軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110 王位(第2部最終章・完)

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第一王子アンドレアスは、執務机でゆっくりと茶を飲んでいた。

本日聖都で騒ぎが起き、それは迅速に処理されたと、弟のエミールから報告を受けている。

五人いる弟のうち、アンドレアスに容姿のよく似た双子の弟ニクラスよりも、このエミールの方が使い勝手が良い。

双子といえど能力が似ているとは限らないことを、アンドレアスはよく知っていた。

(俺がある程度関与していることを、エミールは察しているだろう)

そんな些細なことを思い浮かべ、目を眇める。

(エミールだけではない。当然、此奴も……)

「――アンドレアス殿下」

背後から聞こえてきたその声に、アンドレアスはくっと喉を鳴らした。

「不敬だな。オズヴァルトよ」

カップを置き、椅子の肘掛けに頬杖をついた。目を伏せて、末の異母弟の名前を呼ぶ。

「臣下ごときの入室を、無言で許可した覚えはないぞ」

「このような無礼を働きましたこと、心よりお詫び申し上げます」

後ろに立ったオズヴァルトの声には、詫びるような殊勝さなど感じない。

この異母弟は静かに、それでいて深く憤っていた。

幼い頃は父王や他の兄弟に反抗し、その度に気を失うほど仕置きをされていたのを思い出す。

成長するにつれ、あの愚かなほど素直な怒りはなりを顰め、ただただ炎のように燃え盛る双眸を向けるだけになっていたはずだ。

そんな異母弟に向けて、アンドレアスは敢えて尋ねてやる。

「何をしに来た? オズヴァルト」

「…………」

ランドルフやニクラス辺りの弟であれば、怯んで何も言わなくなっていただろう。

しかし、未だ王子の身分すら世に明かされていない身の上のオズヴァルトは、臆することなく口を開くのだ。

「恐れながら。――アンドレアス殿下に向けての、宣戦布告を」

「ほう?」

随分と面白いことを言う。

そう思い、滑らかに回転する椅子ごとゆっくり振り返ってやれば、オズヴァルトは静かにこちらを見据えていた。

「シャーロットについては、私が国王陛下から一任いただきました。私は生涯、彼女の傍から離れることはないでしょう」

「実に素晴らしい心掛けだな。この国を守る騎士として『悪虐聖女』を監視し、民に安寧を約束してやれ」

「俺が何よりも守り抜くべき存在は」

オズヴァルトは双眸に灯る炎のようなその憤りを、ますます深いものにする。

「我が妻、シャーロットです」

「…………」

アンドレアスは、くちびるだけで笑う。

「これは確かに、宣戦布告のようだな」

「シャーロットの存在が他国からの脅威を呼ぶとお考えなのであれば、私は彼女を連れてこの国を出ますが?」

「なるほど。殺して始末するよりも穏便だが、将来の敵対という不安要素は残したままだな」

「…………」

オズヴァルトが、どこか冷静さを感じさせるまなざしを向けてきた。

その冷ややかさこそが寧ろ、手段を選ぶ気はないのだという覚悟を窺わせる。

アンドレアスにとって、オズヴァルトがこれほどまでにシャーロットを愛するようになるとは、つくづく想定外の状況だ。

シャーロットを殺して処分するつもりだったことを、オズヴァルトは見抜いているだろう。

その際にオズヴァルトが命懸けで止めようとすれば、もちろん無事で済むはずもなく、シャーロットの死後の反逆も抑制できる。

「本当に、この先も守り続けると?」

アンドレアスの判断を、オズヴァルトは見抜いているはずだ。

「お前との結婚を、泣いて嫌がる女だぞ」

意地の悪いことを聞いてやる。シャーロットの本心がどうであろうと、客観的な事実は変わらない。

「……シャーロットが俺の所為で流した涙は、俺の手では受け止めきれないほどでしょう」

意外なことにオズヴァルトには、こちらの挑発に乗る気配がなかった。

「だからこそ傍で守ります。――この先に彼女が流す全ての涙を、幸福によるものにするために」

「……」

アンドレアスは笑い、再びオズヴァルトに確かめる。

「そのために、国をも敵に回す気だと?」

「世界であっても構いません」

答える声に迷いはなく、強い覚悟を感じさせた。

「シャーロットを傷付けないことさえお約束いただければ、私は永遠にこの国の忠実な臣下です。……そのことをくれぐれも、お忘れなきよう」

「……臣下、か」

アンドレアスは小さく笑い、目を伏せる。

「王になどなるものではないぞ。オズヴァルト」

「……?」

「想っていた女ですらも、娶らないどころか、国益のために切り捨てるべき判断をする日がくる」

自身の手のひらを見下ろして、一度握り込み、それを開いた。

かつて戦場で失い、ひとりの少女によって再び与えられたこの腕を、アンドレアスは時々眺めることがある。

だが、ただそれだけだ。

「父の命令によって、俺は戦場から退いた。戦慣れしたお前を手放すのは、我が国にとっても損失かもしれないな。……聖女についても」

「……殿下」

「お前たちがこの国の忠実な臣下である限り、俺もその婚姻を『祝福』してやろう」

そう告げると、オズヴァルトは一礼した。

「そのお約束。今後も守っていただけることを、心より願っております」

「ふ。本当に今日のお前は、俺に対して不敬だな」

そう告げると、オズヴァルトはアンドレアスを一瞥してから転移する。常識的に振る舞う普段のオズヴァルトからは、考えられない態度だ。

(まるで、恋仇を睨むかのような顔をする)

嘲笑したアンドレアスは、小さな声で呟いた。

「まあいい。これからせいぜい、幸福に過ごすことだな。……シャーロット」

我ながら、随分と穏やかな声が出たものである。

そんなことを考えて微笑んだアンドレアスは、カップの中身を飲み干したのだった。

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エピローグへ続く