軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

73 白く舞う雷

それは異様な光景だった。

百を優に超える『神聖騎士団』が、たった一人の少女を取り囲んだまま一歩も動けずにいた。

「────少し、不快ですね」

その場に凛とした声が響いた。

それはつい先ほどまで楽しそうに踊っていた少女から発されているとは到底思えない程、冷たく、温度のない声だった。

「……いえ。正直に申し上げれば、今、 とても不愉快(・・・・・・) です。

ここまで人を────私の友人を。

そして我が国を侮辱するような扱いを受けるとは、思っていませんでしたから」

だが、それは確かに、騎士たちに囲まれた少女から発された声だった。

「リンネブルグ王女。

貴女を拘束します。抵抗すれば────」

「……拘束……?」

その純白のドレスに身を包んだ少女は、穏やかに辺りを見回した。

そして、武器を突きつける騎士達を前に、まるで散歩している最中に知人に呼び止められたという程度の雰囲気で首を傾げ、言葉を返した。

「……私を、ですか?」

「……やはり、この状況をご理解いただけていないようですね。

少々手荒な扱いとなりますが、ご容赦を」

剣を構えた騎士達は一斉に少女へと詰め寄った。

銀色に反射する抜き身の刃が少女の胸元へと向けられる。

突きつけられたそれらを見て、白いドレスの少女は不思議そうな表情を浮かべた。

「まさか、私を拘束するのですか? 本当に?」

そうして、少女の小さな口から疑問の言葉が発された。

「──── この程度の人数で(・・・・・・・・) 、ですか?」

先ほどよりも更に冷えた少女の声が響いた。

「リンネブルグ様。

ご存知ではないかもしれませんが、我々はミスラの誇る精鋭。

『十二使聖』のうちの六名がここにおります」

「はい、よく存じ上げております、【天理】のライバ様。

そちらは確か、【聖剣】のヘイルート様。

そして────こちらは【無刃】のカイン様ですね。

ここにお揃いの皆さまは『左舷』に列せられる方々とお見受けします」

少女は、まるで 晩餐会(パーティ) でただ挨拶をするかのように、相対する騎士達の名前を口にした。

「ほう。そこまで我々をご存知でいらしたとは光栄です。

それでは、我々の実力の程も多少はご理解いただいていると思いますが」

「はい、もちろん、聞き及んでおります。

その上で、大変申し上げにくいのですが……もし、私を抑えたければ同程度の実力の方を、あと 百人(・・) は揃えてくることをお勧めします」

少女の発した言葉に、一瞬で場の空気が凍りついた。

身を裂くような雰囲気が、彼女が対峙する騎士達からも発せられるようになった。

「…………今、何と?」

「まるで、我々が脅威でないと……警戒するに値しないと、そうおっしゃられたように聞こえたのですが」

少女はその緊迫を増した雰囲気に全く気圧されず、淡々と、なんでもないことのように言葉を続けた。

「はい、おっしゃる通りです。

ただ、もしあと百人いたとしても────きっと時間稼ぎ程度にしかならないと思います。あまりにも、力の開きが大きすぎるので」

「────リンネブルグ王女。言葉が過ぎます。

お怒りのご様子ですが、挑発してもいいことはありませんよ」

「いえ。これで遠慮して言っているのです。

正直に言えば────貴方達の実力では僅かな障害にすらならないと思っています」

「…………それは、本気でおっしゃっているので?」

「はい、大変僭越かとは思いますが、そのご自覚もおありでないようなので。

敢えて申し上げているのです。

これは、貴方達に怪我をさせないための忠告でもあります」

「…………つまり貴女は今、ご自身ではなく……私たちの怪我の心配をしていらっしゃると?」

「はい。おっしゃる通りです」

立ち並ぶ騎士達の外側にいる観衆から見ても、騎士達の動揺と苛立ちが高まっていくのがわかった。

「……些か、悪あがきが過ぎますぞ、王女。

今、これでも我々は貴方に敬意を持って接しているのです。

これ以上侮辱の言葉を口にされるのであれば、大事なお身体に傷がつくかもしれませんぞ……?」

騎士の一人が発した言葉に、先程まで表情一つ動かさなかった少女の眉がピクリ、と動いた。

「私を、傷つける?」

少女の口から響いたのは、とても透き通った声だった。

「【六聖】の直弟子であり、そして────あのノール先生の弟子であるこの私を。

たったの(・・・・) 百や千の兵力(・・・・・・) で止められると。

本当にそう、お考えなのでしょうか」

なんの感傷もなく、ただ事実だけを告げているという調子で少女は語った。

「────王女。

念の為申し上げますが、我々は治療を前提とした 身体欠損(・・・・) については予め猊下から許可をいただいております。故にこれ以上は、いかに貴女が猊下と皇子のご寵愛をお受けの身とはいえ────力ずくで、やらねばならなくなりますぞ」

