軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

皇都への誘いと一葉の肖像画

『……そして姫が七歳になると、お日さまのように美しく、お妃さまよりずっときれいになりました。あるとき、お妃が鏡に向かって、

「鏡よ、壁の鏡

この世で一番きれいなのは誰?」

と尋ねると、鏡はこう答えました。

「ここにいる誰よりもお妃さま、あなたがきれい

でも、白雪姫はもっときれい」

お妃はびっくりして、妬ましさに黄色くなったり青くなったりしました。そのときから、白雪姫を見るたびに、心が煮えくりかえるようでした。それほど姫が憎らしかったのです。』

――『グリム童話集(53話)「白雪姫」』初版(1812年)――

◆◇◆◇

「交換留学……ですか?」

「ええ、あちらからは嫡流ではありませんが、現王の血を引く末の王子と何人かの高位貴族が帝国学院へ編入される予定です。そして代わりにこちらから僕を含めた貴族の子弟が数人、来年度から留学するという形で内示が来ています」

半ば反射的に聞き返した私の問い掛けに、飲んでいた香茶をソーサーに戻したルークが、神妙な顔つきで頷きました。――なぜか『現王の血を引く末の王子』と口にしたところで、微妙に自嘲が混じったように感じられましたけれど……。或いは私の気のせいかも知れません。

それを聞いた室内にいる他の面々の反応は様々で、給仕役として壁際に佇むモニカとエレンは「へえ……」という顔で瞬きをして、 御茶請(おちゃう) けの苺大福と豆乳プリンを黙々と頬張っていたブルーノとリーンは、ちらちらと私とルークの反応を窺い、プリュイとアシミは完全に他人事という顔で、食事の余韻を楽しみながら香茶を飲んでいました。

「それはまた……大変ですわね」

私もスタンスとしては微妙に他人事なので、表向きしかつめらしい顔で相槌を打ちながらも、内心は『 リビティウム皇国(あそこ) の王様って確か70歳を過ぎていた筈よねえ。その末の王子がまだ学生ってことは10代でしょうから、逆算すると60歳位の時の子供かしら? 権力持った老人で色ボケなんて性質が悪いわね』などと半分上の空で、そんな事を考えていましたが……これが大違いだったと知れたのは、続くルークの台詞からです。

「ええ、ですので是非、リビティウム皇国の皇都シレントにある皇立学園へ、同じ留学生としてジルにも同行していただきたくお願いにあがったのです」

真っ直ぐな視線でそう言い切るルークの言葉に、

『――はあっ?!』

刹那、室内にいたほぼ全員の頓狂な声が唱和いたしました。

なにを寝言言ってるんだこいつ?という視線が集中しますが、ルークは切羽詰った表情で私の顔を凝視するだけです。(私の主観ですが)可愛い系イケメンが必死な様子で訴えかけてくるのは反則ですわね。罪悪感が半端ないです。この様子を見る限り、どうやら冗談とか戯言の類いではないようですが……。

「……リビティウム、皇都シレント……ねえ」

私は視線だけ天井へ向けて嘆息しました。

別名『央都』とか『学問の都』と呼ばれる、リビティウム皇国シレント国の首都シレント。もともとはシルティアーナであった私が移り住む予定であった場所であり、その後の運命を180度変えた因縁の地名ですので、いまさらよりにもよって――というのが、正直な感想です。

勿論ルークに他意がないのはわかっていますし、この瞬間、強引にでも話を打ち切れば、おそらくは私には無関係の事になるでしょう。ですが友人がわざわざ帝都から単身(まあ実際は影になって護衛が居るのでしょうけど)私を訪ねて相談にきたのですから、邪険にするのも薄情というものです。

それに何より、今後も『リビティウム』関連の話題から一生逃げ回る訳にはいかないでしょう。まずは世間話程度として、これを聞いておくのも悪くはない……かな?と思いますので、取りあえず話を聞くだけは聞いておくことにしました。

とは言え……。

(――なんだか、今回は逃げられない気がするわ……ここできちんと精算しないと、どうにもならないような……。う~~ん、ついにお迎えが来たかなあ。さようなら私の安息の日々……)

