軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

始まりの都と最期の戦い

黒騎士(シュベリノアール) の言葉に従ってやってきた、オーランシュ 辺境伯領(王国) 領都(首都) クルトゥーラ。

途中妨害工作もなく、意外なほどすんなりと到達した私たちの目の前には、内憂外患――オーランシュ王の座を狙って王子たちが内戦を行い、さらには北部から飢えた蛮族の集団が国境線を越えて略奪を繰り返し、ついでに周辺国とは一触即発の事態――とは思えないほど平和な光景が広がっていました。

「まあ、愚民どもは外の情報なんざ、興味も関係もないと思ってますからね」

「あ~、でも、商人は目端が利きますから、堅実な商人はヤバい情勢なのを察知して、さっさと商売を畳んで街を離れたか、がめつい商人は逆にこの機会にギリギリまで儲けようと、暴利をむさぼってるか。あとは逃げる伝手もない地元密着型の商人がヤケクソのバーゲンセールをしてるみたいですにゃ」

小馬鹿にした様子で「へっ」鼻で嗤うコッペリアと、商店街の様子を一瞥したシャトンが訳知り顔でウンウン頷いています。

「うわぁ、見てくださいジル様。クロツメ芋が 一籠(ひとかご) 一銀貨ですよ!」

と、エレンが雑貨屋の店先で売られていた、通常であれば二束三文で売られているクロツメ芋の値段を聞いて仰天していました。

クロツメ芋というのは、地球で言うところのジャガイモに相当するイモ類です。黒っぽい塊茎の見た目と、根が爪のように地中に広がる特徴からそう呼ばれています。

形態としては、地上部は低く這う多年草で、寒冷地で凍結を避けるため地中に栄養を貯める塊茎を形成。小粒(野生種はゴルフボール大)で、皮は黒紫、内部は白~クリーム色のでんぷん質で、これを品種改良というか、大粒のものを優先的に栽培した結果、現在は拳大の大きさが一般的。

ジャガイモ同様に春植えで秋収穫が可能で、保存性がジャガイモ並みに高いため、冬の備蓄食として寒冷地では定番だとか。

なお、ジャガイモとは種類的には全然違うらしいですけれど、痩せ地や岩場でも育ち、灌漑不要で干ばつにも強い……と、生育条件や用途が非常に似通っています。

違いは、ジャガイモよりややナッツ風味が残っているところで、黒紫の皮を剝いて、これを茹でる・焼く・揚げる・粉にしてパンや麺にするなどが一般的です。ことに穀物が育ちにくい寒冷地や高地での作物の定番で、『乾燥イモ』は、兵士の携帯食としても重宝されています。

それが通常あり得ないほど高騰しているのは、おそらくは兵士用に優先的に徴収されて、庶民向けに出回らないからでしょう。

で、そういったありきたりな商品とは対照的に、

『大安売り市』と謳って、詩集や楽器、演劇用の仮面や衣装といった娯楽用品を並べたり。

『在庫一掃祭』として、スパイス、熟成ワイン、南方の果実などの貴族・富裕層向けの食材なども特価で売られていますが、こういったものは内紛で貿易ルートが断絶し、補充不能なため、腐る前に売っぱらいたいという思惑なのでしょう。

「むむむ、貴族や富裕層が手放したらしい宝石類や美術品とかが、結構な捨て値で投げ売りされてるにゃ。金貨三枚で売られているあの絵とか、デア=アミティアなら五十倍の値段で売れるにゃ!」

ただ、全体の雰囲気は思ったよりピリピリしておらず、表面上は平穏そうなのは何よりです。こういうところで庶民のしたたかさと生活力を実感しますわね。

「ここがジルの生まれ育った都ですか……」

周囲の街並みを見渡しながら、ルークが感慨深げにしみじみと同意を求められましたけれど、

「そうだと思いますけれど、ほとんど城から出たことがないので、実際にクルトゥーラの街歩きをするのは今回が初めです」

目立たないようにフードを被ったまま、我ながら情緒も何もなく、そう正直に答えるしかありませんでした。

ブタクサだろうが何だろうが、仮にもお姫様がフラフラ街歩きするなど普通はあり得ません。護衛を付けても『未婚の令嬢が町を歩く』と言う行為が非常識というのが、一般的な感覚ですので。

