軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 祖母の庭 世界初の赤い実

土曜の電車の揺れの中で、ずっと手を見ていた。

中央線の窓ガラスに、自分の指と、爪の間の土が映っている。

6年前、高校3年の夏休みが終わる日に、祖母が死んだ。

そのことを、今日、話すのだろうか。

セーフエリアC-7。いつもの薄紫の空。配信の2時間前、午後3時。

まずは庭を一周する。

ミン三郎は、今日も壁の中で元気だった。

根止め壁は、結局35センチまで深くした。それでも、手を土に当てると、内側から何度も小突かれる感覚が返ってくる。

あの日、祖母の庭で最後まで生き残っていたミントと同じで、ここでも一番騒がしいのはミントだ。

トマ次郎の実に目をやる。

赤い。

先週までのオレンジ色が嘘みたいに、はっきりとした赤になっていた。

薄紫の空の下で、その赤だけが浮いて見える。ダンジョンの天井の紫をゆっくり塗りつぶしていくみたいな色だった。

手が、少し震えた。

トマトを見て震えるって、どう考えても大げさだ。

おばあちゃんのトマトも、こんな赤だった。

祖母の家は埼玉のはずれにあった。平屋で、縁側があって、その先に小さな庭。広さは6畳くらい。今のセーフエリアC-7と同じくらいだ。

トマト、紫陽花、ミント、マリーゴールド。

季節が変わるたびに、違う花が咲いて、違う野菜が実った。祖母は毎朝6時に起きて、水をやっていた。

両親は共働きで、長い休みのたびに、俺は祖母の家に預けられた。

夏休みの朝、目が覚めると、縁側の向こうで水の音がする。じょうろの水が土に染みこんでいく音と、サンダルが砂利を踏む音。

「ハル、起きたの。おいで」

庭に出ると、湿った土と水の匂い。祖母の小さな手の爪の間には、いつも土が入りこんでいた。

「水、やってごらん」

渡されたじょうろは重くて、両手で抱えるように持って、トマトの根元に水を落とす。

土がじゅわっと吸い込んでいく。朝の陽ざしで、土はほんのり温かかった。

「上手だねぇ。ハルは上手」

本当は上手じゃなかった。勢いをつけすぎて、根元が小さな池みたいになった。

それでも祖母は笑って、こう言った。

「多すぎても大丈夫。土が吸ってくれるから。土は優しいよ。全部受け止めてくれる」

よく口にしていた言葉だ。

「庭は逃げないよ。毎日少しずつ世話をすれば、ちゃんと応えてくれるから」

トマトに水をやりながら、ミントを摘みながら、何度も聞かされた。

庭が好きだった。祖母の庭が、好きだった。

正確に言えば、庭にいる祖母が好きだった。

土と話しているみたいな顔で、じょうろを傾けているときの祖母が、一番好きだった。

中学生になっても、夏休みには祖母の家に通った。

高校生になると、回数が少しずつ減っていった。部活、受験、友達。祖母の家は、盆と正月だけの場所になった。

高3の夏、8月31日。夜中に電話が鳴った。病院からだった。

心不全。急だった、とだけ聞かされた。

葬式は9月の頭。残暑で、黒い服がやけに暑い。

祖母の顔は穏やかで、庭に立っていたときの顔に少し似ていた。

式が終わってから、庭を見た。

荒れていた。祖母が入院してからの2週間、誰も水をやっていない庭だった。

トマトは萎れ、紫陽花の葉は焼けて茶色くなっている。ミントだけが、何事もなかったように青々としていた。ミントはいつだって元気だ。

水をやろうと思って、じょうろを探した。物置の隅で、少し錆びていた。

水を入れて、トマトの根元に注ぐ。

手だけは、覚えていた。

小学生のときに教わった角度、水の量、土との距離。

体が勝手にいつもの動きをなぞる。けれど、隣には祖母がいない。「上手だねぇ」と言ってくれる声もない。

水をかけても、トマトは戻らなかった。

2週間の渇きは、1回の水やりでは取り返せない。

頭では分かっていたのに、目の前でぐったりした茎を見ると、やっぱりショックだった。

翌週、父が庭の片づけを始めた。枯れた株を抜いて、土を均して、「庭は手間がかかるから」と言って、コンクリートを打つ話をした。母がうなずいた。

庭は消えた。

祖母の庭が、祖母と一緒に消えた。

俺は、何もしなかった。

「受験があるから」と自分に言い聞かせた。

