軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12話【再会1】

――八月二週、元の日。

俺が王都ホルンを拠点に活動を始めてから一週間と少し。

ホルンに大きな闘技場があることは前から知っていた。遠目でも円形状をした建物は無視できない存在感を纏っており、男子たるもの『闘技場』という単語に心が震えないわけがないと勝手に信じている。

いつか機会があれば訪れようと考えていた場所ではあるのだが……まさかこのようなかたちで足を運ぶことになるとは思っていなかった。

「ふっふっふ。逃げずにやってきたことだけは評価してあげよう。しかしすぐに思い知ることになるだろう。真実の愛の前には――」

……さて、そろそろ口上を全て聞くのに疲れてきた俺は、どうやら相手の言葉を聞き流すというスキルを獲得したようである。

闘技場の前にて長々と喋るガリーブさんだったが、ふと疑問の表情を浮かべてキョロキョロと辺りを見回し始めた。

「はて? ステラさんの姿がありませんが……?」

この場にいるのは、俺とウランさん、そしてガリーブさんと……身体全体を隠すようにしてローブを目深に被っている大柄な男だけである。

こいつが相手側の用意した代理なのだろう。体格は俺よりも一回り……どころではなく、三回りほどでかい。

「ステラはあなたに会いたくないそうです。本当に、この勝負に意味があると思っているんですか?」

「はっは。ついに私に恐れをなしてステラさんを遠ざけようと考えたわけですか。果たしてそんなことをして意味があるのかと言葉を返させていただきたい」

大人な発言をするウランさんであるが、相手は全く動じる様子はない。

本当に、ある意味で揺るがない人だ。

ぶっちゃけ引く。

……ちなみにステラさんは冒険者ギルドで俺を指定して依頼を出してくれた。普段からお世話になっているため、報酬が発生する依頼という形式にしなくともよいと述べたのだが、あの人は譲らなかったのだ。

俺はすぐさまその依頼を受けてこの場に参じたのだが、ステラさんはガリーブさんと会いたくないそうで、後でウランさんと合流すると言っていた。

「この闘技場でそこにいる人と勝負すればいいんですか?」

自分が受けた依頼――一言で表すのなら『ボッコボコにする』という内容を遂行するために話を前に進めよう。

「ふむ……君は昨日も宿にいた少年だね」

ガリーブさんはこちらを舐め回すように観察してくる。

やだ怖い。視姦という言葉は男にも適用されるんだろうか。

「君が代理で戦うというのかい? さすがに野獣のような男の考えることは残酷至極。このような少年を決闘の場に引きずり出すとは」

「ガリーブ。お前も商人だというのならもう少し相手を観察しろ。確かに顔立ちは幼いかもしれんが、身に着けている装備品や騎獣は非力な少年が手にすることができるものではないだろう」

野太い声はローブを纏った男から発せられたものである。確かに俺が装備している剣や鎧は達人レベルの鍛冶師であるジグさんの作品であり、それなりの値段はした。

騎獣のルークにしても同様である。

「……でしょうとも。それでは、闘技場のほうで出場手続きをしてもらいましょうか」

あれ?

俺の中では、この人が闘技場を貸しきって決闘でもするのかと思っていたのだが……出場手続きとな?

「まったく……せっかく神聖なる決闘の場に闘技場を選んだというのに……」

どうやら、貸しきろうとして断られたらしい。これだけの規模の建物だ。たくさんの観客もいるわけだし、金の力だけでは無理があったのかもしれない。

確かに闘技場にエントリーして勝ち進んでいけば、いつかは目的の相手とぶつかることになるだろうけども……

「馬鹿馬鹿しい。そんなことをせずとも今この場で決着をつければ済むことだろうが。それよりもガリーブ。あの件についての新しい情報はまだなのか?」

「ああ、ベルガ殿。そう焦らないでいただきたい。もう少しだけ待っていただければ必ず手がかりが掴めることでしょう」

「どうだかな。このような遊びに付き合うのはこれで最後だと思え」

ふむ。このベルガって男は雇われただけの人間じゃないようだ。ガリーブさんへの態度からそれは明らかである。

にしても、随分と物騒な発言をする。わざわざ闘技場で闘うのはちょっと面倒くさいが、こんな街中で戦闘行為を行うのは無茶というものだ。

「こんな場所で争ったら、周りに被害が出ますよ?」

「ふ……まあいいだろう。我と対戦するまでに負けるようなことがあれば興ざめだがな」

男はこちらへと一歩踏み出そうとしていた足を止め、言いたいだけ言って闘技場の内部へと向かっていく。

その言葉をそっくりそのまま返したかったが、口に出してしまうと本当に街中で戦闘が勃発しそうな感じだったので胸の中にそっとしまっておいた。

――俺もしばし遅れて闘技場の受付にて手続きを済ませたが、やや緊張気味である。大勢の観客の前で闘うような行為は初めてだし、緊張するなというほうが無茶だろう。

でも、負けたくはない。

もし負ければウランさんは今後ステラさんに近づけなく……なったとしても、ステラさんが自分から近づいていきそうなので何も問題はない。

あれ?

