軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136 出発前

「では、よろしく頼む。もし作物の育て方でわからないことがあったら、長老の家にある『栽培計画書』を見て貰えば、だいたいのことは書いてあるから」

「はい。それにしても、こんなに広い農地で穫れた作物を、本当に我々が好きにして良いのですか?」

「ああ。その代わり管理は大変だと思うが……頑張ってくれ」

「わかりました。この畑は我が一族の誇りにかけ、命に代えても守り抜きますので」

「……いや、そこまでしてもらう必要はないんだが」

リーンによると一旦村を出て『時忘れの都』に向かったら、もしかしたらしばらくの間は戻って来れなくなるかもしれない、ということだったので、俺は早朝、村人と一緒に畑に集まり、皆に畑の管理のやり方を伝えていた。

64区画ある広い畑の管理は大変なので、希望者を募り、ひと区画あたり数人で担当してもらうことにした。

ちょうど、彼らのひと家族分程度の人数なので、基本はひと家族でやってもらい、手が余ったら他の手伝いに回ってもらい、足りなそうなら他から補ってもらう。

そうして、それぞれの区画の担当になった人たちに彼らが育てる作物の育て方を伝えていくのが俺の仕事だ。

と言っても、作物の育て方については種屋の青年からもらった『栽培計画書』に頼りきりで、俺のやったことと言えば作ったばかりの水路の使い方を教えるぐらいだった。

村の人々は真面目で呑み込みが早く、放っておいてもあの種屋の青年が作ってくれた手書きの『栽培計画書』を読み解き、自ら進んで必要なことを覚えていってくれた。

もちろん、短時間で細かい部分までは伝えきれないので、村人達に畑に必要最低限のことを伝え終わった後、『栽培計画書』は長老とカイルに託して後の世話のことは彼らに聞いてほしい、と伝えておいた。

一応、俺が畑全体の責任者ということになっているが、あの絵入りの『栽培計画書』さえあれば、俺などいなくとも大体のことはわかる。

このまま俺が村に戻らなかったとしても、畑はうまく回るに違いない。

そういうわけで、俺の出発前の仕事は日が出て辺りが明るくなる頃には全て終わってしまった。

「畑の方はもういいぞ、リーン。いつでも出かけられる」

「ありがとうございます。では、あとは『警備』のチームですね」

リーンの発案で、村の人々には畑を管理する役目の『農業』チームと村の周辺を警護する『警備』チームの二グループに分かれて仕事をしてもらうことになった。

皆に均等に仕事を割り振ることもできるが、得意不得意もあるだろうし、それぞれの担当を決めた方が覚えることも少ないので効率がいいし、専門家も育つので良いだろう、という判断だった。

そうして、リーンが考えた方針に従って俺が『農業』を、村の『警備』はシレーヌとロロが担当することになった。

俺は最初、弓が得意なシレーヌはわかるが、ロロが警備を教えると聞いて、少し意外に思ったが……彼は料理以外にも『罠』や細かい道具を作るのが非常に得意なのだそうだ。

俺が畑で『農業』のチームと話している間、リーンと長老、カイルはシレーヌとロロと相談して村を効率的に守れる警備案を考えていたそうで、早速、村の中ではその案に従って周辺警戒用の 櫓(やぐら) の建設工事が始まっている。

「シレーヌ先生ッ! 建設位置はこちらでよろしいでしょうかッ!?」

「あ、はい。ここで大丈夫です。というか、私に聞かなくても図面通りの位置に建ててもらえればいいんですけど……?」

「聞いたかッ、皆の者ッ!! シレーヌ先生の許可が出たぞッ!! では、位置についてエェェェ……掘削ウゥゥゥ、開始イ゛ィッッッ!!!」

「「「「「ッしゃああああああ!!!」」」」」

これから高い建物を建てるので、『警備』チームの皆は長い柱を立てる為の地面の掘削工事からだ。

獣人達はとても目がよく、高い場所を用意してあげればかなりの範囲が見渡せるようになり、シレーヌによれば今の彼らなら見える範囲ならどこにでも矢が届くので、大幅な戦力増強になるという話だった。

建築材料は村にあるものでは足りないので、数人の村人が俺が渡した金を使って丸太や丈夫な縄などの材料を買いに走り、それが届き次第一気に建ててしまうそうだ。

昨日の夜にいきなり村が大勢のゴーレムに取り囲まれたのがショックだったのか、警備を担当する村人たちは真剣そのものだった。

中でもゴルバという体格が良く声の大きい獣人は、率先して皆をまとめ、警備チームの良い まとめ役(リーダー) となっている。

……というか、皆、まとまり過ぎていて怖いぐらいだが。

彼らは本来警備の時は弓を持って戦うらしいのだが、このままツルハシを持たせて戦わせても強そうだ。

皆、恐ろしい程の気迫で地面を掘り進め、あっという間に柱を立てる為の穴を掘り抜いてしまった。

「シレーヌ先生ッ!! 第一の穴ッ、掘削完了しましたッッッ!!」

「ご、ご苦労さまです」

「では、次の御指示をお願いしますッッッ!!」

「あ、はい。次はあっちをお願いします。でも、私に聞かなくても図面にある位置に────」

「聞いたか皆の者ォォッ!? あっちだッッッ!!」

「「「「「ッしゃああああああ!!!」」」」」

いや……まとまっていると思ったが、ある意味まとまっているような、いないような。

ともかく、この調子だと工事もすぐに終わりそうだ。

そういえば、俺は早朝彼に会った時、なんであんな体格がいいのか気になって聞いてみたところ、彼は村の人が決して食べようとしない『 死毒蠍(デス・スコーピオ) 』という魔物を好んで狩り、よく食べていたのだそうだ。

