軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【コミカライズ開始記念】敬愛する我らが団長は、可愛い犬を飼い始めたらし……い?②

トーマスはその背中に声を掛け、上司の体調を労った。

「団長、お疲れですか? 最近は定刻に帰宅なさるために、勤務時間内にばりばり詰め込んでらっしゃいますもんね」

「いや。そういう訳ではないんだが……」

「ですが俺、安心しました。そのワンちゃん、団長にとってもすごく可愛い存在なんですね」

「……どういう意味だ?」

「だって団長。このところ、眉間の皺が少し減りましたよ」

トーマスは心の底から嬉しく思いつつ、オズヴァルトに告げた。

「そのワンちゃんが可愛くて、疲れも吹き飛んでいるのでは?」

「………………」

その瞬間、せっかく減ってきた眉間の皺が寄り、オズヴァルトが複雑そうな表情になる。

「……気の所為だ」

「え!? いやいや、絶対に可愛がってらっしゃいますよね?」

「気の所為だ」

(頑なに認めたくないご様子だなあ……)

ひょっとしてその犬には、何か事情があるのだろうか。そう思っていると、オズヴァルトが咳払いをする。

「それよりも、午後の件は頼んだぞ」

「はい団長!」

歩き始めたオズヴァルトの背中を振り返り、トーマスはぶんぶんと手を振った。

「ワンちゃんの話、また聞かせてくださいね!」

「……そのうちな……」

返事をしたオズヴァルトの表情は、やはりものすごく複雑そうだ。

(そういえば、ワンちゃんの名前を聞き損ねたな)

そんなことを思いつつ、トーマスは廊下を歩き始めるのだった。

***

それからしばらく経った頃、任務先からの帰り道で、トーマスはオズヴァルトに尋ねてみた。

「ワンちゃんはあれから元気ですか? 団長」

「ぶっは!!」

「………………」

隣で盛大に噴き出してみせたのは、イグナーツである。

情報部隊の隊長を務めるイグナーツは、オズヴァルトの旧友だ。

そう言うとオズヴァルトは不本意そうな顔をするのだが、彼らの気兼ねないやりとりを見ていると、まさしく親しい友人に他ならないと思う。

「おいおいお前―……」

「…………」

イグナーツはガッとオズヴァルトの肩を組むと、トーマスには聞こえない声でひそひそと話し始めた。

「ワンちゃんってまさか『彼女』のことか? 部下にそんな説明を? ラングハイム公爵閣下にそんなご趣味がおありだったとは恐れ入った、引くわー……」

「うるさい黙れ違う。俺がそう話した訳じゃない、部下たちが何故か誤解しているだけだ……! 事実を話す訳にはいかないだろう」

「それにしても犬はない。せめて猫だろ猫」

「お前の好みと主観はやめろ、犬と何が違うんだそれは!」

会話の内容がまったく聞き取れない。トーマスは首を傾げ、上官ふたりの背中に尋ねる。

「あのー……?」

「……」

「……」

オズヴァルトとイグナーツは身を離し、トーマスの方に向き直った。

「……元気にしている。毎日毎日賑やかで、屋敷中が祭りのような騒ぎだ」

「そうですか!」

オズヴァルトのその言葉に、トーマスは嬉しくなる。

「元気いっぱいのワンちゃん、良いですねえ。団長、前回は否定してらっしゃいましたけど、やっぱり可愛がっていらっしゃるんじゃないですか!」

「ぐ…………」

『可愛がっている』という言葉に対し、オズヴァルトは今日もやっぱり眉根を寄せた。

「……そういう訳じゃ、ない」

「ええっ? ですが」

「そんなことよりもさっさと帰城するぞ。……イグナーツ、その目をやめろ!」

などというやりとりをしながらも、トーマスは心の中で考える。

(団長は何故か認めようとなさらないけれど。――やっぱりそのワンちゃんのことが、可愛いように見えるんだけどなあ……)

***

オズヴァルトの犬について情報が入ったのは、さらにしばらく経ってからのことだった。

「……団長の犬が家出したらしい……」

「ええ……っ!?」

そんな悲しい報せを聞き、食堂に揃った一同は青褪める。

何しろこのところのオズヴァルトは、ふとした折に考え込んでいる様子が窺えた。その表情ときたら、犬を飼い始める前よりも険しくて、難しい顔だったのだ。

トーマスをはじめとする部下たちは、みんなでオズヴァルトのことを心配していたのである。

「そ、それで団長の犬は大丈夫なのか!?」

「なんでも家出先は分かっていて、あのハイデマリーさまのお屋敷にいるのだとか」

「ああー……! 魔犬フェンリルの保護活動をなさっているという、男子禁制のお屋敷!!」

「犬の飼育に慣れている家か! よかったあ、ならまだ安心だな……」

「しっかし、団長の思い悩んでいた原因はそれかあ……!!」

犬の安全は保証されているとしても、心配なのはオズヴァルトだ。

「団長、ワンちゃんと喧嘩でもしたんだろうか」

「迎えに行こうにも、男子禁制の屋敷じゃ無理だし。心配だろうな」

(団長……)

