軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56 ノール先生の特別授業

一瞬で頭が真っ白になった。

先生は私に向かって「後は任せた」と。

なぜ、そんなことを──?

どう考えてもあんな存在は私の手には余るのに。

いや……よくよく考えると、今日の出来事は最初からおかしいのだ。

そもそも、先生は何故私をここに連れてきたのだろう。

──もしや、先生は最初からこうする予定で私を連れてきた?

先生が「いい訓練になる」と言っていたのは、自分自身でなく、私のこと──?

────そうだ。

なんで、そんな簡単なことに気がつかなかったのだろう。

先生がこれ以上強くなる必要なんて、どこにもないのだ。

きっと、先生は私の心を最初から見抜いていたのだろう。

私が先生の力に頼り、甘え切っていたことを。

……実際、そうだった。

先生さえいれば、ミスラに行っても、どんな危険が待ち受けていても大丈夫だと。

きっと、どんな状況でも護ってもらえる筈だと。

それが嘘偽りのない、私の本心だったからだ。

でも、先生はそれでは駄目だと言いたかったのだろう。

他人を頼るだけでは……弱いままでは、いけないのだと。

先生の目には私が自ら強くなることを諦めているように見えたのかもしれない。

……だから、私をここに連れて来たんだ。

「わかりました…………なんとか、してみます」

どうしたら私があの怪物に勝てるかなんて、分からない。

でも、おそらく、私が今ここでするべきことについて先生はヒントをくれている。

──『 リーンは(・・・・) そこで見ていてくれ(・・・・・・・・・) 』──

先生は最初にそう言った。

つまり先生は先程、私に実演して見せてくれたのだ。

お前は こうすれば強くなれる(・・・・・・・・・・) 、と。

先生の考える、一つの道筋を示してくれた。

そして、その上で、この未熟な私に大事な場面を任せてくれたのだ。

私にそれができるのだと信じて。

つまり…… あれ(・・) を、やれというのだ。

先生が先ほどやったことを、私も出来ると。

先ほどから先生の表情は安心し切っている。

私が失敗することなど、微塵も考えていないように見える。

どうしてかはわからないが、私に対して揺るぎない信頼をくれている。

それならば──私だって。

その期待に応えなければならない。

《────────おおおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおオオおおお────》

でも、あれは、あまりにも────

────いや、ダメだ。

私は恐怖に縮みそうになる自分の思考を追い出した。

やるんだ。

自分が今ここでできる最大限を先生に示すためには、意識をしっかりと保つ必要がある。

「では────行きます」

何をどうすればいいのかは、はっきりとはわからない。

でも、考えながらでも行動を起こす。

でなければ、先生は私のことを認めてくださらないだろう。

私は大きく息を吸い込むと極限まで意識を集中させ、私の思い描く手順に沿って詠唱の準備に取り掛かった。

まず掌に【 魔力障壁(マジックバリア) 】を多重生成────そこに【 物理反射(リフレクト) 】【 熱反射(ヒートリフレクト) 】【 魔力反射(マジックリフレクト) 】をコーティングし、加えて魔法出力を限界を超えて高める為の【 魔力強化(エンハンス) 】【 魔力増幅(チャージ) 】【 魔力爆発(バースト) 】を可能な限り重ね掛けし、【 魔力凝縮(コンデンス) 】で手のひらに私の持つ全魔力を凝縮させる。

