軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 ブルーノの悩み

冒険者ギルドの研修生――その第一期生に当たる7人――が受けた、『ハンネスの 地下迷宮(ダンジョン) 』を使っての進級試験。

結果、俺とリーンの二人だけが、無事に通過できたということで、ここギルド直営の宿屋兼酒場である『鉄の風見鶏亭』に集まった冒険者の先輩や、顔馴染みの常連客、それに単なる通りすがりの酔っ払いまで混じって、ささやかながら俺達の祝宴を開いてもらった。

で、案の定と言うか途中からただの酒盛りへと変わって、「もう一人前だ!」だの「冒険者は酒が飲めないとな!」だの言われて、未成年の俺とリーンのコップにまで酒が注がれる事態となった。

まあ俺は村の祭りとかで、こっそりエールを飲んだことがあるので――あまり美味いとは思えなかったけど――勢いもあってなんとか飲めたけど、リーンの奴は一口飲んで辟易したようで、途中でさっさと部屋に戻ってしまった。

夜半近くに解放されて――と言うか、宿の親爺さんに「いつまで半人前に酒を飲ませておるかっ!」と、周りの酔っ払いどもが一喝されたお陰で――ややふらつく足で、宿屋の二階にある自分の部屋に戻ってみると、部屋の明かりがついていた。

あれ?と思ったけれど、そういえば今日からリーンと二人部屋を使うことになったのを思い出して、納得した。

これまでは大部屋に雑魚寝状態だったんだけど、今後はリーンを相方にした研修内容に変わるということで、少しだけ奮発して個室に変えたのだった。

さっさと二階の階段を登っていったので、てっきりもう寝ていると思っていたんだけど、どうやら俺が戻るまで起きていたらしい。

(……律儀な奴だよな。そこまで気を使うことないのに)

と、思いながら部屋のドアを開ける――一瞬、『ぽちゃん』と水音が聞こえた気がした。

「悪い、遅くなっ……た?」

言いかけた声が尻つぼみになる。ドアのノブに手を掛けた姿勢のまま、俺の動きが止まった。

見れば部屋の中にリーンが立っていた。素っ裸で。

足元に湯気の沸き立つタライが置いてあり、手にタオルを持っていることから、どうやらお湯で身体を拭いていたらしい。胸の辺りを洗った姿勢のまま硬直していた。

白い肌が 角燈(ランタン) の明かりに照らされて、やけに眩しく見える。タオルの下では膨らみかけの胸が、 慎(つつ) ましやかに自己主張をしていた。

視線を下に逸らすと、見慣れた遮るシロモノはなく、足の間から向こう側の壁が透けて見えている。

――ぽちゃん。

こぼれた水音が、やけに間延びして聞こえた。

湿り気を帯びた髪を垂らしたリーンは、ぽかんと口を開けて、ドアを開けた姿勢で戸口に凝固する俺を見ている。

思うに……お互いに余りの事に現状把握ができなかったのだろう。なんとなく普段の日常をなぞる様な口調で、リーンが口を開いた。

「……あ、あの。部屋に入るときはノックして、一声かける約束だよね?」

「……そうだったな。悪い」

俺はそう答えて、一度開けたドアを改めて閉じた。すると、中でお湯が跳ねる音と共に、ドタバタと動く気配がして、ガチャと鍵が掛けられる音がした。

薄暗い廊下に呆然と立ち竦みながら、深呼吸をして現状を理解する。

「どええええぇぇぇぇぇぇっ!?」

『にょえええっぇぇぇぇぇっ!!』

俺の叫びに被さるようにして、扉の向こうからも珍妙な悲鳴が聞こえてきた。

◆◇◆◇

さて、これからどうしたものかと、すっかり酔いの醒めた頭でもって、ドアの前で 呻吟(しんぎん) していると、内側から軽いノックの音がして、ゆっくりとドアの鍵が開く音がした。

