軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

94 光の舞踊

『『『『『『黒雷』』』』』』

「パリイ」

私の前に立つ男が『黒い剣』で雷を弾いていく様子を、私は不思議な気分で眺めていた。

最前衛に立ち、背後の者たちを護る。

それはずっと私の役割だった。

なのに私は今、この男の後ろに立っている。

────【恩寵】、『神盾』。

幼い頃、気が付いた時には与えられていた異常な『力』。

そのせいで、人は時として私のことを『化け物』と呼ぶ。

人が私を避けるのは 誤解(・・) からではない。

正しい 理解(・・) からなのだと思う。

私が無限に生み出せる、全てを断ち斬る『光の膜』は、どんなに硬い金属をも切り裂き、どんな巨大な生物をもひと薙ぎで切り裂いた。

また、それは際限なく広く大きく生み出すことができた。

それが意味することは、つまり────

私はその気さえあれば、たったひと薙ぎで一つの 国(・) をも滅ぼせる。

幼少期に与えられた、一人の人間が持つにはあまりに大きすぎる力。

いや、これを得てしまった時点でもう私は人ではないのかもしれない。

私は潜在的には全ての人間にとっての相容れざる脅威だった。

私の【恩寵】は使い道を誤れば破滅的な災いを呼ぶ。

だから、育ての親の【六聖】達は、このどのようにでも使える力を敢えて『盾』と呼び、私はそうなるよう育てられた。

私自身もその運命を受け入れ、そうなれるように努力した。

それでも、私が力を振るえば振るうほど、私を恐れる者は増えていく。

それは仕方のないことだ。

私はきっと弱き者を守るために特別な『力』を与えられたのだから。受け入れなければならない。

私の理不尽な力は、誰かを護るためにあるのだから。

私は、どんなときも、誰に何と思われようとも、私と比べれば 弱者(・・) である他者を護らなければならないのだ、と。

私はそう解釈することでこの自分の『力』との折り合いをつけてきた。

でも、この状況はまるで────私が 護られる側(弱き者の側) にいるようではないか。

「【神盾】」

私は少し困惑しながら『光の剣』を振るい、上空に浮かぶ巨大な怪物の肉を削ぎ落とした。

────全てを切り裂く『光の剣』。

私がこれを振るえば、必ず何かが破壊される。

意図しない何かも壊してしまう。

だからこの力はどんな時も細心の注意を以って扱わなければならない。

私は何があっても感情に波風を立てず、常に冷静でいなければならないと自らを律してきた。

この力を今のように破壊的に振るうことも可能な限り、避けてきた。

派手に振るえば、周囲を怖れさせ、また『化け物』と罵られることになるから、と。

内心怯えながら生きてきたように思う。

……でも。

私のその 怖れ(・・) は果たして正しかったのだろうか。

目の前の光景を眺め、疑問に思わずにはいられない。

『『『『『『黒雷』』』』』』

「パリイ」

私がまともに力を振るえば、誰かから疎まれる?

……誰が? 私が?

あそこで黒い剣を振るう、あの誰からも恐れられる様子のない男。

あの男に遠く及ばないこの私が?

……恐れられる?

いったい、誰にだろうか。

というより。

いったい、私は何をそんなに恐れていたのだろうか?

そこまで考え、奇妙な笑いがこみ上げるのを感じた。

「……ふふ……はは」

その時、私は小さな声をあげて嗤っていた。

皆が命をかけて戦っているような状況で、こんな風に笑うなどあり得ない話だった。

普段、平常時でさえ私はこんな風に笑ったりすることはないというのに。

それでも私は目の前の光景を眺めながら、こみ上げる妙な笑いを抑えることができなかった。

『『『『『『黒雷』』』』』』

「パリイ」

すぐそこに、本当におかしな奴がいる。

魔竜を従え、常識では計り知れない異常な人物。

すでに王やリンネブルグ様の信頼を勝ち得ている。

まだ知り会って日の浅い、実のところ詳しくは素性の解らない人物だが、私も背中を任せてしまっても良いのだろうと感覚では理解している。

だから、今の私は自分の本来の『盾』の役目を離れ、誰かのことを護ることを忘れ────自身を守ることすら、辞めていい。

この男の前で、人間らしく振る舞おうなどと、馬鹿げたことを気にする必要も無いだろう。

だから今、この瞬間だけは、自分を何かに縛ろうとすることなどは無意味なのだと理解した。

────瞬間。

私の中で 何か(・・) が壊れる音がした。

同時に私の身体と意識が、わけの分からぬままに加速する。

「【神盾】」

気づいた時には空に無数の光の筋が浮かび、それらが編み物のように絡まりながら一斉に怪物の巨体を切り裂いていくのが見えた。

────あれは、私が放ったのか?

