軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1話 人生初の気絶

その瞬間のことは、よく覚えていない。

何が起こったのか理解をする間も無く、重たい空気に押されて床に押し付けられたように意識を失った、気がする‥‥。

とある大手企業に勤める俺、鹿野香。

鹿野と書いて「かの」、香と書いて「かおる」と読む。

かの かおる、49歳、男、独身。

‥‥何かモンクあるか?

いや、言いたいことはわかる。

かおるで男かよ、とか、49歳で独身かよw とか。うん。

そして、『大手企業に勤める俺』と言ったが正社員ではない。

派遣である。

49歳で独身で正社員でもないって、終わってるよな。

うん。俺が一番わかっているよ。

俺は地元で大学を卒業してそのまま地元で就職した。

が、その会社を7年で退社、その後上京して派遣ひと筋20年。

いや、別に「派遣」を目指して上京したわけではない。

諸々の事情で派遣のまま、気がつけば20年経っていたんだ。

上京したときはもちろん正社員として再就職をする気満々だった。

だけど世の中そんなに甘くはなかった。

東京なら就職先くらいいくらでもあるだろうとタカをくくっていたのだ。

だが、何の技能も資格も持たない俺には正社員としての再就職は難しかった。

月16万の正社員と月20万の派遣、目先の利益で派遣に飛びついた。

結局、日々の生活費を稼ぐために幾つかの派遣に登録をして、そのままずっと働き続けて今に至る。

ちなみに派遣は昇給は無い、ボーナスも無い、退職金もない。

若い頃は目先の事しか見えていなかった。

派遣人生20年。

人生の選択を、どこで間違えてしまったのか。

まぁ、自分程度の人間は人生を何度やり直しても、選べる道は結局この程度だったろうと、この歳になってようやくそこに落ち着いた。

49歳独身、養う妻子があるわけでなく、田舎の親兄弟とはもとから縁が薄く、自分ひとりが細々と食べていければいいのではと開き直った今日この頃。

そんなわけで派遣で毎日働いていたわけだが、“ハケン”になってわかったことがある。

何の技能も持ち合わせない“男のハケン”など、時給が最低限の事務でさえ紹介してもらうのは難しかったのだ。

ようやく仕事が見つかっても、男ゆえに「事務」という名の雑用や力仕事がほとんどだった。

それでも仕事を貰えるだけマシなので生活のために働き続けるしかなかった。

通常の派遣事務はだいたいが女性で占められている。

自分のように男性が派遣されるのは、派遣がいつかない職場。

つまり、社員のイジメ、セクハラ、事務なのに肉体労働をさせられるなど、特殊な『事務職』が多い。

今の派遣先の職場もそんな感じだ。

まぁ、俺としたらどんな職場だろうが働けるだけマシなんだ。

働かないと家賃が払えなくなるからな。

現在の自宅は首都圏のワンルーム賃貸。

そう。首都圏。

「首都圏」と聞くと俺のような田舎者はずっと「東京都内」と勘違いしていた。

なんと、東京近郊の県もみな「首都圏」なんだと。

驚いた。

で、うちは、東京からいくつか川を渡った某県。

ショボい貯金持って田舎から出て来た俺はたっかい家賃の都内に住めるはずもなく、結果、某県の賃貸ワンルーム、毎日通勤片道ニ時間の場所に落ち着いた。

え?その某県の自宅近辺で派遣の仕事を探せばいい?

無いんだよ。

そりゃあ自宅から近距離に仕事があれば嬉しいが、無いのだよ。

田舎に派遣事務を雇うような会社は。

自宅のアパートの窓から見える風景が、実家の田舎とあまり変わらない気がする。……首都圏なのにな。

だがだが、自宅はともかく職場は都内!

何故ここまで都内にこだわるかと言うと、時給が全然違うんだよ。

川の向こうとこっちでは!

職場の目の前には日比谷公園、ちょっと遠目に国会議事堂!

線路を挟んだ向こう側はおしゃれな銀座!(おっさんには関係ないけどな)

しかも、派遣先の部署がビルの22階のフロアというロケーションの良さ!(富士山が見えるんだよ、ちっさいが)

実家とはとっくに縁が切れているのに誰に対して見栄を張っているのか、とにかく“東京で働く自分”にこだわり続けていたんだ。

派遣先のこの会社はそれなりの大企業でこのビルも自社ビルの40階建てだ。

俺が派遣されている部署のフロアには102人が働いている。

だが…何だろう?

この部署、なんか、ショボイ感がただようんだよな。

ま、どうでもいいがな。俺もたいがいショボイおっさんだからな。

で、さすがに毎日通勤往復四時間は、50歳手前のオッサンにはキツくなってきたのかな?

まさか意識を失うとは。

人生初の気絶だ!

........

まぶたをあけたら知らない天井……ではなく、よく知っている職場の天井だった、が、目の前が暗かった。

意識がなくなってからほんの数分に感じたけれど、実は結構時間が経っていたのか?

真っ暗ではないけれど、かなりの薄暗さ。

しかも、なぜか俺は床に倒れたまま。

周りはシーンとしている。

え?

まさか、夜?

クラっと意識がなくなったのって、たしか始業後まだ1時間くらいだったはずだ。

と言うことは、午前10時より少し前くらいだった気がする。

しかし今、フロアは薄暗くシーンとしている。

え?え?

まさか、倒れた俺を放置して皆さん帰宅ですか?

えええええ?

いくら俺の席が一番後ろの一番隅っこで棚や機械に囲まれて見えづらい場所とはいえ、放置はひどくないか?

気がつこうよ?

いつも一生懸命バリバリ働いてるハケンさんが朝から倒れてるんだぞ?

気がつかないと、そこは人としてダメだろ?

社員さん達に煙たがれていたのは知っていたけどさ、倒れた人間を放置して帰宅ってさぁ……。

あまり良い職場ではないと思ってたけど、ひでぇな。

なんか、鼻のあたりがツンとしてきた。

グスッ、グスッ…。

泣くな、俺!

49のオッサンが泣いても誰の得にもならないぞ。

悲しさを我慢していたら今度は怒りがムクムクと湧き上がってきた。

何だよ、チクショー、みんなのパカ。(バカとは言えない)

とにかく起き上がろうと寝返りをうったら、少し離れた床に隣のチームの係長(俺よりずっと若い)が倒れている。

は?

その向こうにも倒れている誰かの頭が見える。

そのすぐ横に見える足は…頭の持ち主とは別だよな?同じだったら気持ち悪いくらい身体が柔いぞ?

何人も転がってる?

え?

えええええ?

どゆことよ?

なんで! みんな! 倒れてるんだよ!