本当は、祖母のいない庭を1人で守る自信がなかった。毎朝6時に起きて水をやる。その生活が、自分にできるとは思えなかった。

何度も「何かできたんじゃないか」と考えては、そのたびに「できなかった」と打ち消した。

そうしているうちに、庭は灰色のコンクリートになっていた。

大学に入って、普通の学部を出て、IT企業に就職した。Excelと棒グラフの日々。

その間に覚醒した。D級。土壌操作。

戦闘適性テストでは数値が出なかった。パーティー募集に応募しても、定型文の断りだけ。

「D級の方の受け入れは現在行っておりません」

能力があるのに、使う場所がない。土のpHを変えられて、水分を移動できて、小さな壁を作れて。

でもダンジョンでは戦えない。パーティーにも入れない。事務職で棒グラフを作る毎日。覚醒者手当は月3,000円。

ある日、仕事帰りに新宿御苑跡のゲートをくぐった。

ダンジョンに入ったことがなかったから、一度くらい見てみようか、くらいの軽い気持ちだった。大した理由じゃない。

セーフエリアC-7。6畳の空間。何もない。土だけ。

しゃがんで、土に手を当てた。

温かかった。

ダンジョンの土は温かかった。

朝の太陽に照らされた、祖母の庭の土と同じ温度だった。

手が震えた。今日、赤いトマトを見たときと同じ震え方だった。

この土は、祖母の庭の土と同じだ。

その場で泣きそうになって、さすがに24歳の男がダンジョンの土を触って泣くのはおかしいだろ、と踏みとどまった。

それでも、思ってしまった。

ここなら、作れるかもしれない。

祖母の庭を。もう一度。

帰りに、198円のバジルの苗を買った。サミットで。

祖母の庭にバジルはなかったけれど、とにかく何かひとつ、土に植えたかった。

植えるには、ここの土はまだいい状態じゃなかった。

だから最初に土壌を整えた。魔力でpHを合わせて、水分を足して、それから水をやった。

翌週も来た。その翌週も。

いつも一人だった。庭は静かだった。

祖母の庭はいつも二人だった。祖母と俺と。

ここには、俺しかいない。

静かすぎた。

配信を始めた理由は、本当にそれだけだ。

一人で庭を作るのが、ただ寂しかった。

祖母のいない庭は静かすぎて、水をやる音がやけに大きく聞こえた。

誰かに見ていてほしかった。「上手だねぇ」と言ってくれなくていい。

ただ、この6畳の中に庭があるってことを、どこかの誰かに知っていてほしかった。

「ダンジョン庭いじり配信を開始します」

「視聴者数……1,800人。ありがとうございます」

「今日はまず、トマ次郎の重大報告からいきます」

カメラをトマ次郎に向ける。

「見えますか」

(Comments)

【◆常連A】赤い!!!!

【◆常連B】ほんとに赤くなってる!!

【◆gardenFan_03】赤!! トマ次郎が赤い!!

【◆カンナ先輩】完全に着色してますね! 収穫できます!

【◆毒舌キノコ】ダンジョン産、ついに完熟。世界初だ

【◆GreenThumb】Beautiful. Perfect ripening. The lycopene development is excellent.(美しい。完璧な熟し方です。リコピンの発達も理想的ですね)

「赤いです。先週のオレンジから、1週間でここまで。トマ次郎の初めての実」

「ダンジョンで育った、世界初のトマトです」

(Comments)

【新規34】初見です。赤いトマトの写真がタイムラインに流れてきて

【新規35】初見。友達に「今すぐ見ろ」って言われた

【新規36】これ世界初のダンジョン産トマトってまじ?

「新規の方、ありがとうございます。そうですね、多分世界初です。少なくとも、俺は他で聞いたことがありません」

「さて……」

言葉が喉でつかえた。

画面の隅で、視聴者数の数字がリアルタイムで増えていく。1,800、1,900、2,000。

「あの、先週の配信の最後に、質問をもらいました」

「『なんで庭なんか作ってるの?』って」

(Comments)

【◆常連A】あー、あの質問か

【◆毒舌キノコ】先週ラストのやつな

【◆gardenFan_03】あのとき先生、ちょっと顔固まってた

【◆GreenThumb】...

