軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14話【狂飢のアギト】

「嬉しいねえ。お前のほうから訪ねてくれるなんざ、明日は雨でも降るんじゃねえか」

にやにやと笑みを浮かべながら、ディノは空中にいる魔族へと声を掛けた。

もはや足元に転がる魔族の男などに興味はないと、踏みつけていた足をどかす。

「しかし、開口一番に嫌いだと言われるほうの気持ちも考えろよ」

「……それなら、せめて同族に対してぐらいは加減という言葉を覚えるべきだな。見ていて気分が悪くなる」

グリフォンの背に騎乗していた魔族の女性――アルバが、冷たい声で返答した。

アルバが騎獣から下り、地面に這いつくばっている男へと視線をやると、男はよろよろと逃げるように去っていく。

「付け加えるなら、同族以外の者であっても、必要以上に苦痛を与えて楽しむ趣味というのは好みじゃない」

ディノは魔族であり、アルバも魔族だ。

敵対関係にある種族と戦うのは当然のことで、必要であれば殺すことも厭わない。

しかし、ディノのやり方はそんな魔族の中においても残虐さに過ぎるといえた。

ここより北方にあるスーヴェン帝国との境目に堅牢な砦がいくつも存在するのだが、固く門を閉ざす人間をおびき出すために、捕らえた小さな子供を砦の前で八つ裂きにしたこともある。

また、その周辺にある小さな村々を遊び半分で焼き払ったりもした。

「恐怖や苦痛ってのは、わりといいスパイスなんでな……それで、何の用だ? やっと俺のもんになる覚悟ができたってか?」

アルバはここより遥か西にある地域に住んでいるが、力のある魔族同士を婚姻させ、より強力な個体を生み出すべく、本人の意思とは関係なく決められた相手――それがディノである。

「冗談を言うな。こちらには腕の良い鍛冶師がいるから、私の槍と弓の具合を見てもらいに来ただけだ。その帰り道で、たまたま目に余る光景が映っただけ」

「へぇ、そうかい。ところで……お前、この前一人で砦に突っ込んでいったんだってな。婚約を破棄したいんなら、北に住んでる人間どもを滅ぼしてみろとは言ったが、まさか本当に単身で突っ込むとは思わなかったぜ。そういうとこが余計そそられるんだよなぁ」

ぺろりと舌なめずりをしたディノは、アルバの顔から足先までをゆっくりと眺めた。

そんな粘りつくような視線を受けても、彼女は気丈に対応する。

「それほど嫌なんだと、察してくれ」

「くっく、そうかい。でもまあ、さすがのお前でも無理だったわけだ。人間どもの砦はなかなかに厄介だからな」

「ああ……そうだな」

どこか歯切れの悪い返事に、ディノは怪訝そうな表情を浮かべた。

「無傷ってわけにはいかねえよな。そこのグリフォンだって優れた騎獣だが、大型の弩から放たれる矢が当たれば無事じゃ済まねえ。お前……治癒魔法は得意だったか?」

アルバは火魔法と風魔法を得意とするが、治癒魔法に適している水や光の属性は扱えないのだ。

そんなことは、ディノも知っている。

「……知っていることを訊くな」

「だよな。聞いた話だと、戻ってきたお前の身体には治療の痕があったそうじゃねえか。一人で突っ込んでいったのに、いったい誰に治療してもらったってんだ? まさか人間に情けをかけてもらったわけじゃないだろ?」

(この男……どこからそんな情報を)

