軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話【不穏の広がり】

「――突然で悪いのだけれど、今すぐに帝都から出ていってくれないかしら?」

言葉とは裏腹に一欠片も申し訳なさそうな顔をせず、その女は単刀直入に要件だけを伝えてきた。

有無を言わせぬ雰囲気とは、こういうのを言うのだろう。

光が宿っていないかのような瞳は、悪い意味で引き込まれそうになる。

「え、いや……というか、あなた誰ですか?」

初対面の人にそんなことを言われても、素直に頷けるわけもない。

「くすくす……それもそうよね」

女は面白そうに笑ったが、こちらは警戒を一段高めた。

ここしばらく皇宮内の情報を探ろうと色々と動いていたわけだから、もしかするとそれを察知した大臣が部下に対処を命じたのかもしれない。

だとすれば、この人が刺客の可能性だってある。

念のため、所持スキルを確認しておくべき――

「なっ……」

俺は相手の顔をちらりと窺いながら、意識を集中してステータスを把握しようとしたのだが――視えない。

いつもならば鮮明に浮かび上がる情報が、妨害されるかのように出てこないのだ。

マジかよ……いや、たしかにこれだけ大きな国なのだから、一人ぐらい存在する可能性を考慮しておくべきだったか。

俺の《 盗賊の眼(ライオットアイズ) 》で情報を読み取れないということは、すなわち相手も七つの大罪スキルのうちの一つを所持しているということに他ならない。

にしても、前に襲ってきたディノといい、もしかするとそういった者同士は引かれ合うとかいう感じなのだろうか? 出会う確率高すぎだろ!

俺が知っているだけでも、自分の《強欲》、シャニアの《憤怒》、リムの《暴食》だ。

目の前の人物がそうだとすれば、七つの大罪の過半数が近くにいることになる。

おいおい……どんだけだよ。

ともあれ、ここは慎重に対応する必要があるだろう。

同じく大罪スキル持ちのリムが傍にいるとはいえ、二対一でも何が起こるかわからない。

「あら……あなたも気づいたの? わたしも少し驚いたわ。一人だけだと思っていたのに、まさかそっちの女の子までだなんて」

やはり……リムのこともバレてるか。

こちらがしたように、何かしらの方法で、対象が大罪スキル所持者であるということを確認したのだろう。

「なんで……俺たちが『そう』だとわかったんですか?」

素直に答えるとは思えないが、聞くだけ聞いておこう。

俺はシャニアから大罪スキルのことを色々と教えてもらい、大罪スキル同士の力が打ち消し合うことなどを学んだが、この人は自分でそれを理解しているということになる。

「あなたたち……その力が使えるようになってから、まだ日が浅いでしょう? わたしはもうずいぶん前に力を授かったの」

なんだか、わかるようなわからないような答えが返ってきた。

たしかに、俺がこの世界に転生してからまだ一年も経っていないけども。

「そうそう。わたしが誰か、というのが最初の質問だったわね。わたしの名前はヘラ。ああ、別にこちらが自己紹介をしたからといって、あなたが自分の名前を教える必要はないわよ? というか、教えてもらわなくても知ってるから。あなたがセイジ君で、そっちの女の子がリムちゃんでしょう? あはは……二人は仲が良さそうでいいわねぇ。ちょっと嫉妬しちゃいそう」

あ、やだ、なんかすごく怖い。

相手が大罪スキルを所持していて油断ならないとか、そういう類の怖さとはまた違う。

なんというか、ただ怖い。

リムにちらりと視線を送ってみると、彼女も相手がどういった人物かを判断しかねているようだった。

「でも、ちゃんと話をすればわかってくれそうな人たちで安心したわ。話し合いで解決するのならそれが一番だもの」

その意見には同意したいが、いきなり出て行けと言われるのは話し合いじゃないと思うの。

「悪いんですけど、まだ状況が呑み込めてません」

名前だけの自己紹介で、何をどう察しろというのか。

「……そうね。あなたって困っている人が目の前にいたら、放っておけないタイプ? それとも好奇心を抑えることができずに首を突っ込む人間かしら? どちらにせよ、その相手が村娘ぐらいなら微笑ましいものだけど、皇宮の内情にまで関わろうとするのは、やめておいたほうがいいと思うわ」

「皇宮って……なんのことです?」

俺は頑張って恍けてみたものの、ヘラはくすくすと笑いながら話を続ける。

「あなたたちは冒険者……つまり、お金をもらって様々な仕事を請け負うのよね? いちおう尋ねておくけど、一生遊んで暮らせるぐらいの金貨の山が目の前に積まれたとしたら、あなたはギルバラン様に仕える気があるのかしら?」

ギルバラン『様』ということは、やはりこのヘラという女性は大臣の手先ということになるのだろう。

トルフィンさんは俺たちを心配して帝都を出たほうがいいと忠告してくれたが、そのまま帝都に残って情報を集めていたことは大臣側にバレているということか。

しかし……なんでまた俺を雇うとかいう話になるんだ?

