軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

御恵

「今日は普段よりも少しだけ厄介なお話です。

とある貴族のご令嬢が当施設に来訪しまして、保護を求めています。

今はあくまでゲストという形でお部屋に入って頂いていますが、ご令嬢は正式な入所をご希望です」

表情を変えずに淡々と、ソファに座ったシャーロットがピシッと背筋を伸ばしながらそんな報告をしてくる。

少しだけ……少しだけ? 派手に厄介だったような気がするが、まぁ詳細を聞くとしよう。

「どこのご令嬢が一体どんな理由でわざわざこんなド田舎までやってきたんだ?」

「どこのご令嬢かは……後で話させていただきます、詳細を聞いてから手を引くと決断する場合には聞かなかった方が良かったと思われるでしょうし、ご令嬢の秘密を守る意味でも迂闊に話せることではないので。

そして理由につきましては覚悟のいるお話となりますが、よろしいですか?」

変わらず淡々、内心が全く読めないというのは本当に厄介で、究極のポーカーフェイスを相手にゲームなんかしたくないんだがなぁ。

「……分かった、覚悟して聞こう」

俺がそう返すとシャーロットは間を置かずに答えを返してくる。

「では簡潔に。

ご令嬢は望まぬ妊娠をしておいでです、お相手は王太子殿下、ご両親にも侍女にも言えず単身手持ちの宝石を売りながらこちらにやってきたようです。

精神的にも肉体的にも衰弱が激しく、今は施設の最奥、ブライト様が高貴な身分の方のためにと念の為用意してくださった貴賓室初の利用者という形で可能な限りのケアをしています。

状況はあまり良くなく特に不眠なのが問題で、安眠効果のあるハーブを焚いていますが効果は薄く、かといって妊婦にどんな薬を使って良いのかが判断をつかず、対応に苦慮しています」

場が凍った。

話を聞いていた全員……コーデリアさんはもちろん、シャーロットが来たと聞いて駆けつけたライデルや、興味を持ってやってきたフィリップまでが硬直し、呼吸も忘れて固まっている。

俺も固まっている、どうするんだコレと脳内を様々な思考が駆け巡る。

……いや、ほんと、どうするんだコレ。

結構な時間凍結してから……どうにか解凍させて大きなため息を吐き出し、それから言葉を返す。

「……後で医師を派遣するが、シャーロットが見た範囲で妊娠は初期か、中期か、それとも出産間近か?」

「お腹が目立たない程度ですね」

「なら初期……初期か。

司教様からのお説教覚悟で堕胎を進めるべきか? 確かドルイド族にはそういった薬の知識もあったはず……ルムルアの派遣も考慮に入れよう」

「それはあまりおすすめはしません。

後で事が露呈した場合、状況次第で王族殺しの罪を背負うことになります、過去実際にあったもので判例も残っているかと」

「……そうか、ならば基本的には無事の出産を祈る形になるのか……。

……令嬢の保護は問題ない、いや、十分に大問題だし正直投げ出したいが、保護を謳って施設を作った者の責任としてそこまでして頼ってきた者は受け入れよう。

生活やケアのための予算も十分に出す、必要ならご両親への手紙も俺が書くとしよう。

……しかしなぁ、王族の子供って、未婚の子供って、どうするんだよソレ、どうするのが正解なんだ??

えぇっと……未婚の場合は継承権はないんだよな?」

「はい、ありません、王家の婚姻は教会が認めなければ無効となります。

子との繋がりも無効となります、王家や王太子殿下が望んだとしても継承権はなく、実子ではあるものの家族としては扱われません」

「……だったらもう王族殺しどうこう言わないで欲しいんだが……」

「普通ならば言わないし言えないのが道理なのですが、相手は敵対している王家ですから、法を改正してでもブライト様を攻撃するための手段に仕上げてくる可能性があります。

そんな弱みをわざわざ作るというのは迂闊かと。

……逆に王太子の弱みとして握り込み、切り札になさるのがよろしいかと」

「……望まぬ子供をそんな風に利用するのはどうなんだろうなぁ。

それで勝ったとしても風聞が悪すぎる、流石にそこまで落ちるのは……」

「ですから切り札と申し上げました。

いざという時のため、不利を押し付けられた時のため、ご家族を守るため、必要な手は打つべきでしょう。

そうしながら子供には幸せな暮らしを用意してあげてください、そうしたならきっとご令嬢にとっても子供にとっても悪い結果にはならないはずです」

「……分かった、検討はする。

だがそう子供を使うつもりな以上はご令嬢からは引き離すことになるぞ、ご令嬢にとっても望まぬ妊娠ならばその方が良い……はずだ、多分。

……商家か、どこかの商家の養子にでもするか? 我が家は絶対に無理だしなぁ、商家なら貧しい暮らしからは縁遠いだろうし……いや、しかし民間に預けて良いものか……」

そう言って俺は頭を悩ませながら周囲の状況を確認する。

コーデリアさんは怒っているのか悲しんでいるのか複雑そうな表情で、フィリップは嫌悪感を隠そうとすらしていない、そしてライデルはいつも通り……いや、いつもよりも固いというか生真面目な態度を示していて、そんなライデルが口を開く。

