軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

53 幽霊退治

「すまないな、付き合わせてしまって」

「いえ、先日ワガママを聞いていただいたのは私の方ですし、私でお力になれることであれば何でもおっしゃってください」

俺が『幽霊退治』に付き合って欲しいと頼みに行くと、リーンはにこやかに承諾してくれ、早速翌日の朝、俺とリーンは二人で目的地に向かった。

冒険者ギルドで受けた『幽霊退治』の依頼の指定場所は、『還らずの迷宮』の入り口近くにある、古い倉庫の地下室らしかった。

その場所は昔から「出る」ことで有名らしい。リーンはその辺りの話をよく知っていて、歩きながら俺に色々と話してくれた。

「あの倉庫の地下部分は昔は『 迷宮(ダンジョン) 』の一部だったんです。とは言っても、材質が一緒なぐらいで、どこにも繋がっていないらしいのですが。数百年前にここを訪れた冒険者たちが、巣食っていた魔物を駆逐した後、広いし頑丈だし、食物の保管庫として使おう、ということで利用され始めたらしいのです。結構、由緒ある倉庫だったりします」

「『 幽霊(ゴースト) 』が出るのに、使っていたのか?」

「はい。たまに『 幽霊(ゴースト) 』が出るぐらいであれば、それほどの危険はないですからね。心臓の弱い方は近づくのは避けたほうがいいですが、むしろ、物質の保管倉庫としてはネズミなどを遠ざけてくれるので有り難がられる場合もあります。ちょっとした害もあれば益もある。『 幽霊(ゴースト) 』はそんな存在です」

「そ、そうなのか」

知らなかったが、意外にもこの国では『 幽霊(ゴースト) 』というのは身近な存在だったらしい。

まさか、倉庫のネズミ除けぐらいに思われてるとは……。

だがなぜ、そんなところに『 幽霊(ゴースト) 』が湧くようになったかということは分からないらしい。そもそも、『 幽霊(ゴースト) 』が何なのかというのもよくわかっていないという。

「いろんな説がありますね。迷宮が生まれた古き時代に生み出された生体魔術の一種だという話もありますし、もしかすると、夢半ばで死んだ冒険者の霊魂が彷徨い、生者を妬んでいたずらをしているのかもしれない──とも」

「そうか。随分と詳しいんだな」

さっきから嬉々として幽霊の話をしているが、もしかしてリーンはそういうのが好きなのだろうか。

「ここに来ると聞いて、少し家の書庫を調べてみたんです。下調べは大事ですからね」

わざわざ調べてくれたのか……マメな子だな。俺も少しは見習った方がいいかもしれない。とはいえ、俺が自由に入れる書庫などないのだが。

「……そういえば、『スケルトン』も出るかもしれないと聞いたが、同じようなものなのか?」

「スケルトンですか? 通常の『 迷宮(ダンジョン) 』などでは一緒に出てくることも多いのですが、スケルトンは実体を持っていますし、魔物の一種ですから、ちょっと発生原理は違うみたいです。あと、これから行く場所には出ないと思いますよ? あそこで報告があったのは『幽霊』だけみたいですから」

「ん? そうなのか?」

スケルトンは出てこないのか。

ちょっと安心したような、残念なような。

駆除対象の『幽霊』が沸いている場所は王都内にいくつかあるらしいが、もしかして、おじさんが危険のないようにと配慮して場所を選んでくれたのかもしれない。

有難いような、何とも複雑な気持ちだ。

俺がスケルトンと戦いたいなんてことは伝えてないから、完全に気配りなのだとは思うが。

仕方ない、『幽霊』と出会えるだけでも良しとするか。

「ここですね」

しばらく歩くと、目の前に立て看板と木製の柵が立っている場所に辿り着いた。

「ここか」

そういえば、ここには瓦礫の撤去作業中に来た覚えがある。

あの時から立入禁止区域になっていた場所だ。

ここのことか。

「立ち入り禁止と書いてあるが、入ってもいいのか?」

「はい。進入許可は取ってありますので、進みましょう」

立入禁止区域の柵を乗り越え、またしばらく進むと何もない場所に、地下へと続く石造の大きな階段があるのが見えてきた。

「目的地はこの階段を降りた所ですね。そこが『幽霊』の出没場所です」

地下への入り口に近づくと、僅かに冷気が漂っていて寒気を覚える。

その奥は真っ暗で、目を凝らしても見通せない。

……いかにも、という感じだ。

「では、行くか」

「はい」

俺は手にした『黒い剣』をギュッと握りしめ、地下室への一歩目を踏み出した。

いまさらながら、リーンについてきてもらって良かったと思う。

別に、一人で暗い穴倉のような所へ行くのが怖いわけではないのだが、俺一人だったらここまでの道のりで迷っていたかもしれない。

この子はまだ14歳と年若いが、本当に頼りになる。

俺が同じぐらいの年だった頃とは大違いだな……。

そんな事を考えながら広い階段を降りていくと、だんだんと周りが見えなくなる。ある程度降りると、手の届く範囲すら見えず、隣りにいるリーンの顔すら見えなくなった。

「ここが入り口です」

リーンに言われて木製のドアを開けると、広い空間に出た。

────暗い。

本当に何も見えない。

暗がりの中、俺は【プチファイア】を使い、その灯りを頼りに進んでいくことにする。

「先生、お分かりかとは思いますが、壁や床には気をつけてください。流石に発見から数百年が経過していてまだ生きている『 罠(トラップ) 』があるとは思えませんが──先生の『黒い剣』はかなりの重量があるので、思わぬ事態があるかもしれません」

