軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

232 ロロの宿敵(ライバル)

「…………おい、ロロ? お〜い、ちょっと〜? 俺の声、聞こえてるか……? お〜〜い!!!!」

王都の旧市街地に存在する『戦士兵団』の訓練場。

一人の細身の少年が大量の汗を滲ませ、訓練場の中央にドンと置かれた黒々とした 魔鉄鋼(マナメタル) の塊に両手をつき、必死に力を込めている。一方、少年の背中にずっと声をかけ続けた【盾聖】ダンダルグが王都旧市街にある周辺の建物を震わせるような大声でやっと、その少年は驚いたように振り返る。

「…………ごめん、ダンダルグさん。ちょっと考え事してて」

「ったく。あんまり返事がないもんだから、あのまんま居眠りしてるのかと思ったぜ? もう、時間だぞ。シグが迎えにきてるぜ」

「えっ? もう、そんな時間?」

「なあ、ロロ……お前、本当に大丈夫か……? 今日なんて顔見せてからずっと心ここに在らず、って感じだし。お前が早朝にそれ始めてからもう、半日近く経ってるんだぜ? ぶっ続けで休憩もナシにやるもんだから、頭がどうにかなっちまったんじゃねえの……?」

「……大丈夫、心配しないで。単に、ちょっとした目標ができただけだから」

「なんだよ。ちょっとした目標って」

「今すぐ、追い越したい人ができた」

額に汗の滲むロロにニヤリとするダンダルグ。

「……へえ? ようやく年頃の男子っぽくなってきたじゃねえか。ま、そういうことなら多少無茶な感じでも応援しないわけでもねえが。ちなみにそいつ、誰とか聞いていい?」

「ううん、ごめん。隠したいわけじゃないんだけど……本人にはその日が来るまでは絶対知られたくないから」

「なるほどねぇ……? ってことは俺らの知る誰かってワケか」

「うん。だから、わかってもなるべく内緒にしてほしくって」

「ま、わかった。仮に心当たりがあっても心のうちにしまっとく。どのみち、今の段階じゃそんなに絞り込めねえしな」

「ありがとう」

短く礼を口にしたロロは再び無骨な 魔鉄鋼(マナメタル) の塊へと向かい、その表情は切羽詰まったものに変わった。

「……ったく、ロロの奴。心配するなって言ったって、あんなに空気ピリピリさせてたらやっぱ心配になるだろうが……?」

「それぐらいにしておけ、ダンダルグ。あの異常事態の後だ。誰だって緊張ぐらいする」

「そりゃあ、あんなことがあって焦るのはわかるけどよ。だからって闇雲に体に鞭打ったってしょうがねえだろ?」

壁に背中を預けていたシグがロロに向き直る。

「────ロロ、どうだ。そろそろギルバートが痺れを切らしている頃だと思うが」

「……うん。もう、だいぶ待たせちゃったよね。すぐに準備したいんだけど、」

「なんだ? 気にせず行っちまえ……って? なんじゃそりゃあ!?!?」

見れば、ロロが押していた魔鉄鋼の巨大な金属塊が訓練所の石造の壁に深く突き刺さり、もはや簡単には抜けそうにない。

ロロが気まずそうに頬を掻く。

「……ごめん。つい、夢中になっちゃって」

「いやぁ、まあ……な? それが一生懸命やった結果だってんなら別に責めたりはしねえけど……それ、あれからオーケンの爺さんに頼んで、さらに重さを十倍にするっていう地獄みたいな【多重負荷】の 付与(エンチャント) をつけたはずじゃなかったっけ?」

「やっぱり、元の位置に直してから行くよ」

「いや……いい。もう、さっさと行っちまえ。ったく。俺は後片付けの為に居るようなもんだぜ」

「ありがとう、ダンダルグさん……シグさん、待たせてごめん。もう行ける」

「では、ロロは借りていくぞ」

「ああ、好きなだけ持ってけ。どのみち 戦士兵団(ここ) じゃ持て余してる」

シグとロロを見送るとダンダルグは最早そう簡単に動かせそうもない魔鉄鋼の塊をまじまじと見つめ、腕組みをした。

「……とはいえ、マジでどうすっかなぁ、コレ? 他の団員に手伝わせたところで、怪我人続出確定だよなぁ……?」

そうして壁に埋った黒々とした金属塊をから目を背け、今日一番の深いため息をついた。

◇◇◇

「ようやく来たか……流石に待たせすぎなんじゃねえのか? 優等生サマ」

ロロがシグに連れられいつもの訓練の場所に辿り着くと、そこには『剣士兵団』副団長ギルバートの姿があった。ギルバートは笑顔でロロを出迎えたが、その気だるそうな様子からかなり苛立っている様子が見て取れた。

