軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20話【潜むモノ】

ディノが生み出した魔物は、一言でいうなら厄介であった。

攻撃力、防御力だけで考えるなら少々手強い魔物程度であるが、動きが機敏で、与えられた命令だけを忠実に実行しようと対象に襲いかかってくるからだ。

加えて、生命力が異常といえる。下手に斬ろうものなら、分断した身体が別々に再生して二体の魔物になってしまうのだ。急所を貫こうにも、様々な魔物が混ざり合ったような身体のどこが急所なのか判断しづらい。

「調子に……のんな!」

団長の剣が魔物の身体を縦横無尽に駆け抜け、細切れになった肉片がボトボトと地面へと転がっていく。

「ふぅ、これならさすがに再生できない……みたいだな」

急所がどこにあるかわからないのなら、まとめて斬ってしまえばいい。

もしくは……

「ちょっ……こいつらしぶとい! レン、練習中のアレやるよ」

「あいあい! レイ姉と手をつなぐってのはなんだか恥ずかしい気もするけど」

「黙りな!」

双子姉弟が互いの手を取り、掌から放たれるのは炎と水の相反する色合いである。燃え盛るような紅緋と、澄んだ湖のごとき蒼が溶け合い、不思議な輝きを放った。

「「 蒼炎雪華(そうえんせっか) !!」」

二人の掛け声とともに、放たれた蒼炎の輝きは敵の身体を呑み込み、しだいに雪のように白く染まったかと思うと、最後に爆散することで白い花びらが舞うかのように火花が撒き散らされる。さしもの生命力の強い魔物も、枯れ果てた姿となって地面へと横たわっていた。

「へっ、やるなぁ」

双子の新技に対しての感想を述べた団長は、周囲の状況を窺う。

セシルの槍は半ばから折れてしまっているが……大丈夫そうだ。大型の槍が刃物から鈍器に変わることで押し潰された魔物の悲鳴が上がっている。

シャニアとベルガも心配ない。というか、不運にもあの二人に襲いかかろうとした魔物はベルガが一瞬で肉塊に変えていた。

「問題なのは――」

我を忘れたように、魔族に突っ込んでいったリムだ。冷静に観察すれば、あんな攻撃はあと数秒だってもたないことは誰にだってわかる。殴られるままになっているディノは、おそらく彼女の体力が尽きた瞬間に動くだろう。

