軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34 銀色の波

「危なかった……なんなんだ、今のは? それに──」

突然襲ってきた『赤い光』を弾いたあと、俺は光の来た方向を眺めていた。

そこに見えるのは、リーンの【隠蔽除去】で現れた、東の平地を埋め尽くすような大量の人。

大きな『剣』と『盾』で武装した集団が整然と隊を成し、こちらへ近づいて来るのが見える。

「あれは何だ? あの数、相当いそうだが……」

「皇国が……軍を動かしてきたのでしょう。数千、いえ、あの規模ですと万を超えるかも知れません。もはや、どれだけの軍勢なのか、私には計り知れません──」

俺の疑問に答えたリーンの声は沈み、顔は青ざめている。

……皇国の軍?

何でそんなものが、ここに?

さっぱり事態が飲み込めていないのだが……。

「そういえば、人の姿を見かけないな。どうなっているんだ?」

さっきから、不思議なことだらけだ。

朝方までは多くの人で賑わっていたというのに、俺たち以外、周囲に人一人見かけない。

王都自体がもぬけの殻、という感じだ。

「ここに来る途中で兄の部下に会ったので、状況は少し聞いたのですが……街中に多数の魔物が出現していましたから、皆、一斉に、西側の比較的安全なエリアへと避難したようです。

王都の兵士達は魔物の対応と市民の誘導に回っているのだと思います」

「そうか。人の姿が見えないのはそのせいか」

街中に魔物が出没していたとは──本当に、 王都(ここ) で一体、何が起きているんだ?

「ですが、先程の強い光で彼らも異変に気が付いたはず。

おそらく、こちらへと戦力を差し向けるはずですが……まだ、時間がかかると思います。それに、到着したところで、王都の保有戦力では、とてもあの数を相手には──」

地平線に広がる武装した集団を眺めていたリーンに、イネスが声をかけた。

「リンネブルグ様。ここまでです──逃げましょう。あれは我々だけで相手にできる規模の戦力ではありません」

「──ええ、そうしましょう。私たちは撤退して兄と合流します……先生はどうされますか?」

「俺か? ……なんでそんなことを聞く? この状況だ。聞くまでもないだろう」

リーンは俺にどうするか、と聞いてきたが……当然、俺も一緒に逃げるつもりだ。

というか、この状況で逃げないという選択肢は無いように思えるのだが、何でそんな聞き方をする?

この子は俺を何だと思っているのだろう……。

「そうですね。聞くまでもありませんでしたね……愚問でした」

リーンはそう言って俺に微笑んだ。

どうやら、わかってくれたようだ。

──わかって、くれたのだよな?

