軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 まだ見ぬ世界

結局、腹が減っていたので、俺はリーンと食事を取りながら話をすることにした。

「いつものを二つ頼む」

「はいよ」

俺はリーンと路地裏の屋台の簡素な木製の椅子に腰掛けると、早速いつものメニューを注文した。

この店は同じ工事現場で働く仲間から教えてもらってからよく利用するようになったのだが、どの料理もかなり美味い。

中でも、卵を練りこんだ麺が白く濁ったスープに浸かっていて、その上に細かく刻まれた何かの肉と野菜が乗っている料理は絶品だ。

特に、上に乗っている肉──それが何の肉かはよく知らないのだが、その肉がとにかく美味いのだ。

それが何なのか聞いても店主は静かに笑うばかりで教えてくれないし、この店を教えてくれた同僚にも尋ねてみたのだが「聞かないほうがいい。旨ければ別にそれでいいだろう」ということだった。

別に秘密にすることはないだろうに……とも思ったが、まあ、俺も同じ意見だったので深くは追求しなかったが。

「美味しいですね、これ。食べたことのない味ですが」

どうやらリーンも気に入ってくれたようだった。

「それで、話とは何だ?」

リーンは抱えていた料理の器を置き、こちらに向き直った。

「はい。お願いというのは、実は、三ヶ月後にミスラに赴かなければならないことになったのですが…… もしかすると危険な旅になるかもしれないのです。そこで、もしよろしければ先生にご同行いただけると、私としては心強いのですが」

「ミスラ、か」

「はい……駄目でしょうか?」

リーンは麺とスープが入った器を手にしながら、俺の顔を覗き込んだ。

神聖ミスラ教国。

確かこの前、旅行に行こうとして中止になった国だったか。

もちろん、俺としては行きたい。

行ってみたい。

まだその街をこの目で見たことがないからだ。

その気持ちは変わっていない。

だが、ちょっと気になることも言っていたな。

「危険だと言っていたが、それはどういうことだ? ──もしかして、魔物と戦うことになるかもしれない、ということか?」

俺の質問にリーンは器を置き、少し考えた後に答えた。

「……正直な所、それはわかりません。でも、もしかすると、私たちが前に戦ったぐらいの脅威と戦うことになるかもしれません」

「そうか」

前に戦ったというと、ゴブリンと毒ガエルぐらいなものか。

まあ、それぐらいなら何とかなるかもしれないな、と俺は麺を啜りながら少し考えたのだが。

──いや、待てよ、とも思う。

本当に俺などがついて行っても大丈夫だろうか?

俺は、まだまだ弱い。

色々あって、それを痛感したからだ。

この前の皇国の襲撃騒動の時には、俺でも魔物のゴブリンや毒ガエルを倒すことができ、少しは自信を持っていいのではないか……などと思っていたのだが、翌日にギルドのおじさんからとんでもない怪物の話を聞き、すぐに思い直すことになった。

聞けば、俺がリーンと一緒に倒した普通のゴブリンとは比べ物にならない大きさの『ゴブリンエンペラー』というとんでもなく巨大な魔物が王都の街中に現れたというのだ。

俺はその話に驚愕し──耳を疑った。

俺にとってはただのゴブリンですら驚くほど巨大に思えたのだが、『ゴブリンエンペラー』はなんと通常のゴブリンの『十数倍』という恐ろしい巨体を持ち、更に、俺が目にしたあれの数倍の速さで動くというのだ。

──最早、恐ろしいとしか言えない。

俺がそう言うと、ギルドのおじさんは笑っていたが……。

そんな想像すら及ばない怪物には、俺ではとても太刀打ちできないだろう。

しかも、それが複数、王都市街に現れたという。

だというのに、この街の冒険者は協力してそいつらを倒したのだという。

ギルドのマスターをやっているおじさんも陣頭指揮をとって戦い、『ゴブリンエンペラー』を五人掛かりで仕留めたらしく「久々にいい運動になった」と言って楽しそうに笑っていた。

初めて知ったのだが、おじさんは元々『金級』の冒険者だったらしい。

実はすごい人だったのだ。

そんな山のように巨大な怪物と彼らがどんな戦いをしていたのか、俺には想像もできない。

いや、彼らよりももっとすごい人物がいるとも聞いた。

この国の王様は相当に腕が立つらしく『ゴブリンエンペラー』をあっという間に三体も仕留めたそうだ。

それも、たった一人で。

その姿は冒険者たちの間でも語り草になっているらしかった。

──本当にとんでもない人間がいたものだ。

世界は俺が思っていたよりも、ずっと広いらしい。

だが、身を呈して国民を守る。

そんな人物が尊敬されるのも頷ける。

俺たちが王都にたどり着いた時にはそんな雲に頭の届きそうな感じの巨大な生き物は見かけなかったので、すでに彼らに倒されていたのだろう。

俺は彼らの話を聞き、心に刻んだ。

俺だって魔物を倒せたし、竜と一対一で向き合っても死ななかったが……それだけだ。そういう規格外の人々に比べれば俺はまだまだ弱い部類でしかないのだと。

だから、少し迷った。

本当について行ってもいいものなのだろうか?

