軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

指導

数日が過ぎて気温が上がり、初夏といった日和。

しかし前世に比べてこちらは涼しく湿気も高くないので、そこまで苦にならない夏となっている。

むしろこの夏が終わってしまうと、気温が一気に下がり曇り続き、晴れ間なんてまず拝めない日々がやってくるので、今のうちにこの穏やかな天候を楽しもうなんて空気も広がっている。

いわゆる行楽シーズンの到来で、貴族関係の社交も少し大人しくなる季節でもある。

手紙を出してもただいま不在なために返事が遅くなりますと、バトラーからの返信があるのみだったり、そもそも手紙を出さなくなったりもし、茶会や社交界なども控えめとなり、それぞれが所有する別荘地、避暑地にて静かに過ごすのが夏のお約束だ。

中には海の向こう、個人所有の島や大陸にある別荘で過ごすような人もいて、丸々一ヶ月は連絡が取れなくなる、なんてこともザラだ。

もちろんその間を支える代理人は立てているし、よっぽどの緊急事態となればそういう時の連絡は取れるようにもなっているので、大問題になったりすることはない。

王族ですらこの季節は避暑地にある別荘で過ごすそうだからなぁ……まぁ、俺はいつも通りの日々を過ごす予定だけども。

この辺りは自然が多く空気は綺麗で、海も山も丘もそう遠くなく、普段からバカンス気分で過ごせる土地だ。

食べ物もどれを食べても美味しいし……温泉地もそう遠くない。

領内ではないけども隣領、カーター子爵の領地に古代の頃から愛用されているという有名な温泉地があって……旅行に行くとしたらそこになるだろうなぁ。

その名もロマン・バス温泉地。

……最初聞いた時は何の冗談かと思ったが、古代の頃からそう呼ばれているらしい。

大きな山の上に作られた完全なる温泉観光都市で、古代の頃から改修が続けられている建物が宿として現存していて、温泉も複数の種類が湧いていて、赤、緑、白、黒などカラフルな温泉が楽しめるそうだ。

しかもその温泉は飲んでも体に良いとかで、入って飲んでゆっくり過ごしてと本格的な湯治も行われている。

……多分、多分だが俺のような転生した者が成り立ちに関わっているのだろうなぁ。

名前もそうだし湯治もそうだし、温泉卵や温泉野菜、温泉まんじゅうによく似たパンなど色々と露骨だ。

まぁ、そいつのおかげで温泉も街並みも古代の頃から愛されていて、大きく発展しているのだから文句もなく、ただただありがたいばかりだ。

そうした温泉地があるからか、入浴の文化も当たり前にあって、一時期入浴が黒死病の元になると大陸を中心に騒がれたそうだが、そういった意見を無視して文化を守り抜くくらいにはしっかりと浸透している。

