軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18話【想い出の酒場】

「さあさあ、安いよ! 大地からたっぷり栄養をいただいた果物ばっかりだ! 口に入れればあまりの甘さに舌がびっくりするぜ!」

「おっちゃん、そこにあるの一つもらえる?」

「はいよ、毎度あり!」

スーヴェン帝国の東にある、トグル地方。

トグル地方を治める領主が居を構えるエリンダルでは、今日も市場に活気が満ちていた。

大通りを歩きながら、買ったばかりの新鮮な果物をかじっているのは、レンだ。

兄であるリクに会いに来たのはいいが、肝心の本人が皇帝の婚約の儀に出席するとかで留守にしていた。

待っていればそのうち戻ってくるだろうと考えたレンは、ここ数日エリンダルに滞在しているというわけである。

「やっぱり、誰もオイラのこと知らないよね」

レンがエリンダルの領主館で暮らしていたのは、ずっと昔のことであり、まだ幼少期といえる頃の話だ。さらにいえば、子供の頃は館から外出することもほとんどなかったため、街中で彼の顔を知っている者がいないのも当然といえた。

もっとも、そのおかげで今こうして市場などを気軽に歩き回れるのだが。

「オイラが館から外出したのって、リク兄がこっそり連れ出してくれたときぐらいだもんなあ。そうだ……あのとき連れていってもらった酒場にも寄ってみようかな」

前にセイジたちとエリンダルを訪れたときも懐かしく思ったが、実際に店へ入るまではしなかったのだ。

幸いなことに、セイジが渡してくれた滞在費にはまだまだ余裕がある。酒場で少し使ったとしても問題はないだろう。

故郷だというのに、まだ慣れない街の風景を眺めながら、レンは想い出の酒場の前にやってきた。時刻は日暮れ前だったが、もう営業しているらしい。

扉を開けて、レンは店内を見回した。

時間帯のせいか客は見当たらないが、たしかに自分が連れてきてもらった場所だ。

「ああ、いらっしゃ……あっ!?」

酒場の店主が挨拶の途中、客を出迎える笑顔を驚きのものへと変化させた。

レンはきょとんとして、店主が言葉を続けるのを待つ。

「い、いや……よくみれば別人……それに、若い……。す、すみません。突然変なことを」

ぺこりと頭を下げた店主は、すぐに愛想たっぷりの笑顔に戻った。

「お客さんを別の人と間違えてしまって……ご注文は何にいたしますか?」

壮年の店主は、レンのことを誰かと間違えたようだ。

適当に料理と酒を注文したレンは、出来上がったものを運んできた店主に興味深げに訊いてみる。

「あの、さっきはオイラを誰と間違えたのさ?」

質問してみたものの、レンにはだいたい想像がついていた。

兄弟なのだから、多少は顔も似ているだろう。

しかも、彼の兄はこの酒場に身分を隠してよく通っていたはずだ。

「いえね、お客さんが今の領主様の若い頃に少し似ていたもので」

他に客もいないため、店主はレンの質問に色々と答えてくれた。

現領主であるリクは、やはりこの酒場によく顔を出していたようだ。その頃はリクのことを領主の息子だとは思ってもなかったので、気さくに接していたらしい。

だが、リクが領主として後を継ぐことになり、民衆の前に顔を出したときは、心臓が止まるほどに驚いたとのことだ。

なにしろ、酒場で馬鹿騒ぎをしていた相手が、領主として挨拶をしていたのだから。

レンの顔を見て驚いたのは、リクが突然やってきたのかと勘違いしたからだろう。

「ふぅん、じゃあ領主様になってからはここに来てないんだね」

「ええ。そうなりますかね。さすがに今来られても、こっちもどう対応していいかわかりませんから」

昔を懐かしむように笑いながら、店主は空いたグラスに酒を注いでくれた。

「お客さんも、実は偉い人だったってオチはないでしょうね」

顔が似ているせいか、そんなことを尋ねられた。

その問いに、レンは「まさか」と笑顔で首を振る。

