軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17話 特大の感謝いただきました

カーテンの隙間から差し込む朝光が、なぜかいつもより鮮やかに見えた。

目覚めて真っ先に思い出したのは、昨日机に叩きつけたあの金貨の重みと、借金取りの男の驚いた顔だった。

枕元に置いた魔法袋には、残り八百万リルの自由が詰まっている。

心なしか……使い古したオンボロベッドのギシリという軋みさえ、心地よい音楽のように聞こえる。

着替えて登校する。

校門をくぐると、生徒たちの噂話が聞こえてきた。

「ねえ、聞いた? 昨日の訓練、アレジオ様が……」

「しっ、本人の耳に入るわよ」

すれ違う生徒たちのヒソヒソ話。

私はそれをBGM代わりに聞き流し、治療室の扉の前に立った。

中からは聞き慣れた、そして今やひどく滑稽で傲慢な声が漏れてきている。

「——いいかい、あれはドラゴンの卑劣な精神魔法による強制仮死状態だ! 僕は敢えて無防備を晒すことで、奴の隙を誘っていた。でもドラゴンの奴、それに気づいて逃げ去った」

……プッ。

私はこみ上げる笑いを殺し、表情筋を『心配そうな婚約者』に固定すると、静かに扉を開けた。

そこには、ベッドの上で顔を真っ赤にして取り巻きに熱弁を振るうアレジオの姿があった。

これに付き合わされる人たちが可哀想すぎる。

「ごきげんよう、アレジオ様。ずいぶんと……元気そうな戦術解説ですね!」

「リ、リナリー! 遅いぞ! 婚約者の僕が命懸けでドラゴンを退けたというのに、君はどこで油断していたんだ!」

私はポケットの中で指を動かし、隠し持ったICレコーダーのスイッチを入れた。

この妄言の全てが、彼の首を絞める鎖になる。

「大変失礼しました。まさかあの気絶が作戦だったなんて……。白目の剥き方がすごすぎて、演技とは気づきませんでした」

「だ、だろう? 僕は演技の訓練も受けたこともあるからね」

「アレジオ様にしかできない捨て身の奥義ですね。疑った私が馬鹿でした」

「そうだ。リナリーは頭が良くないんだから、物事の道理なんてなにもわからない。君は一生、僕の後ろを黙ってついてこればいい」

「はい、こんな顔でついていきます」

逃げ道となるドアを開け、私は白目を剥き出しにしながら振り返る。

「なっ……! 待てリナリーィ!」

完熟トマトかってほど真っ赤になったアレジオを放置し、私は優雅に一礼して退室した。

廊下に出ると、待っていたロリナが心配そうに私を見る。

「あんた、大丈夫? あんな奴、放っておけばいいのに」

「いいんですよ、ロリナ。気絶伯爵は放っておいて、教室にいきましょう」

気絶伯爵と首を傾げていたロリナの背中を押し、階段を上っていく。

教室にいく途中、生徒たちが壁の掲示板を見て盛り上がっていた。

なんだろう?

「あれはね、二ヶ月後の夜会の話で盛り上がってるのよ」

「そういえば有名でしたね。この学院の夜会は」

「学院主催の『創立記念大夜会』ね。王族の方はもちろん、各家の当主……私たちの親も全員強制参加。そこで生徒の成果を披露するのよ」

二ヶ月後に、親も王族も集まる。

私の中で色んな思考が交わっていく。

大夜会か……もしかして、完璧な舞台なのでは?

もちろん、私がアレジオとの関係を断つにはという意味だ。

これまでの録音データ、そしてこれから私が築き上げる実績を叩きつけ、彼との腐れ縁を公衆の面前で断ち切る。

そのためには二つ課題がある。

まず借金の返済のメドをつけること。

結局、莫大な借金のせいでブスマン伯爵家の言いなりになっているわけだから。

アルミラとの縁をさらに深め、そして自分自身のシノギを確立しないと。

もう一つ大事なのは、婚約破棄の正当な理由だ。

契約でガチガチに縛られているので、並大抵のことでは覆せない。

アレジオがいかに婚約者として酷いかを証明する必要がある。

大夜会の婚約破棄を目標に、コツコツ積み重ねていこう!