いつか来ると予感がしていた死神の足音を聴いたような、暗澹たる気持ち(ちょっと言い過ぎでしょうか?)で、私は迫り来る運命の予感に身震いするのでした。

◆◇◆◇

――さて。

現在、私たちがいるのはブラントミュラー邸の20畳程の応接間になります。

アシミ以外は予期せぬお客様な訳ですが、全員が大切な友人ですので、大広間ではなく隣接するこの応接間に移動して、 矩形(くけい) (長方形)のダイニングテーブルに座り、私が腕を振るった季節の野菜や豆腐を主体とした精進料理を振舞う形になりました。

基本的に上流階級の御令嬢は手ずから料理をしたりはしないそうで、家政婦長のベアトリスは最初あまり良い顔はしなかったのですが、クリスティ女史の「ジルの料理は美味いからね。毎日でも食べたいくらいさ」という――なんですのそのプロポーズのような台詞は?――での後押しもありまして、厨房に立つことを大目に見てもらいました。

また、ブラントミュラー家の直営喫茶店『ルタンドゥテ』のメニューの考案と言う大義名分もできましたので、現在は割りと自由に厨房を使わせていただいています。

そんな訳で、今回はエルフのプリュイとアシミの二人がいるということで、動物系の食材が使えませんので、基本精進出汁で作った豆腐中心のメニューとなりましたが、幸い他の皆さんにも好評な運動後の食事会となりました。

ちなみに上座にある肘掛付きの椅子に座っているのは私一人で、背後に 家令(スチュワード) のロイスさんが控え、壁際に侍女のモニカとエレンが立っています。

この屋敷の主であるクリスティ女史は、現在定期報告の必要がありまして、帝都に滞在中ですので、男爵家として表向きの最高責任者は私ということになります。まあ、実際には実務はロイスさんが万事仕切る訳ですけれど。

それと統治官の仕事の方は、 執事(バトラー) のカーティスさんが中心になって、事務方の皆様が過不足なく行っているそうですので、こちらについてはノータッチです。

「……帝都に行くのは良いけど、ししょ……じゃなかった、お偉いさんからまた無理難題押し付けられそうだねえ。まったく、気が滅入るよ」

と、クリスティ女史がコメカミに指先を当てて呻りながら、重い足取りで出かけたのが一昨日ですので、今頃は帝都の別邸で夕食を摂っているか、書類整理でもしている頃合でしょう。

そのような訳で 女主人役(ホステス) である私がテーブルの上座――基本、貴族の食卓では椅子の配置は偶数にするのがマナーですので、テーブルの短辺に対して2脚×2が、長辺に対しては4脚×2の椅子が置かれるのが標準です。で、上座は日本もヨーロッパも異世界も同じで、入り口から一番遠い短辺席になります(今回は私一人での応対になるので椅子は1脚だけにしましたけど)――主賓である右隣にアシミ、その隣がプリュイ、対面の私から見て次席である左隣にルーク、ブルーノ、リーンが座る座る形となります。

身分的にはルークの方が上ですが、“お客様”という意味では、本来予定されていたアシミの方に軍配が挙がりますので、今回は彼の方が上座に近い席になるという訳です。このあたりの手配はロイスさんが行いました。

そんな訳で、和やかなうちに会食を済ませて、現在は食後のお茶を飲んでいるところです。

そこでふと出た話題が各自の近況で、アシミ曰くエルフの里は特に変わりなく、強いてあげればなにげに豆腐ブームが起きているとか、

「そういえば1~2ヶ月程前、森の中に隠れ住んでいた親子らしい 人間族(ビーン) が、山越えをしようとして、“妖精の道”に足を踏み入れて、案の定足を踏み外してそのまま大陸のどこぞに飛ばされたな」