「では我が家で預かりましょう。

出生は秘密にしたまま、遠縁の子として扱います。

妻も他の子供達もブライト様には普段から感謝していますから、多少の苦労は飲み込んでくれるはずです」

……それは、まぁありがたい話ではあった。

信頼出来るライデルが預かってくれるのなら、余計な心配はする必要はない。

教育についてもライデルなら問題なくこなしてくれるだろう……後はライデルの家族がどう反応するかだが、ライデルを通してではなく直接確認する必要があるだろうなぁ。

何しろ今回は内容が内容だ、適当に済ませるなんてことは許されるはずがない。

「……分かった、ご令嬢の意向次第ではあるが、そうなった場合はライデルに任せる。

そして可能な限りだがご令嬢の意向も尊重する。

……が、不眠状態でそんな決断を下せというのも酷だろうから、まずはそこからだな。

……やはりルムルアに行ってもらうのが良いと思う、後は本人が希望するのなら俺との面談も行おう。

ご両親との連絡についても確認する必要があるからなぁ……ああ、そうだ、ご令嬢の詳細についても聞いておこう。

仮に高位貴族のご令嬢だった場合、ご両親の意向を最優先することになるぞ、たとえそれがご令嬢が望まない内容だったとしても、俺にどうこう出来る範囲を越えてしまっているからな」

「その点については大丈夫です、仮にそんな相手であればもっと別の手を打っていましたから、こちらには話は持ってきません。

ご令嬢の名前はポーラ・クロスビー、クロスビー男爵家のご令嬢です。

……どうやら王太子殿下は婚姻を仄めかした上で手を出していたようでして、同じような目に遭ったご令嬢は他にもいるとか。

その辺りの詳細についてはポーラ様が落ち着かれましたら聞き出せるはずです、ブライト様にとっても利のある話になると思いますよ」

別の手ってなんだろうなぁ、高位の貴族令嬢に打つ手? ロクでもなさそうな……。

シャーロットはその辺り容赦がないというか、無駄な決断力を見せてくる所があるから油断出来ないんだよなぁ。

「……分かった、とにかく今はポーラ嬢のケアを優先しよう。

ライデル、ルムルアと一緒に施設に向かってくれないか? 養子の件は後で話すとしても顔をつないで信頼関係を築いておく必要があるだろう。

ルムルアによる診療を受けさせると同時に、子を預けるに相応しい相手であると彼女に示してきてくれ」

「了解いたしました。

ルムルア殿への声掛けや予算の手配もこちらで行っておきます。

戻りましたら詳細について報告させていただきます」

そう言ってライデルは執務室を後にし、シャーロットも話は終わったとばかりに立ち上がってそれに続く。

……色々と聞きたいことがあったのだけども、ケアを優先と言ったのだから仕方ないか。

彼女の容態が安定し、無事に出産が終わらなければそもそも話にもならないのだから今日の所は終わりということで良いだろう。

立ち上がり一礼をし、俺がそれに手を振って応えるとシャーロットは普段は見せない笑みを浮かべる。

それが彼女本来の表情なのか、それとも何か狙いがあってのことなのか、判断のつかない……どこか怪しい笑み。

「では失礼いたします。

かの姫君に神々が御恵を垂れることをお祈りしております」

それからそう言って、ライデルを追いかけるようにして執務室を後にする。

それを見送ったならもう一度大きなため息を吐き出し……立ち上がって書類棚に向かい、手紙の送り先をまとめているアドレス帳のような本を取り出し、クロスビー男爵家の情報がないかの確認をし始める。

そうしているとずっと黙っていたコーデリアさんもため息を吐き出し、しかし無言を貫き……ため息ではなく舌打ちをしたフィリップが声を上げてくる。

「もうさ、暗殺で良いんじゃない? 殺してさ、色々やらかしたことぶちまけちゃおうよ」

「……気持ちは分かるが落ち着け。

暗殺なんて手段でどうこうする気は俺にはないし……多分暗殺では解決しない。

同じようなのが次の王太子になって、同じようなことをやらかすだけ……それを防ぐためにも堂々と王家を打破し、仕組みを変える必要があるんだ。

……それとアレだ、今回の件で暗殺して良いのは、クロスビー男爵家だろう。

彼女のご両親がそうするかもしれない中、横取りは良くないな」

「あー……まぁそうか、そうだよね。

おいら以上にご両親のほうが頭に来るはずだもんねぇ、横取りは良くないか……。

……ご両親は知っているのかな?」

「……知っている可能性の方が高いとは思っている。

そもそもご令嬢が一人でこんな遠方までの家出が可能とは思えないし、家出が発覚した時点で大騒ぎだろうし……知っていてそれでも好きにさせてやりたいと思っていて、こっそり見守っているという方があり得るだろう。