「……本当にごめん、ギルバートさん。ウォーミングアップに夢中になっちゃって」

「はは、ウォーミングアップねぇ。こっちはこんなに暇して体が冷え切ってるってのにな。ま、それでハンデにしたい、ってんならわからねえでもねえが────」

ギルバートは不機嫌そうに笑いつつ、 王類金属(オリハルコン) 製の槍を振り回ストその先端を訓練用の 聖銀(ミスリル) の長剣を握ったばかりのロロに向けた。

「……お喋りはいいから、さっさと来い。こっちは待たされに待たされて頭に来てるんだ。ガキだからって容赦はしねえぞ。死ぬ気で来い」

「うん、ありがとう。ギルバートさん。でも────今日こそは、ちゃんと勝たせてもらうつもりだから。そっちも手抜きは無しでお願い」

「はは。生意気にも遅れてきた上に俺を挑発しやがるとか。ずいぶんと偉くなったもんだなぁ? ま、その方が気兼ねなく殴れて、いいけどよ?」

先に動いたのはロロだった。

ロロはギルバートの懐まで瞬時に踏み込むと、 聖銀(ミスリル) の剣を薙ぐ。

ギルバートはその鋭い斬撃を槍の腹で難なくいなし、ロロの体勢がぐらりと傾いた。

「────うぐっ!?」

そうして、ギルバートは崩れたロロの側頭部に思い切り槍の腹を撃ちつける。

だがロロが頭部に衝撃を受けつつ、槍を剣で受け止めたのを見てギルバートは少し感心したように眉を動かした。

「ふぅん。まあまあの反応するようになったじゃねえか」

「……おかげさまで」

「じゃあ、これはどうだ?」

ギルバートの槍の先が消え、次の瞬間、ロロの喉元を貫。

だが、またもやロロはギルバートの槍が突き刺さる寸前に剣で受けつつ、強引に払い除けた。

辺りに大きな火花が散る。

「なるほど、な。俺の槍を受け止めるのもそうだが、正面から弾き飛ばす奴なんざ剣士兵団にもあんまりいねえんだけどな? 【盾聖】のウォーミングアップも伊達にはやってねえ、ってことか」

「うん」

「ま、そもそも……お前はちょっと、ずるいもんなぁ?」

再び、ロロの視界からギルバートの姿が消える。

次の瞬間、背後から迫る鋭い刺突をロロはまるで見えていたかのように剣の腹の中央で受け止める。

「 これ(・・) だ。ずるいよなぁ。どうにも視覚じゃ誤魔化しようがねえし、姿を隠してたって、こっちの居場所も心を読んじまえば簡単にわかっちまうんだろ?」

「読める人、読めない人がいるけど。でも、こうでもしないとボクは格上には絶対に敵わないから」

「別にいいんだぜ? ずるいが不公平とは思わねえ。どの道、俺とお前がやる分には大して変わらねえし」

「…………うぐッ!?」

ギルバートは腕に力を込めつつ、槍を剣で受け止めたロロの脇腹を思い切り蹴飛ばした。強烈な蹴りを腹に受けたロロが背後の岩壁に無防備に激突し、顔が苦痛に歪み身体が硬直した瞬間、ギルバートの槍がロロの頬の肉を抉る。

「ほら。わかってても受けられねえだろ」

「……ぐッ……!」

「つまり……お前はもう、一回 死んだ(・・・) 、ってことだ。まだ続けるか? 俺だって暇じゃねえんだ、諦めるなら早くしろ」

降参を迫るギルバートに、ロロは鋭く剣を薙ぐ。

だが、ギルバートはまるでその行動を最初から知っていたかのようにひらりと回避すると、嗜虐的に嗤う。

「へえ、今日は随分と元気がいいじゃねえか。じゃ、休憩なしで続行ってことで」

それからは【剣聖】シグが見守る中、しばらく同じような光景が続いた。

ロロが懸命にギルバートに立ち向かうが、その剣は槍の腹で悉くいなされ、払い除けられ、時には繰り出す前に足で腹を蹴り上げられる。そうしてロロが怯んだ瞬間、また黄金色の槍が一方的にロロを打ち付ける。

