軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

村のいじめっ子とはじめてのお友達

開拓村の丸太で作られた表門のところには、もはや顔馴染みとなりました村の自警団の一員である、アンディとチャドがいつものように暇そうに立って雑談をしていました。

この門番役は自警団団員の交代制だそうですけど、なぜか私が訪れる時には高確率でこの二人組と顔を合わせることが多いです。農閑期ならともかく、農繁期らしいこの季節に働き盛りの若者が、真昼間からぶらぶら……というのも言い過ぎですけど、手持ち無沙汰に門の前で延々と雑談しているのは、ひょっとして戦力として当てにされていないのでは……? と深くツッコんではいけない考えが頭を過ぎります。

「よう! ジルじゃないか。2週間ぶりだな。なんかまた大きくなったんじゃないのか?」

「魔女さんの黒猫も一緒かい。毎回、遠いところを大変だね」

私達に気が付いた二人がお喋りをやめて、気さくに話しかけてきました。

私もフード越しに頭を下げて、

「こんにちは、アンディさん、チャドさん。いつもお世話になります」

と挨拶を交わしました。

アンディはひょろりと背の高い牧童みたいな純朴タイプで、チャドは逆にガッチリと骨太で押し出しが強そうなタイプです。また、事実その性格も見た目どおりの二人です。

ちなみにどちらも農家の三男、四男坊で独身だそうですが、村には若い娘さんがほとんどいないため、近くの町の飲み屋だか雑貨屋だかで、女主人を口説きながらお酒を飲むのが唯一の娯楽だとか、よくこぼしています。

……まあ、そのあたりの愚痴は別にどうでもいいことですが、よほど暇なのか口が軽いのか、聞いてもいない(興味もない)個人情報を毎回勝手に教えてくれます。お陰で、いまだに私生活や過去が謎なレジーナよりも、よほどこの二人の事情に通じるようになってしまいました。

そんなわけで今日も半ば強引に四方山話を聞かされ――内心、閉口しつつ――最終的には『結婚したいけど、相手がいない!』という、いつもの嘆き節で締めくくられ、これでやっと解放されるとほっと油断したところで、

「……まあ、ジルもあと2~3年経ったら年頃だろうから、変な相手に引っ掛からないよう気をつけるこったな。そん時になったら、お前さんの場合はいろいろ大変そうだからなぁ」

チャドからしみじみと同情するように話を振られ、ついでにいまだ太い胸の辺りに視線を感じて、狼狽した私は、思わずローブの下で胸の辺りを押さえて身を硬くしました。

「おいっ!」

アンディが珍しく強い口調でチャドを咎めます。

「――あっ。別に脅かすつもりじゃなかったんだ。スマン!」

慌てて頭を下げたチャドに向かって、私は「いえ、気にしていませんから……それでは、遅くなると師匠に怒られるので」と早口で応じて、そそくさと逃げるようにその場を後にしました。

「――ったく。無神経だぞ、あんな子供に」

「だがよォ……気になるじゃねーか、あの年であれだぞ?」

「だからってなあ……」

軽く口論する二人の声を背中に聞きながら、私は再度フードを深く被り直して、なるべく素顔や身体が露出しないよう、ローブの前をきっちり閉めました。

「……顔とかは見えていない筈なのに、やっぱり目立つものなのね」

何回も話をしているうちに、ちょっと気が緩んでいたようです。

少しぐらい痩せたところで、もともとが『 豚草(ブタクサ) 』な容貌なのですから、『 蘭の女王(カトレア) 』と謳われた実母のような、大輪の花になれるわけもありません。

今後も身の程を自覚して油断しないようにしなければ……と、改めて気持ちを引き締めて、まずはレジーナから指定された雑貨や食料品を購入するために、私は村の中へと足を進めました。