着替え終わったらしいリーンがおずおずと顔を覗かせる。

「――ご、ごめん。もう大丈夫だから、入って」

「お、おう」

促されるまま再度部屋に入った俺の目には、自分のベッドに腰掛ける、普段の動きやすい服装に着替えた男装の少女――リーンと、部屋の隅に片付けられたタライが見えた。

こうしてみると少年のようにしか見えないけれど、あれが夢や見間違いでなかった証拠である。

よくよく見れば、平静を装ってるリーンの頬がやけに赤い。

「……あー、やっぱ俺、元の大部屋に戻って寝るわ」

「ま、待って、先輩! な、なんか誤解してるかもしれないから、ちゃ、ちゃんと話し合いましょう!」

取りあえず自分のベッドの脇に置いてあった着替えなどが入った 頭陀袋(ずだぶくろ) を抱えて、部屋から出ていこうとしたところで、慌てたリーンにすがり付かんばかりの勢いで止められた。

「うううっ……」

と捨てられる小犬みたいな目で見上げるリーンを見て、出て行きかけた俺は喉の奥で「くっ」と呻りながら部屋の中に取って返した。

ため息をついて、リーンと向かい合う形で、荷物を降ろしながら自分のベッドに腰を下ろす。

どうにもこいつのこの目に弱いんだよね。無視しようとしても、すげー罪悪感がこぼれるというか。結果、二人揃って最初の試験に合格できたんで、悪いことばかりじゃないと思ってたんだけど……。

なんのことはない、今になってわかった。単に俺が女に弱い――元凶は故郷の村での幼馴染との力関係が染み付いている――からだったからなんだなあ。

「……えーと、まあ、その、悪かったな」

「あ、いえ、もともと鍵を掛けていなかった僕が悪いというか……騙していたのは、僕の方なので、謝るのは僕の方だよ」

「そういや、そうなるのか。ああ、うん、でも一応謝った方が良い様な気がするんで、やっぱり……ごめん」

「わわわっ、謝らないでよ!」

お互いに何となく頭を下げあっている内に、どうにか頭が冷えたみたいで、俺はいまさらながらリーンの胸を服の上からちらりと眺めた。こうして改めて見ても、ほとんど真っ平らにしかみえないけど、これはサラシかなんかで縛ってあるんだろうか?

「あ、あんまり見ないで。なんか恥ずかしいから」

俺の視線に気が付いたんだろう、もじもじと身体を揺するリーンの態度を見て、どうにもいたたまれない気持ちになってきた。

「あと、胸は女冒険者が防具の下に付けるサポーターで押さえているんだ。サラシとかだと膨らみ始めだから痛くて……」

「そ、そうか……」

適当に話を合わせて返事をするけれど、正直自分でも何を言っているのか上の空だ。

「えーと、その……変な事聞くようだけど、趣味か?」

「ちっ、違うよ。ただ僕の住んでた村は貧しかったから、どうにかして割の良い仕事を見つけようと思って、こっちに働きに出てきたんだけど、何のツテも特技もない小娘じゃ、あまり良い仕事がなくて」

しょんぼりと身の上話をするリーン。

「そんな折に冒険者の研修生を募集していて、卒業したら即座にFランクを飛ばして、Eランク冒険者になれるって聞いたので、有り金をはたいて参加したんだ。だけど女だとわかると馬鹿にされそうだし、その……ちょっと危なそうだったから、変装してたんだよ」

なるほど、確かに冒険者には圧倒的に男が多いし、数少ない女は誰か仲間とくっ付いてるのが普通なので、子供とは言え――いや、だからこそ余計に変な奴に絡まれないように、警戒するのは当然の配慮だろう。

「――あれ? だったらなんで俺と同じ部屋になったんだ?」

実際、そのせいでいきなり初日にバレたわけだし。

「それは、まあ、折半すれば部屋代が助かるし、そ、それにブルーノ先輩なら大丈夫というか、安心できると思ったから……」

「……俺ってそんなヘタレに見えるのかあ」

なんとなく自覚があっただけに地味にショックを受けた。

「そ、そういう意味じゃなくて、仲間だって言ってくれたし、試験中も僕の面倒を見てくれたし、まあ……あのジルってお姫様に告白できないくらい、女の子にシャイなのは見てわかったし」