「もう、やめだ」

次第にロロの呼吸が乱れ動きが鈍くなっているのを見たギルバートは槍を振るのを止め、つまらなそうに肩に担ぐ。

「……大丈夫だよ、ギルバートさん。ちょっと息が切れただけだから」

「ダメだ。誤魔化せると思うか? これ以上はやっても無駄だ。帰れ」

「大丈夫だから。もう一戦、いいかな?」

「いい加減にしろ、クソガキ。付き合ってやってる俺の時間が無駄だ、って言ってるんだよ」

疲弊して動きが鈍くなったロロをギルバートは思い切り蹴飛ばし、地面に転がした。

「……わかっただろ? いくら来るのが分かるからって、反応できなきゃ意味ねえんだ。その身体じゃもう無理だよ」

地面に蹲りなおも必死に息を整えるロロに、槍を担いだギルバートは呆れ顔で話しかける。

「……なぁ、お前、やっぱりこういうの向いてねえんじゃねえか? 『魔族』なんて肩書きがあるくせに、つくづく性格が甘ったれだしよ。ちったあマシな体格になったかと思ったら、この程度の扱きで膝が笑ってるし。そんなザマで、本当に『エルフ』の本拠地に乗り込もうってのかよ?」

「…………うん。ボクが向いてないのはわかってる」

槍を肩に担いだままギルバートは肩を竦め、ため息をつく。

「はぁ。なんで俺じゃなく、お前なんだろうなぁ? 正直、俺はまだ人選に納得いってねえ。この場でお前をズタズタに引き裂いて再起不能にして、上の判断をひっくり返してやろうか?」

そう言って、ギルバートはシグに視線をチラリと送りつつ、ロロの眉間に槍の先端を当てた。

「ごめん、ギルバートさん。悪いけど……そこだけは絶対に譲れない」

「だったら、さっさと体休めて万全な状態にしてこい。今日お前のお守りはもう終わりだ」

「ううん。それじゃ、ダメなんだ。それに……ボクはまだ負けてない」

「……はぁ? なんだそれ。まさか、まだ自分が死んでないから 負けじゃない(・・・・・) 、って?」

「うん」

ギルバートは呆れた様子で額に手を当てて、大きくため息をついた。

「はぁ。ガキの喧嘩かよ……お前な。俺との実力差ぐらい、とっくにわかってるだろ? お前が生きてるんじゃなくて、俺が生かしてやってるの!」

「うん、知ってる。ギルバートさんは優しいから。だから────ボクを絶対に殺せない」

槍の先端を突きつけられたままロロが鋭い視線を向けると、ギルバートの表情が見る間に歪んでいく。

「……おい、クソガキ。こっちが優しくしてやってると思って、つけあがるなよ? 師匠の頼みだから、お前なんかに付き合ってやってるだけで、俺はお前をこの場で殺してやったっていいんだぜ? 元魔族だろうが、多少悲惨な生い立ちだろうが、そんなことで何一つ同情なんかしてねえ……って。何笑ってやがる」

