軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【エピローグ】

――しばし時は流れ。

帝国東端にあるトグル地方の都――エリンダルにて。

執務室で書類の山に埋もれている男の姿があった。

「くわぁ! なんで今日に限って見ないといけない書類がこんなにあるんだよ。ラハル、ちょっと俺の姿になって代わってくれ」

「馬鹿言うなよ。そんな力はもうない」

「冗談だよ、冗談。それにしても……お前がこうして色々と手伝ってくれて、本当に助かってるよ。もし俺一人だけだったら、執事のリーガルが卒倒してただろうな」

あの騒動が一段落した後、当然ながらラハルに貸し与えられていた力もなくなった。

そのまま領主不在というわけにもいかないので、リクが渋々エリンダルへと帰ってきて、もう数ヶ月にもなる。

「あの双子から、キツく言われたからな」

ラハルはあの一件が落ち着いたら、前領主を処刑に追いやった罪を償おうと考えていた。

アリーシャが無事に解放されて思い残すことがなくなったため、煮るなり焼くなり好きにしてほしいと申し出たところ、レイとレンはこう言ったのだ。

「――償いの方法ぐらい、自分で考えろ」

と。

「まあ……それとは別に、一発ずつ思いきり殴られたけど」

「なるほど……あの二人がそんなことをね。だから、ラハルは俺が領主として一人前になるまで付き合ってくれてるわけだ?」

もちろん、それが罪滅ぼしの一環であることは否定しない。

しかしながら、ラハルにとってリクを支えることの意味は、それだけではない。

ラハルは書類仕事を手伝っていた手を止め、執務机で唸っている友の姿を見つめながら、軽く咳払いをして話しかけた。

「あー……その、なんだ」

「ん? なんだよ改まって」

「リクは昔、こう言ってたよな? ここを、亜人だからといって差別されない、誰もが自由に過ごせるような国にしてみたい――ってさ」

「ああ……言ったな」

「あの事件以来、少しずつだけど亜人への態度を軟化させる人が増えてきている」

竜形態となったシャニアが投じた一石――人民の思想など一朝一夕で変わるものではないが、信仰の対象とされている賢竜の末裔の言葉は、けっして軽いものではなかったようだ。

「だけど、状況はまだまだ厳しい。リクの理想を実現させるには、きっと今後も色々と大変なことにぶち当たるだろう」

「なんだよ、何が言いたいんだ?」

そう言われ、ラハルはどこか照れくさそうにしてつぶやく。

「あのとき……リクが俺に戻ってこいと手を伸ばしてくれたときは、本当に嬉しかったんだ」

帝都での様々なしがらみで疲れ切っていたラハルにとって、その親友の率直な申し出は、とても心温まるものだった。

リクはそれを聞き、ポリポリと頭を掻く。

「……ったく、俺たちはもうガキじゃないんだから、そんなの言わなくてもわかるだろうが」

そう言って、気恥ずかしそうに手を伸ばした。

「帝都に行って兵士に志願したり、終いには特務部隊なんかに籍をおいたりとフラフラしてたみたいだが――……戻ってこいよ、ラハル。そんでもって、俺が楽をできるようにしっかりと支えててくれ」

そこでリクは、にんまりと口の端を持ち上げる。

「今度は……ちゃんと掴めよな?」

「ああ、もちろんだ」

ラハルが躊躇うことなく手を伸ばそうとした瞬間――

「――ちょっと! いつまで執務室にこもってんのよ。今日は前もって予定を空けとくように言っといたでしょ! ……って、なんで微妙に二人とも顔が赤いのよ」

ノックもなしに執務室へ飛び込んできたのは、リクの妹であるレイだ。

「お、お前……ノックぐらいしろ。こっちは仕事中なんだよ」

「ふんだ、新米領主が偉そうなこと言わないでよね。さっさと準備しないと遅刻しちゃうじゃないの」

「……ねえねえ、レイ姉。どうせあそこに行くんなら、こっちの服に着替えたほうがいいんじゃない? いきなりそんな女の子っぽい服で訪ねていったら、驚かれるかもしれないよ」