逆に大陸では色々な思惑が絡んで一時期入浴文化が大きく後退し……それはもう大変なことになったようだ。

……と、夏の予定を聞かれた返しに、そんなことを話しながら執務室での政務に励んでいると、話を聞いていたフィリップが言葉を返してくる。

「向こうではお湯を浴びないから黒死病他、色んな病気が流行っちゃったんだよねぇ。

……でもさ、誰かが病気の元だーって騒いだくらいで、そんなことになっちゃうものなの?」

「いや、もちろんそれだけじゃない、細かく言えば色々とあるんだが、一番大きな原因となったのは大陸の教会もその意見に賛同してしまったことになるな。

当時向こうにはかなりの数の風呂屋があったそうなんだが……そのうちの半分くらいには裸の女性がいて、まぁそういうことをする店だったようだ。

だからこそ色々な病気の元になってしまっていてな、それに眉をひそめていた教会がなんとかしようと黒死病騒ぎを利用した、という形になる」

「あーあーあー……なるほどネ。

それは確かに病気の元になっちゃうよねぇ……教会が禁止したがるのも分かっちゃうなぁ」

「だがやり方が良くなかった。

そういう風呂屋が良くないと思うのであれば、そこだけを狙い撃ちにしたら良いのに、まともな風呂屋までも巻き込んでしまったんだ。

しかも教会が大々的に入浴文化は黒死病の元だと騒いだことで、本気でそれを信じてしまった人が現れてなぁ……今でもそれを信じ続けている村なんかがある程だ。

結果として歴史に悪名高き黒死病による大量死が起きてしまったという訳だ。

まぁ、黒死病の流行には他にも色々な要素が重なっていた訳だが……確実に原因の一つと言えるだろう」

「……こっちでは入浴文化が生き残って、そしてこっちでは大量死が起きてないんだから、まぁそういうことだよねぇ」

「そういうことだな。

教会の中にもそのことをしっかりと認識し後悔した者達がいたそうで、その者達が立ち上がり教会改革を唱え、神学論争を経て穏健な改革に成功……それから神々を雑に利用する方法を改め、しっかりと庶民に知識を与え理屈を説き、理解を促した上で正しい道に導くという今の教会の在り方となったということだ。

セリーナ司教様のお祖父様だったかが、その一派の指導者だったそうだ」

「はぁ~……なるほどねぇ、兄貴が司教様に敬意を抱いている理由が分かった気がするよ」

「まぁ、司教様本人も自らの足で大陸を旅して様々な伝承や文化を学んで記録し、その中から役立つだろう知識を吸い出して各国に広めるなど、かなりの活躍をされているからなぁ。

……それこそ黒死病騒ぎの中にあって死者が突出して少なかった地域に向かい、どうしてそうなったのかの調査と研究を行って、その原因を洗い出したりもしたんだぞ。

その地域では病人の衣服や家具、寝具なんかを蒸留酒で洗わなければいけないという言い伝えがあってな、その通りにした結果、黒死病が広まらなかったということだ」

「あー……! 兄貴が前に言ってたアルコール消毒ってやつか。

なるほどねぇ……それを言い伝えでやってたとこもあったと」

「そういうことだ。

教会の中にはそういった言い伝えや伝承、まじないなんかを黒魔術だのなんだと言って軽視し、迫害しようとする一派もいるんだが、司教様の活躍で勢いを失って最近ではほとんど動きを見せていないからなぁ。

司教様のおかげで守られた文化や祭りなんかも多かったりするんだぞ」

「……そういうフィールドワークで結果残しながら、神学論争でも活躍して、色々な圧力を跳ね除けながら司教になって、もうちょっとで大司教になる資格を得られて、女性初の枢機卿にもなれるかもしれないんだっけ……。

……えっと、セリーナ司教様って、思ってたより凄い人?」

「俺が家族と同等か、それ以上に敬愛している方は司教様だけだからなぁ。

元々宗教にはあまり良い感情はなかったんだが、司教様に会ってその考えを改めることになったくらいには凄いお方だよ。

ああいう方が出世する組織なら……まぁ、健全なのだろうさ」

「はぁ~、なるほどねぇ~~~」

と、フィリップはそう言って色々と思う所があるのか、思考を巡らせているといった表情でどこか遠くを見やり始め……考え事に集中したいのか、いつものように本棚に背を預けるのではなく、ソファへと腰掛けて遠くを見続ける。

フィリップは孤児院の出身、一応は教会の庇護下にあった訳だが……その暮らしぶりは良いものとは言えなかった。

言ってしまうとその原因は教会にではなく父上の経営手腕にあったのだが……それでも教会に対して思う所もあるのだろう。

今はそういった状況も改善し、孤児が飢え死にするようなことはないのだが……あのままだったらどんなことになっていたやら、想像もしたくないなぁ。

「んー……兄貴、相談したいことがあるんだけど良い?

話題としてはちょっとだけ戻る感じになるんだけど」

そして考えがまとまったのか真剣な表情でそう言ってくるフィリップ。

「ああ、もちろん良いぞ」

教会のことか孤児院のことか……そのどちらかなのだろうなぁ。

「ありがと。

えっとねー……ちょっと前にシアイアさんと夜のひとときを楽しんだんだけど、なんかそれから距離を置かれているみたいでさー……。

おいら何かやらかしちゃったのかな??」

その言葉を聞いた瞬間、手に無駄な力が入ってペン先が潰れてインクが飛び散る。

そうやって台無しになった書類を丸めてゴミ箱に投げ入れ……新しいペン先と用紙を用意しながらため息を吐き出し、頭の中を整理する。

……そもそもとして話題が戻るとは? アレな風呂屋の話からの発想なのか? なんだって俺はこんな相談されているんだ?