おかげで食糧不足の状況でも一人だけ食べ物に困らず、あんな体格をしているらしい。そんな彼も『神獣』の毒には勝てなかった様子だが……回復した今は村のためにバリバリと働いている。

なんでも彼によると、『 死毒蠍(デス・スコーピオ) 』という魔物、殻は硬いがよく焼けばパリパリと香ばしく、毒腺も慣れたら食べられるというし、むしろそこが一番美味しい部位だと言っていた。

なんで皆が食べたがらないのか不思議に思っている、ということで、彼とはなんとなく食べ物の話が合いそうだった。

またこの村に戻ったらゆっくり話でもしてみたい。

「シレーヌさん、順調そうですね」

「リンネブルグ様。まあ、順調と言えば……順調です」

「そろそろ出発しますので、これから村の外に出て最後の仕事をしようと思います。シレーヌさんも来てもらえますか?」

「あ、はい。わかりました……じゃ、じゃあ皆さん、私はもう、行かせてもらいますので……?」

「かしこまりました、シレーヌ先生ッ!! 我ら一同、御武運をお祈りしておりますッッッ!!」

「いえ、別に戦いに行くわけじゃなくてですね……?」

シレーヌは色々と苦労しつつ村の中で皆にやってもらいたいことを伝え終えると、俺たちと一緒に村の外に移動した。

いつの間にか、ロロもついてきた。

俺たちはこのまま村を出ることになるので、見送りということで長老もいる。

「ロロ、シレーヌさん。『防壁』の位置はこの辺りでいいでしょうか」

先頭を歩いていたリーンは村から少し離れたところで立ち止まった。

「はい。これぐらいの距離だと弓の射線の邪魔にもなりませんので、いいと思います」

「うん。【探知】と【足搦め】の罠を仕掛けるのにもこの距離で十分そうだよ。仕掛けはもう準備して渡してあるし、あとはみんなが設置してくれるから大丈夫」

「わかりました。では、離れていてください。時間がないので一気に建ててしまいますので……【 石壁(ストーンウォール) 】」

リーンが両手を広げて【スキル】を発動させると、あっという間に集落の周りをぐるっと囲む無数の石の壁が現れた。

彼女の魔法はいつ見ても驚かされる。

今までも凄かったのだが……ミスラに行った時より、更に成長している気がする。

流石に俺とロロはこんな光景も見慣れているが、リーンの魔法を見慣れていないシレーヌは驚いて硬直し、俺たちに付き添って来ていた長老はガクガクと震えながら辺りを見渡していた。

「シレーヌさん、こんな感じで大丈夫でしょうか?」

「……は、はい、十分だと思います。こ、こんなことが出来るんですね……?」

「少し荒い作りになってしまいましたが……そこは今後の課題ですね」

「リーン。向こうから馬車が来たみたいだよ」

「イネスですね。予定通りです」

俺たちが出発前に予定していた全ての作業が終わったところで、ちょうど村にイネスの馬車が到着した。

「戻りました、リンネブルグ様」

「ご苦労様でした、イネス。時間通りですね」

「話はレイン様より聞いております。すぐに出発致しましょう」

「はい。ですが……その前に一つだけ、いいでしょうか?」

リーンは振り向き、シレーヌの顔を見た。

「シレーヌさん」

「はい、なんでしょう?」

「そろそろ出発しますが…… それ(・・) のこと、この村の人に聞いておかなくて、いいんですか?」

リーンがシレーヌに顔を近づけ、小声で耳打ちした。

シレーヌはなんのことかと一瞬、首を傾げたが、リーンの視線の先を見て何かを理解した様子だった。

「あ、もしかして……この首飾りのことですか? 確かに、機会があれば聞いてみようと思ってましたけど……って、なんでリンネブルグ様がそれを? ミアンヌ団長以外、話してないはずなんですが」

