軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

19話【優先すべきもの】

痛い痛い痛い。

視線が痛い。

はっきりと人の申し出を断ることが、こんなにも眼力を高める効果があるとは思わなかった。

「そ、そんなに睨むなよ。無理に決まってるだろ」

同行を断られたレイは穴が空くほどに視線を突き刺してくる。

「な、なんでよ!?」

理由なんてありすぎて困る。

そもそも俺は今からスーヴェン帝国に行くつもりはない。リク・シャオとやらが何か企んでいようとも俺には関係ないことだ。根底から同行する話が成立しない。

そしてレイが囚人であるという事実。大人しく刑期をつとめていただきたい。

大体、敵だった相手を簡単に信用していたら命がいくつあっても足りないだろう。一緒に旅するのになんで常に背後に気を配らないといけないのか。

つらつらと理由を挙げていくうちに、レイが完全に黙り込んでしまった。

……ちょっと悪いことをしただろうか。

「行く行かないは自由だからな。無理強いはせんよ。だが必要であればその娘を釈放するぐらいの便宜は図ろう」

「王様……本気ですか?」

いきなりどうしたというのか。それでトグルの領主とやらがどういった反応をするのか見ようとでも考えているのだろうか。一応は妹なわけだし。

「あの、オイラも……――」

か細いレンの声は虚しく木霊し、イリィさんが会話の流れを引き継ぐ。

「信用できないと言っていましたが、セイジさんはそちらの女性とすでに信頼関係を築かれているのではないですか?」

「え、どの辺りが……です?」

名前すら呼ばせてもらえない相手のどこを信じて頼れ、と?

「命の危機に試合に割って入って助けるような真似は、なかなかできませんよ」

「あ、あれは……なんとなく、です」

イリィさんは妖艶な笑みを浮かべ、軽く頬を撫でてくる。

「いいですね。とても」

心の中を透かされるような翡翠色の瞳。どうしよう。すんごく変な気持ちになりそうだ。というか気持ちいい。そしてウォム爺さんの眼が超怖い。

「あなたも、試合中にセイジさんを助けていましたでしょう」

……見られていたか。

爆炎に紛れていたというのに、魔法で俺を押し飛ばしたところをしっかりと目撃されてしまっている。

「あれは借りを返しただけ」

標的がレイに移るも、彼女は淡々とした受け答えを崩さない。

「そうですか。ですがエルフの私から見て、あなたからはセイジさんに対する悪感情というものが感じられませんね。どちらかといえば――」

「……ねえ、エルフのお姉さんさ」

「はい? どうされました」

「故郷の近くの森にもエルフの里があったんだけど、あいつらって基本的に森から出てこないわよね。なんであんたはここにいんの? というか、そうやって他人の心を見透かしてますみたいな態度……気に入らないんだけど」

「お気に障ったようですね。別にエルフは相手の心を読めるわけではありませんよ。あなただって他者の喜怒哀楽といった感情を言葉や仕草から読み取ることはできるでしょう? エルフはそれがちょっと敏感なだけです」

なにこれ怖い。

レイが無愛想なのはデフォルトだが、イリィさんは笑っているのになんか怖い。

「エルフの里を飛び出したのは、退屈だったという単純な理由ですよ」

「ふぅん。好奇心旺盛なエルフね。随分と王様に気に入られてるようだし」

「さあ? どうでしょうか。私がハーディン様に魅かれている部分があるのは確かですけど」

えぇ!?

