軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

198 滅びゆく街で

「やはり、こちらにいらしたのですね」

自らが『時忘れの都』に移ることを決めて出て行って以来、放置されて少し荒れた幼少期に過ごした家の中を眺めていたラシードは、そこに現れたメリッサに目を丸くした。

「……メリッサ? どうして、君がここに。君はもう 罷免(クビ) にしたはずだけど」

「はい。確かに 罷免(クビ) になりましたので、もう貴方の命令に従う道理もないかと」

「あ〜……確かに、それはそうだった」

ラシードはそう言って、気まずそうに笑った。

「君がここにいるということは、まさか『時忘れの都』も辞めてきた?」

「いいえ。ノール様とは、そのようなことも可能な契約になっておりましたが、しばし 暇(いとま) をいただいただけです」

「それは良かった……向こうはもう、大丈夫?」

「はい。ザザとリーア、それとクロンがうまくやってくれていると思います。それと。リゲルさんも」

「いいだろ? アイツ」

「はい。あの年齢にしてはとてもしっかりしていると思いました」

「ノールの所有じゃなかったらぜひ、僕の手元に欲しかったところだけど」

「……ノール様に全てを預けてしまった身の上で、ですか?」

「ははは、耳が痛いね。でも、何も算段がなかったわけじゃない……思ったより、酷いことになった感は否めないけど」

ラシードが頭を掻きながら窓の外に目を遣ると、窓の外では激しい砂嵐が吹き荒れている。

その奥で嵐を纏った巨人が地を揺らして歩いているのが見える。

「……それにしても、メリッサ。どうして僕がここにいると? 誰にも言ってないはずなのに」

「ここにはお母様との思い出の品が沢山保管してあります。『時忘れの都』に移る際も貴方は決してそれを他人に触れさせようとしませんでした。なので、おそらくここかと」

「なるほど。さすが、君は僕のことをわかってるね」

「……わかっている? そんなわけがないでしょう?」

メリッサの普段通りの落ち着いた口調に、僅かに怒気が籠った。

「ラシード様。私から貴方に伺いたいことは、山ほどあります。なぜ、私だけ『時忘れの都』に置いて行ったのですか? どうして、急に 罷免(クビ) などと? 貴方はいつも、大事なことは何も言ってくれませんね。そんな関係性で、どうやって貴方のことを理解しろと?」

「あはは。それは本当に耳が痛い」

「手紙の件もです」

「色々と事情があってね。君に伝えるのが遅くなった。決して、君に意地悪したかったわけじゃない。他のことも、本当は洗いざらいここでしゃべりたいところなんだけど」

「では、まだ他にある、と?」

「そりゃあ、ね」

「……商都に戻られたのも、 旦那(ザイード) 様への復讐が目的ではなかったのですね」

「アイツのことは別に恨んでない。むしろ可哀想な奴だと思ってるよ。だいたい、復讐を生きる目標に据えるなんて馬鹿げてると思わない? 自分の人生を他人に捧げるも同然だよ。どこかの誰かみたいに」

「……そういえば、シャウザは? 姿が見えませんが」

「ああ、あいつならもう居ない」

「居ない?」

「ついさっき、あいつのささやかな復讐は終わったよ。それで僕との 口約束(けいやく) も任期満了ってことで、もう戻る理由もない」

「では、もう商都の外に?」

「いや、それはどうかな。アイツのことだから「もう生きる意味を失った」とかウジウジと深刻に考え込んでいる頃だろうし。きっと、何をするでもなく、まだその辺をふらついているんじゃないかな? あいつはそういう馬鹿正直で、真面目すぎる奴だから。」

「ええ。まるで、ラシード様と真逆です」

メリッサは普段と少しも変わらぬ様子で、淡々とラシードに言葉を返した。

「ははは、今日は特に辛辣だねぇ? ま、当たってる。だから僕もあいつのことを気に入ったんだ。あいつがいなくなると、お互い寂しくなるね?」

「私は、そうでもありません」

「どうして?」

「彼にはきっと、彼自身が解決しなければならない問題があります。そこにわざわざ立ち入ろうとは思いませんし、少しばかり距離が離れたとしても、私たちの関係に変化があるわけではありません」