「はぁ!? それどういう意味よ! こら、レンっ! ちょっと待ちなさい!」

バタバタと勢いよく駆けていく双子を見つめながら、リクは柔らかな表情で微笑んだ。

また、こんな穏やかな日常に戻れる日が来るとは思っていなかった。

彼らには、本当に感謝の言葉しかない。

「さて……そういった意味でも、今日は絶対遅刻するわけにはいかないな。さっさとこの仕事を終わらせてしまうとしようか」

どかりと椅子に座り直したリクは、ふと執務室の壁にかかっている絵に視線をやった。

そこには、リク、ラハル、アリーシャの三人が仲良く笑っている姿が描かれている。

「そういえば……この絵はラハルがここに飾ったんだよな?」

「え、ああ。そうだよ」

リクはそう言って、執務机の中からごそごそと何かを探し始め、布で包まれた一枚の絵を取り出した。

「新しい絵が今日届いたんだ。その横にでも並べて飾っておこうと思ってさ」

「いいね、手伝うよ」

「――……ふーむ。こうして並べてみると、歳を食ったのが俺とラハルだけみたいで、ちょっと複雑だな」

その新しい絵には、昔と変わらず仲が良さそうに笑うリクやラハル、そして若いままのアリーシャが描かれている。

古い絵と大きく異なるのは、真ん中にいるアリーシャの傍に一人の少女が描き足されていることだ。

「いいじゃないか。こうして並べると、時代の変化ってやつを感じられるだろ?」

「それはたしかに……そうかもしれないな」

アリーシャの娘――ミハサは、とても明るくほがらかな笑みを浮かべていた。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆

「――いよっしゃぁぁぁぁっ! 完成だぁ!」

俺は嬉しさのあまり、そう叫んだ。

「これだけ広ければ、きっとたくさんの人が住めるよね」

「だな」

俺やリムが何をそんなに喜んでいるかというと、手間暇をかけて作っていたものがようやく完成したのである。

それは何か?

ずばり、多くの人が暮らせるような村そのものだ。

……順を追って話そう。

――あの騒動の後、大臣のギルバランは失脚した。

竜形態のシャニアに、罪を認めて裁きを受けなければ消滅させるとまで言われてしまえば、もはや従うしかない。

信仰の対象である賢竜の末裔の言葉は、その凄まじいまでの力と合わさり、多くの者には神託のように思えたことだろう。

厄介だった大臣がいなくなり、ずっと会いたかった母親が無事に戻ってきたことで、皇帝ミハサは権力の大部分を取り戻した。

貴族の中にも色々と派閥があり、さすがに全ての勢力を掌握したわけではないようだが、枷が外れた彼女は、十全にその力を発揮しているのだろう。

村や街を回っていれば、傾いていた国が少しずつ持ち直してきているのが肌で感じられる。

……以前より少しややこしいことになっているのは、亜人の問題だ。

神託ともいえるシャニアの言葉を聞いた大勢の兵士たちの伝聞によって、何を信じたらいいのかわからない状態になっている人が増えたように思う。

正直、これについてはまだまだ時間がかかるだろう。

アリーシャさんを救出した功績を認められ、皇宮にある謁見の間でミハサから直々にお礼を言われる機会があったので、そのことも頼んでみた。

前から考えていた、帝国を亜人も住みやすい国にしてほしいというお願いである。

もちろん、これはすぐにどうにかできる問題ではないし、頑張ってみると彼女が言ってくれただけでも御の字といえよう。

とはいえ、厄介事を丸投げしたまま任せっきりというのは、なんとも格好悪い。

こういった問題は、誰かに任せて解決するのを待つだけでは、きっと駄目だ。

皆の意識を変えていくには、何事も積み重ねが大事。

俺たちにも何かできないかと考えたところ――この村作りに行き着いたわけである。

リクさんやラハルさんが言っていたような、ヒューマンや亜人といった区別なく――誰もが自由に住める場所を作る。

それを、実行に移した。

拠点からそう遠くないこの辺りは、未開拓地域だけあって、どこもかしこも森ばかりだった。

偉い人から許可を得て、森を伐採し、地面をならし、街道を整える。

さすがに、人が住めるような家を建てるには大工を雇う必要があったし、魔物避けの外壁も必要になってくる。

完成するまでには、かなりの時間とお金がかかった。

幸いなことに、冒険者ギルドの依頼で得られる収入も高額になってきていたし、頻繁に依頼を受けたおかげで、なにげに先日ランクAからランクSに昇格してしまったのは内緒である。

――とにかく、そういった経緯で俺たちはこの村を作ったわけだ。

「うっわぁ! 本当にできてる! この規模ってもう……村じゃなくて街じゃないの?」

「これはさすがに……すごいわね」

本日完成予定であることは、皆に報せておいたのだが……お祝いに駆けつけてくれたらしい。

レンやレイは、現在エリンダルで暮らしている。

ちょっと寂しいが、リクさんが正式にエリンダルの領主となり、妹や弟と一緒に暮らしたいと願ったのはとても自然なことだ。

二人もそれを望んだわけだから、俺は温かく見送ったのである。

最近は忙しかったので、こうして久しぶりに二人に会えて嬉しい。

はは……なんだか、ちょっと涙腺が緩みそうなぐらいだ。

「リク兄やラハルさんも、もうすぐ来るはずだよ。あの二人も、今日皆に会えるのを楽しみにしてたからさ。ほら見てよ、お祝い用に倉庫にあった酒をありったけ持ってけって渡されてさ、もう重いのなんのって。あの人たち、今日は間違いなく浴びるほど飲む気だよ」

