軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

183 旧人類の遺産

奥行きを感じさせない異様な空間の中に黒いローブに身を包んだ男が一人、佇んでいる。

物言わぬ男が立つ、何かの複雑な紋様が刻まれた石畳が敷かれた床の四方は全ての光を吸い込んでしまいそうな程に溟い色をした平滑な壁で囲まれており、その表面はどういうわけか湖のようにゆらゆらと波打っている。

「ルードの旦那ァ。やっぱり、こっちにいたのかァ」

波打つ漆黒の沼のような壁の中からぬらり、と上半身を出したのは顔に奇妙な布を巻く奇妙な格好の男だった。その手には一層異彩を放つ、黒い棒状の何かが握られている。

「ザドゥか。早かったな」

「依頼の品、この通りキッチリ手に入れてきたぜェ……?」

そう言って笑いながら波打つ壁の中から全身を現した男は、まず、手にしていた黒い物体を無造作に放り投げた。

すると、その棒状のものは床に接した途端に存在感のない 空間(へや) が大きく歪み、異質な暗闇に轟音が響き渡る。

そうして複雑な紋様が刻まれた床が割れ、次第に自らの足元にまで広がっていくのを見て、顔の見えないローブ姿の男は静かに其れを放り投げた男に声を向けた。

「確かに、これが依頼した品だ。ご苦労だった」

「ソレ、そんなに貴重なモンなのかァ? 俺にはソレを持ってた奴の方がずっとヤバそうに見えたんだが」

黒いローブの男は笑いながら首を傾げる男の質問には答えず、無言で右の手のひらをかざした。

すると石の 地面(ゆか) に食い込んでいた黒い塊がふわり、と宙に浮き、ゆっくりとローブの男の胸元まで上昇すると、その場で音もなく回転を始めた。それから顔の見えない黒いローブの男はしばらくの間、眼前で浮遊しながら回るその奇妙な物体に無言でじっと見入っている様子だった。

「……にしても、旦那ァ。本当になんなんだァ、ソレ? どう考えても普通の硬さじゃねェし、いくらなんでも重すぎる」

「お前が知る必要はない。これはそもそも我々、『 長耳族(エルフ) 』の知識を以ってしても完全に解明に至らない代物だ。お前たち現人類の手には余る」

「……へえ、長生きと物知りがウリのアンタらがわからない、ねェ?」

「数千年を生きる我々にも、わからないことぐらいある。現状で判明しているのは、これがかつて世界各地に迷宮を生成した旧人類文明の 全て(・・) を注いだ技術の結晶であり、最高にして最後の遺産、ということだけだ。今となっては何をどうしようが二度と手に入らない代物、とだけ理解しておけばいい」

「へェ? そう聞くと、急に値打ちモンに聞こえてくるなァ?」

「諦めろ。価値を理解する者が存在しない以上、お前が求める値がつくこともない」

「別に旦那から奪おうなんて思っちゃいねェよ。これまでだって、こういうワケわかんねェモンを一番高く買い取ってくれる 依頼人(クライアント) がアンタだったんだからなァ? 貰えるモン、キッチリもらえりゃ文句はねェんだが────」

笑う男は肩を竦めるようにして、先ほどから眼前の黒い物体に目を奪われ続けている様子のローブの男を 揶揄(からか) うように言った。

「いつになく、よく喋るじゃねえかァ、旦那ァ? そんなに欲しかったのかァ? その硬くて重い変な剣が」

「……お前は、何もわかっていない。まず、この剣はそもそも『硬い』のではない。一切の他者からの影響を拒み、他者にのみ影響を押し付けるという、この世にあってはならない出鱈目な性質を備えた『 理念物質(イデアル・マテリアル) 』という物質から構成されている」

