軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11 『妻』の異変とその元凶

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オズヴァルトは、気を失ったシャーロットを咄嗟に抱き止めて、渋面を作った。

「シャーロット。聞こえるか?」

「ううーん……。いけません、そんな、自分で自分が羨ましい……」

(……一体何を言っているんだ……?)

顔色は決して悪くないようだ。むしろ、その頬は薄赤く上気しており、至って健康的に見える。

(まあ、突然意識を失っても無理はない。あれだけあった神力が、今はほとんど枯渇しているんだ)

この世界に生まれた生き物なら、誰だってその身に魔力を宿している。

血液と同じ、生命を維持するのに必要なものだ。『神力』というものも、治癒能力が使える人間のそれを特別にそう呼ぶだけで、本質は魔力と変わらない。

封印前のシャーロットには、莫大な神力が流れていた。それを、彼女と同等に近い魔力を持つオズヴァルトが、持ちうる限りの手段を講じて封じたのだ。

封印の際に対峙したシャーロットは、聖堂の床に膝をつき、忌々しいものを見るまなざしでこちらを睨んでいた。

薄水色の双眸に、炎のような敵意が燃えていたのを思い出す。オズヴァルトは、拘束魔法の黒い鎖を彼女に絡みつかせ、対話の機会すら与えなかった。

それが命令だったからだ。

『聖女を捕らえろ、傷付けても構わない、殺しはするな。確保次第、その神力を封じ、二度と残酷な真似が出来ないようにしろ』

王家からの指示に従って、オズヴァルトは彼女の口をも塞いだ。

シャーロットの声を聞いたのは、たったのこれだけだ。

『――オズヴァルト・ラルフ・ラングハイム』

彼女はオズヴァルトの名前を呼んだ。

憎くて仕方がない、そんな存在を罵るかのような声音だ。オズヴァルトの方だって、同等の憎悪を彼女に向けた。

(……かつての戦場で、重傷を負ったあいつらに治癒のひとつも出来なかったのは、シャーロットが他の治癒魔術師の神力を封じたからだと聞いている)

国に仕える治癒魔術師は、その結果、誰も治癒魔法が使えなくなった。

その理由を王族が問い質すと、彼女は面白そうに笑いながら、『他の女が治癒魔法を使えるなんて、生意気でしょう?』と言い切ったらしい。

『他人を癒せるのは私だけ。それで十分だわ』

そんな風に微笑んでおきながら、シャーロットは、その戦場で誰ひとり治癒することはなかった。

その場の全員が頭を下げようと、シャーロットは首を縦に振らなかったと聞いている。

『ドレスが汚れてしまうもの』と、退屈そうに言ったそうだ。

シャーロットは、怪我人たちの顔を見るどころか、翌朝には亡骸となってしまった彼らに祈りを捧げることもなかった。

あのときに死んだのは皆、オズヴァルトの友人たちだ。

それでも王家は、シャーロットの神力を封じられる魔力を持ち、いつでも殺すことの出来る唯一の存在として、オズヴァルトを彼女の夫にと命じた。

(……だが)

オズヴァルトは、先ほどの彼女を思い出す。

『シャーロット、と。……あなたが私を呼んで下さる度、これが私の名前なのだという実感が、胸の奥に染み渡ってくるかのよう』

(つまり、いまのシャーロットからは)

そして、深く溜め息をついた。

(――……封印前の記憶が、すべて消えているのか……)

そのことに思い至り、すべての行動に納得がいく。

(恐らくは今朝、目覚めたときからだ。いま、この腕の中にいるシャーロットには、『聖女』として悪行を重ねて来たときの記憶がない)

オズヴァルトの名前を尋ねて来たのも、一目惚れだと言ってみせたのも、周囲を欺いて惑わせるための狂言ではないのだ。

(シャーロット自身が、なんらかの思惑をもって、自分の記憶を封じたということか)

オズヴァルトは思わず舌打ちをする。

(こいつも何故、俺に事情を説明しようとしないんだ? いまのこいつに、以前の人格の責任はないだろうに。記憶もなく、周囲の協力も得られないとなれば、今日一日だけでそれなりに苦労したはずだが……)

腕の中のシャーロットは、すうすうと寝息を立てていた。頬の火照りは冷めていて、いまは子供のように素直な寝顔だ。

(俺は、仲間を見殺しにした聖女シャーロットを許すことは出来ない)

オズヴァルトは、目を伏せる。

(だが。……記憶を失っているいまの彼女に、以前の悪行の責はない……)

記憶を失う前も、いまの彼女も、同一人物だと言われればそうなのかもしれない。

けれどもオズヴァルトは、記憶がないシャーロットに対し、あの『悪女』であった時分の償いをするべきだとは思えなかった。

憎んでいる相手がそこにいるのに、その中身は、憎しみを向けるに値しない。その奇妙な感覚が、オズヴァルトに迷いを抱かせる。

「何が狙いだ? 『シャーロット』」

こちらを一心に睨みつけていた、以前の彼女を思い出す。

ここで眠っているシャーロットは、彼女とは似ても似つかなかった。同一人物であるはずなのに、不思議なものだ。

「……ふん」

オズヴァルトは眉根を寄せたあと、シャーロットを横抱きにしたまま立ち上がった。

その体は軽く、ふわりと持ち上がってしまう。薄紫色をしたナイトドレスの裾が、綻ぶ花のように広がった。

そのまま彼女を寝台まで運び、やさしく降ろしてやる。枕に頭を乗せ、上掛けを掛けて、寒くないように肩まで引き上げた。

「君の誘いに乗ってやる。……いまはまだ、騙されたふりをしておくとしよう」

寝台のふちに腰かけ、シャーロットの横に手をついて、その顔を見下ろす。

「だが忘れるな。君の動向次第では、すぐに――」

「んん……」

そのとき、シャーロットが窮屈そうに身じろいだ。

起こしてしまったかもしれないと、オズヴァルトは静かに口を噤む。シャーロットは、しばらく小難しい顔をしていたが、やがて安心したように微笑むのだ。

「オズヴァルトさま……」

とろけるような声で名を呼ばれて、オズヴァルトはいささか困ってしまう。

(……見ているこちらまで、気の抜ける顔で笑うんじゃない)

窘める代わりに、シャーロットの鼻を指で摘まんでやる。

「ふぎゅ」

シャーロットは再び身じろいでから、むにゃむにゃとこんな寝言を言った。

「んう、オズヴァルトさま、ちょっとだけ……。ほんのちょっと、齧ってみるだけです、から……」

「……なんの夢を見ているんだ、君は……」

絶対に知りたくないと思いつつも、オズヴァルトは彼女の寝室を後にするのだった。

***