作品タイトル不明
リカルドの回想 Side リカルド
リカルド・ヒュラスはヒュラス伯爵家の次男として生を受けた。二つ上に兄がおりよく一緒に遊んだ覚えがある。そして小さい頃からの幼馴染が二人いた。同じ年のマリエッタ・フルール伯爵令嬢と一つ年下のミラベル・リュミエ伯爵令嬢だ。
四人は親同士の仲が良かったこともあり毎年多くの日々を一緒に過ごしてきた。
幼き頃は四人で本当の兄弟かのように遊び転げていたが、少し大きくなると現実が見えてくる。リカルドが自分と兄の違いを感じ始めたのもその頃だ。
リカルドの兄ルドヴィックは何事もそつなくこなせるよくできた子どもだった。性格は穏やかで視野が広く、四人で遊んでいてもどちらかというと年下の三人を見守るような立場だったと思う。そんな兄が自慢でありつつ、でもいつからかリカルドは劣等感を抱くようになる。
「ルドヴィックは頼りになるからな。ちゃんとみんなを見てるんだぞ」
子どもたちを一緒に遊ばせる時にリカルドの親はいつもそう言う。
「ルドヴィックが一緒に遊んでくれるなら安心だ」
そしてフルール家の当主も同意した。
兄だけが頼りにされるその現状にいつしかリカルドは屈折した思いを抱くようになっていく。もちろん、年が二歳違うのだから仕方ないことだとはわかっている。小さい頃の二年が成長してからの二年よりも大きな違いだということも理解していた。
それでも、だ。
たとえ誰も二人を比べなかったとしても誰よりもリカルドがそのことを気にしていた。もしかすると何か一つでも兄に優るところがあればまた違ったのかもしれないが、学問にしろ剣術にしろリカルドはどうしても兄に勝てなかったのだ。
そうして、できすぎた兄を持ったリカルドは不満を募らせていく。はたから見れば頼りになる兄を持てたことは幸運であるはずなのに結局そう思えなかったのはリカルドの性格によるところなのだろう。
そんな風に兄への劣等感を自覚してから何年経った頃だろうか。
年々自分の気持ちを隠すことが上手くなっていったリカルドもまだまだ子どもだったから、時には気持ちを抑えきれなくなることがあった。それは兄との些細なやり取りに不満を抱きヒュラス邸の中庭に隠れていていた時だ。
「リカルド、どうしたの?」
植え込みのそばにうずくまっていたリカルドを最初に見つけたのはマリエッタだ。
「……別に」
素っ気なく答えたリカルドに対してマリエッタはすぐ隣に寄ってくると一緒にしゃがみ込む。そして俯いたリカルドの顔を下から覗き込んで無邪気に問いかけてきた。
「何かあったからこんなところにいるんじゃないの?」
「マリエッタに関係ない」
「そんなこと言わないで。何か嫌なことでもあった?」
「だから、別に何もない」
二人の押し問答はしばらく続いたが、結局根負けしたのはリカルドだ。マリエッタに問われるままにぽつりぽつりと本音をこぼしていく。
「ふーん……ところで、なんでルドヴィックと比べるの?」
『なぜそんなことに悩むのかわからない』とでもいうようなマリエッタの質問にリカルドは目を見開いた。
「だって、みんな兄さんを褒めるんだ」
「ルドヴィックが褒められるとリカルドに何か悪いことでもあるの?」
「それは……」
不思議そうにマリエッタに問われてリカルドは言葉に詰まる。マリエッタが言うようにルドヴィックが褒められたとしてもリカルドに何かあるわけではない。ただ自分の自尊心を傷つけられたような気がするだけで。そしてそれすらもリカルドの勝手な思い込みでしかないのだ。
「リカルドはリカルドでしょう? ルドヴィックと比べる必要もないし、私はリカルドのこと好きよ!」
満面の笑顔でそう言われて、リカルドは自分の心に巣食っていた暗い陰のようなものが晴れるのを感じだ。誰かと比べることのない純粋な好意はそれだけでリカルドの心を温める。
その時からだ。リカルドにとってマリエッタが特別な存在になったのは。
きっかけは些細なことだったのかもしれない。それでも、その時その瞬間にリカルドが求めていた言葉をマリエッタはかけてくれたから。
マリエッタが、好きだ。
そう強く想って、マリエッタの笑顔は自分が守っていくのだと心に決めた。
それからリカルドはマリエッタに相応しい相手になるためにさらに努力した。たとえルドヴィックに敵わなかったとしても、学問だって剣術だって手を抜かずに頑張った。そのおかげか剣術に関しては多少なりともルドヴィックよりも強くなったと思う。
そうやって自分の成長を感じていくたびに、マリエッタと結婚してこれから先の長い時間も共に過ごしていきたいと願った。
だから、ヒュラス家とフルール家の間に婚約の話が持ち上がった時には舞い上がるほどの喜びを感じ、同時に婚約を結ぶのがルドヴィックとマリエッタだと知って地獄に落ちるような気持ちになったのだ。
なぜマリエッタと結ばれるのがルドヴィックなのか。リカルドだってヒュラス家の息子なのだからどちらでもいいのではないか。ましてやマリエッタは一人娘。次男であるリカルドなら婿入りすることだってできるのに。
しかし両親はリカルドの気持ちなんて聞いてくれなかった。
「マリエッタと婚約するのはルドヴィックだ」
何度聞いてもその一点張りで。
ただ気持ちを押し通そうとするだけではダメだと感じたリカルドがフルール家の後継者の話をしても、後継者は親戚の中から決めることになっていると言われて終わりだった。
そしてリカルドの気持ちだけを置いてけぼりにしたままルドヴィックとマリエッタの婚約は交わされてしまった。
自分の力ではどうすることもできない現実を、しかしリカルドは受け入れることができなかった。すでに結ばれてしまった婚約は仕方ないとしてもどうにかして結婚相手を変えられないか。そんな無茶なことをずっと考えてしまうくらいにはまだ足掻いていたのだ。
それでもミラベルの両親の事故がなければどうすることもできないまま現実を受け入れることになっただだろう。
ミラベルの両親の事故は本当に不幸な事故としか言いようがなかった。ショックを受けるミラベルを見ているのはリカルドとしても辛かったし、自分にできることがあれば力になりたいとも思った。
しかし純粋なはずのその気持ちはのちに邪な計画をもたらすことになる。
「リカルド、お前が結婚するまでは家に呼ぶことは難しい」
ある時ルドヴィックが言った言葉はリカルドに対する新居への立ち入り禁止宣言だ。ルドヴィックとマリエッタが結婚してしまったらリカルドは途方もない苦しみを感じただろう。それでもマリエッタのそばにいることを止めることはできなかったと思う。
ルドヴィックはそんなリカルドの気持ちを知っていたからこそ、先んじて何も起きないように対策を取ろうとしたのだ。
そのことをリカルドも頭では理解していたが気持ちが拒んでいた。
どうにかできないか。
だから、その思いに突き動かされてリカルドはミラベルに提案してしまう。
「ミラベル、良ければこれからの人生を共に歩んでもらえないだろうか?」
幼馴染として育った四人の関係を完全に壊してしまうことになる、その提案を。