軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

侵入者

――――夜の街中を駆け抜けながら

「ジェミィ、てめぇ!! やらかしやがって!!」

そう響く悲鳴を背中に受けながら、白と黒が混ざった髪に赤い目、細面で貧相で汚れた白シャツと黒ズボンを身にまとったジェミィと呼ばれた青年は必死に暗闇に包まれた裏路地を駆けていた。

ただの調査のつもりがあっさりと発見されてしまい、必死に逃げたが手遅れ……一体どうしてこうなったのかと息を切らしながら思考を巡らせていく。

反貴族主義を掲げて活動していたその青年にとって、ウィルバートフォース領から聞こえてくる噂は疑わしいものばかりだった。

曰く現当主はまともな貴族であるらしい、税を下げ治安を回復させ、領民の福祉や健康や教育に予算を回し、理不尽や無体を働かない。

先進的で改革的な考え方をする若者で、旧態依然とした王家と何度も衝突しながらも諦めずに立ち向かい、そうして勝ち取った収益で領内を富ませた善良で有能な領主。

そんな貴族いるはずがないと疑うしかない逸話の数々が真実なのかどうか、調べるために領内に入ってみれば領民の顔はどこを見ても明るく、平和で賊が少なく犯罪などで困っているという話はどこからも聞こえてこない。

いやいや、そんなはずはないと徹底的に調べてみると、領主が人目につかない所に建てたという施設があり、そこでもって人の目を避けるように悪事を働いているに違いないと思えば、教会と連携して運営しているらしい静かで穏やかで立派な療養所。

そこでは回復が見込めない傷病者のためにあらゆる手が尽くされていた。

最新の薬や道具を使った治療だけでなく禁制品を使ってまで苦痛の緩和を促し、その時が来るまでに何かやり甲斐を見つけられるようにと仕事を与え、その収益で様々な物を手に入れられるように売店を作り、読み書きを教えて図書室を作って物語に没頭出来るようにし……彼らが知る『療養所』とは全く別の世界が広がっていた。

ここまで気が配れるものかと驚かされ、穏やかな人々の表情に驚かされ、見舞いにきていた家族の表情すら穏やかで……しかも入所は無料。

正確には無条件の無料ではない、疫病や犯罪、戦争の被害者は無料、領のために尽くした騎士や兵士は無料、真面目に働き税を納めていた領民は無料、家庭を家事などで支えていた人は無料、そうした責任を負う前の子供は無料。

……つまりは普通の領民であれば誰もが無料で入所が出来るということになる。

そんなはずがないと思いながら内部に入り込んでみると、ベッドや配られる衣服は清潔で、食事も手の込んだ一級品、庭の手入れは貴族の屋敷並となって……どうして無料で運営が出来るのかが分からない。

……いや、分かってはいる、貴族による無償の施しなのだとは分かっている。

だがそれは彼らの知る貴族ではあり得ない行いで……分かりたくても分かることが出来ないという、複雑な感情が彼らの中にあった。

挙句の果てに領主は自由と平等と博愛を掲げたような人物という噂までもあり、貴族がそんな訳がないと憤りに似た感情を抱いた彼らは、領主本人のことをかなり近い距離から調べ始めてしまった。

……調べれば調べる程、自分達の考えを否定されてしまい、意固地になったジェミィは屋敷への侵入を試みてしまい、結果は大失敗。

そうなった理由も、貴族令嬢がそうとは思えない自由闊達な姿で遊んでいる光景に見とれてしまって侵入のタイミングを誤ったというもので……仲間に何を言われても言い訳の出来ない大失態だった。

しかしそれでもジェミィは彼女に近付きたいと思ってしまった、話を聞いてみたいと思ってしまった。

まさか剣を抜かれた上に猟犬を放たれるとは思いもよらずこうなってしまったが……思わず興味を惹かれてしまう何もかもが非常識な世界があそこにはあった。

まるでそれは自分達が望んだかのような、輝きに満ちた未来のような世界だった。

「ただ噂が本当か確かめたかっただけなんだ!!」

息が荒れる中、それでも喉の奥からそんな言葉を吐き出すジェミィ。

それを受けて一緒に駆けていた仲間の青年、黒と青の中間といった髪色に鋭い青目、がっしりとした体つきで、ジェミと似た服装にこれまたボロボロのコートを羽織った姿といったロックは、軽蔑に近い表情を見せながら言葉を返してくる。