フォークを握り締めたトーマスは、心の底からこう祈る。

(団長と団長のワンちゃんが、早く仲直り出来ますように)

オズヴァルト本人は認めなくとも、その愛犬は間違いなくオズヴァルトの支えになっていたはずだ。

だからこそトーマスは、オズヴァルトがすぐに愛犬と再会出来ることを願いつつ、午後の任務に備えて昼食を再開する。

***

オズヴァルトが数日ほど職務を休んだ。

一日しっかり休んでもらうことも珍しいのに、数日続けてとなると驚異的だ。

その上でなんとなく、あまり良い理由での休暇では無かったように感じられて不安に思う。

同僚たちは気付いていなさそうだったのだが、トーマスは胸騒ぎがしていた。

だからある朝、オズヴァルトが職務に復帰している姿を見て、心の底から安堵したのである。

「団長! おはようございます!」

「トーマス。急に三日も休んでしまって悪かったな」

「滅相もありません! ……ひょっとして……」

オズヴァルトの雰囲気に、トーマスは察した。

ここ最近難しい顔をしていたオズヴァルトの表情から、その険しさが無くなっている。オズヴァルトが犬を飼い始めたころの、雰囲気が少し変わった時期とおんなじだ。

(これは、ワンちゃんがご自宅に帰って来たのに違いない!)

「?」

思わず喝采したくなるものの、家出の話には踏み込めない。トーマスは悩みに悩んだ末、質問の仕方を思い付いた。

「あ、あの!!」

「どうした?」

「ワンちゃんは今日もお元気ですか!」

以前と同じことを尋ねるが、どうしても不自然になってしまった。オズヴァルトは僅かに目を瞠ったあと、普段通りの表情に戻る。

「…………ああ」

「そ、それならよかったです! ええーっと、あの!!」

ぎこちなくなってしまったのを誤魔化すため、トーマスは視線を彷徨わせる。

「……トーマス。実はお前たちの言う、我が家の『犬』の正体なんだが……」

「ああーっ滅相もない、大丈夫です、ご説明いただくまでもなく分かってます!! ただのワンちゃんではなくて、団長にとっての最高の愛犬なんですよね!!」

「いや、そういうことではなく」

「俺はいま騎士団の宿舎暮らしなので、犬と一緒に過ごせる団長が羨ましいです!! 以前はあんなことを仰ってましたが……」

トーマスは内心で慌てつつ、やっぱり以前と同じ問い掛けを重ねた。

「やっぱり、ワンちゃんは可愛いでしょう?」

「!」

とはいえきっとオズヴァルトは、前回同様にそれを否定するのだろう。

トーマスはそう思っていた。

けれども返ってきたその言葉は、予想に反したものだ。

「……そうだな」

「え」

オズヴァルトはふっと目を細めた。

(……あれ……?)

ここには居ない誰かを思い出すような、そんなやさしいまなざしだ。

オズヴァルトがこんなに柔らかく笑うところを、トーマスは一度も見たことがない。

そんな微笑みを浮かべた彼は、心の底から愛おしいものに向ける声音を隠しもせず、こんな風に言葉を紡いだ。

「本当は、あいつのことが可愛くて仕方がなかった。――……ずっと」

「…………っ!!」

トーマスは、目を丸くする。

居合わせてはいけない場面に居合わせてしまったかのような、そんな感覚に陥った。

つまるところ、愛の告白でも耳にしてしまったかのような、そんな罪悪感を抱いたのだ。

「そ……っ!! それは、その、あの」

「……こんな時間か。そういえば、朝一番に会議があったな」

何も言えなくなったトーマスに対し、オズヴァルトは何事もない様子で告げる。

「私事で話しておきたいことがあるんだが、それについては後で全員が揃ってからにする。すまないが、朝礼は適当に仕切っておいてくれ」

「は、はい!」

慌てて背筋を正したトーマスは、オズヴァルトの背中を見送ったあと、またしてもオズヴァルトの入れ違いで入ってきた同僚に視線を向けられる。

「トーマス? お前なに顔を赤くして突っ立ってんだよ」

「……なあ。団長がこのところ、早く帰ってた理由だけど……」

「は? それは犬を飼い始めたからって話だろ。何をいまさら」

トーマスはふるふると首を振り、ぼそりと言った。

「……やっぱりお前の言う通り、恋人が出来た所為だったのかも……」

「はああ?」

そしてその夜、オズヴァルトから結婚の報告を受けた部下一同は、絶叫に近い驚愕と歓喜に飲み込まれたのだった。

【コミカライズ開始記念番外編・おしまい】