「ふぉ……おおおおおお!?」

何気にイリィさんがすごい発言をしている気もするが、表情はいたって涼しいままだ。

というか、ウォム爺さん凹みすぎだろ。

王様もなんだか面白そうに笑っているだけである。

もう宿に帰って飯を食べたい。切実に。

「――うう、やっと解放された」

なんでレイはあんなにイリィさんに突っかかっていったんだ。

結局のところ、今は王都から動くつもりはないってことで話は終わりとなったが、かなり時間を取られてしまった。

「いや、空腹になればなるほど今夜のご馳走が美味しくなるってもん――」

「待て」

闘技場から出てすぐ、今度は野太い男の声で呼び止められた。

いや……わかってる。相手が誰かなんてすぐに想像できる。むしろ俺が相手の立場だったなら話を聞くまで逃がすわけにはいかないと思うだろう。

でもね、もう疲れた。鎧の修理とか明日にしようかな。

「どうも。腕、なんとか元通りになりましたよ」

「そのようだな」

ベルガが俺の左腕を見つめながら頷く。

「……何か訊きたいことがあるって感じですね」

「……」

こういう無言の雰囲気、苦手だなぁ。

「ところでガリーブさんってどこにいったんですか? 姿が見えないみたいですが」

「我も知らん。試合後から会っていないのでな」

マジか……本当にあの人どこに行ったんだろ? どこかで闇討ちの準備してるとかじゃないだろうな。

「……もし話があるなら宿に戻って聞きますよ。もう空腹が限界なもので。ただ、宿で暴れないでくださいよ?」

「わかっている。そこまで愚かではないつもりだ」

どうやら大人しくついてくるようだ。ガリーブさんが同伴ならば宿屋のほうに連れていくことは禁忌だろうが、ベルガ一人ならば問題ないだろう……と思う。

――さっきは互いに相手を殺す勢いで戦っていたというのに、こうして並んで歩いているのも不思議なものだ。

道ですれ違う通行人がたまにこちらを振り返ったりしている。闘技場で観戦していた客だったりするのだろうが、話しかけてくることはない。

ちなみに俺の頭の中は、ベルガから奪ったスキルの処遇を決めるためにフル稼働中である。

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名前:セイジ・アガツマ

種族:ヒューマン

年齢:18

職業:冒険者(ランクC)

特殊: 盗賊の眼(ライオットアイズ)

スキル

・ 盗賊の神技(ライオットグラスパー) Lv3(36/150)

・ 古竜の外殻(ドラゴンズクラスト) Lv3(72/150)

・剣術Lv3(98/150)

・体術Lv3(15/150)

・元魔法Lv2(20/150)

・火魔法Lv2(45/50)

・身体能力強化Lv3(23/150)

・状態異常耐性Lv3(1/150)

・生命力強化Lv2(36/50)

・モンスターテイムLv2(14/50)

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あの試合でベルガから奪うのに成功したスキルは二つ。

《 古竜の外殻(ドラゴンズクラスト) 》

《火魔法》

である。

十個のスキル枠が全て埋まってしまったため、次回から新規スキルを入手した場合いずれかを破棄しなければならない。

というか何気に生命力強化の熟練度が上がっている。そりゃ、あれだけボッコボコにされれば少しは鍛えられるだろう。

ん、ちょっとだけ剣術も上がってる……? 嬉しい。

しかし《 古竜の外殻(ドラゴンズクラスト) 》についてはドラゴニュート専用スキルのため、俺が持っていても仕方ないものだ。魔物であるルークやクロ子に渡しても意味がないし、知り合いに他のドラゴニュートなんていない。

火魔法についても俺はあまり必要ないが、こちらは再利用が可能であるといえる。

とまあ、色々なことを考えていたら宿に着いてしまった。

最終的にどうするかを決めるのは、ベルガの話も聞いてみてからで遅くはないだろう。

「お帰りなさいっ。セイジさん。あっ……」

俺の顔を見てトトトと出迎えてくれたステラさんであったが、隣にいるベルガの姿を認めて足を止めた。

ちょっと身構えてしまうのは仕方ないだろう。

「大丈夫ですよ。この人とは話をするだけです。もし美味しい料理を運んできてもらえたら、より平和的に対話できると思いますが」

「あ……はい! 今日はウランが腕によりをかけて作ったので、ゆっくり味わってくださいね。それと、今日の分はわたしがご馳走させてもらいます。好きなだけ食べていってください」

「わかりました。じゃあ、今日は遠慮なくご馳走してもらうことにします」

依頼の報酬はギルドから支払われるため、別途お礼をしてもらうのは気が引けるが、こういった時は変に遠慮しないほうがいいだろう。

厨房に向かうステラさんを横目に、俺は食堂の空いている席に腰を下ろした。

「あなたも座ったらどうですか? ここの飯は美味いですよ」

ベルガはしばらく考える素振りをしていたが、大人しくこちらの対面に座る。

「悪いですが、俺の分はあげませんよ? 自分の分は自分で頼んでください」

空腹が絶頂に達している今の俺には、肉の一切れだって相手に譲るつもりはない。

「当然だ。それぐらいの金はある」

手早くテーブルに並べられた料理の数々を前にして、もう俺を止める者はいなかった。

なにこれなにこれっ!

生肉? 生肉なの?!