不安だから、一応ちゃんと声に出しておこう。

「ああ、俺も当然逃げ──」

「向こう、何かが来ます──!!」

突然、イネスが声を上げた。

彼女の見る方向に顔を向けると、上空から雨のように降り注ぐ大量の魔力弾が見えた。

「敵の攻撃です! 私の『盾』の背ろへ──ッ!!」

イネスが咄嗟に『光の盾』を展開し、魔法攻撃の嵐を防ぐ。

おかげで、こちらに敵の攻撃は届かない。

だが──

「しまった……これでは逃げられそうもないな」

上空から魔力の弾が途切れなく飛来し、周囲の地面をあっという間に抉っていく。

これでは、逃げられない。

全く身動きができなくなってしまった。

俺だけであればあの弾を避けて逃げる事は出来そうだが、三人を置いていくわけにもいかない。

失敗した。

あの軍勢の姿を確認したら、すぐに逃げるべきだった──。

俺がこの状況でどうしようか迷っていると、今度はロロが声を上げた。

「……あ、あそこ……!!! ……また、何か光ってる──!!」

ロロの指差す方向を見ると、複雑な文様を刻まれた巨大な黒い筒のようなものが、赤い光を放っていた。

「次が、来ます──!」

リーンは遠くに見える赤い光を見て、血の気の引いた顔をしている。

放っておけば、あの巨大な竜を落としたあの強烈な光がまた飛んで来る。

「──仕方ない、か」

俺は覚悟を決め、一歩前へと進み出た。

俺の持っている黒い剣は、どういうわけかあの光を弾けるらしい。

ならば、不安はあるが、この状況では俺が前に出るしかない。

「先生、何を──?」

「俺が前に出て時間を稼ぐ──その隙に三人で逃げてくれ」

「で、ですが、先生──!」

幸い、逃げ回ることには自信がある。

山での生活でも、狼に囲まれても、熊に囲まれても、蜂の群れに囲まれても、逃げ切ることはそれほど難しくなかった。

全力で駆けまわれば、あの魔法攻撃の雨からも逃げ回ることもできるだろう。

無謀にもあの軍勢に突っ込んで、自分が戦えるなどとは思ってはいない。

せいぜい、俺に出来るのは相手の注意を逸らすこと──時間稼ぎでしかない。

だが、やってみる価値はあるだろう。

時間さえ稼げば、リーンの言っていた通り、王都の軍が助けに来てくれるかもしれない。

楽観的に過ぎるかもしれないが──今はその可能性に賭けるしかない。

「大丈夫、無茶はしないさ──ちゃんと戻ってくるつもりだ。心配しないでくれ」

「──分かりました」

そうして、リーンは俺の背中にそっと手を当てた。

「では、行きます──衝撃に備えてください」

──ん?

行きます──?

──衝撃?

「リーン、まさか、これは──?」

「大丈夫です。ちゃんと、威力は加減しますから──」

リーンはそう言って俺に微笑んだ。

──違う、そうじゃない。

この角度だと、確実にあの軍勢に突っ込むコースになる。

俺は別に決死の特攻をかけようなどとは思っていない。

辺りを走り回って、注意を引きつけ、敵の攻撃を分散させようというだけなのだが。

ちょっと、彼女にはその意図が伝わっていないような気が──

「ちょっと、待──」

「【 風爆破(ウインドブラスト) 】」

俺の戸惑いも意に介さず、リーンの魔法が発動した。

──まずい。

俺は今、剣を普通に手に持ったままだ。

リーンのあの魔法。

あれを『黒い剣』を挟まずに直接体に受けでもしたら、死ぬ──そう思い、俺は無我夢中で地面を蹴って前に出た。

一歩、二歩と【身体強化】を全開で発動して加速し、遅れて来た爆風で、更に俺の身体は押されて吹き飛んだ。

──よかった。

何とか即死は免れた。

だが途端に、上空から降り注ぐ魔力弾を防いでいるイネスの『光の盾』が目前に迫った。

──ぶつかる──!

なんとか姿勢を低くし、潜り抜け前に出る。

すると、今度は魔法攻撃の嵐が俺に降りかかる。

既にかなりの勢いがついているので、弾はとんでもない速さで迫ってくる。

反射的に身をよじりながら弾道を見切り、避けて進むが──それにも限界がある。

弾幕が密集しているところに勢いよく突っ込めば、流石に避けきれない──

俺は咄嗟に、黒い剣を横に薙いだ。

「パリイ」

すると、目の前に迫る無数の魔法弾が 弾かれ(・・・) た。

──助かった。

だが、やはり、思った通りだ。

竜の『光』も弾いたし、さっきの赤い『光』もこの剣は弾いた。

どういう理屈か分からないが、この黒い剣は魔法を弾くことが出来るらしかった。

だが、この『黒い剣』で一度に弾くことのできるものはせいぜい、数個。

目前に迫ってくるの大量の魔力弾を何とかできる訳ではない。

どうする?

このまま、あれに突っ込んで自滅するしかないのか?

……いや、本当にそうだろうか?