二人が乗ってきた騎獣の脇には、酒瓶が入った木箱がいくつも縄で結んであった。

レンはその木箱を持ってみせ、重たそうにしながら荷降ろしをしている。

「……レイも、久しぶりだな」

「そうね……あんたには、ちゃんと言っておきたかったことがあるんだけど。聞いてくれる?」

「お、おう。なんだよ、そんな改まって」

「あんたに会えて、よかった」

「え……と」

「最初は敵だったし、本当にムカつくこともあったけど、今こうして昔みたいに穏やかに暮らせるようになったのは、全部あんたの……セイジに出会えたおかげだと思う。ワタシは素直な性格じゃないから、上手く言えないけど――」

レイが、そっと手を差し出した。

「――ありがとうね、セイジ」

「……俺も、レイに出会えて本当に良かったと思ってる。いつも俺が無茶しそうになるのを止めてくれて、ありがとうな」

握った手が、ぎゅっと強く握り返された。

「……よし! 今日はワタシも徹底的に飲むっ。レン! 皆が揃ったらいつでも祝宴を開けるように準備するわよっ」

「あいあいさ!」

――そうしているうちに、祝宴の場にどんどん人が増えてきた。

行商に出ていたドーレさんにセシルさん、アーノルドさんにミレイさん夫妻、ドルフォイにテッド、アルバさん……も顔を隠すようにして、こっそりと来てくれたようだ。

シャニアやベルガも遠くからわざわざ来てくれたようで、ティアモも視察という名目で顔を見せる。

リクさんやラハルさんが到着したときはさすがに驚いた。なんと、アリーシャさんも一緒に連れてきたのである。

皇太后を連れ出すってあなたたち……大丈夫ですか?

ちょっと心配だが、命の恩人を祝うのに理由はいらないとか、本人が口にしているので大丈夫だろう。

ミハサも来たがったそうだが、さすがに皇帝を連れ出すのは無理がある。

アリーシャさんが土産話を持ち帰るということで、渋々了承したそうな。

――こうして様々な人物が揃ったところで、祝宴が開始された。

ちなみに、皆と騒ぎまくった内容を全て語るとカオスなことになるので、特に印象に残ったことをいくつか言っておきたい。

「――あのとき、ラハルだけじゃなくて、リクまで励ましに来てくれたでしょ? あんまり心配させたくないと思ってたんだけど……うん、二人の良き親友を持って、わたしは幸せ者だわ。正直、めげそうになってた時期もあったから」

「……ん? なんのこ――」

「リクっ! こっちに旨い酒があるぞ!」

「ちょっ、なんだよっ、いきなり引っ張るなって……」

アリーシャさんとリクさんが話していると、ラハルさんが話に割り込み、なにやら男同士で密談しているようなので、いけないとは思いつつ盗み聞きしてしまった。

「――はぁ!? 俺の姿になってあいつを励ました、だと?」

「その、ヘラから力を貸してもらったときにな」

「あ、ああ……それはわかるんだが、え、いや、励ましただけ……なのか?」

「……なにがだ? 他にできそうなことはなかったけど……?」

「その……俺は、てっきり――お前があれだけ必死になってた理由は……いや、何でもない。忘れてくれ。そういうことなら、アリーシャとは上手く話を合わせておくことにする」

