作品タイトル不明
1話 婚約者は今日も酷い
「王族の方々は知力に優れ、また武術にも長ける方々なんだ。君の家とは格が違うんだよ」
これってモラハラだよなぁ。
私、リナリー・フォルジアは目を細めながら、婚約者であるアレジオの言葉を聞き流す。
王家主催の夜会は華々しく、集まる人たちも気品があって素晴らしい。
でも彼の言動のせいで、私の気持ちは深く沈む。
「まあ、でも君は容姿が良く生まれてきただけで幸運だよ。知能はしょうがない。遺伝も大きいから。あ、遺伝って意味わかる?」
はい、モラハラ。
私は目を逸らして反応しない。
するとアレジオも飽きたのか、別の参加者に視線をうつす。
「おや、ヒーカワさんも参加してるな」
その瞬間、私の肩が跳ねる。
「どうしていま、ビクッとしたんだ?」
だって……私の前世の名字に似てたから。
鼻先数センチまで顔を近づけてくるアレジオを私は押し返す。
「……肩に虫がついただけです」
「虫か……。全滅すればいいのにな、虫どもめ……」
歯ぎしりをするアレジオを尻目に、私は胸を撫で下ろす。
私の前世は、氷川梨奈。
会社員だった。
オタクの私は、マンガを大人買いする直前に事故死した。
その後神様のはからいで、数ヶ月前にリナリーに転生した。
リナリーが病死して、直後に私の魂が入った形だ。
「——聞いてるのかよリナリー? これから挨拶に行くから、僕をちゃんと立てるんだよ」
「……ええ、ヒーカワさんのところですね」
「そんな小物じゃない。殿下のところだ。二歩下がって、ついてくるように」
アレジオは殿下……第三王子であるフィロー様のもとに向かう。
胸に手を添え、話しかけられるのを待つ。
殿下はゆるふわパーマかけてるみたいな金髪で中性的な美形だ。
それでいながら嫌みなところがなく、むしろ穏やかな雰囲気を持つ。
神様、婚約者チェンジしてください!
この方と。
「あぁ、ブスマン伯爵家の……」
「アレジオと申します! こちらはフォルジア男爵家のリナリーです。婚約者になります」
私はぎこちないカーテシーを行う。
「あれ? 君、城で何回か見かけたことがあるよ」
フォルジア男爵家は、借金まみれで金がない。
そのため、出稼ぎは日常だ。
「過去最高の新入りがきたって、侍女頭が褒めてたよ! たった三分で、掃除を終えていたこともあるってさ!」
それ、掃除機レンタルして使ったんです。
私がフィロー様に褒められるのが気に食わないのか、アレジオは見えないように私の腰を小突いてきた。
僕より興味持たれてんじゃねーよ、と。
「それより殿下、聖ロマーリオ学院へのご入学、おめでとうございます。同じクラスになれるのを期待してます!」
アレジオも、その学院への入学が決まっている。
「リナリーは、何歳?」
「今年、十六になりました」
「同じじゃないか。学院に通うんだよね?」
フィロー様はアレジオを華麗にスルーして、私にばかり質問してくる。
「私は、金銭的な事情で難しいです」
「それなら、特待試験を受けてみなよ」
「リナリーが特待? アハハ! 殿下、それは無理があります。リナリーは見た目以外には取り柄がありませんから」
「……仮にも婚約者なのに、よくそういうことが言えるね」
フィロー様が軽蔑するような冷たい眼差しをしている。
これにビビったようでアレジオは一歩引いてしまう。
あの穏やかで優しそうなフィロー様にこんな顔させるなんて……。
やっぱアレジオは人をキレさせる才能がお有りになる。
「僕の魔力系統は眼力。オーラを確認できるんだけど、君には神々しい光が降り注いでいる。素敵なくらいに」
殿下は、私の手を包むように握ってくる。
神様ぁ——!
色々とありがとうございますっ。
ニヨニヨしそうになるも、隣のアレジオがピキッてるのを見て無表情に切り替える。
「逆にアレジオ君は……いや、なんでもない。リナリー、学院で会える日を楽しみにしているよ」
フィロー様は颯爽と立ち去っていく。
イケメン眼福〜と喜んでいると、隣に阿修羅像みたいな顔をする男がいる。
離れておこうと……。
移動中、新人っぽい給仕係が人とぶつかりそうになる。
彼女はバランスを崩し、持っているトレイごとお酒をこぼしそうになった。
私はそれをさりげなく支える。
跳ねた液体が、ぴちゃりと顔につく。
冷たっ。
「あっ、助かりました。ありがとうございますっ」
「どういたしまして」
チャリーン♪
感謝ポイント 50P
私にだけ見えるポイントが虚空に表示された。
神様からのギフト『感謝ポイント』
強く感謝されるほど大きく入る便利仕様なんだけど、一度の行為では一回まで。
あと人が一回に抱ける感謝は、最高でも5000Pらしい。
「お酒、顔についたよね」
私は何もないところから手鏡を出現させる。
過去に感謝ポイントで入手したものだ。
「唇、乾いてきちゃったな」
手鏡を消して(収納)、私にだけ見えるウインドウを開く。
総ポイント 32800P
転生から数ヶ月、いまのポイントだ。
リップ 150P
取り寄せて、唇にぬる。
感謝ポイントで買ったものは、劣化しない亜空間にしまえるのが超便利なんだよね。
「──こんにちは、リナリーと申します。うふふ」
自分でも気色悪い笑みを浮かべ、挨拶をして回る。
将来、アレジオと婚約破棄するときは手伝ってくだいね?
とは言わないでおこう。
さて、パーティが無事終わると、私はアレジオと帰路につく。
馬車の中という逃げられない空間なので気分は最悪だ。
「夢を見ちゃいけないよ。君が特待試験に通るなんて絶対にあり得ないから。君はコーヒー淹れの練習でもしていればいい。わかるね?」
どや顔でこっちを見てくるアレジオ。
腹立つわぁ〜。
私が無言でいると、ここぞとばかりにペラペラとモラハラを始める。
そこで私は、物を一つ取り寄せる。
ゴキブリのおもちゃ 200P
裏側の作り込みまで、妙にリアルだ。
それを手に隠し、アレジオの目を盗んで座席に置いた。
「貴族にも格ってものがあってだね、君の家は底辺というか……リナリー、聞いているのかい?」
「あの、それどころではなくて」
私は座ったまま、目線を落とす。
当然、そこにはゴキブリのオモチャが置かれてある。
アレジオは虫が死ぬほど苦手だが、中でもゴキブリは大嫌いだ。
「うぎゃぁあああああ——!!」
生まれたばかりの赤子かってほど叫びまくって逃げ出すアレジオ。
天井に頭をぶつけて反対側の席に倒れ込み、額もぶつけていた。
ぷぷ……痛いよね〜。
頭をぶつけたからか、目をパチパチさせながらも彼は訴える。
「リナリーッ、そいつを、そいつをなんとかして外に捨てるんだ!」
「やってみますわ〜(笑)」
私は素手でゴキブリを掴む。
アレジオが素手で……と驚愕している。
「きゃ、ゴキちゃんが動き回ってしまいますぅ〜」
私はポイと、アレジオにゴキブリを投げ捨てる。
「おええええええええ!? ひぃ、ひぃぃ、近づくな、くるなぁああ!」
馬車の中は狭い。
そんなことも忘れて逃げようとするから、アレジオは顔やら体やらぶつけまくる。
あーおもしろかった!
私はゴキブリを掴んで捨てるフリをして、ちゃんと保存した。
いつか、また使わせてもらおっと!