領主の息子だったのは過去のことであり、今の彼にはそのような堅苦しい肩書きはない。

現領主の弟であるとしても、特務部隊で手を汚すようなことを数え切れないほどやってきたわけで、いまさら昔のような暮らしができるとは、彼も思っていないのだ。

そこまで話して、レンはふと領主館の執務室に飾ってあった絵のことを思い出した。

執事のリーガルによれば、あれはリクが友達と一緒にいるところを描いたものであるとのことだった。

たしか……ラハルとアリーシャという名前だったか。

「酒場で騒いでいた頃の領主様には、きっと仲の良い友達とかもいたんだろうね」

「はは。まあ、酒場では女性を口説いてばっかりでしたけどね。昔うちで働いていたラハルとは馬が合ったようで、よく一緒に遊んでたみたいです」

「へえ、そうなんだ。その……ラハルって人はもういないの?」

「ええ。ある日、いきなり帝都に行くってんで店を辞めてしまって、それっきりです」

店主は、小さく溜息を吐きながら「今はどこで何をしているのやら……」とつぶやいた。

「そうそう。もう一人、アリーシャっていう可愛らしいお嬢さんもいましたね。三人でいるときが、一番楽しそうに見えましたよ」

「そっか……そのアリーシャさんは、リ……領主様に口説かれてなかったの? 可愛い人だったんでしょ?」

女性を口説くのが趣味のようなリクが、可愛い女性を前にして黙っているはずがない。

「それがちょっと不思議なんですよ。今の領主様を悪く言うつもりはありませんが、女性を手当たり次第に口説いていたっていうのに、そのお嬢さんとだけは普通に接していたというかなんというか……まあ、だからこそ三人で仲良くやれていた気もしますが」

たしかに、下手なことをすれば、三人の微妙なバランス関係が崩れてしまいそうではある。

「ただ、そのお嬢さんはある日帝都に行くっていうんで、ここに来なくなっちゃいましてね。そういえば、ラハルがここを辞めたのもその後だったかな……いやぁ、お客さんの顔を見てたらなんだか懐かしくなっちゃって、つい喋りすぎちゃいましたよ」

なるほど……と、レンは思う。

あの絵に描かれていたのは、三人が一緒にいて楽しかった頃のものか。

それが部屋に飾ってあるということは、今も兄にとって二人は大切な友達なのだろう。

女性関係にだらしなかった兄だが、そういった一途な面もあったのだ。

このことを姉のレイが知れば、どういった反応をするのかと想像し、レンはくすりと笑みを漏らした。

「マスター、おはようございまーす」

そのとき、酒場に女性の声が響いた。

「ああ、まだお客さんも少ないから、準備はゆっくりでいいよ」

どうやら、彼女はこの酒場に勤めている女性らしい。

もう夕方なのに朝の挨拶というのも変なものだが、深夜まで営業している酒場では、働き始める時間帯が朝なのかもしれない。

「はーい。お客さん、ゆっくりしていってくださいね」

客であるレンにお決まりの言葉とともに軽く頭を下げ、奥に引っ込もうとする女性。

――だが。

「……ん? ……んん!?」

ずかずかと距離を詰め、女性はじっとレンの顔を見つめてくる。

「リッくん!? え、でもなんか違う……ってか若いし! あなた誰!?」

その反応にレンはにこりと愛想笑いを浮かべ、店主は声を出して笑った。

どうやら、この女性もレンのことをリクと見間違えたようだ。

「――いやぁ、ごめんね。わたしったらついつい勘違いしちゃって」

着替えてきた女性はカウンター越しにレンの前に立ち、「一杯奢るね」と言ってトクトクとお酒を注いでくれた。

「ふぅん……こうして落ち着いてみるとやっぱり別人だけど……ねえねえ、本当にリッくんとは何も関係ないの? 実はあの人の子供でしたってことはない?」

「おいおい、そのへんにしとくんだな。お客さんも困っているだろうが。そもそも領主様のことをそんなふうに気安く呼ぶのも感心しない。それに、領主様は結婚されてないんだぞ」

