軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

6話【手の温もり】

「――それで、何を聞きたいのかな?」

シャニアを部屋に招くと、彼女はしばらくしてからお付きであるベルガと一緒にやってきて、そう言った。

ヘラが言い放った、不安を煽るかのような忠告。

そのことに触れる前に――

「あのさ、リム」

「なぁに?」

「帝都を出発してからここまで、ずっとルークの手綱を握ってたもんだから、ちょっと喉が乾いちゃってさ。悪いんだけど、お茶を淹れてくれないか?」

「うん、いいよ。帝都で買った香りの良い茶葉があるから、皆の分を用意するね。でも……」

「もちろん、シャニアに色々と聞くのはリムが戻ってからにするよ」

俺と同じく、大罪スキルの所持者であるリムだって話を聞きたいことだろう。

「わかった。すぐに戻ってくるから、待っててね」

こくりと頷き、彼女は足早に部屋を出ていった。

……さて、と。

リムが戻ってこないうちに、これだけは確かめておかないとな。

「およ? なんだか今すぐ聞きたいことがあるって顔してるね? フライングはよくないと思うけど」

「……まあ、ちょっと心配してることがあってさ」

俺がやや真剣な顔をしている様子を見て、シャニアは何かを察したようだ。

「ああ~……なるほど、そういうことか。君がちょっと強張った顔をしている理由がわかった気がするよ」

ドラゴンオーブは、ずっと昔に大罪スキルを封印するために作られたものだと聞いた。

大罪スキルは強大な力を所有者に与えるが、それが正しいことに使われるとは限らないのだ。

ヘラのような人物を見てしまうと、封印したほうがいいという考えもわからなくはない。

ただし、過去に紅竜帝ブレイズが大罪スキルを封印していった話はわりと怖いものだった。

基本的に、大罪スキルは所持者が死なないと身体から離れないそうなので、封印の際は相手が寿命で死ぬのを待つか、まあ……かなり乱暴な手段を取ることもあったそうな。

シャニア個人としては、大罪スキルが適性のある者に宿ったのなら、そこまで無理に封印することはないと考えているようだが……それが竜人の里の総意というわけではないらしい。

里の長老たちは封印すべきと推しており、しかしながら肝心のドラゴンオーブが壊れたままでは議論の余地がないため、修理が完了するまで結論は保留――とまあこんな状況だったはずだ。

そういった話を踏まえると、あながち俺の心配も的外れなことではないと思う。

「つまり……君はこう思ってるわけだね~。ドラゴンオーブが無事に直り、里の総意がよろしくない結論に至ったんじゃないか――もしかすると、わたしたちが大罪スキルを再封印する機会を窺っているのかもしれない、と」

にこりと笑顔を浮かべるシャニア。

彼女の隣に立っているベルガは、彫像のように動かず状況を見守っている。

長老たちと議論した上で、シャニアが意見を曲げた――

「そういった可能性は、ゼロじゃないからな」

天緑石によってドラゴンオーブが修復されたのなら、もういつでも動ける。

この遺跡に顔を出せば、俺とリム……二人の大罪スキル所持者がいるのだから、探す手間も省けるというものだ。

もし俺がそういった立場にいたら、やはりここを一番に訪れるだろう。

「ふっふっふ~。君のそういうところ、嫌いじゃないよ。だから、さっきリムが部屋から出ていくように仕向けたってわけか。危険に立ち向かうのは自分だけでいいって感じ? なかなか憎いことするじゃないの。このこの~」

正直、シャニアの力は未知数だ。

もし強引な手段を取られた場合、限りなく危険なのは言うまでもない。

「……それもあるけど、リムはシャニアのことを気に入っているからな。こんなふうに疑われているのを見たら、いい気分はしないだろうし。これが見当違いな心配なら、後できちんと謝らせてもらうよ」

「な~るほど。謝る必要はないかな。くっくっく……そこまでバレてしまっちゃあ仕方がないよね」

えっ……あれ、ちょっ、本当にそんな感じなの?

