軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

04 俺は牛をパリイする

目にした奇妙な赤紫の色の光。

そして誰かの悲鳴のようなものを耳にした俺はその方向へと走った。

「……なんだ、あれは?」

角を曲がると、迷宮の入り口あたりに、巨大な生物が立っているのが見えた。

二本足で立つ、巨大な牛。

それが最初の印象だった。

だが、俺はあんな牛は見たことがなかった。

一軒の家の屋根に頭が届きそうなほどの巨体。

それが体よりも大きな巨大な金属斧を持ち、振り回していた。

それを取り囲むようにしている、数人の人影。

ある者は剣を持ち、ある者は槍を持ち、銀色の鎧を着込んでいる。

あの格好はみたことがある。

確か、王都の衛兵だ。

衛兵たちは数人で陣形を組み、牛の前に立ちはだかっている。

牛は彼らめがけて、巨大な斧を振るった。

あぶない──

俺がそう思うのと同時に、数人の衛兵の身体が弾けた。

見るからに巨大な質量の斧の一振りだ。

当たれば、一溜まりもない。

血しぶきを上げ散りゆく彼らの背後に、年端もいかない少女の姿が見えた。

あのまま、あそこにいては危ない。

だが、彼女は牛を見上げ、ただ呆然と地面に座り込んでいた。

衛兵たちは彼女を守ろうとしているらしかった。

だが、牛が斧を一振りするたび、衛兵たちは無残にも次々と散っていった。

「──! ──を守れ──!」

衛兵たちが何か叫んでいるが、その間に牛の斧が振るわれ、一人、また一人と命を落としていく。

鎧ごと胴体を引きちぎられた衛兵の剣が弾かれ、俺の足元に飛ばされてきた。

警備に当たっていた衛兵たちは見た感じ、素人同然のような動きだった。

俺から見ても、だいぶ動きが遅い。

きっと、訓練をほとんど受けていないままの新兵だったのだろう。

そう思っているうちに、最後の衛兵が散った。

そして、牛は斧を頭上高く振り上げ、目の前の少女を叩き割ろうとしている。

「──あぶない」

俺は足元の衛兵の剣を拾い、全力で駆け出した。駆けながら地面の小石を拾い、指で弾き飛ばす。

「『投石』」

俺は咄嗟に、狩人になり損ねた時に身につけたスキルを使った。

俺が放った小石は空を切り、俺の目論見通り牛の目玉に命中した。

突然の攻撃に牛は多少狼狽えたが、もちろんダメージはなく、

「グモ゛オオオオオオォ!!!」

ただ、怒らせただけだった。

地響きのような雄叫びが辺りに響き、牛の注意が少女から俺に向く。

だが──そうだ、それでいい。

こちらに牛の敵意を向け、こちらに誘導さえすれば、ひとまず、女の子の命は助かるはずだ。

俺が注意を惹きつけている間に、彼女が上手く逃げてくれることを祈るしかない。

あとは、俺がこの牛にどう対処するかだが──

牛は斧を再び振りかぶり、力一杯俺に叩きつけようと、地面を踏み砕きながら突進してくる。

さすがに見るからに筋力があるだけあって、速い。

あっという間に距離を詰められ、見上げるような高さから巨大な斧が俺に向かって振り下ろされる。

当たれば、俺は確実に粉々の肉片になるだろう。

だが──

「パリイ」

俺は唯一の剣技スキル、『パリイ』で、俺めがけて落ちてくる牛の斧を横薙ぎに弾いた。

瞬間、飛び散る火花。

そして鈍い金属音と共に、重厚な斧が俺の脇に落ち、石畳を飴細工のように砕いた。

衝撃で俺の足にも激しい振動が伝わり、よろめきそうになる。

見れば、牛の斧は深く地面に突き刺さっていた。

「グモ゛オオオオオオォ!!!」

だが、牛は石畳に突き刺さった斧を力任せに引き抜き、俺を殺そうと続けざまに横薙ぎに振るう。

人一人以上はゆうにある、巨大な斧の刃が俺の胴体にまっすぐに向かってきた。

あの黒い斧は一目見るだけで、途轍もない質量があるのがわかる。

刃の先に触れただけで、俺の胴体は散り散りになってしまうだろう。

さっきの衛兵たちのように、内臓ごと吹き飛ばされて、死ぬ。

だが──俺は今度は縦に剣を薙ぎ、斧を弾く。

「パリイ」

先ほどよりも一層激しく火花が散り、打ち上げられた大斧は空を切り、俺の頭上を舞った。

遅れて強風が顔に吹き付けてくる。

本当にすごい力だ。

俺は山小屋でだいぶ鍛えたつもりなのに、腕が痺れかけている。

そして、次から次へと繰り出される巨大な斧。

終わりがない。

「──本当に、恐ろしいな」

牛の一撃を弾くたび、己の無知と世間知らずを思い知らされる。

この牛はずいぶん強そうに見えるが、恐らく魔物ですらない。

比較的安全と言われる街中にいるぐらいだ。

この牛は一般的市民や訓練を受ける間も無く散ったかわいそうな兵士たちならいざ知らず、冒険者稼業のツワモノにかかれば、あっという間に倒せるような生物に違いない。

そんな相手に手こずっている俺は、どこまでも力不足なのだ。

いったい、外の世界にはどれだけ強力な生き物がいるというのだろう?