「先週は、『土が好きだから』って答えて流しました。嘘じゃないです。でも、それで全部ってわけでもなくて」

深く息を吸う。

ダンジョンの空気。土とバジルと、ラベンダーが少し混ざった匂い。

「今日は、ちゃんと話します。トマトの実がなった記念に。ここまで見てくれてる人たちには、話してもいいかなと思って」

(Comments)

【◆常連B】……

【◆gardenFan_03】聞く

【◆カンナ先輩】はい

【◆毒舌キノコ】聞いてる

「俺は、祖母に育てられたみたいなところがあって。両親が共働きで、長い休みになると、埼玉の祖母の家に預けられてました」

「祖母の家には庭がありました。6畳くらい。今ここと同じくらいの広さです」

「トマトがあって、紫陽花があって、ミントもあって。祖母は毎朝6時に起きて、じょうろで水をやってた。俺は小学生で、祖母に起こされて、一緒に水をやってました」

「祖母の口癖があって」

自分の声が小さくなっているのに気づいて、少しだけ音量を上げる。

「『庭は逃げない。毎日少しずつ育てれば、必ず応えてくれる』」

(Comments)

【◆常連A】……

【◆カンナ先輩】……

【◆gardenFan_03】……

「祖母の手は、いつも土で汚れてました。爪の間まで土だらけで、石けんで洗っても全部は落ちなくて」

「でも、その手が好きでした。その手で握ってくれるおにぎりが好きで。ちょっと土の匂いがするおにぎり。今思えばあまり衛生的じゃないですけど……それでも、一番おいしかったです」

笑おうとして、口だけがなんとか形になって、目はついていかなかった。

「高校3年のときに、その祖母が亡くなりました。心不全で。急でした。夏休みの最後の日です」

一拍、黙る。

視聴者が離れるだろうことは分かっている。でも、この間は必要だと思った。

「葬式のあと、庭を見に行ったら、もう荒れてました。2週間、誰も水をやっていなかったから」

「トマトは萎れて、紫陽花の葉は焼けてて。ミントだけ元気で」

(Comments)

【◆毒舌キノコ】ミントは……そう。ミントだけは絶対に枯れない

「水をやりました。でも、もう遅かった。翌週には父が庭を片づけて、土を均して、『庭は手間がかかるから』って、コンクリートを打つ話をして。実際、その通りになりました」

「庭が消えました。祖母の庭が、祖母と一緒に消えました」

「そのとき、俺は何もしませんでした。『受験があるから』って理由を前に出して」

「本当は、祖母のいない庭を1人で世話する気力がなかった。毎朝6時に起きて水をやる、それを自分が続けられる気がしなかった。だから、何もしなかった」

(Comments)

【◆カンナ先輩】つちのこ先生……

【◆常連B】……

「それから6年くらい、庭のことは、なるべく考えないようにしてました。大学に行って、就職して、覚醒して。ランクはD級、能力は土壌操作。戦えないし、パーティーにも入れない」

「ある日、仕事帰りに新宿御苑跡のゲートをくぐって、C-7で土を触りました。温かかった。祖母の庭の土と、同じ温度でした」

配信中の今、ゆっくりと土に手を当てる。

カメラの向こうのみんなにも、それが見えるように。

「そのとき、思ったんです。ここなら作れるかもしれないって。祖母の庭を。もう一度」

(Comments)

【◆常連A】つちのこ先生……

【◆gardenFan_03】……

【◆毒舌キノコ】……

「198円のバジルを買って、土質改善から始めて、水をやって。翌週も、その次の週も通って」

「でも、1人だと静かすぎた。祖母の庭はいつも2人だったのに、ここには俺しかいなくて」

「静かすぎたんです」

指先に、少しだけ力が入る。土がじん、と返してくる。

「配信を始めた理由は、それだけです」

「1人で庭を作るのが、ただ寂しかった。祖母のいない庭は静かすぎた」

「誰かに見ていてほしかった。『上手だねぇ』って言ってくれなくていいから。ただ、この6畳に庭があるってことを、どこかで誰かが知っていてくれたら、それでよかった」

コメント欄が止まる。

2,000人以上が見ている画面で、文字が一行も流れない時間が、3秒、5秒、10秒。

やがて、一行目が静かに現れて、続く行が後から追いかけてきた。

(Comments)