実は俺も心の準備がまだ……。

「よくぞわたしたちが来た目的を見破ったね。褒めてあげるよ。そう、なんとわたしが真のラスボスになってしまったというわけさ~。さあ、構えるといい。大いなる竜の灼熱の業火によって不浄な魂を浄化させてやろうじゃない――ふべしっ!」

ノリノリで喋っていたシャニアの頭部に控えめな手刀を振り下ろしたのは、黙って話を聞いていたベルガだった。

「シャニア様。お戯れはそのぐらいで。その件はまだ保留中でしょう」

「むぅ~、せっかく盛り上がってたところだったのに」

いや……真のラスボスとか言い始めたあたりで、妙な安心感を感じてしまったけどさ。

「――お待たせ。おいしい紅茶を淹れてきたよ。花の香りみたいなとっても良い匂いがするの……ってあれ? 皆、どうかしたの?」

シャニアが頬を膨らませながら頭をさすっているところへ、ちょうどリムが戻ってきた。

「うわぁ~♪ なにこれ? すんごく良い香りがするんだけど!」

華やかな紅茶の香りに機嫌を良くしたのか、シャニアはさっきまでの会話を忘れてしまったかのようにはしゃいでいる。

ふう……どうやら、俺の取り越し苦労だったようだな。

――さて、リムも来たことだし、話を本題に戻すとしますか。

俺は、帝都で大罪スキルの所持者であるヘラと遭遇した経緯を手短に説明した。

「う~ん。まずは自分の心配をしたほうが……ねえ」

強大な力を得たことの代償――あの女は、そんなことを言っていた。

「七つの大罪――その暴虐ともいえる力は、ときに宿主すら呑み込むだろう。枷の外れし暴獣を野に解き放つのは世界の理が歪む原因なり。故に我は大罪を封じることを望む。自身の罪の、せめてもの償いに代えて……」

「えっと、それって――」

「竜人の里に古くから伝わってる言葉の一節だよ~。この言葉を本当の意味で理解できるのは、大罪スキルを宿した者だけだろうと思うんだけど、里で暮らしている長老たちに封印派が多いのは、きっとこれのせいだろうね」

なんというか、『宿主すら呑み込む』という言葉は、ちょっと怖いものがある。

「もしかしたら、君には心当たりがあるんじゃないかな? ほら、あのディノとかいう魔族と戦ったとき、何か声のようなものが聞こえたとか、さ」

声……そういえば、誰かに語りかけられるような、奇妙な感覚を味わった気がする。

だが、あのときは無我夢中だったし、ただでさえ《狂化》スキルが変質した《 狂戦士化(ベルセルク) 》によって色々と無茶苦茶な状態になってしまったから、あまりよく覚えていないのだ。

「そっか……やっぱりね。実はわたしも同じような声を聞いたことがあるんだよ。ちょっと熱くなりすぎたときに、全てを壊せ~、皆殺しにしろ~、とか陰気そうな声を頭の中に響かせるもんだからさ、ついついうるさいぞ! って黙らせちゃった、てへ☆」

いやいやいやいや、可愛い感じで誤魔化そうとしてダメだから!

それかなり怖い出来事だからね!

「あ……はは。それじゃあ……まるで大罪スキル自身に意思があるみたいじゃないか」

……いや、待てよ。

現在リムが宿している《暴食》の、もともとの持ち主であったディノは、戦闘中にまるで人格が変わったかのような言動をみせていた。

「う~ん。あながち間違ってないかも。襲撃してきた魔族にしろ、そのヘラとかいう人間にしろ、言動がかなり不安定だったのは、もしかすると自分に宿った大罪スキルに心を呑まれていたのかもしれないよ」

ディノは、それまでの荒々しい印象から打って変わって、冷徹な雰囲気の男へと変貌したのだ。

あれが、《暴食》という大罪スキルそのものだとすれば……。

俺の中にも、同じような存在が潜んでいるということになる。

もしそんなのに心を呑まれたら、いったいどうなるんだ……?