俺はこれまで、ずっと木剣で、木剣を弾くという訓練をしてきた。

というか、十数年の間、それだけしかしてこなかった。

その結果、千の木剣を一息で弾ける程度にはなったのだが……。

でも、少し重い武器を持っただけで、全くと言っていいほどに勝手が違った。

重い剣では、慣れ親しんだ木剣のようにはいかなかったのだ。

ゴブリンの投げてくる丸太を数本弾くのがやっと、という感じだった。

──だが、だんだんと慣れてきた。

何度も何度も剣を振るう度、この『黒い剣』は手に馴染んでいった。

何度もリーンに吹き飛ばされているうちに、この疾さにも慣れてきた。

そして、どうやら、飛んでくる魔法の弾には重さがないようだった。

大木を弾くのより、ずっと楽だ。

ならば──

「パリイ」

俺が思い切り剣を振ると、 数百(・・) の魔力弾が同時に弾かれ、消滅した。

──これなら、いける。

そして、剣を振ると同時に更に思い切り踏み込み、加速する。

まだまだいける。

慣れてきた──この 疾さ(スピード) にも、重さにも。

体は疲れているが、調子はいい。

──やれるところまで、やってやる。

このままのコースだと、敵の軍勢に突入する。

もう、勢いがつき過ぎてしまって軌道修正できる気がしない。

だが──もう、それでいい。

こうなれば、中から引っ掻き回してやる。

幸い、逃げ足には自信がある。

危険を感じた時に、全力で逃げればいい。

囲まれてからだって、逃げてやる。

俺は覚悟を決め、地面を踏み砕きながら更に加速していった。

周囲の空間が、視界が歪む。

別世界にいるようだ。

あっという間に、敵の隊列の一番前に辿り着いた。

最初の一人──相手は重厚な鎧を着込み、剣と盾を構えている。

「パリイ」

俺は渾身の力を込めて剣を振るった。

すると、なんの手応えもなく、相手の手に持つ長大な剣が跳ね上げられた。

──良かった。

相手は、厳つい装備をしてはいるが、殆ど素人のような動き──ゴブリン程度の反応速度もない。

俺の目からは、まるで止まっているかのように見える。

他の兵士たちも、同じように遅く感じた。

──ならば。

「パリイ」

次は一度に数十を弾いた。

まだ余裕がある。

ならば──百。

それでも大した手応えは感じなかった。

それなら──二百。三百。

次に四百と増やしていき──五百。

不思議な感覚だった。

まだまだ、余裕がある。

この重い剣のおかげかも知れない。

相手の持つ剣の重さが、羽毛ほどにも感じられない。

それなら、次は──

俺が渾身の力を込めて剣を振るうと、一斉に、千の武器が宙に跳ね上げられた。

──なんだ。

なんということはない。

これは山での木剣を弾く訓練と同じだ。

ひと息で千本程度までなら──十分、可能。

そうして俺は、力の限り──体力の続く限り、剣を弾き続ける覚悟を決めた。

余計なことを考えるのはやめ、全神経を目の前のモノを弾くことだけに集中する。

──そう、ただ弾くだけでいい。

俺の役割は、あくまで、時間稼ぎなのだから。

◇◇◇

その時──

空に銀色の波が現れた。

それは生き物のようにうねり、空を舞う鳥のように優雅に弧を描き──緩く回転しながら、次々に地面へと落ちていった。

兵士たちは、最初、何が起きているのかが分からなかった。

皇帝より下賜された、一騎当千の力を与えてくれる筈の『 魔装剣(マジックソード) 』が一瞬にして手元から消え──気づけば、それが宙に舞っていた。

銀色の光を反射しながら回転し迫って来る、鉄をも斬り裂く魔導の剣──それを防ごうと、多くの兵士は半狂乱になりながら、逆の手に持たされた『 魔装盾(マジックシールド) 』をかざした。

