作品タイトル不明
7話【昔日②】
「シルバーフォックスの毛皮が五枚だな……全部で五〇〇〇ダラになるが、それでいいかい?」
「待ってよ。この一枚は群れのボスだったやつのものよ。他のより大きいんだから、ちょっとぐらいオマケしてくれてもいいんじゃないの?」
冒険者ギルドの素材買い取り受付にいる厳めしいオヤジに対し、正面から査定額に文句を言ったのは、子供の頃と比べて身体に女性らしい起伏が目立つようになってきた美しい女性――アリーシャだ。
「お、おい。アリーシャ……やめとけよ。恥ずかしいだろ」
「何言ってるのよ。ラハルが頑張ってくれたおかげで逃がさず倒すことができたのよ? 苦労した分を取り返さないと損しちゃうわよ」
「……それなら、この毛皮だけは一五〇〇ダラで買い取ろう。それでいいか?」
オヤジが提示した額に満足したのか、アリーシャは笑顔で頷いた。
銀色に光る綺麗な硬貨が重なる音を響き、アリーシャとラハルは二人でそれを分け合う。
「ちょっと待てよ。俺は二五〇〇でいい。買い取り額を増やしたのは、アリーシャの手柄だろ?」
「いいのよ。さっきも言ったでしょ。今回苦労したのはラハルなんだから、それはあなたが取っておくべきものよ」
グイグイと半ば強引に銀貨を握らせようとするアリーシャに、ラハルは顔を赤くして身体ごと引いた。
「わかったよ。受け取るから、ちょっと離れて」
「そうそう、最初から素直に受け取っておけばいいのよ。ってあれ? ……あそこにいるのって、リクじゃない?」
二人がいる場所から少し離れた位置にある、依頼受付カウンターにいる職員の女性と親しげに話しているのは、健康そうな褐色の肌に、金糸で刺繍が施された衣服を身に纏っている人物であった。
「――実は、こうして領主館から抜け出してきたのは君に会うためなんだ」
「あの、この場でそういうことを言われても困るんですけど」
「すまない。君の顔を見ることができた嬉しさで、そういった配慮の気持ちを忘れてた。一度だけでいいんだ。君が冒険者を労う時の最高の笑顔を俺にも向けてくれないだろうか?」
歯の浮くような文句を並べ立てているだけだが、顔だちの整った男性があどけない笑顔とともに発することで効果を発揮するらしい。
「えーと、その……仕事が終わった後になら、ちょっとお話しするぐらいはいいですけど」
「わかった! 必ず迎えにいくから」
無事に約束を取りつけたリクは、ほくほくとした笑顔を浮かべ、冒険者ギルドを出たところで声をかけられた。
「あっきれた~、リクってこないだ酒場にいた女の子を口説いてなかったっけ? あの子どうしたの?」
「うん。酒場にいた別の女の子を口説いてるところを見つかって、思いきりビンタされたらしい」
アリーシャの問いに、苦笑いで答えたのはラハルだ。
「うおぁ! アリーシャにラハルか。びっくりさせるなよな。ってラハル! 客のプライベートな事情を言いふらすな!」
「別にいいだろ。俺だって酒場のマスターから聞いた話だ。もうあの酒場に出入りしてる大半の人間は知ってるよ」
「なっ……んだと!? くそぅ、あのオヤジめ」
酒場で働いていたラハルだが、月日が流れた今でもまだ辞めずに続けている。しかも最近は、ギルドの依頼まで受けてお金を稼いでいるのだ。
「あっ! お前ら二人で依頼を受けてただろ!? そういうときは俺も呼べって言ったじゃんか」
「声をかけようと思ったけど、今日に限ってリクが姿を見せなかったんだから仕方ないでしょ」
アリーシャは、ふてくされた子供をなだめるように言う。
「妹と弟が生まれてからは、模範となるように今までより厳しく教育してやる! とか父上が言い出すもんだから、抜け出すのに一苦労なんだよ」
最近、リクに双子の妹と弟が生まれたそうだ。兄としての自覚を持つようにと言われることが多くなったらしいが、そう簡単に人が変わろうはずもない。
「一苦労して、真っ先に受付嬢を口説いたのか?」
「う……そ、それで、今日の成果はどうだったんだ?」
「シルバーフォックスを五匹倒して、毛皮が銀貨五枚と半ってとこだよ」
