軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

72 旦那さまの言葉が致命傷です!!

「なんにせよ、真実を確かめる必要があるな」

「……」

シャーロットは、部屋の隅に置いてある旅行鞄をちらりと見遣る。ペパーミント色の大きな革鞄には、一冊の手帳を忍ばせていた。

(記憶を失う前の私が、いまの私に残した手帳。私がオズヴァルトさまにときめく度に、偽物の過去の映像を見せて、私の記憶を誘導するはずのものとはいえ……)

もしかしたらあの手帳の続きには、あのクライドという男性も登場するのだろうか。可能性は高い気がするものの、シャーロットは項垂れる。

「こんなに日々オズヴァルトさまにどきどきしているのに、手帳はまったく次のページが開かなくなってしまいました。何かのヒントに使える気がしたのですが」

「恐らくはページを捲れるようになる条件が、ページごとに違っているんだろう」

「確かに。記憶があろうと無かろうと、私がオズヴァルトさまへのどきどきを我慢できるはずがありませんものね! 以前の私もそれは分かっていたはずですから、厳重に条件を変えるのは当然です」

シャーロットが確信を抱いてそう言えば、オズヴァルトは少々気恥ずかしそうに咳払いをした。

「こほん。そんな訳だ、手帳から情報を得るのは一旦諦めよう」

「でしたら、あのクライドさまと仰る殿方はいかがでしょうか? 渡されたお手紙には、待ち合わせの場所と時間が書いてあります。明日の十三時、私ひとりで聖都の噴水にて、と」

「得体の知れない人間に接触して、危険に近付く必要は無い。俺や君自身よりも君の過去に詳しい人間は、他にもちゃんと存在しているからな」

そんな人物たちについては、シャーロットにも心当たりがある。恐らくは複数いる候補の中で、オズヴァルトが最も接触しやすい相手を指すのだろう。

「夕食の前に一度王都まで転移して、あのお方に会う算段をつけよう。イグナーツに依頼すれば、あいつがなんとか調整するはずだ」

「イグナーツさま!」

騎士団で諜報に近い活動もしている男性イグナーツは、オズヴァルトにとっての友人だ。イグナーツいわく悪友で、オズヴァルトはその言い方を嫌そうにしている。

けれども本当に仲が良いふたりであることは、シャーロットから見ていてもよく分かった。

(イグナーツさまはとっても良いお方です! オズヴァルトさまも信頼して、普段通りの私で接しても良いと判断なさったくらいですし!)

数ヶ月前、悪虐聖女ではないこのままのシャーロットの姿を見せたとき、イグナーツは最初こそ面食らっていた。

けれどもやがて楽しそうに笑い、『あなたがオズヴァルトと結婚して下さるなら安心だ。改めて、こいつをよろしくお願いします』と言ってくれたのである。

(ですが一方で、『あのお方』については……)

シャーロットの過去を聞きたい相手というのは、オズヴァルトがあまり積極的に関わるつもりがない人物であることを知っている。

シャーロットは項垂れつつ、改めてオズヴァルトに詫びた。

「ごめんなさいオズヴァルトさま。私が婚礼の大門に弾かれてしまった所為で、ご迷惑を」

「なぜ君が謝る? それに、最終的にはどうとでもするさ」

「どうとでもとは?」

シャーロットが首を傾げると、オズヴァルトは当然のように口にする。

「神からの許しが無かろうと、君は俺の妻だ」

隣から伸ばされたオズヴァルトの手が、シャーロットの首飾りの鎖に触れた。

「――その事実をいかなる手段を使ってでも証明し、君を守り続けよう」

「………………」

オズヴァルトから贈られた守護石は、胸元できらきらと輝いている。オズヴァルトは、その守護石と同じ色をしたシャーロットの瞳を見据えた。

「緊急事態に備えて、再封印している君の神力を解放しておきたいところだが」

「…………」

「それが国王陛下に知られる方が、厄介な事態になりそうだからな……」

そうしてオズヴァルトは爪の背で、シャーロットのくちびるをするりとなぞる。

神力の封印や解除を行うには、お互いの陣が刻まれた場所同士を触れ合わせる必要がある。オズヴァルトとシャーロットの封印の陣は、それぞれの舌に刻まれていた。

「………………」

「シャーロット?」

シャーロットはすっと立ち上がると、自分たちが座っていたのとは違う長椅子に腰を下ろす。しずしずとルームシューズを脱いだあとは、ゆっくりと長椅子に横たわった。

「オズヴァルトさま……」

仰向けになって両手を組み、胸の上に置く。そうして目を瞑り、うっすらと微笑みを浮かべてオズヴァルトにこう願った。

「……あなたにお会い出来て、幸せでした……。私の人生、もはや一片の悔いも無く……」

「いや待てしっかりしろ、夫を置いて永遠の眠りに就こうとするな!! 頼むからもう少し色々と悔いを残してくれ、 生きろ(スタンド) !!」

そんなやりとりをしながらも、大忙しの一日が過ぎてゆくのだった。

***

ラングハイム夫婦が眠る宿の部屋で、鞄の中には一冊の手帳が眠っていた。

幾重にも魔法が施されたその手帳は、ほんのりと光を帯びている。けれどもそれはごく淡いもので、星の瞬きほどに儚い光だ。

光はやがて、消えてしまった。

純然たる暗闇に浸された部屋には、いつまでも眠れない花嫁の、寝返りによる衣擦れの音が響くばかりである。

***