作品タイトル不明
法の力
リカルドと離婚するにあたってミラベルは貴族の離婚に関する法律を片っ端から調べた。王国法はかなり昔に定められてから大きく改定されてはいないが、その時々の社会情勢によって細かな条文などが追記されることがあるからだ。
そして実際に調べてみて、新たな事実をミラベルも知ることになる。
「先日、王太子殿下のご婚約に際して王国の婚姻に関する法律に新たな条文が加わったの」
ミラベルは書籍を開くと目的のページを示した。
少し前にエスペランサ王国の王太子と海を隔てた隣国の王女との婚約が交わされた。両国がこれから共に発展することを願った婚約は政略結婚とも言える。
そして国が違えば考え方が違うのも当然で、考え方が違えば法律に大きな隔たりがあってもおかしくはない。縁談を進めるに当たって両国とも政治や経済面でのさまざまな取り決めを交わしたわけだが、その中で隣国から婚姻に関する法律の改定を求められた。
エスペランサ王国は昔からの考え方が強い。男性が社会や経済を動かし女性は家を守る。それはそれで間違っているわけではないが、その弊害なのか女性の社会的な地位が低かった。そしてそれらの事実は婚姻に関わる法律に特に現れている。
対して隣国は男女平等の考え方が一般的なのか、女性の権利も法律でしっかりと守られていた。隣国の王女は女性にも男性と同等の権利があって当然という考えであるし、嫁いだ後の自分自身の立場を踏まえれば譲れないものがあったのだろう。
『婚姻または離婚に際し、女性の権利を剥奪することはできない。また、離別時に相手が自助自立が困難な場合援助の義務を要する。尚、不貞や経済的な虐待等の事案が確認された場合、有責者は相手からの離婚要求を受諾し、さらには有責度合いに応じて償わなければならない』
簡単に言えば新たにそのような内容が盛り込まれたのだ。
元々女性は家門にとって所有物と同じ扱いでしかない。未婚の間は父親が、そして婚姻後は夫がその権利を有する。つまり、婚姻と同時に実家での権利を失うということだ。しかし新たな条文が追加されたことによって、これからは結婚したとしても実家での権利を剥奪することができなくなった。
それは財産を持たない夫人にとっては相続を含めて自分だけの資産を持つことができることを意味する。同時に、離婚することになった場合は相手に対して援助を求めることもできるようになったのだ。
さらには浮気や経済的な締め付けも離婚事由として認められる一文が追加されたことによって、女性の立場は以前よりも守られることになる。
しかし当然それは夫側に立つ男性陣の反発を受けた。法律の改定を話し合うための議会は相当紛糾しただろう。議会に参加できるのが男性だけということもあり、当初はその案を却下する意見が大多数だった。
ただ、婚姻の際の女性の権利を認めることは隣国から出された条件でもある。ともすれば内政干渉と言われかねない行為ではあったが、最終的には法律の改定ではなく新たな条文を追加することで合意を得ることになった。
王国では法律の改定や条文の追加はそのことを明記した書籍が発行されて初めて施行、周知される。
(できる限り気づかれたくないという思いが表れているのかしらね)
ミラベルがそう思うのは、新たな条文というのが婚姻に関する法律のページの端の方に小さく注意事項のように追記されていたからだ。よほどきちんと読まなければ気づかないレベルである。
もちろん法律家であれば新たな条文は知っていなければならないが、それ以外の貴族たちが知らなくてもおかしくはなかった。
「離婚する際には法の力が助けになるわ。もちろん一夫人が法律に精通するのは難しい。だから、弁護士を雇うのよ」
「弁護士を? しかし弁護士費用は高額だろう。その支払いはどうするんだ?」
「出来高制にするのよ。弁護士の報酬を夫人が離婚で得た資産の何%かに定める。そうすれば、多くの資産を得れば得るほど報酬も高くなるわ。弁護士の先生にしてみてもやる気につながるのではないかしら?」
弁護士のすべてが報酬だけを目的にしているわけではないかもしれない。それでも、自分の仕事いかんによって報酬が増えると思えば向き合う姿勢も変わるだろう。
「なるほど……一理あるな。ただ、仕事を受けてくれる弁護士がいるかどうかは現時点では未知数だぞ。もし誰も引き受けなかったらどうするつもりだ?」
「それは私も考えたわ。でも、いるじゃない。力強い味方が」
まだ話も持っていっていない状況で言い切るのもおかしな話だが、ミラベルには確信があった。
「ああ……キリアンか」
そしてアルバートはすぐに誰のことを言っているのかを理解する。
「困っている人を助ける誠実さ、正しいことをちゃんと正しいと言える性格、きっとキリアンなら話を聞いてくれると思うわ」
「それは話してみないとわからないと思うが……そうだな、キリアンを説得できたらこの案を提案制度の一案として受理しよう」
アルバートの合意を得られてミラベルは思っていた以上に喜びを感じた。それは自分にも何かを成し得ることができるのではという手応えに対してだったのかもしれない。
「ありがとう! さっそくキリアンに連絡してみるわ」
「ああ。もしキリアンに会うのであれば同席しよう。俺も久しぶりに会いたいしな」
フッと目を細めてアルバートがそう言った。それはいつもの商会長としての顔というよりも学生時代の表情に近く、ミラベルは一瞬自分の鼓動が鳴ったのを感じる。
(アルバートはいつも隙がないけれど、懐かしい表情だわ)
学生時代を思い出しそうになりながらミラベルは思った。そしてそのまま話が終わろうとしたところでハタッと気づく。
「あ! 今回の計画に関してもう一点提案があるの」
「まだ他にも?」
ミラベルの言葉に少し驚いた顔をしながらアルバートが答える。
「ええ。さっき、今回の提案では最初は赤字になると思うと話したけれど、そうならないように対処方法も考えたの。ただ、その方法でいいかどうか自信がなくて……」
「そうか。ではまずはその方法を聞かせてくれ」
アルバートの言葉に背中を押されて、ミラベルは手元に持っていた書類を一枚彼の前に置いた。そしてその書類に目を通すアルバートをじっと見つめたのだった。