もし、どこかで『ゴブリンエンペラー』クラスの怪物に出くわしたら、俺とリーンだけでは危険だろう。

「行くのは、俺たちだけなのか?」

「いえ、今回はロロも招待されているので一緒に行くことになりそうです。もちろん、彼が行きたいと言えばなのですが」

「ロロが招待されたのか?」

「はい。なので今は私とイネスとロロ、そして先生の四人で考えています。あまり数を大勢にするのも考えものなので」

「……そもそも、なんの用事なんだ?」

「少し、変に思われるかもしれませんが……危険な用事というのは、知人の成人式のお祝いなのです。パーティがあって、それに出席するだけの話なのですが……」

成人式が、危険……?

どういうことだ?

まさか、とは思うが……。

ミスラ教国は凶暴な魔物を倒さないと成人できない感じの国なのだろうか。

それで、その成人の場に立ち会うには相応の危険が伴う、と。

そういうことなのだろうか。

時折、そういう風習のある土地もある、とは聞いたことがあるが……。

なるほど、成人式に出場する魔物が万が一暴れて外に出てしまっては危ないので、護衛が必要、と。

それなら、なんとなく辻褄は合うな。

リーンが行くと言っているのはきっと、そういう、危険な成人式なのだ。

「となると、何か、準備していくものがあったりするのか? 俺はそのあたりの知識が全くないのだが」

俺の心配を察したのか、リーンが笑顔で答える。

「あっ、準備のことに関しては大丈夫です。先生は付いて来ていただくだけで結構です。

向こうでの衣装などは全てこちらで用意しますので。サイズの確認などのお手間はかけてしまうと思いますが」

衣装?

そんなものが必要なのか?

まさか、参列者も強制的にその儀式に参加させられたり、とか、そんなこともあるのだろうか。

その為の衣装、となると……もしかして戦装束のようなものだろうか。

それを装備しないと危険、とか?

だんだんと不安になってくる。

「そんなところに俺が行っても大丈夫だろうか」

「はい、何事もなければ、その場にいていただくだけでいいのです。晩餐会ではきっと美味しい料理が振舞われると思いますので、それを楽しみにしておいてもらっても大丈夫だと思います」

「そうか」

料理か……それは非常に楽しみではある。

土地が違えば、食べるものも違う。

もしかしたら、竜滅茸よりも美味いキノコも出るかもしれないな。

──そんなことを考えると、胸が高鳴る。

ミスラか。

まだ見ぬ土地。

是非、行ってみたいものだ。

だが──

「ダメだな。きっと俺は行かない方がいいだろう」

「…………えっ……?」

リーンは俺の返事が意外だったらしく、固まってしまった。

──少し、言葉が足りなかったか。

「知っているとは思うが、まだ王都の復興工事は途中だ。前の騒ぎで家を失って困っている人達がいる。そんな時に俺が抜けると、彼らが家に帰るのが遅れるんじゃないかと思ってな。これでも、少しは役に立っているつもりだし、まだまだ、復旧には時間はかかりそうだしな」

「──そ、それはおっしゃる通りです、が」

「それに俺以外にも護衛の適役はいるだろう? 正直ミスラには行ってみたいし、その成人式にも興味はある。だが、俺がついて行ったところで誰の為にならないかもしれない。だから、やめておこうと思う」

「……わ……わわ……わかりました……先生がそう、仰るのなら……」

リーンはそう言って、了解してくれているようだったが……

よく見ると、顔は相変わらず笑顔のままでも目には涙をためている。

そうして、震えた手で器を持ち、無言でスープを啜り始めた。

さっきまで元気に話をしていたのが嘘のようだ。

……なんだか知らないが、えらい気の落としようだ。

そんな姿を見せられると、気の毒になってくるのだが。

「それとも、俺でなければならない理由があるのか?」

「──はい。先生でないと、きっと駄目だと思います」

俺が声をかけるとリーンはすぐさま振り向き、即答した。

「そうか」

「──いえ、訂正させてください。あんな中途半端なお願いの仕方が、そもそもいけませんでした」

リーンは屋台の木製の椅子から立ち上がると、まっすぐ俺に向かい胸に手を当てて、前に見せたような丁寧な礼をした。

「ノール先生、私の命を預けられる人物は、先生とイネスを置いて他にいません。どうか、ご同行をお願いします。その御恩にはどんなことがあっても、全身全霊を以ってお応えます──リンネブルグ・クレイスの名にかけて」