──俺には想像もできない。

冒険者ギルドのおじさんが冒険者への道を諦めさせようとするのは当然と言えるのかもしれない。

俺など、まさに井の中の蛙だった。

一撃、また一撃と牛の攻撃を弾くたびに思う。

「──世界は、広い」

思い知らされる。

俺は少しは強くなったつもりだった。

だが、現実は──

生まれ育った場所から一番近い街中にいる生物ですら、俺にとっては脅威だった。

「ン゛モ゛オオオオオ!!!」

俺の反省など意に介するはずもなく、牛は大斧を振り回し、襲いかかってくる。

一撃が、ひたすら重く、疾い。

必死で攻撃を捌く俺に、牛は次から次へ、狂ったように斧を振り下ろしてくる。

反撃の隙もない。

だが、もし隙を見つけられれば。

──いや、違う。

もし、隙があったとしても。

俺には万に一つの勝ち目もないだろう。

俺には攻撃の手段がないのだ。

肝心の戦う為の【スキル】がないのだから。

「やはり、無謀だったのだろうな」

牛の繰り出す、一撃喰らえば確実に致死の攻撃を弾きながら思う。

この牛との戦いは、そもそも勝ち目などなかったのかもしれない。

俺には何の才能もない。

努力しても、実力も伴わなかった。

そんな俺が誰かを助けるなどと。

思い上がっていたのかもしれない。

だが、それでも──────

「パリイ」

せめて、英雄になることは叶わなくても。

目の前で座り込み、怯える女の子ぐらいは守りたいではないか。

なぜなら、どんな状況でも、身を呈して弱き者を守る──それが、俺の憧れた冒険者の姿なのだから。

俺はいつか、どんなに時間がかかったとしても──そんな風になりたいのだ。

ここで彼女を見捨てたら、この先一体、どうやってその夢を果たすと言うのだ。

俺はひたすら、牛の繰り出す攻撃をはじく。

それが今、俺にできることの全てだった。

「ン゛モオオオオオ!!!」

牛がまた斧を振り下ろす。

だが今度は、俺にではない。

少女は、先ほどの場所から動いていなかった。

ただ呆然とこちらを眺めていた。

どうやら、逃げるだけの気力もないようだった。

それに気がついた牛は、彼女から潰そうと思ったのだろう。

斧がまっすぐに振り下ろされる。

邪魔な俺を避け、少女一人を叩き潰すような軌道で。

だが────

「パリイ」

俺は少女の前に滑り込み、再び牛の斧を弾く。

間一髪、間に合った。

斧は高く打ち上げられ、牛は少し、よろめいた。

「ギウオオオオオオオオオオオ!!!」

そこで牛は激怒した。

今、奴は俺を厄介な邪魔者だと思っているのだろう。

一層、斧の勢いが激しくなる。

斧の一振り一振りから、怒りが、興奮が伝わってくる。

先ほどよりも、一撃がずっと重い。

剣を持つ腕は、とっくに悲鳴を上げている。

だが、何度来ても。

何度でも、弾く。

絶対に、振り下ろさせない。

俺が生きている限り、何度でも弾き返す。

勝てないまでも、俺が死ぬまではせめて──この子を守りきる。

そのつもりだった。

──だが、限界はすぐに来た。

俺の手にしていた剣が先に悲鳴をあげたのだ。

衛兵が使っていた剣は俺が山で訓練に使っていた木剣よりは遥かに上等なものだが、牛の斧と比べれば歴然とした質量差がある。

バキン、と音を立て、剣は粉々に砕け散った。

それを好機と見たのか、まっすぐに俺の首を狙って牛の斧が振り下ろされる。

これを喰らえば、俺は背後にいる少女もろとも叩き潰されるに違いない。

──────だが。

「まだだ」

まだ、剣には柄と刃の部分が僅かに残っている。

その部分を使えば、俺はもう一度だけ斧を弾くことができるだろう。

それが、この剣を使って斧を弾ける最後。

そう思って、意識を極限まで集中させ、俺は狙った場所へと牛の斧の軌道をずらす──その為に、この瞬間に、己の全てを込め、全身全霊で弾く。

「パリイ」

そうして俺が弾いた斧は、勢いよく回転し、牛の手を離れ、まっすぐに牛の首へと突き刺さった。

そしてそのまま、斧の刃は牛の首を通過し──後ろの建物に突き刺さった。

斧を失った牛は、静かにその場に立ち尽くしていた。

しばらくの、静寂。

それからほどなくして、牛の首が重い音を立てて地面に落ちた。

「────やったか」

牛が起き上がってこないのを確認し、俺は胸をなでおろした。

手にしていた剣は、今の一撃で根元から砕け散った。

持ち手すら残さず、粉々に。

あれが本当に最後の一撃だった。

「危なかった」

いや、剣だけではない。

俺の身体もすでに限界だった。

気がつけば両腕が、両脚が、全身が悲鳴をあげている。

眩暈がする程の、疲労困憊。

──本当に情けない。

街中の牛一頭相手にこのザマだ。

この程度で、世界を旅して冒険したいなどと、夢を見るにもほどがあるだろう。

「……ありがとうございます、おかげで助かりました──あの、貴方は一体──」

少女はよろめきながらも立ち上がり、俺に礼を言う。

助かってよかった。

彼女の背後から、こちらに走ってくる衛兵の姿が見える。

「──まだまだ、鍛錬が必要だな──」

名乗るのも恥ずかしかった俺は、後のことは衛兵たちに任せることにして、そのままその場を去り、工事現場の依頼の完了報告をしに冒険者ギルドへと急いだ。