軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

76 それがとっても怖いのです!

柔和な微笑みを浮かべながらも、クライドの双眸には油断ならない光が宿っている。

「……あら」

シャーロットは急いで冷静な顔を取り繕うと、『悪虐聖女』らしい振る舞いでぱっと後ろに下がった。

「待ち合わせの時間は、まだのはずですけれど?」

「ひどいお人だ。俺に会って下さるおつもりなど、最初から無かったのでは?」

クライドはまるで、昨夜のシャーロットたちの会話を見聞きしてきたかのようだ。

「あるいは、オズヴァルトと共にお越しになるつもりでしたか。いずれにせよ、俺が嫉妬で焼け死ぬ羽目になってしまいそうですね」

「……」

「俺は、あなたをあんなに愛していたのに」

クライドは胸の前に手を当てると、にこっと柔和に微笑みを浮かべる。

「そのことまで忘れてしまったのですか? シャーロット」

(き、記憶を失う前の私ったら……!!)

シャーロットは焦りでどきどきしながらも、心の中で自分を責めた。

(オズヴァルトさまのことが大好きだったはずなのに、一体どうしてクライドさまを誑かすような振る舞いを!? ……『悪虐聖女』だったからですね、そうですね!?)

クライドは言うなれば被害者だ。にもかかわらず振り回すのは、物凄く胸が痛んでしまう。

けれど、悪虐聖女としての正解は明白だった。

「生憎だけれど」

シャーロットは表面上だけ静かにクライドを見据え、淡々と告げる。

「かつて交わした約束がどのようなものであろうとも、知ったことではないわ。――いまの私は、名実ともにオズヴァルトさまのものなの」

「……シャーロット……」

(ああああ、本当に本当にごめんなさい……!)

悲しそうな目で見つめられ、罪悪感でいっぱいになる。しかしはっきりと拒絶する以外、シャーロットの取るべき選択肢はない。

(それに、このお方の目。なんとなく、直感ではありますが……)

シャーロットがそんなことを考えた、そのときだった。

「仕方がありません。あなたが記憶を取り戻さないことには、始まりませんね」

「…………」

「どうか私のもとへ、一度だけでも来てはいただけませんか? そうすれば」

クライドはその目を眇め、低くて掠れた甘い声で囁く。

「あなたの本当の過去を、教えて差し上げます」

(私の、本当の過去……?)

消し去られてしまった記憶の中に、シャーロットの知るべきことが眠っているのだろうか。

(国王陛下に命じられた振る舞いとはいえ、『私』は戦場で多くの方々の想いを踏み躙ってきました。記憶がないままの私に、本当の意味での償いは出来ていない……)

シャーロットはこくりと喉を鳴らす。

(向き合うために必要なのは、私自身の記憶。このお方は、それを……)

微笑んだクライドのその手が、シャーロットの方に伸ばされた。

それでも拒絶しようとした、その瞬間だ。

「!!」

シャーロットとクライドの間を遮断するかのように、床から無数の氷柱が突き出す。クライドが咄嗟に手を引かなければ、氷はその手を貫いていたかもしれない。

「シャーロット」

「オズヴァルトさま!」

転移陣から現れたオズヴァルトが、シャーロットを背に庇う。ぱきんと音を立てて砕けた氷の向こうで、クライドが笑った。

「ははっ、早いな。下で起きていた魔力暴走を、もう鎮めてしまわれたのですか?」

(この言い方。まるでクライドさまが、あの男性の魔力暴走を引き起こしたかのような……)

オズヴァルトは静かにクライドを睨み、淡々とした声音で尋ねた。

「私の妻に何か?」

(つつつつつ、妻ーーーーーーーーっ!!)

突然の致命傷を喰らってしまい、シャーロットは必死に悶絶を抑える。ぎゅっと自分自身を抱き締めたその姿は、男性同士の争いに怯えて困惑する様子に見えたかもしれない。

「『私の妻』はこちらの台詞ですよ。オズヴァルト殿」

「シャーロットのことも俺のことも、そのように呼ばせることを許したつもりはないが」

「おっと失敬、ラングハイム殿とお呼びした方が?」

あくまで穏やかに微笑むクライドの様子は、却ってそれが挑発に見える。

「それにシャーロットは、まだオズヴァルト殿の正式な妻ではないでしょう」

「そのように断定される謂れはないな。我が国の国王陛下がお認めになった、正式な婚姻だ」

「ですが、婚姻の祝福は拒まれた?」

「――――……」

オズヴァルトが眉根を寄せる。何もかも見抜いているかのようなクライドの言葉に、シャーロットも警戒心を強めた。

「お忘れなきよう、『オズヴァルト殿』。略奪者は俺ではなく、あなたの方ですよ」

「……何を」

「近々必ず、シャーロットは返していただきます。……では、今日はこれにて」

すっと後ろに一歩退いて、クライドはシャーロットに微笑みかけた。かと思えばその姿は、転移の陣によって瞬時に消える。

「……すまなかった、シャーロット」

息を吐き出したオズヴァルトが、シャーロットを振り返って手を伸ばした。

「君から目を離し、危険な目に遭わせたことが不甲斐ない。……怖くはなかったか?」

「お、オズ……っ」

「おず?」

シャーロットはぷるぷると震えつつ、ずっと我慢していた衝動を口にする。

「オズヴァルトさまの格好良さが、何よりも怖いです……っ!!」

「…………」

どしゃあっと床に跪いたシャーロットを、オズヴァルトが半ば死んだ目で見つめていた。