そうなのだろう。

私たち以外、ここには立っていないのだから。

私の身体は続けて『剣』を振るった。

私の手のひらから放たれる無数の光の斬撃は空中で重なり合い、巨大な渦のようにうねりながら怪物を覆い、刻んでいく。同時に、辺り一帯が眩しく照らされた。

……こんなもの、見たこともない。

やろうと思ったこともない。

でも、出来てしまっている。

私の体は自分が知るよりもずっと疾く動いていた。それなのに……まだ、余裕がある気がする。

どういうわけか、私の体は まだ限界ではない(・・・・・・・・) という予感がする。

これよりも、まだ、ずっと疾く動けるという確信がある。

全身がまるで羽毛になったように思える。

全く重さを感じない。

『『『『『『黒雷』』』』』』

あの怪物の放つ雷が、まっすぐ私に向かってくる。

だが────

「【神盾】」

私は考える間もなく、『光の剣』でその黒い雷を広い空ごと真っ二つに切り裂いた。

────そうか。

私はこんなこともできたのか。

先ほどからあの男が雷を叩いているのを眺めていて、それで何かを掴めたのかもしれない。

雷を斬ったり、叩いたり、などと。

荒唐無稽な話に思えたが……やって、できないこともないものだ。

「【神盾】」

そうして私は空に浮かぶ化け物の肉を、再生する隙を与えぬままにひたすら切り刻んでいく。

同時に飛び散る肉片を 魔竜(ララ) が全て灼き、怪物の身体が見る間に小さくなっていく。

身体が、あまりに疾く動き────持て余す。

……だが、 まだ(・・) だ。

まだ、(・・・) 私の身体は、(・・・・・・) 加速する(・・・・) 。

『『『『『『黒雷』』』』』』

「パリイ」

「【神盾】」

殆ど見えもしなかったあの男の動きに、私は少しずつ追いつき始めていた。

……一体、私の身体はどうなってしまったのだろう。

これでは尚更、周囲に化け物呼ばわりされても仕方がないな、などとも思う。

というより、本格的に人の域を外れ始めたという気がする。

だが、それでも不思議と悪い気持ちはしなかった。

もう誰かに化け物と呼ばれても良いかもしれないと思い始めた。

……何故だろうか。

そんなことを考えている間に怪物もやり方を変えてくる。

『『『『『『黒雷』』』』』』

怪物は無数の不気味な太い腕を伸ばし、私達に向けて黒い雷をあらゆる方向から同時に撃ち込もうとする。

だが────

「パリイ」

男はひと薙ぎで全ての雷の軌道を変え、私と魔竜を護り切った。

私はその動作を横目で眺めつつ、怪物の伸びた腕を全て、斬り落とす。

「【神盾】」

今、なんとなくわかった。

きっと私は化け物と呼ばれること、それ自体が怖かったわけではないのだろう。

私は多分、単に孤独になることが……『独り』になることが怖かったのだろうな、と。そんなことを思う。

この明らかに化け物じみた男と二人で肩を並べて戦いながら、私は何の不快感も覚えていないのだから。

……呆れた話だ。

となると、私は今まで、そんなことの為に力を出し惜しみしていたということになるのだろうか?

────何が『王国最強の盾』だ。

これではまるで、そこいらにいるただの小娘ではないか。

……いや、実際、そうなのだろう。

元々、私はその程度の存在だったはずだ。

ただの小娘が唐突に大きな力を与えられ……ずっとその力に振り回されているに過ぎない。

不意に与えられた力を持て囃され。

同時に恐れられ。

……勘違いしていたのではないか?

自分には『力』があるから、などと。

そのせいで自分だけが特別なのだと、思い込んでいた。

というより────

だから(・・・) 、独りであっても仕方がないのだと、自分を納得させようとしていた。

……我ながら、自分の弱さに辟易する。

でも、この荒唐無稽な世界にいるような男なら、きっと最初からそんなものに振り回されたりしないのだろうなと、ふと思う。

何処かの誰にどう思われるかなど、そんな些細なことを気にしているようでは────決して、この領域には立っていられないだろうから。

「パリイ」

「【神盾】」

私は際限なく加速する身体を持て余しながら、男が雷を弾き、魔竜が炎を捻じ伏せるのに合わせ、怪物の肉を斬り捨てる。

考えるまでもなく身体の方が先に動く。

元より、考えている暇もない。

ただただ、身体に任せるままに動き続ける。

奇妙な感覚だった。

こんなものは私の本来の戦いの作法ではない。

少なくとも、私の知っている戦い方ではない。

でも、考えているようでは、何かに囚われているようでは 間に合わない(・・・・・・) 。

だから私は、私がずっと持ち歩いて来たらしい心の 迷い(おもさ) を捨てるようにして、思考も追いつかぬまま、身体の赴くままに足を踏み出し、腕を振るう。

「【神盾】」

一太刀振るうたびに自身の何かが壊れていくのを感じ、それが不思議と心地が良く感じる。

動けば動くほど身体が軽くなり、私は更に、加速する。

それは陳腐な言い方だが────まるで自分が『舞い』を舞っているように思えた。

私は華やかな芸事には無縁だった。

舞など、踊ったこともない。

でもきっと、 舞踊(そういうこと) が出来れば、こういう心持ちなのかもしれないな、などと思いながら自身が作り出した光の舞台の上で、ステップを踏むように攻撃を躱し、無数の斬撃を放ちながら────再び可笑しみを覚え、笑う。

「────私が、 舞踊(ダンス) か。似合わないな」

そんな喩えを思い浮かべる自分自身が滑稽でたまらず、思わず、この危機的な状況にそぐわない笑みが浮かぶ。

すると、また更に身体が軽くなり────

「【神盾】」

私は嗤いながら、上空に浮かぶ巨大な怪物の肉を細切れにしていった。