成人式に立ち会うぐらいで、また、大げさな。

まあ、そこまで言われると悪い気はしないが。

それにしても、この子はまだ勘違いをしているのだろうか。

この子が思っているほど、俺は強くはないというのに。

だが──

「仕方ないな──明日、親方に相談してみよう。行くかどうかはそれから決める。それでいいか?」

「──はい!」

途端にリーンの表情が明るくなった。

俺が行くと言ったのがよほど嬉しいらしい。

この子の勘違いも、いつになったら解けるのか。

それでも、ここまで頼ってくれているのだから、なんとかしてあげたいとは思う。

自分の実力が足りないと分かっていつつも、それに追いつきたいと感じる。

──いや、それは違うか。

自分の本心は、分かっている。

俺は結局、この子を口実に使っているだけなのだと。

──結局、俺は冒険がしたいだけなのだ。

確かに工事の仕事は楽しかった。

やりがいもあった。

まだ見ぬ土地、ミスラ。

そこにはまだ俺の知らないことが待ち構えているという。

それが、危険らしい、ということもわかっている。

でも、危険はあっても、行ってみたい。

見てみたい。

湧き上がる好奇心を抑えきれない。

そういう単純な気持ちに嘘はつけないのだ。

──なぜなら、俺は冒険がしたくて『冒険者』になったのだから。

心は決まった。

でも、旅に出るとなると準備をしなければならない。

危険な場所に行くことになるらしいから、今の実力のままでは不安だ。

旅立ちまでは三ヶ月あるというが、言ってみれば、残りたったの三ヶ月だ。

その期間で、俺はもっともっと鍛え、強くならなければならない。

世の中には『ゴブリンエンペラー』のようなとんでもない怪物が沢山いるということを知ったのだから。

イネスもついてきてくれるとはいえ、俺も旅に出るならば、それと出会った時に対処できるぐらいのつもりでいなければ、いつ死んでもおかしくないと思う。

となると、今のように工事の片手間にやっている訓練では、もちろん不足だ。

──親方にはすぐに相談しなければいけないな。

親方や他の皆にはすまないとは思う。

これは俺の我儘でしかない。

明日、会った時になんと言おうか。

リーンと別れた後、俺はそんな風なことを考えて夜を明かした。

──翌朝。

俺はいつものように朝早く工事現場を訪れていた。

「親方。話があるんだが、いいか」

「なんだ、話? 珍しいな。なんだよ、改まって──」

不思議そうな顔をする親方に、俺がなんと言い出そうか迷っていた。

結局、うまく考えはまとまらなかったのだ。

親方はそんな俺の様子を眺めると、何かが分かったというように笑顔を見せた。

「ああ、そうか──もう、行くんだな?」

「なに? なんで分かった?」

まだ、何も言ってないのだが。

なんで分かったのだろう。

「言わなくても、顔に書いてあるぜ。いいぜ、行ってきな。お前さんの夢があるんだろ?」

「……夢? なんだ、その夢というのは」

「いや……それはちょっと俺に聞かれても困るが……お前のことだぞ? やりたいことがあるんだろ?」

「そうだな、それはある」

今回のは親方がいう夢、というほど大げさなものではないのだが。

まあ、やりたいことがあることはある。

「だが──それをするとなると、ここを去らなければならない。

今まで世話になった皆に、迷惑をかけることになるかもしれないと思ってな。

すまないとは思っている」

俺がそういうと、親方はいつものような調子で笑った。

「おいおい、そんな風に言うんじゃねえよ。

大体、こう言う日が来るのはわかってただろ。

お前さん、俺がいくら 建築ギルド(うち) に誘っても『冒険者』でいることに拘ってたしな。

元から引き留めようなんて思ってねえよ。

もう、お前さんは十分すぎるほど働いてくれたし、おかげで工事は予定より二ヶ月も早く進んでるんだ。

それだけでも有り難えと思ってる。

誰も、働き足りねえなんていう奴はいねえ……というか、この一月で百人分は働いたんじゃねえのか?

ちゃんと計算してギルドにはその分、支払っておくから、ちゃんと受け取っておけ」

「……ああ、分かった」

「だが──気が向いたら、帰ってこいよ。

お前さんにはまだまだ、叩き込みたい技術が山ほどあるんだからな。

それに、俺はまだ諦めたわけじゃねえからな?

気が変わったら、いつでもうちに来い。

お前さんには普通の従業員の十倍……いや二十倍の給料出してもお釣りがくるぐらいだと思ってるんだからな」

「──ああ、きっと帰ってくる。待っていてくれ」

そうしてその日、俺は慣れ親しんだ工事現場を後にした。

そして、三ヶ月後を目指し、明日から一層、厳しい鍛錬をする覚悟を決めた。

ミスラへの旅に出て、ちゃんと生きて戻ってくる為に。

俺は今よりも、もっともっと──自分の限界を超えるぐらいに、強くならなければいけないのだから。