「なんだァ、そりゃァ? 俺は錬金術も少しは齧ったつもりでいるが、そんな 素材(モン) 、見たことも聞いたこともねェぞ?」

「当然だ。これに用いられているのは遥か昔に失われた極度に高度な 技術(テクノロジー) だからだ。この異質な粒子をたった一粒生み出すだけでも、現在の文明があと数千年……いや、数万年不断に足掻こうとも決して到達し得ない奇跡の極致。にもかかわらず、これはこうして武具の形にまで成し得ている。この剣は良し悪しを論ずるまでもなく、唯一無二。この世界にこれが 存在する(ある) こと自体が、奇跡の集大成のようなもの」

ローブの男は淡々とした口調でそう言うと、目の前に浮遊する異質な剣に再び顔を向けた。

「……本当に信じがたい存在、と言う他ない。旧世界の 人類(ヒト) は旧い時代の神々を討つという、ただそれだけの為にこの異常な仕事を成し遂げたのだ。そして今なお、その仕事は誰かが引き継がねばならない。少なくともこれの意義を識る者の手によって」

それから、それ以外のことは全てどうでもいい、と言わんばかりにじっと剣を眺め始めたローブの男に黒い布を巻いた男は笑った。

「なるほどなァ? そりゃァ、確かにアンタらエルフにしか用事のなさそうな代物だァ?」

「俺はすぐにこの剣を持って街を出る。この街は間も無く、周辺国家ごと砂粒となって滅びることになるだろうが、その前にお前にもう一つ依頼がある」

「……なんだァ? やけに忙しいなァ? まァ、旦那の頼みだし、もらえるモン貰えるならやってやるが」

「この剣の前の持ち主を殺せ。金は幾らかかってもいい」

黒いローブの男の口にした言葉に、顔に布を巻いた男は僅かに顔を曇らせ頬を掻く。

「どうした」

「……そりゃァ、やれって言われりゃ殺るけどなァ? アイツはちょっと高くつくぜェ? アンタが想像してる依頼額から三つか四つ、ケタを上乗せして貰わなきゃとてもじゃねェが割に合わねェ」

「問題ない。金銭的な報酬ならいつも通り幾らでも出せる」

「……そうだったなァ。アンタらエルフは故郷にえらく溜め込んでるって話だが、一度ぐらい行ってみてェモンだなァ、その『 長命者(エルフ) の里』、ってとこに」

「悪いが部外者は近づけることができない。そもそも、地上の者は決して入れない構造になっている」

「……言ってみただけだァ。入って無事に出てこれる保証もねェもんなァ?」

「俺は先に出ている。後からついて来い。報酬は最後に併せて渡す」

「あァ? また後払いかァ……好きじゃねェんだが。まァ、旦那の頼みならやってやらァ。もちろん、割り増し料金でなァ?」

「頼んだぞ」

そう言ってローブの男が傍に黒い剣を浮かせたまま歩き、壁に手を触れると、全ての光を吸い込むような色をした平面は湖のように波打ち、男はすぐさまその波紋の中に入っていくと、姿を消した。

「────さァて、と」

残された男はローブの男が消えていった方向とは反対側の壁に目を向けた。

その暗闇の沼を思わせる表面はよく見ると、奥にゆらゆらと壮麗な建物の並ぶ砂漠の街が揺れて見えている。

その街はかつて、男が生まれ育った国の首都であり、また拠点としてしばらく滞在していた場所でもあった。

「どうするかなァ? どうせあの街、全部壊れて消えちまうらしいし、適当な金持ち捕まえて、 強請(ゆす) ればいい 小遣い(カネ) 稼ぎができそうなんだがなァ……?」

そう言って愉しげに銀の 装飾品(ピアス) が付いた舌で口の端をペロリ、と舐めた男だったが、急に冷めたように腕をだらりと下げた。

「……あァ、やっぱ、ヤメだ。今更、ガキじゃあるまいし。俺がやるのは、ちゃんとした 依頼(しごと) だけだァ────?」

そう言って再び愉しそうに笑った男は、その方向感覚を狂わせる漆黒の壁に囲まれた空間で見知った景色に軽く手を触れると、ローブの男と同じように黒い波紋の中に飲み込まれて消えた。