ピンク色の破廉恥な姿のままで皿に盛られた肉料理は、生のように思える。細かく切った肉に玉ねぎのみじん切りや香草を練りこんでいるようだ。丸く形成されたそれはハンバーグのようだが、火を通してはいない。

薄っすらと赤みを帯びた肉の台座にちょこんと収まっているのは卵の黄身である。黄身を潰すと濃厚な液体が生肉にからみつき、さらに粘度が増したかに見えた。

一口、食す。

う……お。

なにこれ? 超美味い。

人間だって動物だもの。本能的に生の肉を食すことに快感を覚えるものなのかもしれない。ねっとりとした食感が口腔内を蹂躙し、上顎で肉塊を押し潰すごとに舌にいやらしいほどからみついてくる。

肉の臭みなどは一切感じられず、ただただ旨みだけが濃厚な黄身とともに舌の味蕾を刺激してくるのだ。

もはや快感である。

飲み込んで胃に送るのが勿体ない。

このまますぐに俺の血肉となってくれそうな錯覚さえ覚えた。

「ステラさん。これ、すんごく美味いです」

給仕をしている彼女へと無意識に声を掛けると、まるで自分が褒められたかのように笑顔で料理について説明してくれた。

「その肉料理に使っているのはレイジングオックスっていう魔物の肉なんです。えと、特定の部位は生でも食べられるんですが、スジが多くてあまり生食には向いてないとか」

え……でも、口の中でとろけるような食感だったけど。

「丁寧にスジを取り除いてから、細かく切って食べやすくしてありますから。下処理に時間はかかりますが、肉の味はとても良いって……ウランが言ってました」

手間暇をかけた逸品というわけか。胃袋に沁みたぜ。

「これ、おかわりお願いします」

「はい。わかりました。セイジさんが肉を食べたいって希望していたので、ウランったら張りきって色んな肉料理を作ったんですよ。そちらのお皿にあるのは、同じくレイジングオックスの肉なんですけど、こちらの部位は軽く火を通すことで脂が甘くなって肉全体を包むそうです。肉汁から作ったグレイビーソースをまわしかけて――」

ズドンッ!

という擬音が響きそうなほどに、俺はフォークを肉に突き立てていた。

説明の途中であるが、緊急事態である。

「なにを、してるんですか? 言いましたよね。自分の分は自分で頼む、と」

「……我も、これと同じものを頼む」

俺とベルガのやり取りを観察していたステラさんが、くすくすと笑いを漏らした。

死闘を繰り広げた相手とこのような幼稚な争いをしているのがおかしかったのだろう。

「はい、すぐにお持ちします。ベルガさんって……もっと怖い人だと思ってましたけど、意外と食いしん坊さんなんですね」

そんな言葉を残して、彼女は去っていく。

食いしん坊、ね。

そんな可愛らしい言葉で形容していいのだろうか。仮にもこの人は試合中に俺の左腕を丸かじりしたんだぞ。

オレサマオマエマルカジリとか、洒落にならない。

その後も肉料理を中心に構成された豪華な宴は続き、俺に負けぬほどに料理を平らげていくベルガは酒まで飲み始めたのだった。

「そんなに飲んで、大丈夫なんですか?」

「問題ない。それより、そろそろ真面目な話をしたい」

「いいですよ。腹も一杯になりましたし」

ベルガの声に耳を傾けながら、俺はこの地方の特産である葡萄を発酵させて造られた葡萄酒がなみなみと注がれたコップを傾ける。

ちなみに俺は状態異常耐性スキルのおかげで酒に酔うことはない。

甘い。美味い。肉とハモる。

「――我に、何をした?」

……率直な質問だな。

「さて、なんでしょうね。正直に答える必要があるとは思えませんが」

「では質問を変えよう。我の力を元に戻せるのか? 察するに、お前は相手の能力に干渉することができるのだろう」

外殻を纏うことも、火魔法を操ることもできなくなれば、異変を怪しむのは当然のことだろう。原因として考えられるのは――俺だ。

「一時的に相手の能力を封じる。相手の能力を消失させる。相手の能力を無効化する。色んな可能性がありますよね」

「……別にどうやったかを詳しく訊くつもりはない。素直に教えるとも思わんからな。言った通り、知りたいのは元に戻せるかということだけだ」

なるほど。

専用スキルである《 古竜の外殻(ドラゴンズクラスト) 》については有効利用できない。火魔法にしたって再利用の価値はあるが、返還しても問題はないだろう。

しかし、素直に返還するのもどうなのか。

俺が試合に割って入ったのがヒートアップした原因なのは理解している。だが最初にレイを殺そうとしたベルガにも非はあるだろう。その後の死闘はまあお互い様ということで、どちらが悪いという議論はしても意味がないように思える。