ラシードは顔色ひとつ変えずそう言い切ったメリッサに、笑った。

「……それより、君だよ。メリッサ。どうしてこんなところに? まさかとは思うけど、僕を心配してきてくれたのかい? その気持ちは嬉しいけど……時と場合にもよるよ? わざわざ、手紙の裏に宝の地図まで添えてあげたのに。まるで逆方向のこっちに来るなんて」

いつになく肩を落としている様子のラシードに、メリッサはため息をつく。

「むしろ、あの妙な手紙があったからです。何故、あのようなことを急に?」

「……まさか、その真意を問うためにわざわざこんな危険な場所に?」

「もし、問うべき相手がいなくなれば謎は謎のままですから」

「君、案外物好きな性格だったんだね」

「……人のことを、言える立場でしょうか?」

屋敷の窓の外では砂嵐がさらに強まっていく。

「ま、ここはお互い様、ってとこかな。ね、メリッサ? 君はあの手紙を読んでどう思った?」

「どうもこうも。ただ困惑ばかりでした。知らない情報ばかりでどれをどこまで信じて理解していいかも、わかりません」

「そりゃそうか。溜まった話を一気に書きすぎたからね。でも、言っておくけどどれも 真実(ほんとう) だよ。あそこに書いた僕の気持ちも」

「私からみればその判断すらつきません」

「ま、そうなるよね……君だったら」

「────と、言うより。貴方がこれまで、どれだけ私に嘘を重ねてきたとお思いで?」

「うん。それを言われると、流石に返す言葉がない」

苦笑いをするラシードに、メリッサが問い詰めるように言った。

「……そもそも。ラシード様は何故、あの時、私を生かしておいたのですか? それが一番の疑問です。私がこの屋敷で貴方の殺しに失敗した時点で、もう生かしておく理由などなかったはずです」

「ああ、それね。実は、何度も君に説明しようなって思って、迷ってたんだけど。それを君にちゃんと話そうとすると、途端に複雑になってしまってね」

「それは、どういうことですか?」

「いや、なんていうか。いざ、本人に面と向かって理由を伝えようとすると、非常に言いにくい話題だなって実感したっていうか」

「それは、どうして?」

「……正直言うと、言葉にするのにちょっと、勇気がいるっていうか。だってさ、そういうのって、ちゃんとしたいじゃないか。それなりに時と場所を選んで、タイミングにも気を遣うべきっていうか。そもそも、そういうのを作るのも難しい、っていうか」

「??? 抽象的すぎて、何もわかりませんが……?」

「う〜ん。まぁ、要するにだ」

ラシードは困惑顔のメリッサに注視される中で、悩ましそうに頭を掻いた。

「君が、この家に来るまでの僕はね。本当につまらない奴だったんだよ。ただ好き放題に金を稼いで、他人を負かして、それだけでいい気になって。気に入らない奴らがいれば、そいつらを全部食い潰して支配下に置いて、みたいな、そんなくだらないことで楽しんでた。で、別にそういう人生を全うするのも悪くないかな、とすら思ってた。でも……君がこの家を訪ねてきたあの日に、変わったんだ。君と出会ったあの日から、僕は別の未来が見てみたくなったのさ。まあ、言ってみれば、ただそれだけ、かな」

「こういえば、どう? 説明になってる?」

「……いえ、全く。本当にわかりません。もっと具体的かつ端的に言っていただかねば」

「……ねえ、一応聞いておくけどさ。君、それ、本気で言ってる?」

「何がですか?」

「全部わかった上で、わざと言ってない???」

「そんなわけがないでしょう。でなければ、こんなに何度も質問は致しません」

真顔で首を傾げるメリッサに今度はラシードが小さくため息をつく番だった。

笑顔で肩をすくめ、小さく首を振りながら天井を仰ぐ。

「────本当に、想定外だよ。まさか、ここまで来ても君に少しも察してもらえていないとは。あの手紙で、そろそろ気づいてくれるかも、って半分期待はしてたんだけど。まあ、そういうところが君の良いところだね」