「あの人は、誰であろうと使える人間は使うの。役に立つ大事な駒として、それはもう大切に扱ってもらえるわ。あなたがどんな能力を宿しているのかは知らないけど、他者と比べて異質なまでの強さは魅力的に映るもの。強力な駒を手元に置いておきたいという気持ち……わからなくもないでしょう?」

まあ……わからなくはない。

ここ最近、冒険者ギルドで難易度の高いランクAの依賴をバシバシとこなしていたことが目に留まったということか。たしかに、本来ならもっと大勢の冒険者で挑むような討伐依賴をリムと二人で消化しまくったからな。

ちょっと待った。もしかすると……これはチャンスかもしれないぞ。

いや、大金を手にするチャンスとかそういうのではなく。

うん、まあ、一生遊んで暮らせるだけの金貨の山というものには心惹かれるものがあるが、人道的にここで金に飛びつくのはアウトだと思う。

じゃなくて、敵の懐に忍び込むことで光明を見出すことができるんじゃないだろうか。

ミハサの母親を救うための糸口が、見つかるかもしれない。

「その話、もう少し詳しく――」

「――でも、ダメ」

んん?

なにこれ、なぜか食い気味に否定されたんだけど。

「くすくす……ギルバラン様にとって、一番大事な駒はわたしでないといけないの」

おや、なんだか変な感じになってきましたよ。

「最も役に立つ駒は、それだけ大切にしてもらえるでしょう? だから、わたしはずっと一番でないと。あなたたちがわたしの場所を奪うかもしれないと考えただけで、あはっ、あはははははは、ふふふふふ、なんだかすごく怖くておかしくて、居ても立ってもいられなかったわ。もしそうなったらどうなるんだろ。あはは」

壊れたような笑みを浮かべるヘラを前にして、かける言葉を見失ってしまう。

彼女の狂気じみた雰囲気は、対応を一つ間違えるだけで爆発してしまいそうなほど不安定だからだ。

「だからね、最初にお願いしたように帝都からすぐ出ていってほしいの」

ああ……なるほど。そう繋がるわけですか。

このまま俺たちに帝都でちょろちょろと動き回られるのも厄介だし、かといって大臣に仕えることも許せない。

大人しく帝都を発つのなら、事は穏便に済むということだ。

「それを了承してくれるのなら、あなたたちに手は出さないわ。ギルバラン様も、去っていく者を追い続けるほど暇な方ではないから」

「……もし、嫌だと言ったら?」

一方的な要求を突きつけてくる相手に対して、おそらくは万人が聞き返す言葉だろう。

「そのときは面倒だけど――殺すわ」

ヘラは笑みを浮かべたまま、なんでもないことのように言葉を告げた。

――ドクンッ、と。

その瞬間――自分の心臓へ直に冷水を浴びせられたかのように錯覚に陥る。

殺気を感じたなどと格好いいことは言わないが、俺は無意識のうちに剣の柄に手を伸ばしていた。

……って、馬鹿か俺は。

こんな街中で戦ったりしたら、どれだけ大勢の人間を巻き込むことになると思ってる。

「……といっても、あななたちを殺すのは最後ね。まずは親交のある人間から殺していくことにしようかしら」

親交のある人間……?

帝都で言うならば、ダリオさんの両親にあたるフォート夫妻が真っ先に思い浮かぶ。

他にも、お世話になった宿の女将さん、冒険者ギルドで仕事を紹介してくれていた職員さんなどなど様々だ。

「な、なに言って……大臣の部下であるあなたが関係のない人を殺せば、いくらなんでも……」

権力を行使して揉み消すにしたって、限度があるだろう。

「あはぁ……面白いことを言うのね。でも、わたしはそういうのに慣れてるから、証拠を残すような真似はしないわ。それに……わたしの能力を使えば、そういった心配をする必要すらないの。なんなら、殺人犯はあなたということにしてあげましょうか?」

「は……?」

どういうことだ……? こいつは何を言っている。

大罪スキルによってどういった能力を得ているのかは知らないが、俺に直接干渉するような真似はできないはず……。

「くすくす……不可能だと思うのなら、わたしのお願いを無視してくれてもかまわないのよ?」

ヘラの言葉には、おそらく嘘はない。

脅迫――というのは、要求が受け入れられない場合、実際に狂気的な行動を起こすからこそ脅しとなり得る。

お願いとやらを無視すれば、彼女は間違いなく行動に移すだろう。

なんていうか、直感的にそれはわかる。

「……一つ教えてほしいんですけど、話を聞いている限り、あなたにとって大臣のギルバランは大切な人なんですよね?」

俺が言葉に詰まっていると、沈黙を破るように口を開いたのはリムだった。

「あら、素直そうなお嬢ちゃんの疑問にはきちんと答えてあげたいものだけど。そうねぇ……大切といえば大切かしら。あはっ、でも……幸せな人生を送ってほしいと思っているわけではないかもしれないわ。くすくす……あなたのような子には、わたしの気持ちはわからないでしょうけど」

