軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

01.奇跡を抱えて帰る悪役令嬢、夏は長くなりそう

夏の光が高い窓から差し込み、講堂の床に明暗の模様を描いていた。

真面目そうな生徒も、浮ついた生徒も、誰もが「夏休み」という響きに心を半分持っていかれている。

私は最前列の端に座り、隣にはグレン。

彼の腕の中には、小さな人の形をしたシュプラウト──リーヴがいた。

肌は淡い若葉色。胸のあたりで小さな光がまたたき、彼女あるいは彼が生きていることを知らせている。

息をしているようにも見えるけれど、実際に呼吸をしているわけではない。

まるで、魔力そのものが形を取って眠っているような存在だった。

ざわ……と、周囲から小さなざわめきが起こる。

無理もない。

シュプラウトは通常、昇華を終えれば光の粒になって消える。

それが、こうして人の姿で残るなんて、前代未聞だ。

教師はあのあと、古い書簡をひっくり返してこう言った。

「シュプラウトは古代の、滅びた種族をもとに作られた魔法生物。その先祖返りかもしれん」と。

そして「学園で保護すべきだ」とも。

──もちろん、断った。

責任は私が持つ。手放すつもりなど、最初からなかったのだから。

授業の課題ではなく、私たちの手で育てていく存在となったこの子に、私とグレンは名を与えた。

若葉の意味を持つ名──リーヴ。

未来に向かって育っていけるようにという願いを込めて。

壇上では校長が長い話を締めくくり、いつもの担当教師が前へ出る。

淡々とした口調で、終業の言葉を述べた。

「これにて、一学期の課程を終了する。よく学び、よく休め。魔力は使えば減るが──宿題は、やらねば増えるぞ」

その最後の一言に、生徒たちから笑いが起こる。

リーヴが光をふわりと散らして、まるで笑いに応えたかのように揺れた。

……この子、空気を読んでいるのかしら。

周囲が息を呑む中、私は軽く会釈して受け流す。見せ物ではないけれど、隠す理由もない。

鐘が鳴り、椅子の音が一斉に響いた。

教師が列の端で私たちを待っている。

私はグレンと目を合わせて立ち上がり、講堂の出口へ向かった。

「カルディナート嬢、ベルマーくん」

教師は眉を下げ、少し柔らかい声で声をかけてくる。

「紅魔病の経過は落ち着いているようだな。しかし、夏は疲れが出やすい。できるだけ安静に」

「はい」

グレンが素直に頷く。

けれど、その声音にはまだどこか遠慮があった。

「……本当に、公爵邸で過ごしてよいのでしょうか。僕のような者が……」

「当然よ」

私はきっぱりと答える。

「発症したのは公爵家での滞在中ですもの。ならば、完治まで責任を持つのが筋でしょう」

少しだけ間を置き、淡く微笑む。

「それに、この子──リーヴの観察も兼ねているわ。あなたがいてくれたほうが、何かと助かるもの」

「……もったいないお言葉です」

グレンは姿勢を正し、深々と頭を下げた。

顔を上げたとき、その表情にはまだ硬さが残っていたけれど、ほんのわずかに安心した色も見えた。

リーヴの小さな指がグレンの袖をつまんだ。

その仕草に、彼の表情がほんの少しだけやわらぐ。

「では、定期的に成長の報告を頼む。睡眠、反応、魔力応答、摂水量などを簡潔に」

教師が言いながら、懐から小さな書類用紙を取り出した。

「記録書式は、前回の観察雛形を参考にしてもらって構わん。ベルマーくん、君に任せてもよいか?」

「……はい。光栄です」

グレンが姿勢を正し、短く答える。

その声の奥に、静かな決意があった。

「期待しているよ」

教師は微笑んで去っていく。

その背中を見送りながら、私は小さく息をついた。

リーヴが光をこぼし、指先で私の髪をつまんで遊んでいる。

「……あなたまで落ち着きがないわね」

小さく囁くと、グレンが苦笑を漏らした。

扉の外は、すでに夏の音で満ちていた。

蝉の声、遠くで鳴る馬車の車輪、魔力塔の鐘。

太陽は容赦なく照りつけ、白い石畳をきらきらと光らせていた。

夏休み前の校門前は人であふれ、あちこちで再会の約束やら、最後の名残惜しい談笑やらが飛び交っている。

──そして、視線の半分はやっぱりこちら。

リーヴを見ているというより、「鉢から生まれた奇跡」を見に来た観光客のような目だ。

慣れたけれど、居心地がいいとは言えない。

グレンは気づかぬふりでリーヴを抱き直し、穏やかに日陰へ足を向けた。