「シャニアは、その……大丈夫なのか?」

「わたしの場合は、無理やり黙らせて、上手くコントロールしてる感じだよ~」

そんな彼女の言葉に、隣にいるベルガは軽く咳払いをしてみせる。

「シャニア様は、もう少し手加減を覚えたほうがよろしいかと……」

「ぶ~ぶ~」

……やっぱりこの人、なにげにかなり苦労してそうだよな。

ともあれ、このことをシャニアが黙っていた理由はなんとなくわかった。

大罪スキルの所持者にとって、ヘラの言ったように憂慮すべき事項があるとするなら、なぜシャニアはそれを話してくれなかったのだろうかと、少し疑問に思っていたのだ。

彼女のように、自分の意思を貫ける強い精神力の持ち主なら、呑み込まれることはないのかもしれない。

……しかし、全員がそうとは限らない。

心が弱い人間は、きっと呑み込まれる。

受け入れようと拒もうと、必ずそのときがやってくるのだとしたら……。

たとえるなら、将来自分が大病に罹ると告知されるようなものだ。

治る確率は不明で、けっして逃げることはできない。

それはちょっと……いや、かなり怖い。

知らなければ良かったと……思ったかもしれない。

「別に黙っていたわけじゃないけどね。聞かれたら答えただろうし、勧んで教えることじゃないだろうと思っただけでさ。実際、今はこうして疑問に応じてるわけだし」

どうしたものか……はは、情けないかもしれないが、かなりショックが大きいみたいだ。

ぐらり、と世界が揺れているような感覚に身体をあずけてしまいそうになったが、自分の手を包む温かな感触がそれに対抗する力を与えてくれた。

「……リム?」

気づけば、彼女は俺の手を優しく握ってくれていた。

「大丈夫だよ。セイジは、強いんだから」

「そっ……」

俺だけじゃない。リムにだって、今の話はかなり堪えたはずだ。

彼女だって、《暴食》という大罪を宿している。

だというのに――

「それでも危なそうだったら、あたしが殴ってでも正気に戻してあげる」

グッと拳を握りしめながら、彼女は屈託のない笑顔でそんなことを言ってくれた。

ああ……やはり、俺はまだ勘違いしていたようだ。

リムの力は、凶悪な魔物を討伐するときに目の当たりにしてわかっていたつもりだが、それでも心のどこかで彼女はまだまだ守るべき存在だと思っていた。

さきほどシャニアと話をするときも、万が一に備えて彼女を遠ざけようとしたように。

だが、違う。

それは、とんだ思い上がりだった。

俺の手をふわりと包む温もりが、直感的にそれを理解させてくれる。

もう、リムは守られるだけの存在ではなく、ともに支え合うことができる大切な相手なのだ、と。

あ……やべえ。なんかよくわかんないけど泣きそう。

ここで泣いたら最高に格好悪いぞ、俺。

なんとか耐えないと、ぐぬぅぅぅぅぅ!!

「その代わり……もしあたしが危なそうなときは、セイジに助けてほしいかな」

「……あ、ああ! わかった。任せてくれ。でも……殴るときはちょっと加減してくれな? 今のリムに思いきり殴られたら、正気に戻っても無事じゃ済まない気が……」

そんな心配の声に、リムはふたたび、グッと拳を握りしめるようなポーズを取る。

え、それって、了解の意味なんだよね?

だよね?

「ええ~~!! なにそれ、いいなあ~~……」

雰囲気をぶち壊すような声を上げたのは、駄々っ子のように足をバタバタとさせるシャニアであった。

「な、なんだよ。いきなり……」

「だぁって、わたしのときは誰も助けてくれるような人がいなかったんだもん。なのに二人はお互いに支え合うような雰囲気を出しちゃってさぁ。なにさ~、こうなったらわたしも君が正気を失くしたときにキツイ一発をお見舞いしてあげるからね!」