出会ってからそう時間は経っていないが、団長もあの魔族の歪んだ性格をなんとなく掴めてきた。

「っていうか……あいつは何やってんだよ」

本来であれば、彼女を止めてあげるべき少年――セイジは、魔族が新たに生み出した魔物に身体を絞め上げられている。

「ったく! こっちだって、そう余裕があるわけじゃないぞ」

ディノが生み出した魔物は、数匹倒した程度では勢いが衰えないのだ。助けに行こうにも、それを防ぐようにわらわらと集まってくる。

「団長、わたしは今まで団のために頑張ってきたつもりです」

「ん? いきなりどうした」

隣にいたミレイが、団長に声をかけた。

彼女が団を支えてくれていた頑張りなど、団長はとっくに知っている。

荒事には積極的でなかったものの、団の運営資金のやり繰り、非戦闘員の逃走ルートの確保、孤児の受け入れ先の候補探しなど、世話になった内容は多岐にわたる。

「だから、一つだけわたしの我儘を聞いてください」

昔からの長い付き合いだとは言わない。記憶を失った彼女を拾ったのは、そう遠い過去ではない。

それでも、彼女が何を言わんとしているのか、団長には聞かずともわかってしまった。

「……死ぬなよ。これは団長命令だ」

「我儘に我儘で返すのは、団長として失格ですよ」

くすりと笑ったミレイの言葉に、心中で『違いない』とつぶやいた団長は、すぐさまディノに向かって一直線に駆けた。

ギィッと奇怪な鳴き声を上げ、三匹同時に襲いかかってくる魔物の姿を捉えて剣を構える。最初の一匹の攻撃が命中しそうになった瞬間、団長の身体が幻のように掻き消えた。

「――っし!」

刹那、小さく息を吐くと同時に魔物の背後に姿を見せた団長が、一匹を細切れにする。

「ギ……ギギャァァァ」

すぐさま二匹目にも剣を突き刺すことで地面へと縫い付けるが、三匹目が団長の足に喰らいついた。

「痛ってぇ……な!」

噛み付いている魔物ごと自らの足を木に叩きつけたところで、わずかだがディノまでの道が開ける。これでいい。合図などは、必要ない。

団長の背中を踏み台にして、ミレイは魔族のもとへ疾駆する。すでに獣人の少女は力尽きる寸前であり、ディノの身体が異形のものへと変化し始めていた。

(――間に合え)

なぜ、ミレイは目の前の少女を助けようとしているのか、それは本人にもわからない。

リムという少女が自分の娘だと言われても、まったく思い出せないために実感が湧かないのだ。冷たいようであるが、赤の他人のために命を張れる人間などそうはいない。恋人などという特別な間柄においても、そんなことができる人間は限られるだろう。

ではなぜ、今の自分は危険を承知で魔族に突っ込んでいくのか?

一秒にも満たない刹那において、ミレイは驚くほど冷静に自分を見つめていた。

だが、考えても答えなど出ない。

強いて言うならば……そうしなければならないと思ったからだ。昨晩の少女の希望に満ちた呼びかけに対して、沈黙で答えるしかなかった自分は、どうしようもない苛立ちを覚えた。理由もないのに心がざわつくというのが、あんなにも気持ちの悪いことだとは思わなかった。

ただ、今は違う。

死ぬかもしれないというのに、気分が晴れ晴れとしている。

結果論かもしれないが、そう、この行動はきっと自分のなかにおいて正しかったのだ。

(もう少しで――手が届く)

変形を終えたディノの前で、リムが最後の一撃を繰り出した。速度も威力も半減している攻撃とも呼べぬ拳だ。化け物が大顎をグバァッと開いていく。

だが、少女は見た。

目の前に映るのは、化け物の姿などではなく、自分を助けに飛び込んで来てくれた母親の姿だ。

喉は枯れ、ろくに声も出ないが、リムは安らかな笑みを浮かべた。

(落ち着け……焦っちゃダメ。大丈夫、間に合う)

ミレイは半ば意識を失っているリムの手を掴み、強引に自分へと引き寄せた。逃がさんとばかりに伸ばしてくる魔族の腕をかいくぐり、あとは全力で後方へ跳躍すればひとまず危険は回避できる。

「……なんちゃって」

「な、にっ?!」

何かに強く縛り付けられる感覚。

ミレイは一瞬何が起こったのか理解できず、視線を自分の身体へと落とした。

「い……と?」

目をこらすと、極細の糸が身体中に絡みついている。振り払おうとしても余計に絡まるだけで、まるで蜘蛛の糸のようだ。いや、もしかすると最初からこれが目的だったのか。

ディノを睨みつけようとしたミレイは、その表情を見て……ゾッとした。

化け物の姿形をしているのに、感情が容易に読み取れる。赤い眼は三日月のように細くなり、愉悦の笑みを浮かべていた。

母親と娘を同時に喰うという、この瞬間を前にして。

――化け物の口が閉じようとしていた。

何重もの列を成すノコギリ状の歯は、二人をまとめて引き裂くことだろう。

(団長……すみませんが、命令は守れそうにないです。せめて……この娘だけでも助けてあげることができれば良かったんですが――)

