作品タイトル不明
リカルドの後悔 Sideリカルド
なぜこんなことになってしまったのか。
相変わらず書類が山と積まれた執務机の前でリカルドは口から出そうになるため息を呑み込んだ。
この前口論して以降、リカルドとマリエッタの間には何とも言えない雰囲気が漂っている。マリエッタがやって来た当初のように彼女と一緒にいるだけで喜びを感じるような、そんな浮かれた気持ちにはもうなれなかった。
そして以前は思い浮かばなかったミラベルのことをよく思い出す。特に仕事で疲れた時など、ミラベルがしてくれたさり気ない気遣いを今更ながらに感じることが増えていた。
ミラベルはどこに行ってしまったのか。
そう思うのはリュミエ家へ出した手紙に返事がきたからだ。
ミラベルと別れた時にリカルドは支援金として慰謝料を払うと約束した。マリエッタが来た当初は彼女に夢中だったこともありしばらくそのままになっていたが、少し前にミラベル宛に手紙を出したのだ。
ミラベルのことだからリカルドから手紙が届いたらすぐにでも返信してくれるだろう。そう考えていたリカルドの思いとは裏腹に、ミラベルからの返事はなかった。
『ミラベルは今当家にはおりません』
そんな簡潔な内容が記された手紙と共に、未開封のリカルドの手紙が返送されてきたからだ。
「ミラベルはリュミエ家へ戻ったのではなかったのか?」
手紙を見てリカルドは驚いた。
彼女はすでに両親も亡くし、頼れる先は親戚が継いだリュミエの家だけのはず。それなのにそこにはいないという。
もしかしてリュミエ家の当主がリカルドとの離婚に気分を害して嘘をついているのではないか。そんなことまで考えてしまったが、家と家のつき合いを考えてもそこまでのことはしないだろう。
思い返せばミラベルとの関係ではいつもリカルドの思いが優先された。白い結婚だったこともそれこそ離婚することも。
だからリカルドは自分が連絡を取りたいと思えばいつでもミラベルとまた会えると思っていたし、彼女の方から連絡を断つとは思ってもいなかったのだ。
机の上に置かれた自身の手紙を見ながらリカルドは物思いに耽る。
手紙には慰謝料を支払いたいから近々会いたいという内容をしたためてあった。もちろん自分がリュミエ家まで出向くつもりでそう書いた。だから当然返事には日時の指定があるものだと思っていたのだが……。
リカルドと結婚していた間、ミラベルは積極的に外に出ることは少なかった。時々お茶会に招ばれて出かけることはあったが、自ら会を主催することもあまりなかったように思う。家の中のことに気を配りリカルドの仕事を手助けする、そんな毎日を過ごしていた。
だから、リカルドは誰にミラベルのことを聞けばいいのかまったくわからないのだ。いや、もっと言えば、ミラベルにどんな友人がいるのかすら知らない。それだけ彼女への興味が薄かったと言える。
離婚した今リカルドにはミラベルに対する責任はない。慰謝料にしても、こちらに渡す気があるのに相手が行方不明ともなれば義務に反したことにはならないだろう。
つまり、このまま何もしなければ自ずと二人の間には何の関係も無くなるということだ。
もちろん幼馴染であった過去に変わりはないけれど。
ミラベルと、今後いっさい会えなくなる。
その事実に思いの外リカルドは動揺した。勝手な考えではあるが、どんな関係になろうともミラベルはリカルドのそばにいてくれるものだと思っていたからだ。
「誰に聞けばいいんだ?」
ポツリと溢した呟きに答える声はない。
もはやリカルドの頭の中は以前とはまったく違い、マリエッタではなくミラベルのことでいっぱいになっていた。
「あ……そうだ」
一つの考えが思いついてリカルドは顔を上げる。
「ミラベルは義理堅い性格だから……」
結婚は家と家の契約だ。リカルドとミラベルであればヒュラス家とリュミエ家の契約。離婚ともなればミラベルは一度はヒュラス家の当主へ挨拶をしただろう。直接会ったか、それとも手紙での連絡かはわからないが。そして現在のヒュラス家の当主はルドヴィックだった。
「兄さんならミラベルの行方を知っているんじゃないか?」
それはあり得そうなことだと思える。
兄に対するわだかまりは未だリカルドの胸の中で燻っているけれど、今はそんなことにこだわっている場合ではないと思った。
リカルドは執務机の引き出しを開けると便箋を取り出す。何と書こうか少し迷い、手紙で詳細を伝える必要もないと結論を出すと用件だけを書き綴った。
『近々会いに行きたいが、いつなら都合が良いか』
そんな内容をそれらしく書くと執事を呼ぶ。
「お呼びですか?」
「この手紙を至急出してくれ」
命令に返事をして執事が部屋を出ていくのを見送り、リカルドは執務椅子にもたれると天井を見上げた。
ルドヴィックがミラベルの行き先を知っていますように。
そんなことを願いながら。