「謹んでご遠慮させていただきます、はい」

まったくもう。ベルガがいるでしょ、あなたには。

「んがっ~~~~~~」

苛立ちから、さらに足をバタつかせるシャニア。

「――ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだけどさ」

「んが……え? なに?」

その内容とは――大罪スキルの能力によって囚われた人物を助ける方法。

すなわち、アリーシャを助ける方法だ。

彼女が姿を消してしまった事件には、ヘラが関与している可能性が極めて高い。

俺の問いを受けて、シャニアは軽く溜息を吐いた。

「……君ねぇ。人にものを尋ねるときは、自分のカードをある程度見せてくれないと、答えようがないじゃないの。わたしはまだ君の能力についてだって教えてもらってないんだよ?」

そういえば、そうだった。

他者からスキルを奪い取る大罪の能力――《 盗賊の神技(ライオットグラスパー) 》について知っているのは、今のところリムだけなのだ。

俺やシャニアは、お互いの能力について詳細は知らない。

この際だ、彼女には知っておいてもらっても――

「おっとぉ、ストップストップ! ……とは言ったものの、なんとな~く君の能力については察しがついてるから、改めて教えてもらわなくてもいいよ」

なん……だと?

「ベルガと戦ったときのことは、彼本人から聞いてるからね。君の能力については、それで大体想像がつくよ~」

リシェイルの王都ホルンの闘技場でベルガと一戦交えたときは、彼から《古竜の外殻》というレアスキルを奪い取ることで竜化を無効にし、なんとか勝ちを拾ったのだ。

たしかにシャニアなら、そこから俺の能力を推測することは容易かもしれない。

「だとしても、聞いておいて損はないと思うんだけどな」

自発的に喋ろうとしていたのだから、わざわざ止めなくてもいい気はする。

「ちっちっち、君が自分の能力を説明しちゃったら、わたしも自分の能力について話さなくちゃフェアじゃない気がするもん」

メトロノームのように指を交互に振る仕草をしながら、彼女は椅子から立ち上がった。

「それにね。わたしにできるのはちょっとしたアドバイスぐらいだよ。大罪スキルの力は、互いに打ち消し合う……前にそう言ったよね?」

もちろん、覚えている。

「あれは――上手く言えないけど、七つの大罪がお互いに潰し合わないための、リミッターみたいなものだと思う」

リミッター……?

それは、どういう……。

「可能性があるとすればそれぐらいかな。でも、お勧めはしないよ。だから……これ以上は教えない」

「お、おい。ちょっと待――」

それだけ言い残すと、シャニアはすいっと部屋から出て行ってしまい、ベルガもそれに付き従うようにして部屋を後にした。

彼女からもっと話を聞きたかったが、最後の一言はかなり重みが感じられるものだった。

軽々しく、もっと情報をくれと追えるような雰囲気ではない。

――そんなとき、コンコンと部屋のドアをノックする音が響いた。

「ねえ、もう話とやらは終わったの?」

訪ねてきたのは、褐色の肩パン少女――レイだった。

「あ、ああ。まあな」

「そう。ワタシは明日にでもエリンダルへ出発しようと思ってるの。いちおう声ぐらいは掛けとこうと思ってさ」

……そういえば、レンがまだ帰って来ていないんだったな。

なんだかんだ、姉として心配なのだろう。

レンのやつめ。兄貴と積もる話もあるのだろうが、けっこうな長期滞在じゃないか。

俺の愛剣ノワールもあいつに貸し出したままだし……ここは。

「そうだ、レイ。よかったらエリンダルまで送っていこうか?」

「へえ? それは助かるけど、いくらあんただって帝都から帰ってきたばかりで疲れてるんじゃないの? 変に優しいと気持ち悪いわよ」

まあ……ね。

――ヘラという、新たな大罪スキル所持者との遭遇。

――自分が所持する大罪スキル、その強大な力の代償。

実際、色々と考え過ぎてちょっと疲れてしまった。

こういうときは、レンのやつと馬鹿話でもして気分転換するに限る。

「ふーん。そんなこと言って、本当は弟に貸した剣を早く返してほしいだけなんじゃないの?」

「ばっ、んなわけないだろ! そんなの半分ぐらいだよ!」

「…………は?」

「あっ……」

――――結論。

レイにまたもや肩パンされました。