ミレイは静かに瞼を閉じた。

おそらく、もう開ける機会は訪れない。

「ふっっっっざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

獣耳の鼓膜を破らんばかりの大声を上げたのは、誰か。

怒りの咆哮は、本当に、すぐ傍で聞こえた気がした。

◆◆◆◇◇◇◆◆◆

自分の身体ごと焼き払い、怯んだ魔物を両断。

一刻の猶予もない眼前の状況を見て、自分でも何を叫んでいるのかわからないままに駆ける。

ミレイさんが作ったほんの一瞬の時間を、無駄にはしない。

手に掴んでいるのは、今さっき両断した魔物だ。

そいつを、馬鹿みたいに開けているディノの顎に捻じ込んでやった。

「が……ぁ?」

「……悪食野郎が、そんなに腹が減ってるんなら、自分の肉でも喰ってろよ」

元々あいつの腕が変形した魔物だったから、間違ってはいないだろう。

グヂャリ……と咀嚼する音が響き、ディノの腕がぶくぶくと膨れながら元に戻っていく。

「……そうかい、ならお言葉に甘えさせてもらうぜ」

ええっ、ちょ、やだぁ……本当に喰っちゃったよ……この人。

ってか、腕の再生速いなオイ。

「あな、たは――」

かすれていくミレイさんの言葉を遮るように蜘蛛の糸を断ち切り、二人を救出して双剣を構え直す。

「ライム、この二人のことを頼む」

『はい、任せてください』

「おーおー、選手交代か? 残念だよなぁ……せっかくの勇姿を大切なあの子に見せてあげられなくてよぉ」

「いやぁ、憎い魔族が、寝てる間に他の人に倒されちゃうのはショックでしょうね」

挑発には、挑発を返してやる。俺だって、いい加減こいつにイラついてきた。

ゴキゴキッと関節が外れるような不気味な音が響き、ディノの身体がまたもや変異していく。

今までの口ばかりが大きい不格好な姿ではなく、後ろ脚が異常に肥大した四足歩行獣形態といったところか。

「くく……こっからはお遊びはなしだ」

「遊びで人様にこんなに迷惑かけるなよ、馬鹿野郎」

「…………」

「……」

そんな言葉の応酬が、戦闘開始の合図。

膨れ上がった後ろ脚から発せられる運動エネルギーは莫大であり、ディノの巨大な四肢獣の身体を弾丸のように飛ばすことを可能とした。

肉迫するだけで巨体が駆け抜ける風圧で吹き飛んでしまいそうであるが、見切れない速さではない。風圧を受けにくいように身体を斜に構え、最小限の動きで相手の攻撃を回避すると同時に――全力の剣撃を六発叩き込んだ。

双剣から繰り出される連撃は、まともにキマれば爆発的な攻撃力を生む。

いかな化け物といえど、深々と体内に侵入した異物が内臓を破壊していけばダメージを受けるはずだ。

「が……ぁ」

続けざまに雷蛇を剣に纏わせ、紫電の光がジジヂヂヂヂヂと産声を上げた。

剣を振り上げ、上空から最上段に構えて一気に振り下ろす。

――《 雷蛇豪破斬(ボアブレイク) !!》

紫電の奔流に身を裂かれ、雷蛇が肉を焦がす臭いが辺りに立ち込めた。普通の生命体であればすでに活動を停止していることだろう。

だが、さすがは極大スキル保持者。ぶすぶすと煙を上げつつも、ディノの身体はすでに自己再生が始まっていた。あの再生の速さは異常だ。俺がすぐに調子に乗ってしまうのと同じぐらいに速いんじゃないだろうか。

「く、はは、てめえ……マジで人間かよ? 規格外にも程があるだろ」

楽しそうなようで、なにより。

さて、こいつを倒すにはどうすればいいんだろう。《暴食》のスキルを奪うことができればいいのだが、シャニアと同じく《 盗賊の眼(ライオットアイズ) 》でステータスを確認できないため、《 盗賊の神技(ライオットグラスパー) 》も無効化される可能性が高い。

俺が今まで集めてきた剣術スキルなどを利用した攻撃は有効だから、極大スキルによる直接的な干渉だけが弾かれるのだろう。

だとすれば、相手の心臓や脳といった重要器官を破壊すれば倒せるか? いや、身体を自由に変形させられることを考えると、重要器官があるべき場所にないことも考慮すべきだ。