そうなるとそう遠くないうちに連絡が来る可能性も……」

と、そんな話をしているとノックがあり、バトラーがやってきて来客との報告をしてくれる。

クロスビー男爵家の騎士がやってきて、突然のことを詫びながらも話があるとそう言っているとのことだった。

「ほらな?」

「うん、流石兄貴、タイミングまで完璧だったね」

「いや、流石にタイミングはただの偶然だ、そんなもの狙ってどうこう出来てたまるか」

と、そんなことを言い合ってから騎士を客間に通すようにバトラーに伝えて、俺達も客間に移動する。

コーデリアさんはショックが大きいようなのでこのまま休んでもらうことにし、向かうのは俺とフィリップだけだ。

そうして客間で待っているとノックがあり、古い方の鎧姿の騎士が姿を見せる。

最近は騎士でも他所に行くならスーツ姿なのが普通なんだが……鎧か、鉄鎧か、しかも相当使い込んでいるのかボロボロで、男爵家の台所事情が伝わってくる。

しかし中身の方は悪くないようでしっかり鍛えているのが分かる体幹と背筋の伸び方をしていて……顔もイケメン、気になることがあるとするなら髪と目が真っ青なことくらいだろうか。

青い、ひたすら青い、こんな青色、自然界にあって良いもんじゃないだろってくらいに青い。

あまりに不自然過ぎて毛と目だけが浮き上がっているように見える程だった。

「ようこそ、ウィルバートフォース家へ、本日はどのようなご要件かな?」

とりあえずはそう言ってソファに座るように促すが、騎士は前に進んではくるが座りはせず、直立したまま口を開く。

「はじめまして、クロスビー男爵家の騎士、ケランと申します。

急な来訪にも関わらず、誠意ある応対に感謝申し上げます。

……今日は我が家のお嬢様の件でお話があります」

「……だろうなとは思っていたよ。

ウィルバートフォース伯爵ブライトだ。

彼女は俺が運営しているケア施設で保護しているそうだ、まだ実際に顔を合わせた訳ではないが、そういう報告は受けている。

……一応は先進的な、国内一の施設ではあると思っている、彼女にとって悪くない環境であることは保証しよう」

俺がそう返すと騎士は、色々と思う所があるのか一瞬歯噛みをするが、すぐに柔らかな表情を作り出して言葉を返してくる。

「クロスビー男爵はこの度のことには憤慨しながらも、どう対応したら良いのかも分からず苦慮されています。

そんな状況からかお嬢様のことにまで気が回らず……施設の噂を聞いてお嬢様がこちらに向かうと行動を開始した時には、そんな妙手があったかとお喜びになった程です。

……男爵家として望むことはただ一つ、お嬢様の保護、それだけです。

子のことや他のことに関しては関わるつもりはありません、何か出来るような能力も想いもありません、その上でどうかお嬢様の保護だけはお願いしたいと、そのためならば多少の借りも覚悟していると仰せです」

「……そうか、率直な提案ありがとう。

まずご令嬢の保護は確約しよう、ああいった施設を作った者としてその責任を放棄するつもりはない。

子についてもどうすべきか、既に話し合いを進めていた所だ、最大限不幸にはならないよう努力をするつもりだ。

それ以上のことは望まれても対応致しかねる、貸しについても……言ってしまうと何を返してもらえるかも分からない中では何も無いのと同じだからな、なんとも言えん」

「……借りの返し方につきましては、一つだけご提案があります。

その時が来たなら男爵家一同、伯爵のお力になることを確約いたします。

……我らが騎士一同もこの度のことには憤慨し、既に槍を研いでいる者もおります」

……うぅん、率直。

駆け引きってもんを知らんのか、この騎士は。

仮に最初からそういうつもりだったとしても馬鹿正直に何もかもぶちまける奴があるか。

「……何の話かは分からないが、覚悟は分かった。

とりあえず今は一旦時間を置いて欲しい、ご令嬢の状態の確認と今後のケアの方針を決めるのが先だろうからね。

それが決まりケアが始まったなら男爵への手紙をしたためよう。

貴殿はそれを持って男爵の下へ帰還し、明るい報告をすると良い」

とりあえずということで俺がそう言うと、ケランと名乗った騎士はまるで感動したといった様子で体を震わせて涙を浮かべて……それから腰が折れるんじゃないかって程の一礼を見せてくる。

……その過程で見えた騎士の首やらは中々悲惨なことになっていて、まともな宿に泊まることもなくここまでやってきたということが見て取れる。

それを受けて俺はとりあえず宿を取ってやるからそこで体を休めろとの指示を出し、いくらかの資金も融通をしてやる。

するとケランはもう泣き出してしまって……アレな男の号泣という、なんとも言えなくなる光景を少しの間、見せつけられることになってしまうのだった。