軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

22話 王子の宣戦布告と最強の看板娘たち

「……俺たちは高額な依頼を受けて、頼まれただけなんだ。——ブスマン伯爵家に」

「そこ、大事なのでもう一回言ってください。はっきりとした声で」

「ブ、ブスマン伯爵家が俺たちを雇ったんだ」

「私、リナリー・フォルジアを陥れるためにですね?」

「詳しくはわからねえ。だが、嫌がらせの指示を受けたのは確かだ」

「誰が指示を出しました?」

「そ、それは……執事のジードって爺さんだ。俺たちはその爺さんから前金を受け取って……」

「なるほど〜」

ボイスレコーダーに録音されたゴロツキの自白に、心の中で小さくガッツポーズをした。

私は腕を組み、冷たい床にエビ固めの姿勢で転がっている男たちを見下ろした。

しかし、アレジオ本人が直接命令を下したわけではなく、執事を間に挟んでいる辺りがなんとも小賢しい。

これでは、アレジオがやったという直接的な証拠にはならないだろう。

執事が勝手にやったことだ、とトカゲの尻尾切りをされてしまえばそれまで。

……けれど、これで十分かな。

アレジオを今すぐ追い詰めることはできなくても、ブスマン家が裏で汚い手を使っている……という決定的な証拠を手に入れたことには変わりない。

この音声データは、来るべき夜会や、いざという時のための『特大の弱み』として大切に保存しておこう。

「フィロー様。彼らから聞きたいことは、もう全部聞けました」

「そうだね。それじゃあ、解放してあげようか」

私がハサミを使って彼らを縛り上げていた結束バンドをバチン、バチンと切り裂くと、男たちは「あだだだ……」「足の感覚がねえ……」と呻きながら、這うようにして立ち上がった。

そんな彼らに対し、フィロー様が一歩前に出る。

普段の温和で優しい彼からは想像もつかないような冷え切った、けれど絶対的な威厳に満ちた声が夜の店内に響く。

「ジードという男に伝えるんだ。次にこの店に手を出せば、今度は王家が正式な敵として動く……とね」

その言葉に含まれた重圧に、男たちはヒッと喉を鳴らした。

第三王子から直接の宣戦布告なんて恐ろしい。

ただのゴロツキである彼らからすれば、文字通り命がいくつあっても足りない宣告だもん。

「わわわ、わかった! もう二度と近づかねえ! 約束する!」

「俺たちはなにも見てねえ! 失礼しましたぁっ!」

彼らは転がるようにして店の外へ飛び出し、持ってきたゴミ箱も放り捨てたまま、夜の闇の中へ蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「……ふぅ。これで当分、嫌がらせはないだろうね」

フィロー様がいつもの柔らかい笑顔に戻り、私に向き直る。

「フィロー様のおかげで助かりました。一人だったら、絶対に証拠なんて掴めませんでした。それから、さっきの王家が動くって……すごく頼もしかったです!」

「ふふ、本当のことだよ。頑張る人を傷つけようとする奴らは、僕が許さない」

さらっとイケメン発言を繰り出すフィロー様に、私は心臓を跳ねさせながら、深く頭を下げた。

翌日からの数日間、ついにオープンに向けた最終準備へと突入した。

まず着手したのはご近所への挨拶回り。

異世界においても、いや、異世界だからこそ、商売における近隣住民との関係性は極めて重要だと思う。

前世の記憶を持つ私としては、ここで得体の知れない店ができたと警戒されるよりも、感じの良い礼儀正しいお嬢さんがやっている店という好印象を抱かせておくべきと判断した。

それは、アレジオからの根も葉もないデマや悪評を防ぐための、最強の防波堤にもなるからだ。

「というわけで、手土産を持っていきましょう」

「手土産って……これかい?」

手伝いに来てくれていたフィロー様が、カウンターに積み上がった箱を見て目を丸くする。

ポイントでお取り寄せした、日本のデパ地下洋菓子セットだ。

色鮮やかで美しい包装紙に包まれた箱の中には、バターの香りが濃厚なマドレーヌや、サクサクのクッキーが、一つ一つ丁寧に個包装されて詰まっている。

「ええ。飲食店ですし、食べ物で胃袋を掴むのが効果的かなって」

私はフィロー様と共に、近所の商店や民家を一軒一軒回る。

「来週からあちらで飲食店を開かせていただく、リナリーと申します。工事の音などでご迷惑をおかけしたかもしれませんが、どうぞよろしくお願いいたします。これ、ほんの気持ちの焼き菓子です」

最初は、貴族のお嬢ちゃんがこんな町外れで何の真似だ? と訝しげな顔をしていた近所の頑固そうな金物屋の親父さんも、美しい包装紙に目を奪われ、その場でクッキーを一口食べた瞬間に顔色を変えた。

「なんだこの焼き菓子は!? サクサクで、口の中で甘い香りがとろけるじゃねえか! 王城の御用達か!?」

「ふふ、私の故郷の味なんです。お店でも美味しい料理を出すので、ぜひ来てくださいね」

仕立て屋の奥様も、八百屋の店主も、口を揃えて大絶賛してくれた。

それどころか、こんな美味しい物をありがとうと感謝まで。

はい、感謝ポイントもいただきました!