俺だっていまさら左腕が痛むとか言うつもりはない。

つまりどちらにも悪かったところがあるので、返還しようと前向きに考える必要もないわけだ。

「それについても、答える必要があるとは思いませんね」

「まあ、当然か」

度数の高い蒸留酒を一気に飲み干したベルガは、虚空を見据えたまま黙ってしまった。

「……なんであなたはガリーブさんに雇われていたんですか?」

あれだけの強さを誇るドラゴニュートが、なぜに商人と行動をともにしていたのだろう。

「ガリーブと知り合ったのは最近だ。元々、あるお方と旅をしていたのだがな。はぐれてしまった」

「その人も……ドラゴニュートなんですか?」

「そうだ。捜してもなかなか見つからず、困っていたところでガリーブと出会った。商人の情報網を使って捜すのを手伝ってもらう代わりに、行動をともにしていたのだ」

ああ……それであの時、新しい情報はないのかとガリーブさんに言っていたのか。

雇われている態度でなかったのは当然。雇われているのではなく、協力関係にあっただけのようだ。

「まだ見つかってないんですね」

「リシェイルに来ていたのは確かなはずなのだがな。一体どこに行ったのやら」

なんだか最初に受けた印象とだいぶ違ってきた。この人もなかなかに苦労人のようだ。

「名前って訊いても大丈夫ですか?」

ドラゴニュートに会ったのはベルガが初めてなわけだから、知っていることはないだろうけども。

「シャニア……シャニア・ブレイズという」

ふむ、一応覚えておくとしよう。

その後も、ベルガの口からはシャニアという人物に対しての情報がいくつもこぼれ落ちた。

どうやらこの人物。かなり我儘……というか自由奔放というか、なかなかにベルガに苦労をかけていたようだ。

「まったく、少し目を離した隙に……」

心なしか酒を飲む勢いも増してきており、さすがに酔いが回り始めているようにみえる。

「そのシャニアという人とは、どんな目的で旅をしていたんですか?」

問いにはすぐに答えず、ベルガはふたたび酒瓶へと手を伸ばした。

「……そちらの質問にはだいぶ答えただろう。次はこちらの番だ」

ドンッとテーブルの上に置かれたのは、金属音がヂャリンと響く革袋である。

もしかしなくても中に詰まっているのはお金だろう。白金貨や金貨、銀貨や銅貨の擦れ合う音というのは微妙に異なるが、残念ながら俺には中身を確認せずに金額を言い当てる技能などは備わっていない。

「なんですか? これは」

「我の手持ちの金はこれで全部だ。足りないというのなら、後で必ず払う」

何を言わんとしているのかは、わかる。全財産を渡す代わりに力を――スキルを返すように交渉しているのだろう。元に戻せるかどうかも明示していないのに。

いまさらながら、もし俺がとんでもない悪人だったら大儲けも余裕だった気がする。

「正直なところ、そこまでお金には困っていませんから」

本当は欲しい。

喉から手が出るほどに欲しい。

お金なんていくらあっても困るものではない。

だが、スキルを返還する場合に対価として金を受け取るというのは、何か違うと思うのだ。俺のスキルについてわずかながらでも関わりを持つのなら、人となりを見極める必要がある。

「そうか……悪かった。ガリーブのような商人連中は金が大事のようだったからな。気を悪くしたのなら許せ」

硬貨の入った革袋が引っ込められる。しばらく商人と行動をともにしていたら、そういった思考に至るのもわからないではない。

ベルガは残り少ない酒瓶を手に取り、一気に流し込んだ。

「――お待たせしました」

ちょうど酒瓶が空になる頃合にお代わりを運んでくる有能なステラさんだったが、彼女でもミスをすることはある。

「あっ……」

床に置かれていた荷物袋に足を引っ掛けてしまったのだ。

やや大きめの袋は俺のものではない……となれば持ち主は一人だけ。

倒れた袋から、何かがゴロリと飛び出した。

「す、すみません」

……え? え?