そんな私を心配するかのように、マーヤが腰の辺りに首筋を軽く擦り付けてきます。

「大丈夫よ、マーヤ。いまさら 他人(ひと) から何を言われても、傷つくほどヤワじゃないですから」

自分でも空元気だとはわかっていますが、精一杯の笑顔を浮かべてマーヤの首を撫でると、「にゃっ」と元気付けるかのように一言相槌が返ってきました。

◆◇◆◇

「えっ……と、砥石は買ったし、あとはヒヨコ豆一袋――これで全部だったと思うけど、間違いないかしら?」

顔なじみの(と言っても私はいつもフードで顔を隠していますが)お宅や商店を回って、注文の品を残らず購入し終えた私は、軽々と触手で荷物を背中に載せて運んでくれているマーヤに確認しました。

間違いないと言う様に、神妙な顔で頷くマーヤ。

「――そう。良かった、意外と早く用事が済んだわね」

まだ太陽も天頂を少し外れたくらいの時間帯です。夕方までに帰って来るよう言われていますが、今から戻れば随分と余裕がありそうです。

「……とは言っても、道草をして遊ぶところもお金もないんだけどね」

昼食も持ってきたビスケットと水筒の水で済ませましたし。

ちなみにこの世界の通貨はすべて硬貨で、基本は銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨で遣り取りされています(まあ、かなり混ぜ物が入っている感じですが)。物価が地球と違うので一概に幾らとは言えませんが、だいたい町の宿屋で一泊するのに銀貨3~5枚必要だそうなので、銀貨1枚で1000円くらいでしょうか?

銅貨15枚=半銀貨。2半銀貨=1銀貨。15銀貨=半金貨。2半金貨=金貨。

あと通貨基準はこんな感じですので、一般庶民は主に銅貨と銀貨で商取引を行い、金貨なんて一生お目にかからず終わる……なんてのも田舎だと珍しくもないそうです。まあ、 貴族(シルティアーナ) だった当時、自分で買い物なんてしたことがないので、私も金貨の実物なんて前世・現世を通じて見たことがありませんが。

軽く肩をすくめ、マーヤを促して森へ戻ろうとしたのですが、マーヤはなぜか地面に根を生やしたかのように佇んで、一点をじっと見詰めています。その視線の先には、村の中でも一際大きな――村の集会場も兼ねていますので――村長のお屋敷がありました。

「ああ。そうね、村長さんのところへご挨拶に伺わないといけなかったわね。ごめんねマーヤ、余計な手間を取らせて」

『気にするな』という風に、マーヤが尻尾を跳ね上げ、私を先導して屋敷の方へと歩き始めました。

◆◇◆◇

「それでは魔物避けを30個――これは畑の周りを囲う大型のものですね。それと個人用の魔除の鈴が10個。あとは食中りの薬ですね?」

「ええ、毎年夏になるとどうにも病人が増えますので」

人の良さそうな村長さんが憂い顔でため息を付きました。

「夏場は物が腐りやすいですから充分に注意されたほうがよろしいかと。なるべく作り置きはしないで、あとは調理器具の熱湯消毒と、料理する方も常にお湯で手洗いをすれば、かなり改善されると思います」

ついそんな助言が口から出てしまいました。

「ほう。それも森の賢者様のお知恵ですか?」

村長さんが目を丸くしてフード越しに私の顔を、まじまじと見直します。ちなみに『森の賢者様』というのは、この村での 師匠(レジーナ) の尊称です(ほとんど『森の魔女』で通っていますけれど)。

「……ええ、まあ、そうです」

嘘つきました。どうか、レジーナにバレませんようにっ!

「なるほどっ。良いことを聞きました。早速、村の皆に教えて周知させます」

力強く頷く村長さんを前に、俯いたフードの下でガクブルの私です。

いえ、間違ったことは言ってはいません。いないんですけど……ですけど! バレたらどんな言葉攻めが待っていることでしょうか?!