「ええ、よくわかりません」

薄ら笑いを浮かべるヘラに対して、毅然とした態度で発言するリム。

「ずっと前に力を授かったと言ったけど、それなら大臣と一緒にたくさん悪いことをしてきたんでしょう?」

「悪いこと……ねえ」

「あたしたちは冒険者です。帝都で活動していれば、色々と情報は入ります。皇帝ミハサ様の母親が行方不明になったのだって知ってます。きっと、あなたもそれに関与してるんでしょう」

大罪スキルの所持者――そんな最高の駒が手元にある状態で、大臣がそれを使わない理由はないだろう。

「ふぅん……もしそうだったとして、結局あなたは何が言いたいの?」

「ミハサ様にとって、母親はとても大切で……傍にいてほしい人だと思うんです。あたしも、お母さんが亡くなったものと思っていた頃、ずっと塞ぎ込んでいたから……その寂しさを少しはわかってあげられる」

リムと初めて出会ったとき、彼女は魔族に村を壊滅させられたショックでずいぶんと落ち込んでいたものだ。

「……それで?」

「あなたにも、そうやって大切に想える人がいるんでしょう? それなら……どうして他の人から大切な人を簡単に奪うような真似ができるんですか?」

本当に……リムは強くなったよな。

いや、物理的な意味ではなく、心がほっこりと温まる意味で。

自分が嫌がるようなことは、他人にもしない。

青臭いなどと言われるかもしれないが、彼女の口にした言葉は、間違いなく一つの答えだと俺は思う。

「ふふ……なかなか面白いことを真正面から言うのね。でも……大切な人というのは、自分にとってどれだけ価値があるかということが重要じゃないかしら。試しにそこのセイジ君に聞いてみたらいいんじゃない? もしリムちゃんと、そこらを歩いている一般市民、どちらかしか助けられないとしたら――どちらを選ぶかってね」

同意するつもりはないが、ヘラの言い分も理解はできる。

俺だって人間だ。

この世界で長く付き合ってきたリムと、顔も知らない相手、どちらか選べと言われたら――

「……セイジなら、きっと両方とも助けるよ」

もちろん両方とも助けるに決まってんだろうがぁぁ!

いや、リムに言われるまでもなく、最初からそのつもりでしたからね、マジで。

「くすくす……それはきっと、あなたたちが並外れた力を持っているから言えることよね。でもまあ、そういう暑苦しい考え方も嫌いじゃないわよ? わたしには無理だけど」

ヘラは歪んだ笑みを絶やさず、そんなことを言ってから話をもとに戻した。

「……話はここで終わり。今日か明日には帝都を出て行ってね。ああ、それと……これはお願いじゃなくてわたしからの忠告だけど……あなたたちは人の心配をするより、まずは自分の心配をすべきだと思うわよ」

なん……だと?

「常識を超えた――ふふ、非常識なまでの力を授かった代償とでもいうのかしら。儚く壊れてしまわないことを祈るわ……わたしのようにね」

そんな不吉なことを言い残して去ろうとしていたヘラだが、最後に何か忘れ物をしたかのようにこちらを振り向いた。

「……そうだ。正面から意見をぶつけてくれたリムちゃんに応えて、わたしもちょっとだけヒントをあげるわ。もっとも、きっぱりと手を引いてもらうための意味を込めてだけど」

そう言うと、ヘラは懐から一粒のガラス玉のようなものを取り出した。

彼女は躊躇うことなく、それを地面に叩きつけて足で踏み砕く。

その行為にどういった意味があるのか、すぐにはわからなかった。

「――助けようとしても、絶対に無理だから」

ヘラは満足したような笑みを浮かべ、今度は振り返らずに姿を消す。

「なんだよ、あの人……」

わけもわからず、俺たちはとにかくその場を一旦後にしたのだが、しばらくすると後方から人の叫び声が聞こえた。

「せ、セイジ……?」

「あ、ああ。行ってみよう」

何が起こったのかと、野次馬をかきわけて教会前に戻ってきた俺たちは、その凄惨な光景に愕然とした。

そこにあったのは――強い圧力を受けてひしゃげたかのような、潰れた……死体だった。

まさか……と思い、心臓がギュッと縮み上がりそうになったが、その体つきは男のもの。

女性ではない。

覗き込むようにすると、かろうじて顔の判別がつくぐらいには原形を留めていた。

見覚えがある、その人は――

「と、トル、フィン……さん?」