たった一日で近隣の胃袋と心を完全に掌握してしまうとは、現代の製菓技術、恐るべしだよ。

挨拶回りを終えた私は、次に最高のスタッフの確保に動いた。

私一人で調理から配膳までこなすのは物理的に不可能だ。そこで、まずは一番頼りになる親友に声をかけた。

「ロリナ、私のお店でバイトしてみません? 時給は2000リルでどうでしょう?」

「いいわ、やってあげる。友達だしね」

「大好きですよ〜!」

「ちょ、やめなさいよぉ」

私が抱きつくと、ロリナは嫌そうと嬉しそうが混ざったような顔をした。

さらに、ロリナの伝手や町の掲示板を利用して、身元のしっかりした平民の娘さんを三人——ミリア、カーラ、エナ——雇い入れることに成功。

彼女たちをオープン前の店舗に集め、私は用意していたアイテムを取り出した。

「みんな、今日からよろしくです。まずは制服に着替えてもらいます」

「制服、ですか……?」

みんなが首を傾げる中、カフェ風のアンティークワンピースと、白いフリルエプロンのセットを手渡す。

この世界で飲食店で働く平民の服といえば、麻布のくすんだ貫頭衣のようなものが普通だ。

しかし私が用意したのは、深いネイビーブルーの生地に、純白のレースがあしらわれた、現代のメイド服とカフェエプロンを融合させたような洗練されたデザイン。

奥の部屋で着替えてきた彼女たちが姿を現した瞬間、店内がパァッと華やかになった。

「きゃあああ! この制服、すっごく可愛いっ!」

「こんな綺麗な服、お祭りでも着たことないです……! 本当に私たちが着ていいんですか!?」

ミリアやカーラが、自分のスカートの裾を摘んでくるくると回りながら大興奮している。

ロリナに至っては、この服のためならタダ働きでもいいかも……とまで言い出す始末だ。

ロリナって、可愛い服とか好きそうだよね。

「みんな、すごく似合ってますね。うちの自慢の看板娘たちですよ!」

制服の力は偉大だ。

可愛い子たちがより可愛く映る。

しかも可愛い服を着ることで、彼女たちのモチベーションを爆発的に跳ね上げてくれる。

「服に着替えたら次は研修ですよ。私の店では、料理の味はもちろんだけど、接客を一番大切にします」

私は黒板の前に立ち、前世の記憶をフル活用して現代流の接客マニュアルを叩き込んだ。

「お客様が来店されたら、まずは笑顔で『いらっしゃいませ!』と元気に声をかけること。注文を取る時は目を見て、料理を出す時は『お待たせいたしました』と添えてくださいね」

「ええっ? そんなに丁寧に?」

「はい。この世界の飲食店は無愛想なところが多いです。だからこそ、私たちがとびっきりの笑顔で迎えます。スマイルはタダですし、出し惜しみしないでくださいね!」

手本として、私が全力スマイルを披露する。

初めは戸惑っていた彼女たちだったが、何度か練習を繰り返すうちに、見違えるように明るく元気な声が出るようになった。

研修の後は、待ちに待った試食会だ。

私が業務用ガスコンロに火を入れ、大きいフライパンでソース焼きそばを作り、油で棒刺し唐揚げを揚げる。

店内は暴力的なまでに食欲をそそる匂いに包まれた。

さらに、氷をたっぷり入れた微炭酸レモネードを添える。

「さあ、召し上がれ」

「いただきまーす! ……んんっ!? な、なんですかこの麺! 味が濃くて、すっごく美味しい!」

「お肉もサクサクで、中から熱い肉汁が……! あっつ! なのに美味しい!」

「このシュワシュワのお水、魔法の霊薬みたいです! お腹がいっぱいなのに止まりません!」

現代のB級フードの旨味と刺激に脳を焼かれ、娘たちはあっという間に皿を空にしてしまった。

ウエイトレスが味を知っているって私は大事だと思う。

美味しいとわかっていれば、自信を持ってお客さんに料理をお勧めできるから。

一方、裏庭には大きな変化があった。

アルミラ専用の超巨大なお立ち台(食事スペース)が完成したのだ。

主にフィロー様と配下の方が作ってくれた。

防腐処理を施した頑丈な丸太を組み上げた特等席で、アルミラがそこから顔を出すと、ちょうど店のカウンター越しに注文ができるようになっている。

看板ドラゴンとしての威圧感と存在感は、王都のどの店にも負けないはずだ。

アルミラにも、当日来るように伝えておかなきゃ。

そして、オープン前日の夕暮れ時。

ピカピカに磨き上げられた店内、仕込みが完了した大量の食材、そして完璧に仕上がったスタッフたちもいる。

私は制服姿のロリナ、ミリア、カーラ、エナの四人と一緒に、店の中心で円陣を組んだ。

「みんな、明日ですよ。準備はいいですか?」

「「「はいっ!」」」

彼女たちの元気な声が重なる。不安な顔をしている者は一人もいない。

鍛え上げられた戦士の顔にすら見えてきた。

私は入り口のドアにかけられた『ダークドラゴンが立ち寄る料理店』という看板を見上げ、自信に満ちた笑みを浮かべる。

「明日は、王都の歴史に残る日にしましょう。……私たちの手で、王都の胃袋、全部いただきましょう!」

いよいよ明日、私の城がオープンする。

アレジオへの反撃の狼煙は、この圧倒的な大繁盛から始まるのだ。