幸いにも魔導具の盾の力によって、空から落ちてきた凶刃は弾かれ、また空に銀色の波を作った。

兵士たちは、ひとまずの無事を安堵した。

それも束の間。

今度は『盾』が消えた。

剣と同じように、感じる間もなく消え失せた。

当然、兵士たちはまた空を見上げた。

するとやはり、それはそこにあった。

兵士たちに無敵の力を与える筈の盾は、先程、自分達が 盾(それ) で弾き飛ばした剣の遥か上を、優雅にくるくると舞っていた。

そうして、一旦は弾かれた銀色の刃の群れが、防ぐ手段のなくなった兵士達へと降り注ぐ。

──阿鼻叫喚。

次々と、敵を切り裂く筈であった『 魔装剣(マジックソード) 』が地面へと突き刺さり、兵の腕へ、肩へ、脚へ──運が悪い者の身体にはあらゆる箇所へと突き刺さった。

兵たちは悲鳴を上げながら逃げ惑った。

士気の高い者は再び剣を拾い上げ、正体不明の敵の攻撃に備えようと、覇気を振り絞り剣を構えたが、構えた剣はなす術もなく再び空へと舞った。

兵士には何も見えなかった。

何も感じられなかった。

なのに、また武器が忽然と消えた。

──全ての兵が恐怖した。

無敵の軍隊と信じていた自分達の脆さを、ようやく理解した。

突然巻き起こった正体不明の攻撃。

何処から、何をされているのかすら分からない。

その場は混乱の極致となった。

恐怖に駆られた味方の同士討ち。

武器を投げ出して泣き叫ぶ者、神に祈る者、血まみれになり助けを乞う者──絶望を含んだ悲惨な空気に包まれ、何度も武器を拾い直す強い意思のある者も、二度、三度、四度と重なる怪現象に心を折られた。

そうして戦場から急速に戦意が失われつつある中で、ふと、兵士たちは一際高く空に打ち上げられた大きな黒い影を目にした。

──まず、巨大な筒状のモノが、四つ。

──そして大きな十字架状のモノ。それが三つ。

それは全ての兵士にとって、見覚えのあるモノに思えた。

もっと言えば、それは、皇国軍の決戦兵器『 光の槍(ブリューナク) 』四門と、全てを防ぐ防衛魔導具『 英雄の盾(イージス) 』三機に見えた。

それは栄光に輝く皇国軍の、勝利を約束する筈のモノ。皇国の誇る最先端の魔導科学の象徴に他ならない。

空を見上げる全ての兵が、疑問に思った。

──どうして、あれがあんなところに?

ゆっくりと回転しながら降って来た七つの物体は、轟音を立て次々に大地に突き刺さり、その姿を見て、兵士たちは再び意気消沈した。

巨大な筒状の兵器『 光の槍(ブリューナク) 』は四門全てがその重量で地面に深々と突き刺さり、十字架状の防衛魔導具『 英雄の盾(イージス) 』は無惨に歪んで壊れ、精緻な回路に刻まれた魔導の光を全て失っていた。

誰の目にも、それがもう、ろくに使い物にならないことは明らかだった。

主兵装の『剣』と『盾』、そして決戦兵器と聞かされていた『 光の槍(ブリューナク) 』と『 英雄の盾(イージス) 』を失う事──

それはつまり、この行軍の失敗を意味する。

そう理解するだけの理性ある者が、殆どだった。

中には、その状況にさえ屈しない者もいた。

何度も剣を取り、勇敢にも敵の姿を探して戦おうとする、強い心の持ち主が。

だが、その心もすぐに折られた。

掲げた剣と共に、姿すら見えない「何か」にガラス細工か何かのように叩き折られるまでに、そう時間はかからなかった。

「──なんなんだ、これは。一体、何が、起きた──?」

全軍の指揮を任されていた皇国の将軍は、そう呟くのがやっとだった。

王都征服の意気に沸いていたその戦場は、今や、無力感と恐怖──そして絶望が支配する場となっていた。

もはや、剣を拾おうとする者さえいなくなった。

そうして、銀色の波の往復が七回を数え、まばらになる頃、全ての兵の士気は失われ──

万の軍は誰一人死者を出すことのないまま、ほぼ壊滅に近い状態となっていた。