これ負けてもいいんじゃね。

などという思考は切り捨てることとして、俺は大人しく選手の控え室を目指して廊下を進む。あのベルガという男はどれほどに強いのだろう?

スキル構成を探りたいところだが、ローブで顔まで隠れているのがいただけない。控え室では脱いでいただけないだろうか。

そんな思いとともに控え室に入ると、ムワリとした風が頬を撫でていく。

……室内では屈強そうな男達が暑苦しい空気を生産し続けていた。

女性の姿がないわけではないが、ほとんどが男である。

鎧やら兜の隙間から蒸れた空気が漏れていそうで、やめていただきたい。

しかし、殺伐とした空気が漂っているかといえばそうではなかった。

その最も大きな要因は、闘技場での試合が基本的に相手を殺してはいけないというルールの上で行われるものだからだろう。闘う者同士が詰めている空間ではあるが、殺し合いをするわけではないため、たとえるならスポーツの試合前のピリピリ感のようなものが満ちている感じだ。

……ふむ。

辺りを見回してみると控え室は結構な広さがあり、怪我人を治療する救護スペースも確保されている。

さすがに酒を出してはいないのだろうが、軽く食事できる環境も整っているようだ。相手を倒せばファイトマネーが入手できると受付で教えてもらったが、試合で観客に楽しんでもらって金を稼ぐならば健全な商売かもしれない。

俺は緊張をほぐすため、飲み物の入ったコップを傾けつつそんなふうに周囲を窺っていた。

――そんな折、ふと気になる場所を見つけた。

控え室から闘技場へと続く通路とは別に、奥まったところに通路と思われる暗がりがある。

何かあるっぽいが、見張りと思われる兵士が道を塞いでいるのだ。

「あそこって、奥に何かあるんですか?」

食事を提供してくれている闘技場スタッフに声を掛けてみると、別段隠すこともないと思ったのだろう。すぐに返事があった。

「ああ、あそこの奥には囚人を繋いである牢屋があるんだよ。参加者が足りない時なんかに人数合わせで出場させるためにね。そうそう危険なことは起こらないだろうけど、兵士が見張ってるのはそういう理由さ」

お、おう。なるほど。

あれかな。ここで闘うことで囚人の刑期が短くなったりするんだろうか。そういった目的でここにいるってことは、やはり戦闘ができる者達なのだろう。

戦闘系スキルを所持していたとして、立場が囚人であるからといって、問答無用にスキルを奪うつもりはないのだが、ちょっとだけ覗いてみたい気持ちは否めない。

見張りの兵士がいるところまで近づき、首を伸ばすようにして奥を窺おうとしていると、兵士が怪訝そうな顔でこちらへと声を掛けてくる。

「どうかされましたか? この奥には囚人用の牢屋があるだけですよ。もし囚人と話がしたいのなら止めはしませんが、牢屋越しに話しかけてください」

「あ、いえ、別にそこまでは……」

別に好んで囚人と話す趣味はない。ここは大人しく試合に集中するべきだろうと考え、踵を返そうとすると――

「はぁ……いつまでこんなところで見世物してるつもりなのさ~」

「黙りな。そもそもあんたが何でもするっていったから、こうなってるんでしょうが」

「ええ~、オイラがああ言わなかったら、今頃は――」

……なんだろう。どこかで聞いたことのあるような声だ。そしてこの割って入れないテンポの良いやり取りはなんだか覚えがある。

いや、しかし、まさかそんな。

「あの、ちょっとだけ、奥に行ってもいいですか?」

控えめに見張りの兵士に告げると、黙ったままどいてくれた。変な真似はしないでくれよという表情である。

――奥は暗がりの廊下が続いているが、壁際には鉄格子が嵌め込まれた小部屋がいくつも存在していた。ここに囚人が繋がれているのだろう。

さっき聞こえた声の主達は、ごく手前の牢屋に繋がれていたためすぐに見つけることができた。

「……げげっ! 見てない。オイラはな~んにも見てないっ」

「うわ、最悪。一番見たくない顔を見たときって、どんな反応すればいいんだろ」

……二人目の言葉にはちょっと傷つくものがあるが、やはりこの二人だったか。

なんでこんなところにいるんだろう。

確かに王都のほうへ連行されていったとは聞いていたけども。

「なあに? 本当に牢屋へ砂糖菓子の差し入れにでも来たっていうの? 悪いけどその顔を見せないでいてくれたほうが嬉しかったわ」

辛辣としか表現できない挨拶である。

心が折れそうになった。

戦闘であれば勝利できるだろうが、口喧嘩では絶対に勝てそうにない相手である。

「すみませんが、今は砂糖菓子の持ち合わせがありませんので」

そんな俺の返答に、女のほうは興味なさげに息を吐いた。

「冗談に決まってんでしょうが。バ~カ」

あ、ほんとに泣きそう。

牢屋で悪態をついている女と、こちらと目を合わせようとしない男。

俺は今、軽く驚いている。

メルベイルで起こった事件に関与していた犯人達と、このようなかたちで再会するとは思ってもみなかったからである。