軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

友人からの手紙

日々アルバートの激務に付き従う内に気づけばさらに一ヶ月が経っていた。リカルドとの離婚から二ヶ月が過ぎたわけだが、そのことについて考える暇もないくらいにミラベルは忙しい。

そうやって仕事に忙殺されたことは結果としてミラベルにとっては良い効果をもたらした。やりがいのある仕事に信頼のおける上司や仕事仲間の存在は、長年かけて削られ続けたミラベルの自己肯定感を緩やかに高めていってくれたからだ。

その日ミラベルは懐かしい友人からの手紙を受け取った。

「パメラが商会に訪問したいそうよ」

「わざわざ王都から来るのか?」

現在進めている計画に関する書類に訂正案を書き込んでいた手を止めてアルバートが顔を上げる。

「ええ。避暑に向かう途中で寄るみたい」

「王都での社交シーズンが終わったからか。しかしミラベルがいない時は一度もここへ来たことなどないのにな」

「既婚の貴族の女性が学生時代の友人とはいえ独身の男性のところへ訪問するのは外聞が悪いからじゃないかしら?」

「ただの商会だぞ? 欲しい物があれば誰でも寄る場所だろう?」

「今では公爵夫人ですもの。いろいろとしがらみがあるのよきっと」

学生時代に親しくしていたパメラは卒業後ほどなくしてから公爵家へと嫁いだ。元々学生時代から婚約は結ばれていたし、政略的要素はあれども両家の関係は良好だったというから貴族同士の結婚としては恵まれている方だろう。

残念ながらミラベルは自身の環境の目まぐるしい変化や、リカルドへ嫁いだ関係で伯爵令嬢から子爵夫人になったこともありパメラの結婚式に出席することは叶わなかった。

思えばアルバートと同様、彼女に会うのも数年ぶりだ。王都と領都という住む場所の違い、そして公爵夫人と子爵夫人という立場の違いもあってなかなか実際に会うことができなかった。

そのパメラが、ミラベルに会うために商会に寄るというのだ。久しぶりの友人との再会にミラベルの心も踊った。

「いつこちらに到着するって?」

「……どうやら手紙を出してからすぐに出発したようね。明後日にはこちらに着くみたいよ」

「なんだって!? 相変わらずマイペースな奴だな」

通常貴族の訪問といえばかなり前にお伺いの手紙を出し、許可を得てから日時を決めるものだ。ミラベルはもはや名ばかりの貴族だし急な訪問であっても問題ないが、パメラにしては珍しいと思った。

「何か急ぎの用でもあるのかしら?」

「ミラベルが離婚したことを知って早く会いたくなっただけじゃないのか?」

たしかに、同じ領都にいてさらには情報も扱うアルバートはミラベルの離婚をすぐに知っていた。しかしパメラは少し前にミラベルが出した手紙でその事実を知った可能性が高い。

「心配をかけてしまったのかもしれないわ」

「友人同士なんだから心配するのは当たり前だろう」

心持ち沈んだミラベルの声にこともなげにアルバートが答える。それは素っ気ないわけではなく、心配する必要などまったく無いとミラベルの不安を払拭するためだと思えた。

「急な訪問なのは承知の上だろう。であればもてなしが悪くても文句は言えないな」

そんなことを言いながらアルバートはミラベルに遣いを命じる。行き先は領都でも有名な菓子店だ。

「明後日の朝にここまで届けるように依頼してくれ」

そう言ってアルバートが一枚の依頼書を手渡してくる。そこには店で一番人気のフルーツをふんだんに使ったケーキの名前が書かれていた。通常は取り置きも配達も受けつけてはいないが、特別なつき合いがある商会には融通してくれる。

(なんだかんだ言ってもパメラに会えることがアルバートも嬉しいのかもしれないわ)

常にひょうひょうとしていて考えていることのわかりにくいアルバートではあるが、だからといって彼が冷たいのかというとそうではない。従業員を含め周りのことをよく見ているし、困っている者がいればさりげなく手助けをしたり話を聞いたりしている。だからこそ商会に勤める従業員たちも邸宅の使用人たちもアルバートのことを心の底から信頼しているのだろう。

いつの間にかミラベルもまたアルバートのそばにいるのが心地よく感じるようになっている。最初はアルバートの好意に胡坐をかいているのではないかと気になっていたが、次々と出される仕事の指示や甘さを見せない態度に彼が純粋にミラベルの能力を買ってくれているという言葉を信じられるようになっていた。

(私をいまだに想ってくれているというのは勘違いだったのかしら?)

時にはそう思うくらいだ。しかしそうやって気を抜いていると、アルバートからの攻撃が忘れた頃にやってくるのである。

「ミラベル、ぼうっとしている暇は無いと思うが?」

菓子店への依頼書を手につかの間物思いにふけっていたミラベルのすぐそばからアルバートの声が聞こえた。驚いて俯いていた顔を上げれば目の前に金茶色の瞳が見える。猫科の獣を思わせるその瞳がキュッと細められ、低い囁き声が耳を撫でた。

アルバートがここまでの距離に近づくのはミラベルだけだ。

自身の立場や自らの容姿が相手にどんな効果をもたらすかをよく知っているアルバートは不用意に女性に近づくことをしない。

だからこそ、アルバートにとってミラベルは特別な存在なのだと、そう態度で示すかのように彼は時々こうやって不意に近づいてくるのである。

(ずるいわ……)

不快ではなくそう思ってしまう自分がすでにアルバートの術中にハマりつつあるのだとミラベルも気づいている。しかしそう思うたびに、ミラベルはリカルドの存在を思い出す。

(恋愛はもうこりごりなのよ)

何度だってそう心の中で呟いて、ミラベルは柔らかな感情を感じようとする心に蓋をした。そして一度だけ瞬きをするとアルバートの目をしっかりと見返す。

「今すぐに依頼に行ってきますわ」

そう言って身を翻したのだった。