「……また、馬鹿にしています?」

「いいや。実に君らしいと思ってる。自分の得意分野以外にはびっくりするほど気が回らないところ」

僅かに眉を顰めたメリッサを見て、ラシードは可笑しそうに笑った。

「本当はもう、ここで言ってもいいんだと思う。でも、まだ言わない」

「どうしてです?」

「だって、彼らはまだ戦ってるから」

ラシードの視線の先には砂の巨人がいる。

それは巨大な腕を振り上げては何かを叩き潰さんと振り下ろすが、その度に腕が大きく跳ね上げられ、そればかりか二歩、三歩と後ずさる。

それが何かはラシードの屋敷からは見ることができなかったが、砂の巨人が足下にいる何者かと戦っているのは想像に難くなかった。

おそらく、そこにはラシードの言うようにノールがいるのだろう、とメリッサは思った。

窓の外ではさらに強い嵐が吹き荒れ、街の建物が次々に崩壊していくのが見える。

「僕はもう、「賭けた」んだよ。あそこにいる彼らに。もちろん、あの不器用でどこまでも自分に嘘が吐けないアイツにもね。だから、それまでこっちも待つのが最低限の 礼儀(マナー) かな、って」

「それは……わかるような、わからないような」

「そもそも。僕はこの「賭け」が終わったら、君に全部話そうって決めてたからね。その前に言うのは、ルール違反だった。やっぱり、さっき聞いたのも忘れてほしいかも。うっかり口が滑った」

「そのルールを破るとどうなるんです?」

「別に。僕が僕相手に決めたルールだから破ったところで何もない」

「……尚更、わけがわかりません」

メリッサは再び小さく首を振りながら、息をつく。

「でも。もし、それが終わったら。もし、僕が本当にこの「賭け」に勝つことができたら。その時は君にちゃんと言うよ。君の前で、きちんと全部言葉にするって約束する。だから────」

「では、それまで、期待しないで待っておきます」

ラシードはメリッサのいつも通りの素っ気ない態度を見て、笑った。

「ねえ、メリッサ」

「なんでしょう」

「お茶を淹れてもらえるかな? 君と沢山話していたら、喉が乾いた」

「……こんな時に、ですか?」

「こういう時だから、さ。ほら、茶葉とカップはそこの棚にまだ残ってる。多少、ヴィンテージにはなってると思うけど、元がいいから悪いことにはなってないはず」

「でも、それはお母様の……?」

「いいんだよ。これが本当に最後になるかもしれないし。ね、いいだろ?」

「……それより、早く避難すべきでは?」

「ああ、そのことだけど。多分、もう 遅い(・・) よ」

メリッサが窓の外を見遣ると、吹き荒れる強風に商都の建物が次々に崩壊していくのが見える。

外で吹き荒れる砂嵐がほんの少し前とは比べ物にならないぐらいに強くなっている。

強風に舞った塔の残骸が他の建物を打ち砕き、他にも様々なモノが商都の空を覆うように流れていく。

にもかかわらず、ラシードの屋敷の中では不自然なまでにその影響を感じない。

「どうして、ここはこんなに静かなのですか?」

「この別荘は母様が僕が生まれる前に発注した特別な別荘でね。他の屋敷と違って小さくて見栄えはあまり良くないけど、砂嵐によく襲われる地域の建築様式だから、驚くほど頑丈なんだ。だから今、僕らは下手にここから出るべきじゃない、ってわけ」

「確かに、そのようです」

「というわけで。ね、メリッサ? 改めて、頼めるかい? まだ、時間はたっぷりあるからさ」

懇願するような態度のラシードに、メリッサは諦めたように小さくため息をついた。

「……かしこまりました」

「あ、もちろん。カップは二つでね?」

メリッサは静かな屋敷の中から窓の外を眺めた。

窓の外では荒れ狂う嵐の中で、黒い竜が愉しそうに舞っているのが見えた。

その下では砂色の巨人が腕を振っては、緩やかに地面に倒れ込んでいく。

屋敷の四角い窓から見えるその奇異な光景は、まるで英雄伝記の 創作映像(えいが) のようで。

その中に地を砕き、天に昇る明るく輝く 天体(ほし) のような物体が現れるといよいよ、ただの 絵画(フィクション) のようなものとしてメリッサの目には映った。

「お待たせしました」

「ああ、ありがとう。そういえば、君とこうやって二人きりになるの、久々だね」

「そうですか?」

「そうだよ。君は意識してなかったかもしれないけど」

やがてメリッサが二人分のお茶を淹れ終えると窓際に置かれた小さなテーブルに置くと、ラシードはそれを手に取り、笑顔で礼を言った。

そうして窓際に無造作に置かれた古ぼけた椅子に向かい合わせに座った二人は、使い古されたティーカップを片手に、何を会話するでもなく、ただ穏やかな気持ちで壊れゆく街を見守った。