「その結果がこれか!? 周囲全てが敵だらけだぞ!?」

領主の屋敷に侵入し失敗、すぐに脱出して逃亡したのだが、あっという間に何十人もの騎士と巨躯の集団が追いかけてきて、懸命に逃げて逃げて、逃げ切った……のだが、そこで二人は領民達が殺気立って侵入者はどこだ、見つけて殴り殺せと自分達の追跡をし始めていることに気付く。

善良で有能、療養所で見せたような細かい所にまで気を配れる精神、無償の愛、自由と平等と博愛を掲げる領主、そんな者がいればジェミィやロックでも敬愛するのは間違いなく……妄信的な敬愛を抱いた領民達全てが、あの瞬間から彼らの敵となっていた。

それでも領民の中に紛れてしまえば、追跡の集団の中に入り込んでしまえば問題ないだろうと考えたが……連中の手の中には領民名簿なる本が握られていて、それを元にした定期的な点呼や指示出しが行われているのを見て、そんなことは不可能と知る。

領内の各施設でも名簿による身元確認が行われていて、休憩のための宿や酒場は使えなくなった。

馬や馬車、列車に乗ることも出来ない、飛空艇なんて当たり前のように不可能で、盗み聞いた限りでは関所までが厳戒態勢となり、侵入者を逃すまいと殺気立っているという。

それだけでなく無関係のよそ者、旅行者や商人には代官や町長、自警団による外出禁止令が発せられたようで……外を歩いているだけでも捕縛されてしまうという状況が出来上がってしまう。

「こ、これじゃぁ明日の朝市で買い物が出来るかも分からねぇぞ!」

と、ロック。

「それでもやるしかない!! やると決めてここまでやってきたんだ! それにもっとヤバいことやっちまってるんだからな! 今更喚いても変わんないだろ!」

と、ジェミィ。

それ以降二人は声を上げることなく駆け続け……どうにか追跡から逃れて、闇の中へと潜り込むのだった。

――――翌日、執務室で ブライト

「なーんで次から次へと変なのがやってくるかなぁ……。

まだ地方法院の件だって片付けていないのに……なんだかんだと結構な書類仕事が発生して忙しいんだぞ、こっちは」

プルミアが見たという侵入者、その後そいつらが起こした騒動の報告を受けた俺の感想は、そんな内容だった。

「……まぁ、今回のは比較的穏当な方じゃないかな。

多分平民、武器を持っていた訳ではなし盗人かな? こんな警備の厳しいお屋敷を狙う理由はよく分かんないけど」

と、フィリップ、いつものように本棚に背を預けている。

「とりあえずプルミアが無事で良かったよ、剣で襲いかかったことは……褒めて良いものか悩むが、無事だったのだから後で褒めておくか。アーサーとランスにも褒美をやるとしよう。

……で、その盗人の情報は何かあるのか? 殺気立った領民から逃げ切ったのは見事だった、それだけの連中なら噂くらいはあるんじゃないか?」

「んー……最近顔を見せるようになった情報屋がいるんだよね。

ただ付き合い始めたばかりの相手で信用出来るかは分からないんだ。

そいつの情報でも良いなら、とんでもない情報が一つ。

……連中、王都の金銀宝石の取引所を襲ったらしいよ、んで結構な量の金を盗んだみたい。

ただね質の悪い金ばかりを盗んだらしいよ、純度を保証した印の刻まれた金塊には手を出さなかったらしい」

「……王都? おい、それってまさか……」

「さぁね~……おいらには判断出来ないよ、情報の質も保証出来ないかな。

それにさ、あのお宝は宝物庫にあるからこそ意味があるんでしょ? 外に出しちゃったらただの金なんだろうし、どんな意味があるんだろうねぇ」

「……宝物庫から盗み出したとでも言い出して名を揚げるつもり、か?

それか……王家の名誉を貶めるつもりなのか、または初代王の後継でも自称するか?