よほど情けない顔をしていたのか、慌ててリーンが言い訳を始めたけれど、聞けば聞くほど自分の眉根が寄って、口元がヒクつくのがわかった。

「ほっとけ。つーか、そんなことまでわかるもんなのか」

「そりゃ、見れば普通に……まあ、相手はわかってないみたいだけど。あの天然ぽいお姫様相手だと、先輩も大変だねえ」

「それって、結局、ヘタレって言われてるわけだけど」

「あ。あれ、そうかも?」

瞬きをして、そして、なんとなく楽しげにリーンが笑う。

それから憮然としている俺の顔を見て、ハッとした顔で首をすくめた。

「ご、ごめんなさい。調子に乗っちゃって。あと迷惑なら僕の方が出て行くよ。迷惑をかけてごめんなさい、先輩」

ベッドから立って頭を下げて、荷物をまとめ始めるリーン。

「いや、別に迷惑なんて思わないし、はじめての仲間だと思っていたから、俺としては一緒に居られて嬉しかったんだけど」

「ほ、本当に?! 僕のこと軽蔑しないの?」

「当たり前だろう。それどころか、男女とか関係なしに、できればこれからも組んで冒険者を目指したいくらいだけど……駄目か?」

「だ、駄目じゃないよ! 全然、オッケーだよ!」

萎れた花みたいだったリーンだけど、その途端、目に見えて生き生きと瞳を輝かせた。

とは言え、流石に男女が同じ部屋で暮らすのは問題あるよな。

「それじゃあ、どうする。ちょっと割高だけど、今後はお互いに個室をとるって事にするか?」

「――へっ? あ、いや。大丈夫だよ、ブルーノ先輩さえ良ければ、僕はこのまま同じ部屋でも問題ないよ。仲間として男女関係ないんでしょう?」

全面的に信頼した目付きで、そんなことを言ってくるリーンを前に、「いや、俺の理性が保てる自信が……」と、いまさら言い訳する訳にもいかず、「おう。勿論だ!」と頷いて、俺は表面上はにこやかに右手を出した。

「そっか。じゃあ、改めてよろしく」

「うん! よろしくね」

ひんやりと冷たくて柔らかいリーンの右手がそこに添えられて、晴れやかな笑みと共に上下に振られたのだった。

「えへへっ」

照れたように笑う彼女を前に、一瞬鼓動が早くなった俺は、早くも同室の件を早まったかもしれないと、後悔し始めていた。

「でも、良かった。女のくせに男の恰好とかしてたら、国によっては異端者とか……少なくとも、気持ち悪がられるかと思って、ドキドキしてたんだけど」

「別に男装したからって、気持ち悪いとか思わないな。ま、逆ならちょっと引くけど」

俺の素直な感想に、リーンの笑いが苦笑に変わる。

◆◇◆◇

「……あんたもホント、お約束を外さないわねえ」

「事故だよ事故」

しみじみとした幼馴染――エレンの感想に、俺は憮然と返した。

翌日、偶然町で出会った買い物中のジルとエレンに捕まって、無理やり荷物持ちをやらせられながら、俺は問われるままに事の顛末を語っていた。

驚いたことに二人ともリーンが女だって最初からわかっていたそうで、逆に「気が付かないあんたが悪い」と弾劾されたのだった。

事実、俺一人がわからなかったため、ぐうの音も出ず、黙ってにやにや笑うエレンの顔を睨むしかできなかったけど。ま、確かにこれは俺が悪いんだろう。

一方、ジルはなぜか「女装は引くわよねえ。うん、わかるわ。わかってたんだけど」と、話の途中からなぜかあらぬ方向を向いて、ブツブツ言いながらフラフラ歩いていた。

「だけど、なあ、俺だって男だぞ。何かあったらマズイと思わないか?」

「大丈夫だいじょーぶ。あんたにそんな甲斐性はないわよ」

俺の懸念はエレンに一刀両断にされた。

「――ま、逆にそれがあんたの良いところでもあるんだけどね」

笑って背中をどつかれて、危うく荷物を取り落としそうになった俺は、エレンの顔を睨み付ける。

「危ねえなあ。まったく凶暴な女だぜ」

だけど、エレンのその目が、普段と違ってどこか優しげに見えて、俺はなぜかドギマギしながら視線を逸らせて、いつものように憎まれ口を叩いた。

「あんたはもうちょっとレディーに対する配慮を覚えるべきよね。リーン君も苦労するわ」

そう口を尖らせるエレンの向こうでは、ジルが相変わらず「別に趣味じゃないし」と黄昏ている。

リーンにしろ、エレンにしろ、ジルにしろ、どーも女は訳がわからんなあと思いながら、俺はため息と共に重い荷物を改めて抱え直した。