「おおおぉぉぉ! シルバーフォックスの毛皮って高級家具や衣服の装飾に使われるアレだろ? すごいな! スモゴブを倒して喜んでた頃と比べたら稼ぎも段違いだ」
「スモゴブ……って、ああスモールゴブリンね。そういえば二人と最初に出会ったとき、リクに思いきりビンタした覚えがあるな~」
アリーシャが数年前の出来事を思い出し、懐かしむような表情をみせる。
「そうだな。今までたくさんの女性から頬を叩かれたけど、アリーシャのが一番痛かったな。顔面が変形するかと思った」
「覗いたら怒るって言ったでしょ」
――あの後、スモールゴブリンを倒してから街に戻った三人はだんだんと仲良くなっていった。
ラハルは空いた時間を利用してナイフや短剣の訓練をし、アリーシャと一緒に冒険者ギルドの依頼を受けることが多くなった。リクも相変わらず護衛の目を盗んで二人と遊んでいたが、夜の酒場に顔を出すことが増えてきている。
さて、アリーシャがどのような人物か説明するとすれば、明るく、活発な美しい女性であるということだ。
彼女がエリンダルで冒険者をしている理由などは話してくれなかったが、弓の扱いは小さい頃から教育の一環で訓練していたらしく、どことなく高貴な振る舞いからも元貴族の令嬢ではないかと予測される。
リクとラハルがそんな推測を本人の目の前で話していると、ご想像にお任せするという言葉が返ってきたのだった。
最近はますます女性としての魅力が増しているのか、他の冒険者が一緒に依頼を受けようと誘ってくる場面も多い。
「ねえ、三人が揃ったことだし今から食事にでも行かない? 頑張った自分へのご褒美に美味しいものでも食べたい気分なの。奢ってあげるよ?」
アリーシャが銀貨の入った袋を掌の上で揺らした。
「食事……か。悪いけど、俺は受付嬢と熱い話をするために色々と準備をしないといけないんだ。今回はアリーシャとラハルの二人で楽しんできたらどうだ?」
「……そう。一緒に連れていけって言ったり、忙しいから食事は無理って言ったり、ずいぶんコロコロと意見が変わるのね。あなたは」
リクに冷たい視線を向けた後、アリーシャは温かい微笑みを浮かべてラハルへと向き直った。
「それじゃあ、今日はラハルとわたしの二人で行こっか?」
ラハルは柔らかな笑顔を崩し、少し残念そうに眉を引き下げて返答した。
「あー……その、アリーシャ。言いにくいんだけど、俺もそろそろ酒場に顔を出さないといけない時間なんだ。開店前の準備があるから」
頭に思い描いていた煌びやかな食事が遠のいたことで、アリーシャは明らかにテンションを下げていく。
「そう、なんだ。でも仕事なら仕方ないよね」
「よかったら、久しぶりにウチの酒場に来てみないか? 美味しい酒には自信があるし、料理だってそこらの店に負けないものを出せるよ。料金も格安にしとくからさ」
「うーん、それもいいかも」
「あ! ラハルお前! この前、俺には迷惑代とか言って普通より高い料金を請求したくせに!」
「……そうだ。もしかすると、今日もリクがビンタされる姿を目撃できるかもしれないよ?」
「よし、決めた! それでいこう」
「お前らな……」
このような微笑ましい三人の仲はずっと続くかと思われた――
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
――しばしの月日が流れ。
「帝都に行くだって!? いきなりどうしたっていうんだ?」
興奮して声を上げたのは、酒場の棚に陳列されている瓶を並べ直しているラハルだった。
客用のイスに座っているのはリクとアリーシャであり、大事な話があると言ったアリーシャのため、開店前の酒場で三人が顔を合わせている状態だ。
「落ち着けよ、ラハル。話は最後まで聞こうじゃないか」
「あ、ああ。すまない」
「……わたしね、帝都にあるフルブライト家で生まれたの」
「フルブライト家っていえば……俺でも知ってる名門貴族じゃないか」
「そっか。ラハルは元貴族だって言ってたもんね。たしかに名門なのかもしれないけど、わたしは正式なフルブライト家の娘ってわけじゃないの」