【◆常連A】つちのこ先生……

【◆gardenFan_03】俺たちが見てるよ

【◆常連B】毎週見てるよ

【◆カンナ先輩】私たちがいます。毎週土曜、ここに

【新規37】初見だけどもう泣いてる

【新規38】クリップから来たけどリアタイで良かった

【新規39】おばあちゃんの庭……

【◆常連A】上手だよ

【◆gardenFan_03】めちゃくちゃ上手な庭だよ

【◆カンナ先輩】本当に、いい庭です

【◆常連B】世界一好きな庭だよ

【新規40】今日初めて見たけど、いい庭です

「ありがと……」

声が掠れた。喉の奥がきゅっと締まる。

目頭が熱い。まずい。

カメラから顔をそらして、上を向く。

薄紫の空。魔力の粒が、いつもどおり静かに光っている。

涙がこぼれたら、配信に映る。こぼれるな、と念じる。こぼれるな、こぼれるな。

(Comments)

【◆常連A】泣いてる

【◆gardenFan_03】先生……

【◆毒舌キノコ】泣くな……って言いたいけど、今日はいい

【◆カンナ先輩】泣いていいんですよ

【◆常連B】上手だよ、本当に

「すみません。配信中に泣くのは、なしですよね。D級覚醒者が自分の庭で泣いてる配信とか、需要ない」

(Comments)

【◆gardenFan_03】需要しかないが?

【◆常連A】毎週これでもいいレベルなんだが

【◆常連B】世界一需要ある配信だよ

【◆カンナ先輩】この庭と先生の話には、ちゃんと価値があります

【◆毒舌キノコ】泣いてよし。続けてよし。庭も続けろ

【◆GreenThumb】Tsuchinoko-sensei.(つちのこ先生)

一行目。そのすぐ下に、もう一行。

【◆GreenThumb】Your grandmother's garden didn't die. You brought it here.

(おばあちゃんの庭は死んでいません。あなたがここに持ってきたんです)

「おばあちゃんの庭は死んでない。あなたがここに持ってきた――」

声に出して読んだ瞬間、胸の奥にすとんと落ちた。

祖母の庭。

コンクリートの下に消えた庭。

水をやっても戻らなかった庭。

それが、ここにある?

バジ太郎を見る。祖母の庭にバジルはなかった。

トマ次郎を見る。赤い実。色だけは、祖母のトマトと同じ赤。薄紫の空を背にして、その赤だけが現実の色みたいに浮かんでいる。

ミン三郎を見る。壁の中で暴れるミント。祖母の庭でも、最後まで暴れていたのはミントだった。

どれも同じじゃない。

同じ植物は一つもないし、土も、空も、ここはダンジョンだ。

でも――庭だ。

俺の庭だ。

祖母に教わった水やりと、D級の土壌操作と、毎週土曜の手入れで作った庭。

祖母の庭は、完全には消えていなかった。土の触り方とか、水の加減とか、あの口癖とか。

全部、俺の手の中に、ずっと残っていた。

(Comments)

【◆毒舌キノコ】GreenThumb。お前最高だな

【◆gardenFan_03】涙が止まらん

【◆カンナ先輩】おばあさまの庭が、ここにありますね

【◆常連A】ここがおばあちゃんの庭の続きなんだ

【◆常連B】泣くからやめろ

【新規42】誰かこの配信シェアして

【新規43】もうシェアした

【◆常連A】「上手だねぇ」って今は俺らが言う番だろ

【◆gardenFan_03】ハルは上手だよ。めちゃくちゃ上手

「……すみません。配信で泣くなんて。見苦しかったですよね」

(Comments)

【◆毒舌キノコ】見苦しくない。黙れ

【◆gardenFan_03】最高の記念日だよ

【◆GreenThumb】Nothing to apologize for. We're here. Every Saturday.

(謝ることはありません。私たちはここにいます。毎週土曜日に)

鼻を拭いて、目をこする。

2,000人以上が見ている画面の向こうに、自分の泣き顔が映っている。

D級覚醒者の泣き顔配信。笑ってる人も、どこかにいるかもしれない。

それでも、もういいか、と思った。

「……トマ次郎の実、収穫します」

手を伸ばす。赤い実にそっと指をかけて、茎からちぎる。

手のひらに乗せた。

確かな重みがあって、ほんのり温かい。

ダンジョンの土で育ったトマト。

苗を植えて、花が咲いて、実がついて、緑からオレンジ、オレンジから赤になった実が、今ここに乗っている。

(Comments)

【◆常連A】収穫!

【◆常連B】食べるの?