同時に【 多重詠唱(マルチキャスト) 】を行使。

魔法の発動準備を整える。

私の限界詠唱数は、片手でそれぞれ三つづつ。

両手で併せて『六重詠唱』。

今の私の実力では、そこまでしかできない。

でも、先生は、その先を期待している。

そう、ノール先生は。

ここから遥かに上のことをしたんだ。

「────【 滅閃極炎(ヘルフレア) 】」

私は慎重に魔力を同調させながら、両手に一つづつ、二つの【 滅閃極炎(ヘルフレア) 】を発動した。

そしてその二つの極限の熱源を、 翳(かざ) した両の掌からゆっくりと両手の中央へと移動させていく。

────もし、ここで失敗すれば暴発で致命傷は免れない。

額から汗が流れる程の緊張を憶えながらも、必死で心を落ち着かせ、全神経を手のひらに集中することで魔力を緻密に制御し、ゆっくりと中心へと動かす。

時間が経つのがひどく遅く感じる。

ほんの少し魔法の発動点を動かすだけでも、まるで一万本の針の穴に糸を通し続けてもこんなに疲れないという程に神経を摩耗させる。

私の顎から汗が滴り落ち、床の石畳を打つ音がやけに響いて聞こえた。

「──出来──た────?」

気が遠くなるような極限の意識の集中の果てに、詠唱箇所を目的の位置まで動かし終えると、気づけば私の手の中には光り輝く小さな火の玉が出現していた。

でも、ここで終わりではない。

私はその玉を壊さないように慎重に維持しながら、更に二種類の魔法を同時に四つ発動する。

「──【 風爆破(ウインドブラスト) 】、【 浄化(ピュリファイ) 】──」

【 風爆破(ウインドブラスト) 】は炎の威力を増し、指向性と操作性を持たせる為。

【 浄化(ピュリファイ) 】は────おそらく、文献で読んだ限りではあの魔物に有効な魔法だ。

あの【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】は厳密には 不死族(アンデッド) ではない。

でも、それに近い特性を持っていたという。

祭壇に封じた時に聖職者が集まったのも、【 浄化(ピュリファイ) 】を詠唱し続けると動きが鈍ったからだという記述があった。かつて多くの犠牲を出しながら先人が記録してくれたその伝承に、私は賭けてみることにする。

──【 滅閃極炎(ヘルフレア) 】を二つ。

──【 風爆破(ウインドブラスト) 】を二つ。

──【 浄化(ピュリファイ) 】を二つ。

これで、六つ。

これが私の限界詠唱数。

それらを────────全て、 融合(・・) させる。

「────案外────やってみれば、出来るものですね」

先ほどの【 滅閃極炎(ヘルフレア) 】で、大体のコツは掴めたようだ。

意外に、一度出来てみれば、さほど難しいという印象もない。

とはいえ二つ融合させるだけでも、とてつもなく精神を摩耗させるが──今はそんなことは構っていられない。

私は一呼吸おくと、手の中に生まれた『輝く嵐』に魔力を込めはじめる。

────私の全てをこの一撃に賭ける。

この一撃の後には私の中に何も残らなくてもいい。

そのつもりで、全身全霊を手の中に荒れ狂う炎に込める。

いや────むしろ、私はこれから、これぐらいのことは簡単に出来るようにならなければいけないのだ。

そうでなければ。

これから先、ノール先生の弟子などと…………恥ずかしくてとても名乗れない。

《────────おおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおおおおオおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおオオおおお────》

私の発動させようとしている魔法に気がついた【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】は、あの恐ろしい叫び声を上げ、一直線に無数の触手を伸ばしてくる。

まるで、それは音もなく迫る闇の中の雪崩のように思えた。

先ほどよりもずっと動きが速く、鋭い。

あれが近づいてきたら、私は躱すことなどできず、即座に命を落とすことだろう。

────でも、きっと大丈夫。

今はそんな確信があった。

先程まであんなに恐怖していたあの触手が、もう、恐れる必要のないものに思える。

何故なら────

ノール先生に教わったこの技術を使いこなすことができれば、あの【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】すら、恐るるに足らないと分かったから。

先生は、この感覚を私に教えたかったのだ。

どんな闇でも払い除けられるような────この絶大な『力』の感覚を。

「ありがとうございます、ノール先生」

準備は全て整った。

私は輝く嵐の塊となった融合魔法を目前に迫り来る【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】の触手の群れに向け、大きく息を吸い込んだ。

「────では、行きます────【 滅閃極炎(ヘルフレア) 】」

私の手から極大の輝く炎がまっすぐに【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】へ伸び────その射線上にあるもの全てを消滅させた。

同時に周囲に飛び散った無数の魔力の残滓が弾け、残りの白い身体を巻き込んで破壊していく。

でも、この程度では あれ(・・) はまた、身体を再生させるだろう。

だから────

「【 風爆破(ウインドブラスト) 】」

私は荒れ狂う暴風を制御して、輝く炎を目一杯拡散させた。

──── あれ(・・) の一片も、残さない。

そのつもりで【 浄化(ピュリファイ) 】と融合させた灼熱の嵐をコントロールし、その場を浄化の炎で埋め尽くす。

周囲に飛び散る【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】の残骸を、一つ残らず焼き滅ぼすために。

私は不思議なほど冷静だった。

一歩間違えば一瞬で身体が消失する程の灼熱の嵐が吹き荒れる中、何の恐れもなく魔法行使を続けていた。

この融合魔法のコントロールはとても、難しい。

でも、私は先ほどこれとは比べものにならない程の神業を目にしたばかりだ。

それと比べればこんなこと、大したことはない。

技量の隔絶が大きすぎて、比べるのもおこがましい。

────そんな風に思うと、笑みすら溢れる。

そうして、少しずつ魔力の 操作(コントロール) に慣れてきた私は、輝く炎を翼のように舞わせ続けた。

そしていつしか天井に大きな穴が空き、地上からの光が辺りに差し込んだ時にはもう、【 灰色の亡霊(ファントムグレイ) 】は二度と蘇る気配はなかった。