「ああ、わかった」

そういえば、俺は昔【盗賊】の訓練所に行っていた時、教官から「お前は何故か必ず罠を踏み抜くから、絶対に罠のありそうな場所には近づくな」と言われたことがあるな。

ここは昔、『迷宮』の一部だったというし、もしかしたら何か危ない仕掛けだってあるかもしれない。

気をつけよう。

そう心に決め、一歩目を踏み出した瞬間──────

────ガコン。

突然、足元の石畳が沈み、何かが抜けるような音がした。

「──────あ?」

同時に足元が崩れてなくなる感覚。

しまった、これは────『 罠(トラップ) 』だ。

咄嗟に跳びのこうとするが、緊張で身体が硬直していたせいか、間に合わない。

俺は崩れる石の床と共に、地面に呑み込まれた。

「せ、先生──!!?」

俺は石の床の瓦礫と共に、広い空間に投げ出された。

そして、リーンの声が遠ざかるのを感じながら落下し、体が床らしきものにぶつかり、その床が砕け、また落ちる。

何度かそれを繰り返しながら、俺は必死に空中で態勢を立て直し──どうにか、硬い床に着地した。

「随分、落ちて来てしまったな」

一緒に崩れ落ちて来た床の瓦礫を押し退けつつ、俺は周りを見廻した。

暗くてよくわからないが、どうにか、助かったようだ。

何も見えないが、落ちる瓦礫の反響音からとても広い空間があることがわかる。

そこは────とても暗く、広い空間だった。

ふと手元の灯りが消えているのに気がつき、再び俺が指先に火を灯すと暗闇の空間の奥に、巨大な祭壇のようなものが浮かんで見えた。

……祭壇?

なんで、倉庫にそんなものがあるんだ?

──そんな風に不思議に思ったのも束の間。

《────────おおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおオオおおお────》

闇の中から、背筋が凍るようなおぞましい叫び声がした。

その主を見定めようと暗闇の奥を覗き込むと、そこに、おかしなものが漂っているのに気が付いた。

────あれは、一体、なんだ。

その異様な姿に、再び背筋が凍ったように思えた。

その声の主は暗闇の中におぼろげに見える巨大な祭壇のような場所の中央から、こちらを覗くように頭の半分を出していた。

────頭。

そう、あれは頭だ。

見上げるほどに巨大な、白い人間の頭のようなもの。

大きすぎて最初、何か分からなかったが、ギョロリとした目が一つ、こちらを見つめているのが見える。

そして、それは俺の姿を認めると、まるでそこに何もないかのように、 すり抜け(・・・・) 、ゆっくりと祭壇らしきものから這い出て、俺を暗闇の中から見下ろした。

それは俺が今まで想像したことがないぐらいに、恐ろしい何かだった。

半透明で、モノをすり抜ける、よくわからない人型の何か。

だが、そういうものがいる、という話だけは聞いたことがある。

俺は、そいつに会いに来たのではなかったか。

「まさか────これが、『 幽霊(ゴースト) 』なのか」

正直、信じられなかった。

でも、リーンはここは『幽霊』以外出ないと言っていた。そうとしか思えない。

てっきり、普通の人間と同じぐらいの大きさのものかと思っていたが……ゴブリンがあれだけ大きいのだ。

『幽霊』がこれぐらいでも不思議はないのかもしれない。

《────────おおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおオオおおお────》

俺を見つめる『 幽霊(ゴースト) 』は再び、この世のものとも思えない叫び声を上げた。

あまりの恐ろしさに、身が縮む。

思っていたよりもずっと大きいし、怖い。

根源的な恐怖。

それをその怪物は放っていた。

「──先生! ご無事ですか!?」

俺が落ちてきた穴からリーンが降りてきた。

俺が落ちたのを見て、追ってきてくれたらしい。

その瞬間、暗闇の中のそれが、ギョロリとリーンに視線を向ける。

「────────ッ!!!」

リーンは驚き、硬直した。

……まあ、気持ちはわかる。

誰だってそうなる。

精神的に「来る」というのは、こういうことだろう。

最初、人型をしていた『幽霊』はリーンの姿を見つけると蠢きながら形を変えた。細かった2本の腕は膨らみ、太い8本の白い腕となり、脚は細かく別れて床や壁や天井に向かって伸びていき、原形すらわからない感じだ。

二つだった巨大な眼玉は分裂して増え続け、もう何個か数える気も起きない。

──いくら無害で命に脅威はないとはいえ、こんな不気味なもの、誰も駆除しに来たくないというのは頷ける。

《────────おおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおオオおおおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおおおおオおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおおおおおおおオオおおおおおおおオオおおおおオオおおおおオオおオオおおお────》

……それにしても。

脅かされるだけで危険はないとは聞いていたが、いくら何でも怖すぎではないだろうか。

心臓の悪い人は近づかないほうがいいと言っていたが、悪くなくてもきっと死ねるぞ、これは。

……などという事を考えている間に、また太い腕が10本ぐらい増えた。

あちこちに伸びた脚ももう100本ぐらいはあると思うし、無数に増殖した大小様々の血走った目玉がギョロリと、俺とリーンを睨んでくる。

────本当に、怖い。

正直、もう帰りたい。

だが、流石に一匹ぐらい退治しなくては帰れないだろう。

せっかく、無理を言ってリーンにここまでついてきてもらったのだから。

「すまないが──リーンはそこで、見ていてくれ。

あれはひとまず俺一人でやってみる」

「は、はい」

「だが万が一……危なくなったら助けてくれ。

頼りにしているからな」

俺は『黒い剣』を片手で構えつつ、もう片方の手には【プチファイア 】の火を灯し、限界まで燃え上がらせた。

────怖くはない。

そう思い込むことで、俺は身体の震えを押さえ込み──目の前の化け物に飛び込む覚悟を決めた。

さあ、ここからが俺の『幽霊退治』の始まりだ。