「はい、それでよろしいと先程から。

────ああ、でも。

その時は ちゃんと(・・・・) 、 全員で一斉に(・・・・・・) かかって来て(・・・・・・) くださいね。

そうでないときっと、相手にもならないと思いますので」

少女の冷えた声が辺りにこだまし、騎士たちは無言で武器を握り込んだ。

「────────やれ」

それが、合図となった。

「小国の貴族ごときが、思い上がるのもいい加減にするがいい────ッ!!」

表情一つ変えず騎士達の前に立つ少女に、一人の騎士が怒りを露わに、手にした長剣を振るった。

目にも留まらぬ、高速の斬撃。

だが────

その剣が向かった先。

そこに目的の人物の姿は無かった。

その場にいた全ての者の目には、ただ、少女が消えたようにしか見えなかった。

騎士の剣は虚しく空を斬り、少女を取り囲んでいた騎士達は目を見開いた。

「……しまった、逃したか……!? どこへ行った!?」

「探せ! まだ遠くへは行って────────」

教皇の命で捕獲する筈だった少女の姿を見失い、慌てふためく騎士たち。

彼らが必死に辺りを窺うと────頭上に、何か白い影が映るのが見えた。

「すみません、前言を撤回させてください」

見れば、純白のドレスを着た少女が、ふわりと天井に足をつけていた。

鈴の音のように響く声を発しながら少女は、ゆったりとした動作で白いスカートの中に仕舞われた黄金色の剣を抜き、反対の手に灰色の短刀を構えた。

そして、天井に逆さまに立ったまま凍てつくような視線で騎士達を睥睨すると、冷たい声で言い放った。

「……想像以上の練度不足でした。

剣の振りがとても遅い。

その後の手際も、とても、悪いです。

申し訳ありませんが、合わせていると時間が勿体ありませんので────」

少女は天井に両足が張り付いたかのように静かに屈み込み、そして────

「こちらから行かせていただきます」

────刹那、白い影が宙に消えた。

一堂に会した騎士たちの視界に、一筋の黄金色の閃光が走るのが見えた。

だが、その光の正体は誰にも捉えることができず────。

唯、手にした 剣が(・・) 斬り落とされた(・・・・・・・) ことだけが分かった。

「な────!?」

立ち並ぶ騎士たちが皆唖然とする中、辺りに斬られた剣が舞い踊り、乾いた音を立てて床に散らばった。

その異様な光景に観衆が混乱する間も無く、その場は即座に濃密な魔力の霧に包まれ────

「【 稲妻(ライトニング) 】」

一斉に無数の稲妻が走った。

騎士たちが身体中に電撃が走ったことに気がついた時、既に膝から力が抜け身体が崩れ落ちていた。

鎧で身を固めた騎士たちは、なすすべもなく頭部を地面に打ち付け、倒れていく。

「な、何が────!?」

先ほどまで少女を取り囲んでいた数十名の騎士が昏倒、即座に戦闘不能となった。それに気がついた後列の騎士たちは慌てて剣を構えようとするが、その動作は今襲いくる脅威に対応するには遅すぎた。

「【 氷地獄(コキュートス) 】」

騎士達は一瞬で聖銀の全身鎧が凍り付くのを感じ、身じろぎ一つできなくなった。

そうして床に氷で縫い付けられた彼らの頭上を、空気を含んだ白いドレスがふわりと舞うように飛び越えていくのが見え────

「【 雷撃(サンダーボルト) 】」

巨大な雷が三つ、身動きできなくなった騎士たちに落とされた。

「…………あ……が…………!?」

高い魔法抵抗力を誇る 聖銀(ミスリル) の全身鎧を氷で固められたまま、彼らは立ったまま昏倒した。

白いドレスの少女はそのまま止まることなく、目にも留まらぬ動作で騎士達の剣を斬り落としていく。

その場の皆がその姿を捉えることすら出来ず、たまに舞う花のような白い影だけが残像のように騎士達の目に映った。

「────何だ────何が、起きている────?」

そこに集った騎士達は皆、自らの目を疑っていた。

相手は、たった一人の少女だったはず。

その少女一人を捉えるのに、我々『神聖騎士団』が総出で確保に向かうなど。

口には出さずとも、皆がやりすぎだろうと思っていた。

神聖騎士団に所属する神殿騎士は、ミスラの中でも選び抜かれた強者中の強者。

それも、最上級の装備で身を固めた精鋭中の精鋭。

小国であるクレイス王国の姫君など我らが一人か二人いれば、それで十分。

誰もがそう、考えていたはずだ。

なのに────何故、前にいる大勢の騎士達が倒れている?