「そういえばジル殿はこの後、なにか用事がおありでしょうか?」

「いえ、今日はもう用事も済みましたので……」

「ほう。ならば少し村の中を見て回ってはいかがですかな? まあ、なにもない村ですが」

そう言われてみれば、買い物以外で村の中を歩いたことがないことに気付きました。

「幸いうちにはエレンという同い年の娘が居るので、エレンに案内させましょう」

考え込んだ私の沈黙を肯定と受け取ったのか、村長さんがさくさくと話を進めてしまいました。

待つほどなく、栗色の髪を顎の下で切りそろえた小柄な少女が、呼ばれてやって来ました。同い年だというけれど、ちょっと私より年下に見える活発そうな女の子です。

「エレン、こちらは森の賢者様のお弟子のジル殿だ。お前と同じ11歳だそうだから、良い友達になれるだろう。それで、ちょっとジル殿を連れて村の案内をして欲しいんだが」

その途端、エレンの表情がぱっと輝き、続いてはにかんだ笑みに変わりました。

「はじめましてジル様、エレンと申します」

「はじめまして、ジルです。――ああ、別に『様』とか敬語はいらないわ。普通に話してくれると有難いかな」

「は、はい……うん! そうよね、お友達だもんね!」

おや? なぜか気が付いたらお友達ができていたようです。

◆◇◆◇

「あそこがロックおじさんの鍛冶場。たまに爆発して危ないから、子供は近づいちゃ駄目っていわれているの。あと、あそこの境目からはダンさんの牧場になっていて、丘のところで 黒羊(アリエス) を飼ってるんだけど、たまに肉食の 偽黒羊(メラン・アリエス) が紛れ込んでいるから、近づかないほうがいいの。それとそこの小川はたまに尻子玉を食べる肉食半魚人が遡ってくるので……」

嬉々として私の手を引いて先導してくれるエレンに連れられて、村の中をあちこち案内されました。

なんでも村の中には同い年位の女の子がいないそうで、ずっと気楽に話せる親友が欲しかったそうです。

「だから、ジルと親友になれて嬉しい!」

とのこと。いえ、別に不満はありませんが、なんか私の前世を含めて、出会ってから親友になるまでの新記録を更新した気がしますね。

それと、なに気に村の日常が死と隣り合わせの気がするのは、私の杞憂でしょうか?

ちなみにマーヤは村長さんのお屋敷で待機中です。エレンがちょっと怖がったので、気を利かせて居残ってくれたのでしょう。

あと私は私で村の生活や農業のことなど聞いて――やはり肥料という概念がないようですね――問題点や改良点を説明したり(あまりピンと来ないようでしたけれど)、前世で聞いたお伽噺をアレンジして聞かせたり、逆にエレンからお姫様を守って数々の冒険をしたという『勇者ジョーイ・アランド』の冒険譚などを聞いて、お互いに時間の経つのも忘れて話し込みました。

「ねえ、ところでジルは、なんでずっとフードを被って顔を隠しているの?」

話が一区切りついたところで、エレンが不思議そうに聞いてきました。

正直、もっと早くこの質問が出るかと思ったのですが、いままで我慢していたのか、それとも気にならなかったのか……どちらにしても、なかなか大物ですねエレンは。

取りあえず私は、前もって考えていた言い訳を口にしました。

「魔女のしきたりなのよ。一人前になるまでは、みだりに人に顔を見せないことになっているの」

「へえ……そうなんだ、大変だねー」

あっさり信じるエレンでした。

と、その時私の魔力探知に、家の間に隠れるようにして、こちらを窺っている人間が複数いるのが引っ掛かりました。

(この反応は大人じゃないみたいね。子供かしら? まあ、“魔女”なんて物珍しいのかも知れないけど……)

