軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

9. タイム

「養子を取ろうと考えている」

数ヶ月ぶりに領地から父がやって来た。

王都での用事を済ませ、帰り際に二人でお茶を飲んでいたら、突然の爆弾発言だ。

「え?」

「先日お前がまた婚約破棄したと聞いたよ」

ああ、あの婚約者から連絡が行ったに違いない。

「やはり私はお前に望まない結婚を強いていたのだな……」

「お、お父様?」

「条件の良い男性がうちのような貧乏な家に、婿養子として来てくれるはずもないことは分かっていた」

父が私を憐れむように言う。

「お前を家の犠牲にするつもりはないのだよディアンドラ」

「お父様私は……」

「家のことは気にしなくていいから、お前は好きな人に嫁ぎなさい」

養子をとって家を継がせ、私を自由にするつもりだと父は言った。

「貴族の称号が欲しい人はいくらでもいるから、養子を見つけることもそう難しくはないだろう。心配はいらない」

「いいえ、心配しかありませんわお父様!」私は父にくってかかる。

「そんな人にまともに領地が運営出来るとでも!?」

貴族の称号目当ての人に領主が務まるはずがないではないか。

父も母も優しいいい人だ。

気さくな人柄は領民にも愛されている。

もし、こんなに不作が続いていなければ、何事もなく心優しい領主として過ごせただろう。

私の結婚相手だって適当に決めれば済んだはずだ。

しかしだ。

うちの領地は今危機的な状況にある。

今までのようにのんびりした運営ではダメなのだ。

このまま収穫量が減り続ければ領民も領主も食べて行かれなくなる。

領地を立て直してくれる有能な男性を探す以外に選択肢はない。

私の婿であろうと、ただの養子であろうとそれは変わらないのに。

父と話が噛み合わない。

どうして分かってくれないのだろう。

「お父様! 私は自分の恋愛よりも領地を何とかしたいのです」

「もうお前は領地のことに口を出すな! 養子の件はもう決めたことだ」

次第に言い争いになる。

いつまでも食い下がる娘に辟易した子爵は帰り支度を始めた。

「待ってお父様! お願いだから養子を勝手に決めるのだけは待って!」

ドアを開けて帰ろうとする父を泣きながら追いかけた。

「お前はもう自分の幸せだけを考えなさい」

宥めるように言うと、父は馬車に乗り込んだ。

「待って! 待って下さいお父様!」

馬車は無常にも私を置き去りにして去って行った。

しばらく呆然と立ち尽くしていたが、ふと視線の端に人の姿を捉える。

決まり悪そうな表情で私を見るロバートが門の横に立っていた。

「ご、ごめん……お取り込み中だとは知らなくて。前に破れちゃったドレスの修繕が終わったから持って来たんだけど」

恥ずかしいところを見られてしまった。

泣いていたことを誤魔化すように私は慌てて手の甲で涙を拭い、ロバートを家の中に招き入れた。

「何があった? 大丈夫か?」

「ええ……まあ。ちょっと領地のことで」

「話、良ければ聞くよ?」

ロバートは話しやすい。

人の話を引き出すのがとても上手だからだ。

正直、聞いて欲しいと思った。

でも同時に男の人に甘えるのには抵抗がある。

私が躊躇していると、

「ねえ、お腹空かない?」

ロバートがふと話題を変えた。

「ごめんなさい。今ちょっとばあやが買い物に行っていて。何かキッチンに食べるものがあるか見てくるわね」

お客様に何かお出ししなくては。

領地のことで気が動転していて頭が回らない。

「いや、君は座ってて。ねえ、キッチン借りてもいいかい?」

そう言うとロバートは私の返事も聞かず、さっさとキッチンに入って行った。

食料庫の中をざっと見回し、野菜と鶏肉を取り出す。

そして手際良くスープを作り、スープを作る時に茹でた鶏肉でサラダとサンドイッチを作った。

「なんだかショックだわ。あなた絶対に私よりお料理上手よ」

「お褒めに預かり光栄です」

「貴族と言えども……私こんなで結婚出来るのかしら」

「別に女性でも男性でもどちらが料理が得意でも構わないんじゃないか」

ロバートはテキパキと料理を仕上げ、お皿に盛りつけていく。

「そんなの出来る奴がやればさ」

こう言う考え方の男性に初めて会ったので、なんだか新鮮だ。

「女らしさをアピールするため、わざとらしく手作りの物をプレゼントしてくる女性は苦手だな、僕」

そう言いながら彼は指についてしまったソースをペロッと舐めた。

む、無駄に色っぽいのね、ロバート。

ちょっとドキッとしてしまったわ。

ロバートが作ってくれた料理はとても美味しかった。

つくづく器用な人だなと思う。

優しい味のスープを飲み終わる頃には、私の心の中の刺も消えた。

そして私はポツリポツリと口を開いた。

父が養子を取ると言い出したこと。

私は跡を継がなくていいと言われたこと。