「ごめん。ギルバートさんって本当にいい人だな……って」

ロロの指摘にギルバートは気まずそうに頭を掻いた。

「……勝手に人の心読んで笑うんじゃじゃねえ。気持ち悪い」

「本当に、ごめん……そのつもりはなかったんだけど、ギルバートさんの心って素直で正直で、すごく読みやすくって。つい」

「それ、バカにしてんのか?」

「それで、少しだけ分かっちゃったんだ。ギルバートさんのこと」

「はぁ? 何がだよ」

「ギルバートさんって意外と、 怖い(・・) んだね。ボクのこと」

「はあ?」

「ううん。ボクっていうより……ボクみたいな 雑魚(・・) に負けるのが」

「────はぁ?」

ギルバートの表情が一層、強張ったのを見てロロは続ける。

「わかるよ。自分が雑魚だと思ってたヤツに追い抜かれるの、嫌だもんね。だから……今日も ほどほど(・・・・) にしておこうと思ってる」

「……お前、なぁ?」

たちまち頭に血が上ったギルバートはロロの胸ぐらを掴む。

が、すぐに意その図に気がつき手を離す。

「……はっ。とうとう、そういうタチの悪い煽りまで覚えてきやがったか。だが、その手には乗らねぇぜ? もう帰るぜ、俺は」

「へえ。じゃあ、 逃げる(・・・) んだ?」

「────は?」

「なら、ボクの勝ちってことでいいよね。ギルバートさんはボクから 逃げた(・・・) から」

ロロに背を向け、立ち去ろうとしたギルバートの槍を握る手が震え、足が止まる。

そうして、次の瞬間。

「『 竜滅獄閃衝(ドラグ・グレイブ) 』」

ギルバートの槍がロロの頬を掠めた。

少し遅れてロロの傷口から、派手に血飛沫が散った。

「────流石に喧嘩を売る相手、間違えてるんじゃねえのか? 舐めすぎだよ」

「ううん、ギルバートさん。ボクはギルバートさんのことはちっとも舐めてないよ。だって」

「……あぁ?」

見れば、ギルバートの首元にロロの握った剣の先が触れている。

それを見たギルバートの表情が固まった。

「────お前?」

「今のギルバートさん、これから何をしようかって心の動きが全部まる視えだったから。悪いけど、こうなるようにしたんだ。卑怯だけど……ボクはこういう闘い方しかできないから」

「……なるほどなぁ、まんまと乗せられた、ってワケか」

「うん。だから、今回はギルバートさんの負け。今の一瞬だけ、ボクはギルバートさんを殺すことができたから」

「は?」

「こういう場合────相手を 舐めてる(・・・・) のって、どっちなんだろうね?」

自分の首筋に毛筋ほどの傷ができ、血の跡を手のひらで拭って確認したギルバート思わず、その顔に獰猛な笑みを浮かべた。

「……はは。お前、案外面白いヤツだな? ちょっと見直したぜ」

「ごめん。でもああでも言わないと、ギルバートさんはボクなんかに本気できてくれないと思って」

「悪かったな。確かに、俺はお前を舐めてたよ。何の実力も伴わない威勢だけのガキだと思ってた。だが────な?」

ギルバートの姿が消えた、刹那。

「『 竜滅獄閃衝(ドラグ・グレイブ) 』」

神速の槍撃でロロの 聖銀(ミスリル) の剣が粉々に破壊され、飛び散った。

「こうなっちまえばもう、流石にどうしようもないだろ? 威勢だけは認めてやるから、さっさと帰れ」

「違うよ、ギルバートさん。まだ全然、終わってない」

「……あ?」

見れば砕けた剣を握っていたロロの手と逆の手に、小さな短剣が握られている。

そうしてギルバートの首筋にはまたもう一本血の跡が描かれ、ほんの少し血が滴っている。

「これは『あいこ』。ボクも死んだけど、ギルバートさんもだから────言ったよね? ギルバートさんの心は正直で、すごく読みやすい、って。だから仮に槍が少しも見えなくたって、ボクはもう貴方の槍がどこをどうやって通ってくるのか手に取るようにわかるんだ」