しつこい尋問に嫌気が差したアルバは、騎獣のグリフォン――ルナの首元を撫でながら気分を落ち着かせる。

「なにも治療の手段が魔法だけというわけではないだろう。治癒薬を用意しておくか……魔法を内包できる白魔水晶に治癒魔法を込めておくという手もある」

「そうかい。じゃあ、お前がいつも持ってた白魔水晶……ちょっと見せてくれよ」

「残念だな。今は持っていない」

あれは、あの少年にあげてしまった。

ルナの治療をしてくれた礼として、湿地帯で剣を交えた少年に渡してしまったのだ。

少年との約束通り、あのときのことは誰にも言っていない。

砦を攻めて返り討ちにあったというだけでも恥だが、たった一人のヒューマンの少年に敗北したとあれば、いい笑いものだ。

いや、自分だけが笑われるのならまだいいが……多くの魔族をまとめる父にまで迷惑をかけることになるだろう。

「持ってない、だと? そりゃあ変だな。貴重な回復手段なんじゃねえのか?」

「……詮索する男は嫌いだな。なんならお前も治療が必要な状態にしてやろうか?」

殺気にも似た威圧的な気配が強まり、訝しんでいたディノもそこでおどけたように表情を緩ませた。

「まあまあ、そう怒るなよ。せっかく外見だけは綺麗なのに勿体ねえだろうが」

アルバの銀砂のような長髪を撫でようとした手が、触れた瞬間にパシンッと払われる。

「お前は、女性への褒め言葉をもう少し勉強してこい」

これ以上話すことはないと、ルナに騎乗しようとした彼女の背後で、気持ちの悪い嗤い声が上がった。

「く、ひゃはは……危ねえ危ねえ……つまみ喰いで終わらねえとこだったぜ」

「お前……何を言って――」

「ほぉ……なかなか生意気そうなガキじゃねえか。いっちょまえに女連れか。んん? ……こいつは……そうかそうか……なるほどねえ。こりゃあ面白くなってきやがったぜ」

ディノが宙に目を漂わせながら、独り言のように喋り出す。

「ぎゃはは! それにしても、アルバを前にして交換条件たぁ度胸あるじゃねえか。おー、腹を貫かれても立ち上がるってか……男してるねぇ。ん? おいおい……マジか、ちょいとこれは物騒じゃねえか」

話している内容を聞くたびに、アルバの顔に焦りの色が増していく。

(そんな……バカな!? あのときのことは誰にも……まさかこいつ!)

アルバはディノのことを嫌ってはいるが、この男の力量を軽んじているわけではない。

ディノはどういうわけか、食べた者の能力の一部を使うことができるのだ。

鋭い牙を有する魔物の肉を喰らえば、その牙を。

超視力を有する魔物の肉を喰らえば、その目を。

硬い鱗を有する竜種の肉を喰らえば、その鱗を。

たしかに食用に適している魔物の肉もあるが、この男の場合は『喰う』ことの目的が腹を満たすためだけではない。

魔物に近い外見をした魔族もいるが、この男はその中でもさらに異質――自らの身体を戦闘用に変形させている姿などは、まさに化け物だ。

だが、それは相手の肉を食べたときの話である。

当然のことながら、彼女の身体のどこにもそれらしき怪我はない。

さっき、髪と額をほんの少し触られた程度だ。

「あはっはっは。驚いてるようだな! まあいいじゃねえか、夫婦間で隠し事は無しってわけだ」

「お前まさか……私の記憶の一部を――『喰った』のか」

心中を蝕んでいく焦燥をなんとか押し留め、彼女は口を開く。

対するディノは盗み喰った記憶を見終わったらしく、興奮した口調で応えた。

「ご名答」

「……とんだ隠し事だな」

夫婦になるつもりなど、さらさらないが。

「とはいっても、これができるようになったのは最近だぜ。以前、砦の奴らを冷やかしに行った帰り、途中にあった獣人の村をついでに襲って皆殺しにしたんだが、なかなか歯応えのある女がいたんだよ。まあ俺の敵じゃなかったから半殺しにしてやったけどな」

下卑た嗤いを隠さないディノは、当時の状況を面白そうに語る。

「死の間際だってのに『家族が無事ならそれでいい』とか虫唾が走るようなこと言ってるから、なんか面白えことできないか悩んでたんだ。そしたら……身体が自然と動いた。感じたんだよ。その女の頭を鷲掴みにして、そんなに家族とやらが大切なら、その幸せな思い出とやらを――『喰って』みたいっ! てな」

「……悪趣味な奴だ」

嫌悪感を抱いたアルバは率直な感想を漏らしたが、ディノは気にしたふうもなく喋り続ける。

「ありゃあ美味かったぜ。記憶を喰われたあとにポカンとしてる女の顔は、たとえるならいい感じのデザートってなもんだ。まあ、しばらく眺めたあとはその抜け殻を放り捨てちまったがな」

何がそんなに面白いのか、しばらく腹を抱えて笑っていたディノは、自分を見やる冷徹な視線に気づいて少しづつ声を低くしていく。

「まあ、そんなに睨むなよ。さっきのはほんのつまみ喰い程度だったんだからよ。別にお前の記憶が消えたわけじゃねえだろ? それにしても、砦に突っ込んでいったあとにずいぶんと面白い出来事があったみたいだな」