程度の他愛もないお話でした。

……その親子って、もしかして行方不明になっている元北の開拓村村長じゃ?とか思いましたけど、いまさら確認のしようもないですわね。

せめて火山の火口とか、砂漠のど真ん中とかに転移していないことを祈るしかありません。

一方、ブルーノの方も元気に訓練に励んでいるそうで、リーン君ともども来年の13歳になると同時に、Eランクの冒険者として登録されるのは確実だそうです。

なお冒険者のランクはA~Fまであり、Fランクはどんな素人でもなれますが、この後、Eランクに上がれるかどうかが最初の分水嶺となり、専業の冒険者として食べていけるのはCランク以上ということらしいので、取りあえずはセミプロとして認められたというところでしょう。なお、Aランクの上にはSランクやSSランクもあるそうですが、このあたりになるとほぼ伝説の領域だそうですので、当面は堅実にCランクを目指すとのことで、きちんと足元を見ているようで安心致しました。

そして最後になりましたけれど、おもむろにルークが口を開いた話題が、今日になって急に訪問してきた理由――先の留学話へとなるわけです。

「僕としては例の件を解消したかったのですが、なかなか父も頑迷で了承してくれず、妥協案として出てきたのが、リビティウム皇国の皇立学園への3年間の交換留学です」

苦い顔でため息をつくルーク。『例の件』というのは、シルティアーナ(偽)姫との婚約話を解消する、と意気込んでいた事でしょう。けれども、流石にあのエイルマー氏も事が事ですので、二つ返事で『応』とは言わなかった……ということでしょう。まあ当然ですわね。

「13歳からの高等部への編入と言う形になりますが、どうやらあちらの姫も同じ学園に編入するようでして、おそらくなし崩しに既成事実を作ろうという魂胆でしょう……勿論、断固としてお断りする所存ですが、右も左もわからない皇都でどこまで自由が利くものか」

それはまあ、こちらから見れば 相手の本拠地(アウェー) ですからね。ましてやこちらは誠実ですけど、世間知らずの王子様。勝負は目に見えています。

「そこで父が提示してきたもうひとつの条件が、僕一人では心配なのでジルも同じく交換留学生として同行していただく、というものでした。――と言うか、既に他薦枠で教授会の了承もいただいているそうです」

「……そこが微妙に意味不明なのですけれど。――そもそも、私はまともに学校どころか、教育を受けたこともありませんが!?」

『 闇の森(テネブラエ・ネムス) 』に居る時は、レジーナにスパルタ教育を受け、現在はクリスティ女史からマンツーマンで講義を受けていますけれど、あくまで私的な学問ですので一般的な教育とはかなり乖離していると思うのですけれども。

そう言うと、ルークはきょとんとした顔で瞬きを繰り返しました。

「あの、もしかして知らないのですか? ジル……というかブラントミュラー男爵家の御令嬢は帝都学院では結構有名ですよ。肥料や魔法学の論文が、定期的にクリスティ先生経由で学院に持ち込まれて、センセーショナルな扱いを受けてます。ちょっとした有名人ですよ」

「はいいぃ?!」

思わず椅子に座ったまま跳び上がりそうになり、慌てて中腰のまま首を曲げて、泰然と微笑を浮かべている 家令(スチュワード) のロイスさんを見ると、にこやかに頷き返されました。

「はい。ご主人様はお嬢様から提出されたレポートを確認後、定期的に学院へと提出しております。ルーカス様の仰られる通り、学院の教授陣からも高い評価を得ていると聞いております」

「なんですの、それは!?」

レポートって定期的にクリスティ女史から課題を出されて、書いているあれですよね。単なる学習の進捗状況を確認するためのものだと思ってたのに、帝都の学院に回していたって……それは確かに、クリスティ女史は元学院の教授でしたけど、まさかそんな大事になっているとは思いもよりませんでした。

「うわあ……恥だわ」

個人的な日記を回し読みされていたような、羞恥感で一杯です。

「凄い! 帝都の学院でも話題になるなんて、流石はジル様です!」

私マンセーなエレンは素直に瞳を輝かせていますが、モニカとルークは感心半分同情半分というところで苦笑しています。他の4人はあまりピンと来ないようで、怪訝な表情で首を傾げていました。