とは言え、興味本位でコソコソ覗き見されるのは、正直あまり気持ちの良いものではありません。エレンに気付かれない内に、さり気なくその場から立ち去ろうとしたのですが、

「――おい、あれって闇の森の魔女じゃないのか?」

「違うよ、あんなに背が低くないし、第一あんな風に顔を隠していないだろう、あのおっかない魔女は」

「じゃあ誰だよ?」

「魔女の弟子だって母ちゃんが言ってたぞ」

「本当か? だったらなんであんな風に顔を隠してるんだ? 怪しいんじゃないのか?」

「魔女の仲間だろう。人間じゃないんじゃねーのか?」

好き勝手なことを言いながら、建物の間から子供の集団――全員男の子のようです――が、私達を取り囲むように現れました。

「なによ、あんたたち!? なんか用なの、ブルーノ?」

憮然と胸を張って子供達を睨め付けるエレンの視線が、一番年長らしい同い年位のいかにもヤンチャそうな――どうみてもガキ大将ですね――少年へと向けられました。

途端に及び腰になる他の子供達とは違って、ブルーノと呼ばれたその子は、見た目はいかにも虚勢を張った表情で、肩肘を張りながら口を尖らせます。

「うるせえ! お前には関係ねえだろう。用があるのはそっちの魔女だ!」

「関係あるわよ! ジルはあたしの親友なんだから!」

その宣言を聞いて微かに鼻白んだような表情を浮かべたブルーノですが、あえてエレンは無視して私の方へ詰め寄ってきました。

「おい、お前。魔女の弟子だっていうけど本当か?! なんで顔を隠してるんだ? 怪しくないなら脱いで見せろよ!」

そのまま無理やりフードを脱がせようと手を伸ばしてきます。

これはまた直球ですね。確かに余所者を警戒したがる気持ちもわからないではありませんが、もう少し遠慮や行儀作法を学んだ方がよいでしょう。初対面の相手にかける口調と行動とは思えません。

こういう我儘で世間知らずの子供は、もともとの私を見るようでどうにも我慢ができません。半分は八つ当たりだとは思いますけど、ちょっとお灸を据えることにしました。

「お断りだわ!」

ピシャリと言い切り、慌てて止めに入ろうとしたエレンを制して、ブルーノの手を取り関節を極めて、そのまま一本背負いのような感じで投げ飛ばしました。

「うわ――っ!?」

思いっ切り背中を地面に強打するブルーノ。あまりにもタイミングが良すぎて、つい素人相手に手加減なしで投げてしまいました。慌てたところで後の祭りです。

他の子たちはその光景と衝撃の音に驚いて、わっと悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げていきました。

ひょっとすると魔法だと思ったのかも知れません。

「ちょっと、大丈夫? 呼吸とか苦しくない?」

多分、受身も知らないでしょう。背中を押さえて呻き声を上げるブルーノに駆け寄った瞬間、「このっ!」涙目の彼の手が私のフードを掴んで、そのまま引き摺り下ろしました。

「「「あっ!!」」」

三者三様の驚愕の声が響き渡ります。

驚愕に目を剥く――まあ私の素顔を見たんですから当然ですね――二人の視線に堪えかねて、私は慌ててフードの端を取り返すと、乱れた髪を直して再びフードを被り、

「お願い、このことは誰にも言わないで!」

それだけを伝えて、返事を待たずにその場から小走りに立ち去りました。

呆然とした二人の視線が、正直背中に痛いです。

◆◇◆◇

「ちょっ、ちょっと待ってジル!」

「エレン……?」

悄然と肩を落として、マーヤを迎えに村長さんの屋敷へ戻る途中、エレンが追いついてきました。

隠していた私のブタクサな素顔のことで、なにか文句を言われるのかと覚悟をしたところで、

「大丈夫! あたしは絶対に黙ってるから。ブルーノが喋りそうになったら張り倒してみせるから!」

そう言って力強く私の両手を握り締めてくれました。

「本当に……?」

「勿論よ。親友の為だもん。――それに、二人だけの秘密にしていたほうが、絶対に素敵だと思うし」

なぜか頬を赤く染めて、きらきらと光る瞳で――お伽噺のお姫様の話を聞いていた時の夢見る少女の眼差しで――私の顔を覗き込むようにして、しっかりと頷いてくれます。

「……これからも私とお友達でいてくれるのかしら?」

「ええ、もう大親友よ!」

躊躇なく断言してくれるエレン。感極まって私はその場でエレンを抱き締め、お互いに変わらぬ友情を誓い合いました。

そんなわけで、この日、私は一生の親友を得たのでした。

……まあ、このゴタゴタのお陰で帰るのが大幅に遅れ、なおかつ一日の出来事を洗いざらい白状させられた上で、レジーナにこっぴどく怒られましたけれど、なおそれを補って余りある、忘れえぬ一日となったのでした。