テーブルに肘をつき、頬を乗せた状態のアリーシャはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「フルブライト家の当主様と、その奥様の間にはなかなか子供ができなかったらしいの。わたしの母親はフルブライト家で働くメイドだったんだけど、真面目で明るい人だから、色々と悩んでいた当主様の話を聞いていたそうよ。そうしてしばらくして……母親がわたしを身籠ったの」
「悩みを相談しているうちに……ってことか」
リクの言葉に、アリーシャは素直に頷く。
「奥様もそのことについては何も言わなかったらしいわ。だから、わたしは無事に生まれることができた。いっそのこと、わたしを当主様と奥様の子供として育てるという話も出ていたそうよ」
しかし、そうはならなかった。
「その後すぐに奥様が待望の子供を授かったから、わたしを正式な後継ぎにするという話は綺麗さっぱり無くなったの。でも、突然捨てられたとかいうわけじゃなくて、ちゃんとした教育を受けさせてもらったから、感謝してるわ」
歳も近かったため、当主とその妻の本当の子供――エルザとは、姉妹のように育てられた。
ただ、エルザは身体が弱く、外で元気よく遊ぶアリーシャとは正反対のタイプだったという。
転機が訪れたのは、二人がずいぶんと大きくなってからだ。
フルブライト家の令嬢を、近いうちに皇帝の側室に迎え入れるという通達があったのだ。
側室とはいえ皇帝との繋がりを得ることで、フルブライト家のさらなる発展が期待できる。
そう考えた当主が側室候補に選んだのは、当然ながらエルザだった。
アリーシャとしても、実子であるエルザが選ばれることはわかっていたし、そこに不満はなかった。
「そういうことか。でも、アリーシャはなぜ冒険者になったんだ? 別に家を追い出されたわけじゃないんだろ」
ラハルの問いに、アリーシャはわずかに表情を曇らせた。
「エルザはわたしのことを実の姉のように思っていたから、身体も丈夫なわたしが嫁ぐべきだと辞退しようとしたのよ。育ててもらった恩もあるし、それ以上事を荒立てたくなかったから、わたしと母親は家を出たっていうわけ。ずっと養ってもらうわけにもいかないから、ちょうどよかったのかもしれないわね」
そこでアリーシャは、リクに向かって弓を引くような真似をしてみせる。
「幸いなことに、弓の腕前は師事した先生にも負けないぐらいだったから猟師にでもなろうと思ったんだけど、せっかくだから困ってる人を助けるような仕事をしてみたいじゃない?」
「安直だな。それで冒険者か?」
「あら、リク。初めて出会ったときにはスモールゴブリンから助けてあげた記憶があるんだけど。わたしの勘違いかしら」
「……」
その言葉に黙ってしまったリクは、話の続きを促すようにグラスに注がれた酒を飲み干した。
「わたしなりに今の暮らしに満足していたんだけど、こないだ当主様から手紙が届いたのよ。エルザが側室になってから体調を壊してしまったらしくて、それに、ちょっと困ったことになっているみたい」
「「困ったこと?」」
話を聞いていた二人の声が重なり、アリーシャはちびりと酒で唇を湿らせた。
「エルザとは仲が良かったから、あの子、皇帝に色々とわたしのことを話したらしいの。自分より器量が良いとか、明るくて元気とか……とにかく褒めちぎったそうよ」
「まあ、本当のことだな。それに頭もわりといい」
「アリーシャは明るいから、一緒にいると元気をもらえる気がするよ」
リクとラハルの言葉に、珍しく照れたように頬を赤くしたアリーシャは、
「ちょっとリク! わりとってどういうことよ」
と返すのが精一杯だった。
「と、とにかく! それで皇帝がわたしに興味を持ったそうなのよ。一度会ってみたいとか当主様に連絡があったんだって。断るわけにもいかないし、できればわたしに戻ってきてくれないかって手紙に書いてあったの」
とりあえず一区切りまで話を終えたことで、開店前の酒場がシンと静まりかえった。
「それは……また、ずいぶんとスケールの大きい話だな」
「皇帝が、アリーシャを……?」