「お前?」

「だから、ちゃんと 殺す気(・・・) できてくれないと。貴方がそれで良くても……ボクが困る。このままだとボクは絶対にあの人に届かない」

「……なぁ。お前がそこまでして倒したい相手って、もしかして」

ギルバートは首筋の血を拭いつつ、何かに気がついたように肩を竦めた。

「うん。ギルバートさんが想像している人で間違いないよ。本人には言わないでくれると嬉しいけど」

「そんなの、興味ねえよ。でも……お前があいつに勝ったところで、どうなるってんだよ?」

「それは……ボクもわからないけど。少なくとも、言葉だけじゃ届かないって思うから」

「だから、こうしてあいつをぶちのめす準備をしてる、ってか?」

「うん……やっぱり、おかしいかな?」

「ああ。馬鹿げてるぜ、お前。要するにそれ、あいつの為にとか言って、思い切りあいつをブチのめそうとしてる、ってことだろ?」

「多分、そうなるかも」

「ま、俺は別にそういうの嫌いじゃねえがな。っていうか、あの手のいじけた馬鹿は一発ブン殴ってやらなきゃわからねえ。見ててイライラするしな」

「別に、そういうつもりじゃないんだけど」

ロロの反応に、ギルバートはまた笑った。

「ま、つまるところ。お前には俺はあいつの為の踏み台にしか見えてねえ、ってことか。寂しいねぇ」

「……ごめん。そうも思ってないんだけど」

「おいおい? せっかくあれだけ煽ったのにいちいち謝んなよ、萎えるだろ。そんなんだと今からお前をぶちのめしづらくなるじゃねえか」

「────……。それができるなら、早くやってね。って言ってるつもりなんだけど」

「ははは、その意気だ。だんだん生意気が板についてきたじゃねえか、だが……」

ふと、ギルバートの顔から笑みが消える。

「悪いが、今日はもう本当に終わりだ。お前、もう立ってるのもやっとじゃねえか。【僧侶】職に頼るような状態になった時点で終わりって約束だ。これ以上は無意味だ。さっさと帰れ」

「でも……」

「────おい。いい加減にしろよ?」

ギルバートは膝を振るわせるロロを槍で地面に転がした。

「……そのしつこさと根性だけは認めてやる。だがな、お前はまだまだ、話にならないぐらい弱っちいんだよ。ちょっとは成長できたつもりかもしれねえが……俺らみたいなのにはまるで相手にされないレベルだ。いい加減、立ち位置をわかれ」

「うん、ちゃんとわかってるつもり」

「なのに。期限内に目標まで届きたい、だ? そんなに何もかもがお前の都合よくいく訳がねえだろうが。そもそも、あいつが不調だろうがどんだけの差があると思ってる?」

「それもわかってる。だから、こうしてギルバートさんにお願いしてるんだ」

「クソガキが。他人に頼るのもいい加減にしとけよ?」

「────もういい、ギルバート。そこまでだ」

背中から届いた顔に、安堵の表情を見せるギルバート。

「ほらな。ついに師匠からストップがかかったちまった。諦めな」

「代わりの剣を持て、ロロ。次は俺が相手をする」

「は?」

「ありがとう、シグさん」

「……はぁあああああぁ? 師匠が……!?」

シグは新たな訓練用の剣をロロに放り投げ、ロロがそれを受け取った。

だが、再び剣を構えたロロの両脚が明らかに震えているのを見て、ギルバートは頭に手をやり、

「……冗談きついぜ、師匠……そいつ、どう見たってもうダメじゃねえか。いい加減帰らせようぜ?」

「戦場で万全の状態で敵が向かってくることなどありはしない。それに、ロロの心はまだ折れていない」

「……そりゃわかるけどよ。そんな理屈で続けてたらその馬鹿、あっという間に死んじまうぜ?」

「いいんだ、ギルバートさん。そうじゃないとボクは絶対に目標になんて届かないから」

「……本当に知らねえぜ……?」

「では、ロロ。準備はいいか」

「……あ。待って、シグさん。せっかくなら、一つお願いがあって」

腰の剣に手を掛けたシグに、ロロが制止をかける。

「なんだ、ロロ」

「あれ《・・》、見せてくれないかな。シグさんがサレンツァで、砂の巨人に使っていた技」

「……【千殺剣】のことか?」

「うん。できれば、あれをボクに使って欲しいんだけど……いいかな? 一度、自分の身体で知っておきたいんだ」

「────はぁ? 【千殺剣】を?」

唐突なロロの要求にギルバートは顔を顰め、心の底から訳がわからないという表情で首を横に振る。

「バカ言ってんるんじゃねえよ……クソガキが。あんな奥義、見たいからってホイホイ他人に見せるもんじゃねえんだよ。ま、俺は何回か見せてもらったことあるけどな……師匠も、こんな頭の沸いたバカに付き合ってやる必要なんてないぜ? 第一、そんなことしたらソイツ────」

「わかった。では、そのままそこに立っていろ」

「────は?」

予想外のシグの言葉にギルバートは振り向き、目を剥いた。

「お、おいおい。師匠、本当にやる気なのかよ!? サービスもほどほどにしておかねえとソイツ、どこまでもつけ上げるぜ? っていうか。死ぬぞ!?」

「ロロが二ヶ月後に向かうのは想像を絶する死地となる。この程度、試練のうちにも入らない程のな。経験は積んでおくに越したことはない」

「だ、だからって……今ここで!?」

「ありがとう、シグさん」

覚悟を決めた様子の二人の間にギルバートは思わず、制止するように躍り出た。

「……な、なぁ。お互いにちょっと冷静になって考えろって!? そんなことしたら死にに行くとか行かないの前に、この場で即死だろうが!?」

「常識で考えればそうだ。だがこの先、ロロはそんな常識が一切通じない世界に足を踏み入れる。それに、見ろ。あれは既に戦士の 表情(かお) だ。とっくに覚悟はできている」

