いた。

「うん……! じゃあ、もっといーっぱい甘えちゃおっかな」

朝陽くんが受け止めてくれるなら、もうブレーキをかける必要はない。

彼の頑固な勘違いを解くためにも。

体育祭に向けて、私の彼へのアプローチは、いよいよ最終段階へと突入することになった。