「ですので、今回は父からの他薦という形で交換留学生枠に収まっていますが、仮に交換留学生とならなくても、ジルでしたら多分、特待生として学院に入学できると思います」

ルークに太鼓判を押されましたけれど、まったく嬉しくないです。

「知らないところで担ぎ上げられても、『だからどうした』ってところですわね」

私の率直な感想に何人かが「確かに」と同意を示しました。

「それに事が事ですので、私の一存では決めかねます。クリスティ様と、できればエイルマー様にもお会いして、お話ししたいところですけれど」

今回の留学のお話はあまりにも唐突で強引です。無茶があります。

だいたいなんですか、息子を翻意させたいが為に相手側へ留学させるとか、私生活が心配なので、気心の知れた私を同行させたいとか、その為に勝手に他人を推薦するとか、もう決まっちゃったとか……。まるで「友達と一緒にオーデション受けたら合格しちゃった☆ミャハ」とか言う、ふざけたアイドルじゃないですか!

いえ、そもそもあのエイルマー氏です。そんな単純な話ではなく、もっと別な思惑があるように思えて仕方がありません。

「せめて詳しい経緯を直接エイルマー氏に問い質したいところですけれど」

私の希望を聞いたルークですが、その途端、困ったような顔で目を泳がせました。

「えーと、僕としてもそうしたいのは山々なのですが……その、なんと言いますか、実は現在我が家の両親の間でちょっとしたトラブルと申しますか、些細な行き違いから離婚の危機と申しますか……身内の恥を曝すようでお恥ずかしいのですが、少々立て込んでおりまして、特にジルが顔を出すのはマズイかと思います」

「――?」

やたら奥歯にものの挟まった物言いですけれど、なぜか私にも関係があるようなニュアンスに首を捻ると、ルークはいったん目を閉じて、続いて思い切った様子で周囲の面々を眺め回しました。

「これからお話しすることは、或いはジルのプライベートに関わることかも知れませんので、できれば先に二人で話したいのですが」

その言葉に、リーン君が「あ、あのそれなら席を外します」と言って席を立ちましたけれど、他の面々は変わらず座ったまま、憮然とルークを注視するばかりです。

「構いませんわ。ここにいるのは気心の知れた友人ばかりですので、信用できますから」

軽く肩をすくめて促した私の言葉を受けて、ルークも覚悟を決めた様子で手荷物の中から、ややくすんだ革表紙の薄い本――いえ、アルバムのようなものを取り出しました。

「……これは父が若い頃に夢中になっていたとある女性の肖像画だそうなのですが、いまでも大事に仕舞っていたのを先日、母が発見して喧嘩の原因になったものです」

余所様の家庭の事情とはいえ、艶聞が関わっているということで何となく全員――特に女性陣が、興味津々たる目付きで、その渋い色合いのアルバムを注目します。

そんな中でルークが無言で表紙を捲って、更に無地の遊び紙を捲り、目当てのページを開きました。

そこにあったのは白と紫を基調とした法衣を纏った20歳位と思える女性の、写真と見紛うレベルの精密な肖像画です。

桜色がかった淡い金髪、ややきつめの碧眼、純白の雪のような真っ白の肌、ピンク色の唇、全ての造作が完璧に計算されたように形作られた、息を飲んで見とれるレベルの完璧な、生粋の美女。近寄りがたい神聖な存在でありながら、柔和な表情がそれを覆している矛盾した人物。

「「………っ!」」

私と、そして同じくその人物の正体に思い当たったのでしょう、ロイスさんが言葉を失う中、好奇心丸出しで覗き込む一同が、口々に歓声や感嘆の声をあげます。

「うわあ、綺麗な人ですねえ!」

「美人だなー。こんな人本当にいるのか?!」

「ふん。大方、画家の創作だろう」

「そうか? この余白に描いてある花は、 カトレアの花(、、、、、、) のようだが。かなり正確だぞ」

「あれ? でもこの人、どこかで見たような……」

背後から覗き込んだエレンの一言で、『言われてみれば』と席に戻ったリーン以外の全員が、虚を突かれた顔で瞬きをして、考え込んだのも一瞬、

「「「「「!!!」」」」」

まるで全員で示し合わせたかのように息を飲み、続いて弾かれたように一斉に私の顔を凝視しました。

「え?なに?」

一人付いていけないリーン君がオロオロしている中、私は冷や汗を流しながら視線を逸らせて、ワザとらしく吹けない口笛を吹く真似をするのでした。