軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38.許されない恋を抱えて、週末の約束へ(グレン視点)

「やあ、我が親友グレンくんじゃないか!」

突然の呼び声に、心臓が跳ね上がった。

教室の奥から、ノエリアさまの義弟エミリオさまが満面の笑みで突進してくる。あまりの勢いに、思わず身を引いた。

「……親友?」

隣でノエリアさまと声が重なる。

目を合わせると、彼女も首を傾げている。

いや、僕も同じだ。親友? 今なんと言った?

エミリオさまはお構いなしに肩へ腕を回そうとする。

「僕たちは、もっと親睦を深める必要があると思うんだ!」

どう返せばいいかわからず、口ごもるしかなかった。

そこへ「今度の週末、泊まりにおいでよ!」という言葉が飛び出す。

耳を疑った。泊まり? 夜通し語り合う? 冗談ではない。

困惑していると、ミアさんが「まあ、それは素敵ですね!」と笑顔で後押しする。

場の空気は完全に決められてしまった。

「ほら! ミアちゃんもそう言ってるじゃないか!」

強引に肩を抱かれ、逃げ場を失う。

必死に曖昧な声を漏らす僕をよそに、エミリオさまはぐいと身を寄せ、耳元で囁いた。

「この間、僕が告白を邪魔してしまったんじゃないかと思って。だから、これはお詫び。姉さまと二人きりにしてあげる」

──っ!?

息が止まり、肩が震えた。

なぜ、それを……? あれは言葉になる前に消えたはずだ。

それどころか、エミリオさまは小鳥が治ったと興奮しながら部屋に入ってきたところだった。それなのに、見抜いたというのか……?

ノエリアさまは、普段から鋭い洞察力を持っておられる。

政治や学園の出来事なら、誰よりも冷静に見抜かれるのに……こと恋愛に関しては、恐ろしいほどに鈍い。

だから僕の想いなど、気付かれているはずがないと思っていた。

だが、このエミリオさまは逆だ。

恋愛関係における勘の鋭さは、時に恐ろしいほどだ。

その彼がこうした場を整えようとするということは……もしかして、ノエリアさまもまんざらではない──?

いやいやいや!

そんな都合のいい話があるはずがない!

僕に、そんな資格があるはずがないのだ。

胸の奥に重たい石を落とされたような感覚。

僕なんかが、ノエリアさまにそんな想いを抱くなど──身の程知らずにもほどがある。

けれどノエリアさまは、僕が自分を卑下するたびに、ほんのわずか眉を寄せられる。

その歯がゆそうな眼差しに気付いてしまったからこそ、いま「自分なんか」と言って逃げれば、きっと彼女を失望させる。

視線がさまよい、どうしても彼女の姿を探してしまう。

ほんの一瞬、視線が交わった気がして、慌てて逸らした。

迷いと羞恥に押し潰されそうになる。

それでも、あの紫の瞳を思い浮かべた瞬間、決意が胸に固まった。

「……わかりました。お邪魔させていただきます」

喉が上下し、震える耳が熱を帯びる。

自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。

──どうして、あんな言葉を口にしてしまったのだろう。

寮の自室で一人になった途端、胸の奥に鉛のような後悔が沈み込んできた。

週末に泊まりに行く?

そんな大それた約束を、どうして承諾してしまったのか。

普段の僕なら、迷わず首を振ったはずだ。

けれど──。

あの瞬間、喉元まで出かかっていた言葉を思い出す。

先日、温室で僕の過去を語ったとき。

胸の奥から込み上げて、口を衝いて出そうになった。

ノエリアさまへの想いを、言葉にしてしまいそうになったのだ。

けれど、その直後にミアさんとエミリオさまが現れて、声は霧散した。

……助かった、と胸を撫で下ろした自分がいた。

僕なんかが口にしていい言葉ではないから。

子爵家の庶子が、公爵令嬢に想いを告げるなど、不遜でしかないから。

そう、わかっている。

わかっているのに。

ノエリアさまは、僕のつたない工夫にさえ価値を見出してくださった。

シュプラウトの記録用紙──あれを雛形にして、購買部に並べてくださった。

施しではなく、努力そのものに意味があると示してくださったのだ。

その一枚一枚を手にした生徒たちの姿を見たとき、胸の奥に染みついていた影が少し溶けた気がした。

あのとき初めて思った。

自分の小さな積み重ねにも価値があるのだと。

それを、誰よりも先に教えてくださったのはノエリアさまだ。

これほどの人がいるだろうか。

他人の努力を当たり前のように拾い上げ、肯定し、次へ繋げてくださる。

彼女を愛さずにいられるはずがない。

……けれど、その想いは身の程を越えたものだ。

僕には、口にしていい資格などない。

それなのに──どうして、あの誘いに頷いてしまったのだろう。

軽率さに頭を抱えながらも、胸の奥で熱が疼くのを止められなかった。

宿泊の約束を交わした重みが、じわじわと胸に広がっていく。

妙に体温が上がった気がして、額の痣に手を当てた。

──熱い。

ほんの一瞬、脈打つように疼いた。

緊張のせいだろうか。

頭に血が上っているだけのはずだ。

けれど、体内の魔力もどこかでちぐはぐに揺れているような感覚がある。

「……はあ」

深く息を吐いて、椅子の背にもたれた。

大丈夫、大したことじゃない。

きっと承諾してしまった衝撃が大きかっただけだ。

そう思い込もうとすればするほど、痣の奥がじんわり熱を帯びる。

──週末までには、心を落ち着けないと。