売るだけなら金塊の方が圧倒的に楽だし儲かるはず……ロクでもないことを考えていそうだなぁ、おい。

……その上で我が家に侵入というのもよく分からない話だな、金目のものは……あるにはあるがどれも換金が難しい物ばかり、銀行でも襲った方が楽だったろうに」

「それはそうだね、だから狙いは別だったんだろうね。

兄貴狙いか、他の何かか……まぁ、もう屋敷には近付けないからそこは大丈夫。

騎士達にルイス達、街の自警団も見回ってくれているからね。

追跡はビフとボガーに任せてあるよ、領民の皆よりは先に捕まえてくれるはず。

……それでも逃げ切られちゃう可能性はなくはないけど、これ以上打てる手はないかなぁ」

「……あるとしたら囮くらいだろうな。

お宝と逃亡手段、両方が手に入るとなったら姿を見せるかもしれない。

たとえば小型の飛空艇に何か目立つお宝を積み込んだ上で、警備が手薄などこかに放置するとかな。

飛空艇じゃなくても馬、馬車、船なんてのでも良いだろう、上手くやれば食いついて姿を見せるかもしれないぞ」

と、俺がそう言うとフィリップは半目となってこちらを見つめてくる。

たかが盗人捕縛のために飛空艇を囮にするって本気? と、言いたげだ。

小型でも飛空艇は飛空艇、とんでもない価値がある、何なら宝なんてなくても囮として成立するだろう。

だというのにお宝まで……仮に奪われてしまったらどんなことになるのかも考えると、確かに愚策と言われても仕方ないのだろうなぁ。

「お兄様!」

と、突然の鋭い声、あれこれと考えていたことが一気に吹き飛ぶ。

慌てて視線を執務室の入口にやると俺が関所に行く際の装着しているような防具、篭手やら胸当てやらを装着したプルミアの姿がそこにあった。

プルミアの後ろに控えているのはシアイアとドルイド族の女性。

「どうした?」

と、そう声をかけるとプルミアが近付いてきて、元気いっぱいハキハキとした声を上げる。

「逃げられたのは屈辱です! だから自分で連中を捕まえてきます!

そのための装備と人員は用意しました! 後はお兄様の許可があればいつでも追跡に出られます!」

頭痛。

言葉の内容と妹の意図を理解した瞬間、頭の中がその言葉でいっぱいになって、そして実際に痛みも襲ってくる。

ストレス性の頭痛ってこんなに速効性あるんだなぁと驚きながら俺は、思考を巡らせて言葉を選んで……そしてそれを言葉にする。

「ダメ」

「なんでですか!?」

プルミアにも伝わるように分かりやすい言葉にしたのだけど、すんなりと受け止めてはくれないらしい。

「危ないから」

プルミアに分かってもらえるよう、とにかくシンプルに淡々と返していく。

「平気ですよ、女の子相手に逃げる盗人如きに怪我させられたりはしません!

あの後ろ姿の情けなさ、王太子と似たりよったりでした!」

……また頭痛。

いつか公の場でやらかすんじゃないかと心配になって、そちらを正すべきか考えを正すべきか、思考を巡らせて……それからフィリップへと視線をやる。

視線を逸らされた。

ではシアイア……顔を背けられた。

……俺がなんとかしなきゃならないのか、いやまぁ兄で当主なんだから当然の義務ではあるんだけども……母上に押し付けて解決、とかは後で母上から怒られそうだしなぁ。

……それなら……。

「……分かった、許可する。

だが条件がある、この屋敷を拠点として外泊はしないこと、常にシアイア達と共に行動をすること。

二人から離れたりしたら罰を与える、収穫祭に教会で祈り続けてもらうという罰だ、遊びに行くことを絶対に許さない。

また侵入者の殺害も厳禁だ、絶対に捕縛するように、出来れば無傷で」

シアイア達は護衛として優秀なのと同時に、スタミナがそこまでではないという弱点がある。

つまりは長時間の行動が不可能で……常に行動するとなるとプルミアの行動も制限されることになる。

恐らくプルミアは俺が絶対にダメだと言ってもやらかすので、ならば条件をつけることでコントロールしてしまった方がマシだろうと、そう考えての言葉だった。

「……分かりましたぁ」

それにプルミアは頬をいっぱいに膨らませて不満そうな顔でそう返してくる。

……条件をつけなかった場合に何をするつもりだったのか、怖くなってくるなぁ、おい。

「そういう訳だからシアイア、当分の間の護衛をよろしく頼む。

フィリップも情報収集などで支援してやってくれ。

色々とあったばかりの我が家への侵入というのは我が家を舐めているということの証拠でもある、真似をするようなのが出てきても面倒だ、捕まえた上で見せしめにする。

皆そのつもりで行動をしてくれ」

と、俺がそうまとめると皆は頷いてくれて……そうして忙しい中での侵入者追跡が開始となるのだった。