なんてことを考えてからもう一度ため息を吐き出し、それから口を開く。

「……色々と、色々と言いたいことがある。

そもそも婚前交渉という時点でやらかしているとは思う、いや、それでも二人の中に同意があったのならうるさいことを言うつもりはないが……ないがなぁ。

まさかそんな相談を振られるとは思ってもいなかったぞ」

と、俺がそう返すとフィリップは、今にも泣き出しそうな、そんな顔をこちらに向けてくる。

フィリップ的には一応真剣かつ深刻な悩みであり、相談であったらしい。

「……あー、そうだな。

こんなことを聞くのはアレだが、フィリップは以前からそういう経験があったのか?」

「ないよー。

んで兄貴は貴族じゃん、貴族はそういう教育もされるらしーじゃん? 更に言うなら結婚してて、姉貴との仲も良好じゃん?

だから相談してみようって思ったんだ……って言うか兄貴はどうなの? 婚前にそういう経験あったの?」

「無い無い、あってたまるか、爺やから教本を押し付けられたことはあったがな。

その頃は嫡男という訳でもなかったし、下手なことの出来る立場でもなかったからな」

……これは嘘と言ったら良いのか、なんとも微妙な発言となる。

前世の知識と経験があるからなぁ……しかしまぁ、今世においては全く無かったので嘘ではない、はずだ。

「そっかぁ……いや、それでも兄貴は上手くいったんでしょ? 特に問題になってないんでしょ?

なら色々教えてよ、シアイアさんがどーして態度変わっちゃったのとかさぁ、女心? の読み方とかさ!」

……うーむ。

フィリップはその辺りのことは器用にこなすイメージだったんだが、なんとも予想外のことになっているようだ。

どうせなら孤児仲間とかそっちに聞いて欲しかったんだが……皆の親代わりを務めている身としては、下手な相談は出来ないのかもしれないな。

……それならまぁ、最大限真剣に応えて助言をしてやった方が良いのだろう。

「……まず女心に関しては理解しようなんて思うな。

最大限尊重し寄り添い、それに応えようと努力することは出来るが、理解しきれるものではない。

そこに関しては諦めろ、理不尽のように思えるかもしれないが、それでもと奮起奮闘し応えてこそ男だ……と、俺は思っている。

次に夜のどうこうだが、俺に相談するのではなく、恥に思うかもしれなくてもシアイアに相談すると良い。

二人のことなんだから二人で解決するのが一番だ、逆にここで俺に夜のことをあれこれと言ってしまったら、間違いなく彼女に嫌われることになるぞ。

……そしてここからは男の友人としての至って本気の助言になるが、お前がこう言ったならきっとシアイアは喜ぶぞ。

自分はそういう経験も知識もなく何も知らない状態だから、教えてください、導いてください、シアイアの言う通りにしますって、そう言って後はお前のやり方で甘えれば良い。

恐らくシアイアは良い相手に出会えたと喜んで色々なことを教えてくれるはずだ。

シアイアはアレでコーデリアさんの……一国の姫の侍女が出来るよう教育を受けた人間だ、その辺りにも詳しいはずだし、上手く導いてくれるだろうさ」

「……うわぁ、兄貴からそんなこと言われるとは思ってもいなかったなぁ。

……まぁでも、うん、ようするに相手に主導権を明け渡してしまえってことだね、そして上手く甘えろと……それならまぁ、確かにおいら向きかな。

……思ってた以上に的確なアドバイスありがとう。

そして兄貴、ごめんね、真剣に悩みすぎてて気配に気付けなかったよ」

と、フィリップはそう言って執務室の入口へと視線をやる。

それに続いて俺も視線をやるとそこには、手作りのお菓子を持ってきてくれたらしいコーデリアさんの姿があって……話を聞いていたのか、何とも言えない笑顔を浮かべている。

……あれは一体全体どういう感情なのだろうか。

初めてみるような表情に俺が硬直していると、フィリップは気配を消しながら立ち上がり、黙って執務室から出ていって……それと入れ替わりになるようにコーデリアさんが、お菓子を載せた皿を持ってこちらにやってくる。

そして皿を机の上に置いてから、どういう感情か分からない笑顔を深くして、俺のことを抱き上げてくる。

……いや、本当に女心を理解しきるのは難しいと痛感した俺はそれから暫くの間、コーデリアさんに身を任せて、彼女がしたいように……一切抵抗することなくさせるのだった。