「なあ……いいことを教えてやろうか? ここに来るまでの間に俺はお前を捜すため、何人かの人間の命を奪ったんだよ。記憶ってのは一番の有益な情報だからな」

下卑た声は嗤いを含み、真っ赤な舌が汚らしい唾液を落としながらくねくねと動いている。

「俺が喰った相手のなかに、いないといいけどなぁ――お前の親しい”友人”が」

そんな言葉に、この遺跡をホームにすることを許可してくれた小さな領主の顔が脳裏に浮かんだ。理知的な蒼い瞳に眼鏡をかけ、書類とにらみ合いながら、一生懸命に街の発展に貢献しようとする少女。

いや……いやいやいや、嘘だろ。

「お前、まさか……」

「……くく、肉の味も最高だったぜ」

「おまえぇぇぇぇぇぇっ!!」

怒りの衝動が頭を支配し、反射的にディノへと飛びかかった。

「《 銀翼の弾丸(フェザーバレット) 》!」

片腕を銀色の翼へと変形させたディノが一振りすると、無数の羽根が弾丸のように襲ってくる。急所めがけて飛んでくる羽根を双剣で弾き落としたが、何発か被弾してしまう。

軽い羽根のように見えて、その衝撃は鉛弾のように重たい。

「馬鹿が、真正面から突っ込んで――」

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

――が、そんな痛みなど、知ったことか。

羽根が刺さったままの腕で袋から白魔水晶を取り出し、六色の煌きを剣に宿した。

相手の言葉など最後まで聞かず、敵に放つまでの刹那で、可能な限りチャージスキルによる威力増強を図る。

急所がどこにあるのかわからないのなら、それでもかまわない。

――全部まとめて……潰す!

――――《 多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ) !!》

今のところ俺が扱える技で最も強力な一撃は、一瞬だけ視界を真っ白に染めたあと、轟音とともに化け物の身体を吹き飛ばす。

千切れた肉片は消し飛び、白煙が晴れると、地面には数メートル以上もの半円球の陥没が形成されていた。

だが……それでも、ディノの身体はまだ原型を保っている。

「ぐ……ぶ、化け物が。誰を想像したのか知らねえが、安心しろよ。俺が喰ったのは、たぶんお前にとってどうでもいい連中ばかりだ」

なん……だ、と?

「くく、ホッとしたって顔してるな。自分に関係ないやつは、いくら死んでもかまわねえってわけだ。そういうとこ、わりと好きだぜ」

いや、そこまで思ってませんけど。ちなみに俺はわりとお前が嫌いです。

「なんで、わざわざそれを?」

「いや、なに……本気で面白くなってきたからな。つまんねえ挑発なんていらな――ぐ……ぁ、がぁぁぁ――やめ、ろ! こんなときに……出てくん、な!」

……え、なに? なんなの? 今度はなに?

呻きながら頭を抱えるディノは、自分の身体をグニャグニャと奇妙に変形させながら、何かに抗うようにしている。

「いまさらお前が……なん、の用だっ! ふざけんな、俺は、俺のやりたいように、させて、もら――」

言葉はそこで途切れ、ディノの身体がビクンと跳ねるように反応してから動きを止めた。

何を思ったのか、ふたたび身体は化け物のような外見から人型の魔族のものへと変化していく。

さっきよりだいぶ身体が縮んでいるような気もするが、とにかく油断するべきでないと判断した俺は、相手から視線を外さずに数瞬の時を刻んだ。

「――やあ……”初めまして”」

「な……に?」

人型となったディノから発せられたのは『挨拶』という平凡なものだったが、時と場所を考えると異様と言わざるを得ない。

丁寧な口調も、なんだか先程までと別人のようで気持ちが悪い。

そして最も印象的だったのは、無機質でおよそ感情が宿っていないかのような、くすんだ 紅玉石(ルビー) の瞳だった。