アルバから記憶の一部を喰ったディノは、ふたたび興奮の熱を帯びていく。

「……私がヒューマンの少年に後れをとったのが、そんなに面白いか。今ここでお前を殺せば、その耳障りな声を止めることができるのか?」

場に満ちるのは、殺意。

アルバは本気である。

あと一言でも彼女を刺激するような言葉を口にすれば、ディノに向けて容赦なく槍が振るわれるだろう。

「まあ、そう興奮しなさんな。くっく……しかし、こんな面白そうなガキを放っておく手はねえだろうよ。どんな『味』がするのか想像しただけで涎が止まんねえ。ああ……ヤバいぐらいに興奮してきちまった」

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

――メルベイルの街、冒険者ギルドにて。

「すみませんでした!」

『申し訳ありませんでした!』

俺とその隣にいるライムは、ギルドの奥にある部屋で頭を下げていた。

もちろん、今回のプリムでライム事件で皆様に迷惑を掛けたからである。

「事情はわかった。本来であれば君のランク降格処分を検討すべきなんだが……こちらも以前にレルーノ商会からの依頼で君に迷惑を掛けてしまったからね。今回の件で帳消しというのはどうだろうか?」

モン爺さんの息子であるというギルド長は、そんな提案を口にした。

事情を話す際にモン爺さんも助け舟を出してくれたし、どうやら降格処分は免れそうだ。

ランクA昇格申請時に不祥事を起こしたとあれば、昇格取り消しになる可能性もあり、内心びくびくしていたのは内緒である。

こうしてギルドからの処分は不問となったわけだが、迷惑を掛けた冒険者パーティへは賠償金というかたちで、いくらかの金額を支払うことになるそうだ。

ティアモからの報酬で財布の中は潤っているし、こんなこと言えば反省の色が足りないと怒られるかもしれないが、やっぱりお金って大切だと思うの。

「あと……そこのプリズムスライムについてなんだが、しばらくは冒険者たちが警戒するだろうから、色々と配慮したほうがいいだろうね」

ここメルベイルの冒険者ギルドでは、パウダル湿地帯のプリズムスライムがちょっとした噂になっていたのだ。ライムを見たらギョッとする冒険者もいるだろう。

実際、ここに来るまでもライムは布で包んだ状態で連れてきたのだ。

まあ、明日にでもメルベイルを発つことになるわけだから、あんまり気にする必要もないんだけどね。

『あの……わたし、このままの姿だとご主人様に迷惑をかけてしまうのですね』

謝罪のためにビタァンッと床に張り付いていたライムが、にゅっと顔を上げた。

「ん……まあ、気にしなくていいぞ。どうせすぐにマイホームに戻ることになるからな」

『いいえ……わたし、やってみます』

え? なにを?

と聞き返す前に、ライムの身体がグニャリと変形しだした。

悪玉と分離して、今や人間一人分ぐらいの大きさだったライムが、さらにギュギュッと圧縮されるかのように小さくなっていく。

次になにやら手足のようなものが出現し、むくむくと大きくなっていくではないか。

おいおい……これって……まさかの擬人化か!?

身体が大きくても工夫すればなんとかなるとか言ってたのは、このことか!?

なんだかテンションが上がってきやがったぜ! ひゃっはー。

…………

……

「なん……だと?」

しばらくして目の前に現れたのは、まんまるの球体からちょこんと手足が生えた可愛らしい生き物だった。

手足といっても人間の手足のように複雑な造りではなく、粘土をつまんで引き伸ばしたかのようなデフォルメスタイルである。

いや、たしかに可愛い。見ていて癒されるのは間違いない。

でも……ちょっと思ってたのと違うかなぁ、うん。

『見てください、ご主人様。色だって自由に変えられるんですよ、ほらほら!』

おそらく元魔法……それも光魔法を駆使して身体表面の色を変化させているのだろう。

まんまるの身体から伸びた手足をちょこちょこと動かし、こちらにやってきたライムを見て、俺は素直な感想を述べさせてもらうことにした。

「うん……なんかもう、可愛ければ何でもいいよね! 鼻血出そう!」