「えー、いまさらあの人のことを”領主様”だなんて呼べないですよ。あの人に隠し子がいたって言われても全然不思議じゃないですし、むしろそれが自然というかなんというか……」

この女性は、どうやら昔からこの酒場で働いているらしい。

今でも十分に綺麗であるが、若い頃はさぞかし可愛らしい看板娘だったことだろう。

そのような女性をリクが放っておくわけもなく、リッくんなどという愛称を口にしていることからも、二人はそこそこ親密な仲だったと窺える。

「あはは。出会って二秒で口説かれたのはわたしも初めてだったかな~。たいていのお客さんはお酒を飲んで気持ちよくなってから、そういう軽口を言ったりするもんなんだけど」

「お姉さんほどの美人なら、酔ってなくても声をかけたくなるよ」

レンは素直に思ったことを口にした。

お世辞を言ったつもりはなく、たしかに目の前にいる女性は美人だったからだ。

「あら、あらあらあら。わたしったら急に眩暈が……マスター、体調が優れないので今日はお休みしてもいいですか? あ、わたしの友達がやってるお店があるんだけど、よかったら今からそっちで一緒に飲まない?」

「お休みしてよくないよ。というか、せめて後半は小声にするぐらいの配慮をすべきだろう」

店主は呆れたような顔をして、追加注文した料理を運んでくる。

「いやぁ、ちょっと胸がドキドキしちゃったもので」

「おいおい、うちの酒場の看板娘が何を言ってるんだ。もうお客さんからのお世辞を真に受ける歳でもないだろうに。だいたい、少し顔が似てるからって、いつまでも昔の男に――――ふみぎゅうっっっ!!」

言葉の途中で、店主は蛙を轢き潰したような声を上げて押し黙った。

カウンター越しのため、レンからは向こう側にいる二人の足元は見えないのだが、何が起こったのかは容易に想像できる。

「と、ところで……酒場に通ってた男が次期領主様だったっていうのは、やっぱり驚きだよね」

「そう、そうなのよ! リッくんがいきなり領主様になったなんて言われても、最初は信じられなくてさ。とはいっても、領主として挨拶してる姿なんて見ちゃったら、もう信じるしかないじゃない? 当時は玉の輿に乗ろうなんて女もたくさんいたから、リッくんに口説かれたことのある人たちが領主館に押し寄せるなんて事件もあったのよ。まあ、もちろんわたしはそんな恥ずかしい真似はしなかったけどね。あくまで聞いた話なんだけど」

それは……なかなか大変そうだ。

そういった面倒事を押しつけられるのは、おそらく執事のリーガルあたりだろう。

レンには当時の状況を想像することしかできないが、リーガルは自身が仕える主を一発ぐらい殴ってもいいのではないだろうか。

「それでね、何人かの女の子は実際にリッくんに会うことができたみたいなの。結婚するのは無理だったらしいけど、示談金ぐらいはもらったんじゃないかな」

「……おつかれ、リーガル」

「え、何か言った?」

「ううん、なにも」

「でも……なにかちょっと変だったのよね」

「なにが?」

「領主なんて重責を担うわけだから、緊張もしてるだろうし、今までとまったく同じような態度を取るわけにもいかないんだろうけど、なんだかちょっと違和感を感じたっていうか、微妙に噛み合わないっていうか……」