「出発前にミアンヌ先生から聞きました」

「……うぅ。口の軽い師匠め。誰にも言わないって約束してたのに……!?」

「ミアンヌ先生からは「あの子は絶対自分から動かないから、力になってあげてほしい」と、お願いされまして」

「う。そう言われると……だいたい、当たってるんですけども」

「せっかく友好的な知己ができたことですし、彼らに聞いてみても良いかと思ったのですが」

「でも……いいですよ。仕事のついでぐらいに考えてましたので」

「それなら今、もののついでということで。どうでしょう」

「……いいんですか? でも、そのせいで出発が遅れてしまうと……」

「それぐらい、問題ありませんよ。長老さん。少し、お知恵を借りてもよろしいでしょうか」

「はい、なんなりと」

リーンに呼ばれた村の長老が進み出てきた。

「彼女の首飾りについて、何かご存知のことがあったら教えてほしいのですが」

「はて。首飾りですかな? なるほど、その紋章、どこかで見覚えが……ッ!? こ、この紋章はッ……!?」

シレーヌの首飾りを間近で見た長老は驚いた様子で目を丸くし、リーンとシレーヌは老人の反応に顔を見合わせた。

「ほら、試しに聞いてみるものでしょう?」

「……はい。まさか、こんなに簡単に手がかりが見つかるとは思ってませんでした」

二人は顔を見合わせ、明るい表情を見せたが、向き合う老人の顔は暗かった。

「失礼ですが……シレーヌ様はそれを、どちらで?」

「これは、私が小さい頃に別れた家族からもらったものなんですが……それ以来、ずっと会えてなくて。唯一の手がかりなんです……何なのか、わかります?」

「……はい、確かに存じ上げておりますが……しかし、これは」

「どうかしたんですか?」

疑問の表情を浮かべるリーンとシレーヌに、長老は暗い顔で口を開いた。

「……村の恩人にこんなことを申し上げるのは大変、心苦しいのですが……その紋章、ここ以外では、あまり人に見せないようにした方がよろしいかと思います」

「見せない方がいい?」

「はい。若い者は既に知る者もおりませんが……多くの老いた獣人はその紋章に良い感情を持っておりませんので」

「それは、どういうことでしょう……?」

「……十年と少し前、この国で獣人が起こした大きな戦がありました。その戦を率いていたのが、その『爪痕』を部族の証とする『ミオ族』です」

「……『ミオ族』、ですか?」

老人の言葉で皆がシレーヌの首飾りに目を向けた。

そこには確かに三本の爪の痕のような模様が刻まれている。

「シレーヌさんは、その部族の名前を聞いたことはありますか?」

「……いえ。母はたぶん、模様の意味も含めて知っていたと思うんですが、ずっとこれの話題を避けるようにして、私には何も教えてくれなくて」

「そうですか」

「……彼ら『ミオ族』は獣人たちの中でも特に武芸に優れ、勇敢な一族として知られていました。当時の最有力派閥の一つだったのですが、彼らはある時、「虐げられた全ての獣人達の解放」を謳い、多くの獣人達を巻き込んでサレンツァの支配者層に戦を仕掛けたのです」

「そんな戦争が? 隣国の私たちにはそれらしいことは何も伝わってきませんでしたが……?」

「おそらく、そうなるように国を出入りする者に厳しく箝口令を布いたのでしょう。統治者側にとっては国外に広まっても都合の良い話ではありませんから。私たちの耳にも、風の噂程度にしか入ってきておりません」

「……それで、その戦争はどうなったんですか?」

リーンの質問に老人は 項垂(うなだ) れ、小さく首を振った。

「我々の状況を見れば、おわかりいただけるでしょう。彼らは敗けました。そして獣人の地位は向上するどころか、かえって立場が悪くなりました。戦争に加わらなかった我々のような弱小部族さえ、『ミオ族』の反乱を理由に一様に厳しい法で縛られるようになってしまったのです。それ故、彼らを恨む者は多いのです」

「……その部族はその後、どうなったのですか?」

「皆、滅びたと聞きます。戦を率いた族長とその息子は処刑され、残党も全て狩り尽くされたと」

「……そうですか」

シレーヌはリーンと老人の話を聞きながら、無言で首飾りを握りしめていた。

リーンは振り返り、硬い表情になったシレーヌに声をかけた。

「……すみません、シレーヌさん。まさか、そんなことになっているとは」

「いえ、いいんです。最初から、会えるとは思ってませんでしたから……むしろ、知れてよかったです。今まで、なんの手がかりもありませんでしたから」

「……シレーヌさん?」

「……あっ、あはは。わ、私は大丈夫ですので。それより、もう出発した方がいいですよね……? 正午までに到着する予定でしたし」

シレーヌはリーンとロロが心配そうな視線を向けているのに気がつき、やけに明るく振る舞おうとしたが、どこかぎこちない。

「……そうですね、でも……」

「リンネブルグ様。シレーヌの言う通り、そろそろ馬車を出した方がいいと思います。道中、不測の事態が起こることも考えられますので」

「……わかりました。では、すぐに出発しましょう」

俺たちはイネスに促されるようにして馬車に乗り込んだ。

リーンに引き続きロロとシレーヌ、そして俺が乗り込み、出発の準備は整った。

「では、イネス、お願いします」

「かしこまりました。少し急ぎ目に走らせますので、多少の揺れはご容赦を」

そうして、俺たちを乗せた馬車は日の昇り始めた砂漠を横切り、『時忘れの都』へと向かった。