今、何が起こっているのか、わからない。

何もできないうちに、ミスラ屈指の実力を誇る仲間達が倒されていく。

「────あれは、何だ。何で、あんなことが起きている────」

少女は【風】【雷】【氷】の複数の魔法を 同時に(・・・) 展開し、騎士達の中へと突き進んでいた。

────【 多重詠唱(マルチキャスト) 】。

そんなもの、そこにいる騎士達の殆どは見たことすらなかった。

二重詠唱を会得するものですら稀。

三重詠唱をするものなど、話も聞かない。

それだけでも桁外れの熟練を要する技術。

四つ以上(・・・・) など、伝説上の存在【魔聖】オーケンしか知られていない。

目の前の年端もいかない少女がそれを自在に操るなど、考えられない────考えたこともない。

────あり得ない。

それは起こりうるはずのない、出来事。

常識を識る多くの者がそう思った。

誰もがその光景を信じることができなかった。

だが────現に。

少女はここまで、無数の魔法を放ってきたと言うのに。

彼女の手許にはまだ、複数の詠唱済みの魔法が纏わりついているのが見える。

「【 稲妻(ライトニング) 】」

その騎士は自身の目を疑っている間に強烈な雷撃を受け、倒れた。

少女が通った後に無事で立っていられる者は居なかった。

誰もが、今自分が戦っているという自覚すらないまま、次々と倒されていく。

異常事態だった。

ミスラ教国が誇る、精鋭のはずの自分たちが誰も、何一つ反応できない。

その精鋭の長である筈の『十二使聖』でさえ────あそこでまとめて、昏倒している。

先ほどまで、武器も持たない少女が彼らに囲まれていたのを覚えている。

あれから、まだ数秒も経っていない。

なのに、この状況は、なんだ。

なんだというのだ、あの少女は。

────あれは幾ら何でも、速過ぎる。

残る騎士達の視界に、再び、白く舞うドレスだけが映る。

混乱する騎士達には、まるでそれは悪夢のような光景に見えた。

その白い影は、慌てふためく彼らにとって、今や恐怖の象徴となっていた。

「────あ、あんなものに、勝てるわけ────!」

勝てるわけが、ない。

それを口にする間も無く最後に残った騎士も薙ぎ倒されていった。

全員が意識を失ったわけではない。

だが、立ち上がろうとするものはいなかった。

圧倒的な力を見せつけられ、既に彼らの戦意は失われていた。

「────く。これほどまでとは。

だが────まだ、終わらんぞ……!!」

それでも、その場の誰もが絶望を覚える中、立ち上がる人影があった。

────【天理】のライバ。

ミスラ騎士団で最強と謳われる『十二使聖』の長としての役割を与えられる、最高指揮官。

彼は少女に折られた聖銀の大剣の代わりに、自らの鎧の背中に取り付けられた黒色の鞘から、青く光る剣を引き抜いた。

「────これは猊下から下賜された、切り札となる剣。よもや、こんなところで…………」

【天理】のライバはそこまで口にしたところで、自らの頭部を魔法から守る 聖銀(ミスリル) の 大兜(フルフェイス) に小さな亀裂が入り、そこから細く光が差し込んでくるのに気が付いた。

「なんだ、この────」

「────【朧刀】」

少女が静かに灰色の短刀を構え、弧を描く様に宙を撫でると【天理】のライバの頭部を覆う聖銀の 大兜(フルフェイス) が真っ二つに割れ、音を立てて床に落ちた。

そうして、彼の困惑した表情が露わになったところで────少女は魔法を行使した。

「寝ていてください────【 眠り雲(スリープクラウド) 】」

「し、しまっ────!!」

一瞬にして、黒みがかった魔法の霧がライバの頭部を覆った。

【天理】のライバはその濃密な霧を吸い込むと、立ったまま深い眠りに落ち────顔面から石の床へと倒れ込み、鈍い音を立てるとそのまま動かなくなった。

そうして────

神聖騎士団と少女が対立した数十秒後。

そこには、たった一人の少女だけが立っていた。

大国ミスラ教国の誇る数百もの精鋭部隊は────今、残らず地面に転がされていた。

誰の目から見ても────少女の圧倒的な勝利だった。

今や静寂だけがこだまする舞踏会場を見渡すと、少女は軽く息をつき、黄金色の剣に僅かに付着した聖銀の金属片を魔法で吹き飛ばして再びドレスの中に収めた。

「……ふう。まだまだ、ですね、

これしきの人数を無力化するのにこんなに時間がかかっていては。

ノール先生なら、このような戦闘は一秒とかからず終わらせていたはず────

練度不足だなんて、人のことは言えませんでしたね。

少し、冷静さを失っていたかもしれません。本当に、反省しなければ」

ただの一つの傷も負わされないまま、瞬く間に聖騎士達を全滅させた少女は、一つため息をつくと、今度は周囲を見回し、唖然とする観衆を見つけて静かに声をかけた。

「────皆様。

……お怪我は、ありませんでしたか?

お騒がせしてすみませんでした。

申し訳ありませんが、私は少し先を急ぎますので。これで失礼いたします」

そう言って小さく頭を下げると、少女はすぐに身を翻し────その背中に称賛も歓声も受けぬまま、未だ一切の汚れのない純白のドレスに身を包み、姿を消した皇子の気配の後を追った。