「ふぅん……」

レンは運ばれてきた料理を口にしながら、グラスに注がれた酒を唇を湿らせる程度にちびりと喉に流し込んだ。

「え? あれ? 今のって、聞いた話………だよね?」

「もちろんそうだけど、なにか?」

お姉さんの返答は、とても早かった。

◇◇◇◆◆◆◇◇◇

――一方、スーヴェン帝都にある皇宮、大臣の執務室にて。

「ふん……これで皇帝も自分の立場というものを再認識できただろう」

皇帝との会話を終え、満足げに部屋へと戻ってきた大臣は、どかりと椅子に腰をおろした。

あとは息子であるアンデルと、皇帝ミハサとの正式な婚礼を待つのみである。

それも、そう遠い未来ではないだろう。

「……ん?」

扉をノックする音が響き、ギルバランは入室するよう声をかける。

「入れ」

「――失礼します」

来訪者は、いつぞやのトルフィンという男だった。

この男は特務部隊の一員であり、大臣の命令でデュラン側にスパイとして潜り込んでいたのだ。

他国への工作活動を主とする特務部隊は、本来ならば正規の軍隊と同じく動員に皇帝の承認が必要となるが、大臣は軍部にも顔が利く。

さすがに、邪魔となる者を次々に葬っていくわけにもいかないが、この男は自由に動かすことのできる駒の一つだった。

「なんの用だ?」

「以前報告した、冒険者たちについてです」

「冒険者? ……ああ、しばらく泳がせるように指示したのだったな」

「はい。ここしばらくの動きを見る限りでは、デュランとは無関係と思われます。皇帝から依頼を受けたのも、やはり偶然だったのかと」

「ふむ……ならばもう捨て置け。いつまでも只の冒険者に時間を費やすほど、お前も暇ではないのだからな」

「はい……しかし、あの者たちは”只の”冒険者ではありません」

報告を打ち切ろうとした大臣が、わずかに眉をひそませた。

「どういう意味だ?」

「前に報告させていただいた通り、ランクの高い冒険者であることに違いはありませんが、その……かなり常識から外れた強さを有しているようで」

年月を経て巨大化したエンペラーサーペントの討伐から始まり、オークキングが統率する巣を一日で壊滅させるなど、ランクAの冒険者が大勢組んでようやく達成できるだろう依頼を、軽々とこなしているのだ。

実際、壊滅させたというオークの巣があった場所にも赴いてみたが、そこには数十体ものオークやオークロードの死骸が転がっていた。

鋭い刃物で両断された個体や、ありえない力によって圧壊した個体など、まるで小規模な戦の痕のようだった。

並の一般兵士ならば、数百名を動員しなければ討伐は不可能だったろう。

もちろん、才能のある者が、長い年月を経て類まれなる力を手に入れたという話ならば、そこまで驚くには値しない。

問題は、彼らがまだ年若い冒険者であるということだ。

「まるでこの世界の理から逸脱した存在……とでも言いたげだな。まあ、お前は身近にそういった者の心当たりがあるのだから、少しは敏感にもなろうというものか」

大臣は視線を宙に向け、しばし黙考してから口を開く。

「面白いではないか。いずれ帝国が世界を支配するためには、もっともっと力が必要になる」

「――と、言いますと」

「わしも興味が湧いてきた。一度その者らに会ってみたい。金で依頼を請け負う冒険者であるというのなら、挨拶代わりに金貨の山を積んでみるのも面白かろう」

「……仰せのままに」

大臣の執務室から退出したトルフィンは、長い廊下を足早に歩く。

あの冒険者らには、自分が大臣の配下であると知られていないはずだ。

引き合わせるにしても、どうするべきか。

「いっそ、俺以外の誰かを……」

そこまで考えていた矢先――トルフィンに声をかける者があった。

「うふふ……聞いちゃったわぁ。あなたとギルバラン様との会話。なんだかとっても興味深いことを言ってたわね」

柱の陰からすぅっと姿を現したのは、髪の長い妖艶な女性だった。

ねっとりと這うような視線に、トルフィンはおもわず身体を硬直させる。

「へ、ヘラ様っ!? ……驚かさないでください」

「理から逸脱した存在って……それはつまり非常識ってことかしら? あなたの身近にいる非常識な人って、いったい誰のことかしらねぇ。まったく失礼なんだから」

目の前の女性――ヘラは、トルフィンが口を挟む余裕を与えずに喋り続ける。

「あなたがギルバラン様の駒として使われているのは知ってたけど、意外と重用されてるみたいじゃないの」

「いや、それはっ……」

「あははぁ、なによそれ――――ちょっと”嫉妬”しちゃうわ」