そこへ、聞き覚えのある声が飛んでくる。

「カルディナート嬢。見事な結果だったな」

金髪が陽光を反射する。王太子ローレンス・アークフェルド。

相変わらず姿勢が完璧すぎて、暑さという概念が存在しないかのようだ。

けれど、その完璧さの中に、ほんのわずかなぎこちなさが交じっていた。

視線を合わせた瞬間、彼はわずかに目を逸らす。

「お褒めいただき光栄ですわ、殿下」

「実体化とは前代未聞だ。二学期の育成課程でも、その経験を活かしてもらう」

口調は丁寧で、言葉も正確。

それでも、少しだけ硬い。

まるで、他の誰よりも正しく振る舞おうとすることで、自分の本音を押し込めているように見える。

「心得ております」

形式的なやり取り。

それで十分だと思っている私と、形式の裏に何かを残したまま去っていく彼。

その背中を見送りながら、私は小さく息をついた。

ローレンスが立ち去ると、今度は影のようにオズワルドが飛び込んできた。

「うおっ、やっぱり動いてる! すげぇな!」

興味津々に覗き込み、リーヴの頭上で手を振る。

リーヴがそれに反応して、葉をぴょこんと揺らした。

「おお、返事した! かわいいな!」

「オズワルド・グランシェ、近いわ。あなたの声量で泣かれても知らないわよ」

「ははっ、悪い悪い!」

脳筋は相変わらず元気そうだ。

たぶん彼は、夏休み中も筋トレに励むのだろう。暑苦しいことこの上ない。

ただ、ひたむきに一つのことに打ち込む姿勢は、素晴らしいと言えるのかもしれないが。

その背後から、ひょいと銀髪が現れた。ユリウス・ヴァルドレイン。

相変わらずの軽口で、片手をひらひらさせる。

「いやぁ、素晴らしい成果だね。学院の記録にも残るよ。報告書、特別に僕が代筆してもいいけど?」

「必要ありませんわ」

「えぇ、冷たいなぁ。じゃあ、せめて共同で──」

「ご自分の課題を終えてから仰ってくださいませ」

「うっ……ごもっとも」

──相変わらず、口だけ貴公子。

けれど、反論せずに引き下がったあたり、少しは学んだようね。

少し離れたところで立っていたレオニールも、こちらに近づいてくる。

深い青の髪が風に揺れ、赤い瞳がリーヴを射抜くように見つめていた。

「魔力の循環が非常に安定している。検証素材として、実に興味深い」

「……あなたのシュプラウトは、種を残してくれたそうね。『検証素材』として、興味深い結果よね」

私が同じ調子で返すと、レオニールの瞳がわずかに揺れた。

すぐに視線を落とし、短く息を吐く。

「……失言だった」

「ええ。けれど、気づけたのなら上出来ですわ」

私がそう答えると、彼は何かを言いかけて結局口を閉じ、軽く頭を下げて去っていった。

すると今度は、やや高めの声が割り込んだ。

「いやぁ、さすが姉さま! この調子で夏休みも、グレンくんとの仲を──」

「エミリオ」

名前を呼んだだけで、義弟がぴたりと動きを止めた。

背後でミアが慌てて両手を振る。

「ち、違うんです! その……エミリオさまと話してて! 二人で、応援しようって……!」

「応援?」

「えっと……学問的な意味で、です! すごくいい研究チームだと思うので!」

──学問的、ね。便利な言葉だこと。

エミリオはそれでも懲りずに胸を張る。

「姉さまとグレンくんが同じ屋根の下にいるんだよ? 進展がないほうが不自然だって!」

「観察と看病です。それに客人としての滞在だから別棟よ」

「それでもきっかけは大事だよ!」

ミアがこくこくと頷いた。

「そうです! あの、グレンさん、きっと無理しちゃうタイプですし……。ノエリアさまがいてくださるなら、安心です」

その真っ直ぐな言葉に、思わず少しだけ口元が緩む。

──まったく、純粋すぎて敵わないわね。

「夏休みが明けたら、また会えますよね?」

「ええ。もちろん」

「楽しみです!」

ミアはぱっと笑い、リーヴに小さく手を振った。

リーヴが光をふわりと散らして応える。

「もし時間があれば、公爵邸にも遊びにいらっしゃい」

「えっ……よろしいんですか!?」

「ええ。リーヴも喜ぶでしょうし」

ミアが胸の前で両手を組み、目を輝かせる。

その横で、エミリオがしたり顔で囁いた。

「やったね、ミアちゃん。これで二人の観察も──」

「エミリオ」

「……はい、反省します」

二人が去っていくのを見送りながら、私は小さく息をついた。

──全力でおせっかいな弟と、真っ直ぐすぎるヒロイン。

……夏休みが静かに過ぎるとは、とても思えないわね。