間違った人に領地を任せるのが心配なこと。

「変な人に領地をめちゃくちゃにされたらどうしよう。お父様を止めないと」

話しているうちに、父との会話を思い出し涙が出そうになった。

ダメ。人前で泣いてはダメ。

ぐっと歯を噛み締める。

ロバートは私に向けて手を伸ばそうとして……引っ込めた。

そしてちょっと考えてから、

「タイム!」ーーと言った。

「え? 何?」

意味が分からなくて困惑する。

「ほら、良く剣術の大会とか、馬術競技とかで一時的に中断するときに言うだろ。あれだよ。タイム」

「??」

「だから……さ」

ロバートは人差し指で鼻の頭をかきながら言った。

「タイムって言った時だけ君の五箇条を一時的に無効にしないかい? で、僕もタイムの間は変な下心は保留にする。絶対変なことはしないと約束する。だから……」

優しく微笑んで両腕を広げた。

「………………おいで」

あ……もうダメかも。

ギリギリで堪えていた私の涙腺は呆気なく崩壊した。

唇をかみしめても涙がボロボロ溢れて止まらない。

「タ、タイム……」

私はそう言うとロバートの腕の中に飛び込んだ。

ロバートの腕の中は広くて暖かくて最高だった。

その優しい心地よさがますます私の涙腺を緩ませ、いよいよ涙が止まらなくなる。

だって王都に来てからずっと我慢していたのだ。

決壊した河川の如く、私はロバートに抱きしめられたまま泣きじゃくる。

ロバートは約束通り変な触り方はせず、赤子をあやすように私の背中をトントンと軽く叩いてくれた。

「ヒック…わ、私別に恋愛がしたくて婚約破棄してたわけじゃないの」

「うん。領主として務まるかどうか見極めていたんだろ。わかってる」

「でも、よ、養子を取るって、お、お父様が」

「うんうん。辛いね。せっかく君が今まで頑張ってきたのにね」

なんて聞き上手な人だろう。

止まりかけた涙がまた出てきた。

「も、もうどうしよう、わ、私」

ロバートがそっと髪を撫でながら優しく耳元で囁く。

「大丈夫だよディアンドラ。大丈夫だ」

現状を見る限り、全然大丈夫ではないはずなのに、ロバートにそう言われるとそう思えてくるから不思議だ。

やがて涙は止まったけど、私は動けずにいた。

私を抱きしめている腕は逞しくて、さっきまでの不安が嘘のように安心できた。

私の髪を撫でるロバートの手はどこまでも優しい。

あまりの心地良さに、身体の力が抜けていく。

ああ……もうずっとこの腕の中にいたい。

人生辛いことが多すぎる。もう疲れちゃったーー。

どのくらい経っただろうか。

いつの間にか眠っていたらしい私はハッと目を覚まし、ロバートの腕の中から飛び出した。

「おや、目が覚めたのかい。もっと眠っていても良かったのに」

「わ、私いつの間に! ごめんなさい」

恥ずかしさで顔が赤くなる。

ロバートがそんな私を見て目を細める。

「ちょっと残念だけど、タイム終了か」

気がつくともう辺りは暗くなっていた。

「あら?ばあやは?」

「さっき帰ってきたよ」

うわー。この状態を見られたのね。恥ずかしすぎる。

「ディアンドラあのさ」ロバートが不意に真面目な顔で言う。

「領地の負債……僕に肩代わりさせてくれないか。見返りなんて求めないよ」

「………………。ありがとうロバート。でもそれは出来ないわ」

「君はそう言うだろうと思ってた」

ロバートは残念そうにため息をついた。

「でも困った時はいつでも僕を頼ってくれ。君の願いならなんでも叶えて見せるから」

世の中にはどうにもならないことだってあるのよ、と言いたかったけどロバートの気持ちだけありがたく受け取っておくことにした。

「あとタイム制度だけど。これからも好きな時に使ってよ」

二人の秘密にしようとロバートが明るく笑う。

本当にありがとうロバート。

あなたのおかげで心が軽くなった。

また明日から頑張れる気がしてきたわ。

彼が帰ったあと、持って来てくれた修繕済みのドレスを見たら、胸元に見たことのない布が当ててあった。

勝手に胸が見えないデザインに変えられているではないか。

ありがたいけど。一体どうしたと言うのだろう。

出会ったばかりの頃はあんなに見てたくせに。

◇◇◇◇◇◇◇

恥ずかしながら、私はその後もちょくちょく『タイム』のお世話になってしまうのだった。

パーティーなどで嫌味を言われたり、貶められたりすると魔法使いみたいにロバートがどこからともなく現れるのだ。

そしてあの低い優しい声で「おいで」と腕を広げる。

心が弱っている時に彼の『おいで』を拒否できる人なんているだろうか。

彼は約束通り、タイム中は変なことは一切しなかった。

いやらしい冗談さえ言わなかった。

私は思う存分彼の腕の中で愚痴をこぼし、泣き、甘えることが許された。

「君って人は……こんなに泣き虫で甘えん坊なのに、今まで良く我慢してきたね」

そう言って背中をトントンしてくれた。

本当にこの人は私を泣かせる天才だと思う。