【◆gardenFan_03】食べろ食べろ

【◆カンナ先輩】世界初のダンジョン産トマト……味の感想をぜひ

【◆毒舌キノコ】食えよ。今この瞬間に

「食べます」

口に入れた。噛んだ。

皮がはじけて、果汁が広がる。

「甘い」

(Comments)

【◆gardenFan_03】!!!

【◆常連A】どんな味?

【◆カンナ先輩】甘いんですか?

「甘い。……おばあちゃんのトマトと同じ味がしました」

本当に同じかどうかはわからない。6年前の記憶と、今の舌が一致しているかなんて、確かめようがない。

でも甘い。温かい。口の中に広がる甘さが、祖母の庭で食べた朝摘みのトマトと重なった。

(Comments)

【◆毒舌キノコ】……

【◆gardenFan_03】泣く

【◆カンナ先輩】よかった。本当に

【◆常連A】つちのこ先生

【◆GreenThumb】The garden remembers. And so do you.(庭は覚えています。あなたもそうです)

【新規44】泣いてる。初見なのに泣いてる

【新規45】シェアされてきたけど、これは全人類見るべき

「……すみません。今日の配信、ぐちゃぐちゃですね。泣いて、トマト食べて、また泣きそうで」

(Comments)

【◆毒舌キノコ】ぐちゃぐちゃでいい。完璧な配信より100倍いい

【◆GreenThumb】This is the best stream I've ever watched. Any rank. Any platform.(今まで見た中で最高の配信です。どんなランクでも、どんなプラットフォームでも)

【◆常連B】世界最高D級配信

「GreenThumbさんが、今まで見た中で一番いい配信だって。……D級の泣き顔配信が?」

(Comments)

【◆毒舌キノコ】D級の泣き顔配信が世界1。いい時代になったもんだ

【◆カンナ先輩】毎週土曜に来ます。ずっと

【◆常連A】俺も

【◆常連B】俺も

【◆gardenFan_03】俺も。おばあちゃんの庭を、みんなで育てよう

【新規37】来週から◆つけていいですか

【新規38】自分もこの庭の芽になりたいです

「……ありがとうございます」

「来週も来ます。トマ次郎の2つ目の実が膨らんでるから。次はちゃんと噛みしめて食べます」

(Comments)

【◆毒舌キノコ】画面越しでも味がした気がする。気のせいだけど

【◆GreenThumb】Next week. Same time. Same garden.(来週。同じ時間に。同じ庭で)

「おつかれさまでした。ダンジョン庭いじり配信。また来週」

配信を切った。

最終視聴者数、2,347人。数字がもう実感から少し浮いている。

土に手を当てる。

いつもの脈動。いつもの温かさ。

庭は逃げない。毎日少しずつ育てれば、必ず応えてくれる。

祖母が何度も言っていた言葉が、今日はやけにはっきりと浮かぶ。

応えてくれた。

6年かかったけど、ちゃんと応えてくれた。

コンクリートの下に消えたはずの庭が、薄紫の空の下で赤い実をつけている。

紫の天井の下で、トマトの赤だけが、現実の色みたいにぽつんと灯っていた。

土の温度と、水のしみこむ音と、指先に残る甘さの中に、祖母の気配が少しだけ混ざる。

そこに、祖母がいるような気がした。

配信が完全に終わっていること、カメラも切れていることを確かめてから、1人で泣いた。

声は出さずに、静かに。涙がぽとぽと土に落ちて、土がゆっくり吸い込んでいく。

多すぎても大丈夫。土が吸ってくれるから。

祖母の声が、遠くで重なる。

6年前に消えた庭が、今日ここで赤い実をつけた。

来週も来る。再来週も、その次も。毎週土曜日に。

祖母は毎朝6時。俺は毎週土曜の夕方5時。

時間も頻度も違うけれど、やっていることは同じだ。

土に手を当てて、水をやって、植物を見守る。そして、誰かに見ていてもらう。

祖母には、当時の俺がいた。

今の俺には、2,347人がいる。

2,347人分の視線とコメントが、背中からそっとじょうろを支えてくれているような気がした。

昔は重かったはずの水の重さが、少しだけ軽くなる。

……ちょっと、多すぎるかな、おばあちゃん。

ゲートへ向かう足取りは、不思議なくらい軽かった。

気づいたら鼻歌が出ていた。祖母が台所でよく口ずさんでいたあの歌。

指先には、まだトマトの甘さが残っている。

爪の間には、ダンジョンの土。

うん、悪くない。