軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.施しじゃない、提案として──観察記録を雛形に

芝生の上に広げたお弁当の器が、次第に空になっていく。

ミアは唐揚げの最後のひとつを口に運び、幸せそうに目を細めていた。

グレンも無言でサンドイッチを食べ進めている。彼は自分の分まで足りるだろうかと少し気にしていたけれど、今日は多めに作ってきたので問題はない。

穏やかな時間が流れていたが──心の奥に引っかかっていることがあった。

殿下が、愛妾なんて言葉を当然のように口にしたせいで。

「ねえ、ミア」

私は手を止めて、そっと声をかけた。

彼女はきょとんとした顔をして、サンドイッチを持ったまま首をかしげる。

「もし……殿下が、あなたを『愛妾』にと望んだら。あなたは、そうなりたいと思う?」

「……っ!」

ミアの瞳が大きく揺れた。

顔を真っ赤にし、慌てて手を振る。

「そ、そんな……! 私なんかには、とても務まりません。それに……」

小さく息をのみ、胸に手を当てて続ける。

「結婚するなら……やっぱり、自分だけを見てほしいです」

──ああ、よかった。

恋路の邪魔をする気はないけれど、やはりあの殿下はお勧めできない。

もし彼女がローレンスに心を惹かれていたらどうしようかと思ったが、そうではないようでほっとした。

「そうよね。せめて、『万難を排して正妃として迎えたい。愛妾など持たぬと誓おう』──くらい言って、初めてスタートラインよね」

「えっ……!」

ミアは顔を真っ赤にし、慌てて首を振った。

「そ、そんな……そんなこと言われたら……恥ずかしすぎます……!」

言葉の最後はか細くなり、彼女は視線を落としてサンドイッチをぎゅっと握りしめる。

その仕草があまりにも純粋で、私は思わず肩の力が抜けてしまった。

「ふふ……あなたらしいわね」

──やっぱり、こうでなくては。

彼女には笑顔が似合う。

これから先、自分で歩こうとするその背を、私はそっと押してあげたい。

そう心に思いながら、私は一口サンドイッチを頬張った。

サンドイッチを飲み込んだところで、ふと横を見る。

グレンはサンドイッチを口に運び、相変わらず無駄のない仕草で食べ進めていた。

「そういえば、グレンっていつも先生からの雑用を任されているでしょう? 今もその帰りだったのよね?」

さらりと切り出すと、彼は一瞬言葉を探すように間を置き、それから小さく頷いた。

「……駄賃をいただけるんです。練習のときは、怪我をすることも魔力を使い果たすこともありますから。傷薬や魔力回復薬を買わないと、とても足りなくて」

なるほど、と胸の奥で納得する。

熱心に練習をすれば、失敗や消耗は避けられない。薬が必要なのは当然だろう。

「でも、それだと大変でしょう?」

私が思わず眉を寄せると、彼は淡々とした声で続けた。

「……贅沢をしなければ、どうにかなります。ただ、練習を積むほど薬の消費も増えますから。正直なところ、心もとないんです」

言葉自体は平静だが、その裏に隠された苦労は容易に想像できた。

……私には想像が及ばなかった部分だ。

公爵家には傷薬や魔力回復薬など、いくらでもある。気にしたことはなかった。

「そうなの……。ミアは大丈夫なの?」

呼びかけられた彼女は、遠慮がちに口を開いた。

「私は……大丈夫です。特待生なので学費は免除されていますし、教材費も少し支援が出ます。それに……聖属性は自分で癒せますから。怪我をしても薬は要りませんし、魔力も消費が穏やかで……回復を高める術もあるんです」

言いながら、ミアは申し訳なさそうに瞳を伏せた。

……なるほど。

特待生な上に、聖属性であることが助けになっているようだ。

私はグレンの言葉を反芻しながら、無意識に指先で扇をなぞった。

週末の観察も、毎日の授業後の記録も、ずっと一緒にやってもらっている。

……もしかして、その分、彼が駄賃を稼ぐ時間を削ってしまっているのではないだろうか。

彼には、私とペアを組むことで周囲の視線などといった負担をかけてしまっている。

何かしらの利益が出るようにしなければ不公平だと思っていたが、むしろ逆だったことに愕然とした。

援助するのは簡単だ。公爵家の蔵には薬も資金も潤沢にある。

けれど、それをそのまま差し出すのは──彼の矜持を傷つけるだけ。

施しなんて、きっと彼が一番望まないことだろう。

どうにかして、彼自身の努力が正当に報われる形にできないものか。

思案を巡らせて、ふと脳裏に浮かんだのは──先ほど見せてもらった観察記録だった。

魔力の注入量、脈動の強弱、葉の色。項目ごとに分けられた整理された記録。

あれなら教師だって、一目で理解できるはずだ。

「……そうだわ」

思わず声が漏れ、二人がこちらを見る。

私は咳払いして取り繕った。

「観察記録のことよ。授業では皆が好き勝手に書いているけれど、あれでは後で比べるのが大変でしょう? グレンの書き方を雛形にすれば、きっと皆が助かるわ」

「えっ……?」

グレンの瞳が見開かれる。

そんな大げさな、と言いたげに口を開きかけたが、私は軽く首を振った。

「教師も判断しやすいし、学園にとっても有益よ。項目をまとめた記入用紙を印刷して、購買部で売ることを提案してみるのもいいかもしれないわね」

「そ、それは……!」

彼は慌てて言葉を失った。

耳まで赤く染めながらも、反論しきれない。

隣でミアがぱっと顔を明るくする。

「とてもいいと思います! 私……グレンさまの記録、見せてもらったことがありますけど、本当にわかりやすかったんです。私もあんなふうに書けたらいいなって」

無垢な賛同に、グレンは視線を伏せる。

それでも、その口元がわずかに緩んでいたのを、私は見逃さなかった。

──これなら。

彼自身の努力を、正しく形にできる。

それがきっと、彼の力にもなるはずだ。