放課後になると、私はいつもの森へと向かった。

木々の影が長く伸び、風が森の湿った匂いを運んでくる。

外でアルミラと会うときは、ここで待ち合わせることにしている。

「アルミラー! 持ってきたよ〜!」

頭上から突風が吹き下ろし、巨大な漆黒の塊が音もなく降り立った。

私は約束の特選黒毛和牛を差し出す。

アルミラはそれを一口で飲み込むと、ゴロゴロと雷のような音を喉で鳴らした。

『……ふむ。やはりお前の持ってくる物は、この世界の理から外れた味がする。もっとよこすのだ!』

「はいはい、いま焼きますよ〜」

黒毛和牛より安めのやつを取り寄せて、料理して差し出す。

アルミラは食べるのが早いので私も全力で肉を焼いていく。

ある程度満足させたら、ホールチョコケーキをデザートに出す。

『ほう、これはなんとも……! ふわふわに柔らかく、甘い中にもほんのり苦味がある。なんなのだ、これは?』

「ただのチョコケーキだよ。アルミラって舌がかなり繊細だよね」

『うむ。甘いのも辛いのも酸っぱいのも好きだぞ。お前の出す物は、特に好きだ』

真顔で言うので、私はフフと笑みを零す。

ここで、アルミラが尻尾をゆっくりと振ったのだが、その動きがどこかぎこちない。

首を傾げ、大きな角の付け根辺りを前脚で気にしている。

「どうしたの? 怪我?」

『いや、昨日のサイクロプス、そこそこ重かったからな。運んでいる最中に、この辺りがこう、ガチガチに固まってしまったのだ』

ドラゴンでも肩が凝るのか、と私は驚いた。

だが、あんな巨体を運んだのだ。

筋肉痛や凝りがあっても不思議じゃないよね。

私は彼の鱗に触れてみた。岩のように冷たく、そして鉄のように硬い。

なんとかしてあげたいけど、普通の按摩なんて蚊に刺された程度にしか感じないだろう。

「……ちょっと待って。いいものがあるかも」

私は商品を検索する。

人間のマッサージ機では話にならない。

私が選んだのは、工事現場用の『大型電動ハンマードリル』——そのレンタル品だ。

バッテリー式を選んだ。

数千ポイントを支払い、手元に実体化させる。

「えいっ」

ドン、と地面に置かれた鉄の塊にアルミラが眉をひそめた。

「これ、人間が使うと地面を砕く機械なんだけど。試してみる?」

『ほう。余の鱗を貫けるかな?』

私はスイッチを入れた。

ガガガガガガッ!!

森の空気が震え、私の腕に凄まじい衝撃が伝わる。

私はそれをアルミラの、最も凝っているという翼の付け根に押し当てた。

『——ファッ!?』

アルミラの巨躯がビクンと跳ねた。

ドダダダダダダッ!! という重低音が森に響き渡った。

人間がやれば粉砕骨折は免れないが、アルミラは当然頑強さが桁違いだ。

『おおぉ! これだ! この、芯に響く衝撃……! そこだ、もっと右だリナリー!』

巨大な漆黒ドラゴンが、温泉に浸かったおっさんのような声を漏らした。

ドリルが鱗の上で踊るたび、アルミラの目がトロンと蕩けていく。

『はぁぁ……余は今まで、自分の鱗をこれほど心地よく震わせたものに出会ったことがない……。感謝するぞ、リナリー!』

チャリーン♪

感謝ポイント 125000P

桁違いの数字に、私は一瞬目を疑った。

バグかと思ったが、総ポイントがちゃんと12万5000P増えていた。

人間が一回に感謝できる限界値は5000P。

それも最高で、それだ。

アルミラの感謝は最高レベルにはほど遠いのに、軽く10万オーバー。

人間ではないから、限界値がまったく異なるの?

人間より遥かに強大な存在なので不思議ではないけど、それにしてもすごい数字だ。

「ねえ、アルミラ。出会ってから初めて、感謝してくれたよね?」

『ン? そうかもな』

アルミラから感謝ポイントが入ったのは今回が初めてだ。

「なんで、ご飯じゃ感謝してくれないのよ」

『それは等価交換だろう。お前はご飯を作る。余は運んでやったり、魔物を届けてやったりする』

言われてみれば、そうだ。

最初の出会いだって、私は自分の命の代わりにご飯を差しだした。

でも今回は違う。

別軸で、困っていたアルミラを助けた。

だから感謝しているんだ。

しかも肩こりでこれってことは、本気の感謝だったら……?

ということは、アルミラの困りごとは積極的に助けるのがいい。

それと同時に、私の頭の中でパズルのピースがカチリとはまった。

この世界にはない、未知の刺激と至福の味。

ドラゴンだってこれほど喜ぶんだから、人間だって同じはずだ。

これをパッケージ化して特権階級に売りつければ、かなりの商売になるよね。

手元には八百万を超える軍資金。

そして目の前には、世界最強の『お得意様』兼『用心棒』がいる。

「二ヶ月後……いける。アレジオを倒せるかも!」

振動するハンマードリルを握りしめ、私は夕闇に沈む森の中で高笑いした。