ちょっと待って。

ステラさんが拾い上げ、持ち主であるベルガへと手渡した物体。

ほのかな光を帯びており、新雪のように澄んだ白銀の光沢に温かみを与えている。色調は単純に白としか形容できないのに、自然と目が魅かれてしまうほどに美しい。

形状こそ巨大な牙のようであるが、その特徴というのはメルベイルの図書館で読んだ本に記されていた『伝説の金属』と一致する。

鉱物であるのかさえ判然としないそれは、美しい挿絵とともに本に載っていたのだ。

「それ、は?」

震えそうになる声を抑えてなんとか言葉を紡ぐ。

「これはお守りのようなものだ。里を発つときに持ってきた。過去に強大な力を持った竜というのも、死後は骨となって風化していく。だが、ごく稀に形質が変化するようでな」

ベルガは手に持っていた物体をテーブルへ静かに置いた。

「骨の一部がこのように淡い光に包まれるのだ。朽ちることもなく永遠に輝きを放つため、我々は燐竜晶と呼んでいる」

朽ちることなき竜骨。確かにお守りとしても効果はありそうな気がする。

「その中でもこれは最硬度を誇る牙の部分でな。ん……? こ、これは無理だぞっ」

どうやら、宝物を見つけた子供のような嬉々とした眼差しに気づいたようだ。

人となりを見極めるのも大事なことだと思うの。

でも、それより大事なことだってあると思うの。

「あ、痛い。喰い千切られた左腕がすごく痛い。なんだか動かしにくい。大変だ。今後の戦いに支障がでたらどうしよう。何かお守り的なものがあるとすごく助かるんですが」

いまさら左腕が痛むとか言うつもりはない? 誰かそんなこと言ったっけ?

「なんだその目は!? そんなに見るな」

目で殺す。目で殺す。

大事なことなので二回言いました。

悩むベルガは、踏ん切りをつけるためか新しい酒瓶の中身を一瞬で胃へと落とし込んだ。

「ぐ……ぬっ。いや、しかし……わかった」

こちらへとゴロリと転がされた燐竜晶は、触れるとほんのり温かい。

「その……代わり、頼む……力を、シャニア様を――」

――そう言って、ベルガは沈没した。

どうやら酒が許容量を超えたようだ。燐竜晶をくれたらスキルを返すなんて一言も口にしていないというのに。

まあ……これまでのやり取りで少しは目の前で潰れているドラゴニュートの人間性というものがわかった気がする。裏でコソコソと暗躍するタイプではない。

「……目が覚めたら、元に戻ってるといいですね」

席を立ち、ステラさんにルークの様子を見てくるとだけ告げて騎獣舎へと足を向けた。

一度、やってみたいことがあるのだ。

――騎獣舎の前にはやや広めのスペースが確保されているため、剣の鍛錬などをやるには都合がいい。

仮に、奇妙な叫び声が上がったとしても騎獣が騒いでいるぐらいに思ってくれるだろう。

「すぅぅぅ……っ」

深く、ゆっくりと息を吸い込む。

イメージしろ。身体の細胞を全て変換しろ。

皮膚は硬き竜鱗へ。爪は鋭く長く、歯は鋼鉄をも噛み砕く刃とならん。

「う……ルぁぁぁぁあああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

…………

……

やっぱり無理、か。

ヒューマンである俺にはこのスキルを扱うことはできないようだ。

わかってはいたものの、どうしてもやりたかったのだから仕方ない。

とはいえ、こんな現場を誰かに見られたら恥ずかしすぎる。

「夜中に人目のない場所を選んで正解だった……って、ルーク!?」

騎獣舎の壁の陰から、こちらをそっと見守るルークの姿。

「クゥゥゥ」

「やめて! そんな可哀相なものを見るような冷たい視線を向けないでくれっ」

身悶える俺の耳に、上空からの風切り音が響く。

これってもしや……クロ子?

しばらくすると、黒い羽に包まれた大型の鴉といえる魔物が俺の肩へと舞い降りた。

「クアァァ?」

「なに? お前もさっきの聞いてたのか? やめろよそういうの。それで、今回はまた随分と早く戻ってきたけど、どうかしたのか?」

「クア、ギャッギャ、クァァ」

「……それ、本当か?」

「クアッ」

「疑ってるわけじゃないよ。ただ……」

どうしよう、かな。

クロ子が持ち帰ってきた情報によれば、リムはグラニアという街を出発したらしい。

行き先は――トグル地方。

このタイミングで……そっちに行きますか。

「ギャッギャ、クアァァ」

「ん? まあ、ちょっと過保護な気はするけどな。でも――」

目を瞑れば、はっきりと思い出せる。また一緒に冒険をしようと約束した少女の姿。

「……心配できる相手がいるのって、わりと楽しいもんだよな」