「……いやいやいや。だからって、やっていいことと悪いことの区別はあるだろ!? 流石に!」

「昔、あれぐらいの歳の少年に同じようなことをせがまれたことがある。その経験がすぐに芽を出すとは限らないが……おそらく、今のロロにもそれが必要なのだ」

「う、嘘だろ……!?」

「────流石に、訓練で人に放つのは初めてだが」

シグが静かに腰の鞘に手を置くと、それだけであたりの空気が張り詰めたのがわかった。

「正気かよ。本当に知らねえぜ、殺しちまっても……?」

「無論、加減はするつもりだ」

「でも、前に自分でも剣筋が速すぎて分からねえ、って言ってたじゃねえか。そんなので加減とかありえないだろ……!?」

「俺もあれから少しは修練を積んだ。自分の剣がどこに向かうか程度は把握できている」

「────マジかよ?」

そうしてシグがロロを真正面に据え、向き直る。

辺り一帯の空気がビリビリと震え、その場に立っているだけで緊張感が走る。

「準備はいいか、ロロ」

「うん。お願い」

「お前はこれより、『死』というものをありありと体験することになるだろう。だが、その恐怖を識った上で乗り越えねば真の強さは手に入らない。何故なら……この先、お前たちを待ち受けているのはこれを凌ぐ脅威ばかりだからだ」

「うん」

「……な、なぁ!? ちょっと待てよ、ロロ。お前は本当にいいのかよ!? ここで死ぬかも知れねえんだぞ!?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、ギルバートさん」

そうして、自分を真っ直ぐに見つめるロロの前でシグはゆっくりと腰の鞘に収まる剣に手を添えた。

「では、参る」

「……おい。師匠、まさか本当に……!?」

「【千殺剣】」

刹那。

シグが見えない速度で鞘から剣を抜く。

すると身を引き裂くような鋭い剣気が辺りを縦横無尽に駆け巡ったかと思うと、千の刃が一斉にロロの細い身体をすり抜け、

「………………ぐふっ……?」

数秒後。

ロロは全身から大量の血飛沫を撒き散らし、頭から地面に倒れ込んだ。

あまりに無防備に倒れ伏したギルバートは思わず立ち尽くし、動かなくなったロロの姿に呆然と眺めるしかなかった。

「……お、おいおい、師匠!? な、何やってんだよ!? あ、あいつ、死んじまったんじゃねえのか!?」

「──────……」

一方、シグは何も言わずただ静かに佇んでいる。

その姿を見て、ギルバートは思わず胸に手を置いた。

「……ま、まあ、そりゃそうだよな? 師匠のことだし、絶妙に加減はしたんだよな? なぁ、師匠? あ、あれ?」

「…………………………………………まずい」

「は?」

「やりすぎた」

硬直し、真っ青な顔になっているシグに、ギルバートは全ての事態を悟った。

「はぁ!? マ、マジかよ……!?」

我に返り、咄嗟に地面に倒れ伏したロロに駆け寄ったギルバートはまず、身体を抱き起こし、胸に耳を当てる。すると血で掠れてはいるものの、微かな呼吸音と心臓の鼓動が聞こえる。

「ま、まだ生きてるぜ! おっ、おい! お前、大丈夫かよ!?」

「う、うん。あ、ありがとう……ギルバート……さ…………げぼぉっ」

「おいッ!?」

ロロはギルバートに抱え上げられながら力なく微笑みつつ、大量の血を吐いた。

半ば放心状態で駆け寄ってきたシグにも、その血塗れの顔のまま、にっこりと笑いかける。

「…………シグさんも、ありがとう…………で、でも。今の……全然、本気じゃ、なかったでしょ?」

「お、おい!? ロロ!? もう喋るな!」

「……おかげで、けっこうちゃんと、視えてた……から。だか……ら…………次こそ…………ごふっ」

「────────いかん」

一層、酷く血を吐いたロロに二人は血相を変えて少年を担ぎ上げ、治療ができる【僧侶】職のいる施療院に向け、全力で駆けた。