……マジか。

俺もてっきり、アレがアレで、そういうことだから、ラハルさんは色々と頑張っていたのだと想像してしまっていた。

なんか、ごめんなさい。

「まったく……やっぱりお前は、変なところで不器用なんだな。今もあのヘラとかいう女に顔を見せに行ってるみたいだし」

ちなみに、ヘラも大臣と同じく捕まって投獄されているのだが、どうやら大罪スキルに魅入られてからの記憶がなくなってしまっているらしい。

俺が嫉妬の大罪スキルを無理やり奪い取った副作用なのか何なのか。だとすれば、もしかすると彼女は更生できるかもしれない。

おそらく、最初はあのような人間ではなかったのだから。

……それを知っているからこそ、ラハルさんは彼女へ会いに行っているのだろう。

色々と問題は多いだろうけども。

っていうか、そう考えるとラハルさんって基本的にものすごく良い人なんじゃなかろうか。

「……――ん? レン、なにしてるんだ? あんまり騒いでないみたいだけど」

宴会の場などでは真っ先に酒を飲んで騒ぐであろう人物が、今は大人しく端っこの席に座り、なにやら手を動かしている。

「それ……なにか描いてるのか?」

「うん。皆がこうして集まる機会って、なかなかないでしょ? せっかくだから、絵にしておこうかなって」

その絵を覗いてみると、お世辞を抜きにしてかなり上手い。

レンってば、家具とかも手作りしてたし……こういうの本当に器用だよな。

だけど、俺だって少しは絵心があるのだ。

俺は羽根ペンを手に取り、白紙の紙にサラサラと人の顔を描いていく。

「ん……セーちゃんが描いてる人って……誰さ? オイラが会ったことない人もいるよね?」

「今ここにはいないけど、俺がこの世界でお世話になった人たちだよ。どうせなら、レンの絵にこの人たちも加えてくれると嬉しい」

「わかった、任せといてよ。セーちゃんの絵を参考にして、たくさんの人が集まっての大団円って感じの絵にしてみせるから」

「ありがとな……レン」

「うん、完成したらセーちゃんにあげるね」

「――やっほ~、元気してる?」

「シャニアか。楽しんでるみたいで何よりだ」

「ねえ、明日には君とリムが旅立つっていう話だけど、あれってホントなの?」

……まあ、本当だ。

この村が完成したら、スーヴェン帝国から別の国へも行ってみようと考えていた。

この祝宴は、完成祝いの他に、俺たちの送別会という意味合いも兼ねていたりする。

だからこそ、これだけ多くの人たちが顔を見せてくれたのかもしれない。

「なんでまた? ここもやっと居心地がよくなってきたんじゃないの?」

「ずっと同じ場所で暮らすには、まだ早いさ。世界は広いわけだし、もっともっと色んな場所に行ってみないとな」

「へえ~、それなら、またどっかで大罪スキルを宿してる相手と出会うかもしれないよ?」

そうなったら、そうなったときだ。

もし危険な相手だった場合は、大罪スキルを奪うことで解放してやればいい。

「ほうほう、なるほど~。でもそれだと、君はまた暴走の危険に身を晒すことになるんじゃないのかな?」

「そうなったときは、またリムが正気に戻してくれるさ。逆の場合は……まあ、なんとか俺がリムの目を覚まさせてみせる」

「ふ~ん。それってさ、これからずっとずっと、君はいつもリムと一緒にいるってことになるんじゃないの?」

にやにやと笑いながら、こちらを見やるシャニア。

なによ、挑発してんの? やめてよ、もう恥ずかしい。

「変に煽るなよな。だいたい、俺にとってそれは望むところだよ」

その答えを聞き、シャニアはいやらしい笑顔を浮かべながら、身体をすいっと横にずらしやがった。

「――……だってさ、リム」

かっ……は。

こ、こいつっ!! なんていう危険なトラップを仕掛けやがる。

――シャニアのすぐ後ろには、リムが立っていた。

彼女は、顔を赤くして俯いてしまっているではないか。

「あ、いや……その」

「――――――……します」

え?

かすれるほどの小さな声で、リムはたしかにこう言った。

「――――よろしく……お願いします」

と。

あ――なんか頭が真っ白になってくみたい。

う……。

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!! レン! 酒をくれ! 一番強いやつを丸ごと一本!」

「ちょっ、セーちゃん!? それはアルコール度が九十%でとんでもなく強いやつ――」

大丈夫だ。俺は状態異常耐性のスキルを所持しているから、よほどのことでもない限り……あ、なにこれ、さすがにちょっと――視界がまわ……って。

バタン、と地面に倒れ込んでしまった。

「ぷはっ」

ふわふわとした、いい気分だ。

このまま天国まで昇っていけそうな気分だぜ。

空を見上げると、日も暮れてしまって良い感じに星空が見える。

はは……手を伸ばせば届きそうな気さえする。

浮かれているせいか、今は声を大にしてこう言いたい。

この世界――異世界イーリスに転生してきて、本当に良かったと。

たくさんの人と出会い、たくさんの人に助けられ、たくさんの人を助けては、また助けられてきた。

そういった、人との繋がりを……俺は大切にしていきたい。

これからも、そういった繋がりは増え続けていくだろう。

それは全部、俺のものだ。

誰にも渡さないし、壊させない。

そう思ったとき――トクンッと、小さな鼓動のようなものを感じた。

俺は、自分の身体の中に宿っているモノに語りかけるようにつぶやく。

「もちろん……お前との繋がりでさえ――……そう思ってるよ」

この世界をこれだけ楽しいと思えているのは、お前のおかげでもあるからな。

だから……そう、俺の身体からそう簡単に出ていけると思うなよ?

「あっはは……」

なにせ俺は――――――強欲だからな。