「へーっ、やっぱりお姫様なんだなあ。あの町の中心にあるデッカイ建物がお城?」

目立たない格好をしているつもりですが、どことなく浮いている感じが如実な私たち一行の中で、態度も服装も雰囲気も一番不自然ではない(コッペリア曰く「ザ・庶民そのもの」な)ブルーノが、遠くに見える白亜の宮殿を指さしました。

「いえ、あれは六十年ほど前に新たに造られた、 ハルモニア宮殿(パレス・ハルモニア) です。私は宮殿ではなく、旧市街の端にある旧クルトゥーラ城で主に生活と言うか、隔離されていましたので……」

ちなみに城と宮殿は目的と機能が全然違って、城が防衛・軍事施設であり、敵の攻撃から守るために戦略的な場所(丘や山)に建てられることが多いのに対して、宮殿は王族の居住・政務・儀式の場であり、権力の象徴として優雅で広大な内装、庭園、装飾などで富と権威を示すのが目的のため防御機能はほとんどなく、快適さと美しさを優先しているという違いがあります(中には両立している宮殿や城もありますけど)。

「「「「「あ~~~………」」」」」

痛まし気な視線が集中しますけれど、 ハルモニア宮殿(パレス・ハルモニア) に行くと妃同士の鍔迫り合い。腹違いの兄弟姉妹同士の跡目争いで、常に嫉妬がもろにぶつかり合っていて常にギスギスしていましたし、顔を出せば毎回いびられましたので、不便であっても旧城にいる方がよほど気楽だった気がします。

「おそらくは場所柄や因縁を考えると、 ストラウス(セラヴィ) や 黒騎士(シュベリノアール) が待ち構えているのは、旧クルトゥーラ城の方でしょうね。実際、あちらから強力な『 魔力波動(バイブレーション) 』を感じますし」

ちなみに今回、クルトゥーラまで同行してくれたメンバーは、私の他にルーク、コッペリア、エレン、ブルーノ、シャトンといういつもの面子です。

バルトロメイは本来の持ち場であるコンスルにある『 転移門(テレポーター) 』から離れられませんし、レジーナとマーヤに関しては言わずもがな。

またヘル公女に至っては、こちらが申し訳なくなるほど平身低頭でもって、

「まこと慙愧の念に堪えぬが、敵に〈 神祖(ゴッデス) 〉がいる以上、身共では力になれぬ。上位存在である〈 神祖(ゴッデス) 〉に、我ら下位の 吸血鬼(ヴァンパイア) は制御されかねぬ……口惜しいが、身共はクルトゥーラまでは同行できぬ」

恥辱にまみれた表情で――プライドの高い彼女にとっては、血を吐く思いだったでしょう――そう言って一旦イレニアさんともども祖国へ帰りました。

「ああ、そうですね。実際、クララ様が本気だったら、あのピエロな吸血鬼野郎も『 真(ウェルス) ・ 天輪落とし(パイル・ヴァルティン) 』で斃せたんでしょうけど、近くに ヘル公女とイレニア(このふたり) がいたので、周囲の影響を抑えて、手心を加えて逃げられたわけですし」

なお、その際にコッペリアが余計な死体蹴りを忘れません。

「なっ――!? それは本当であるか! つまり結果的に身共がジル殿の足を引っぱったというわけであるか!!」

「……ええと、それはその……え~~と……はい。そうですね」

その場限りの気休めや言葉を飾るのは逆に友情に反することと判断して、私は素直に頷かざるを得ませんでした。

「ぐううううう……なんたる恥辱! なんたる屈辱!! この身共が足手まといになるとは……!」

「公女様……」

慙愧の念に堪えないヘル公女を必死にフォローするイレニアさん。

私も可能な限り言葉を重ね、最終的に、

「身共は初めて自分の限界というものを理解した。所詮は井の中の蛙であったことを痛感したのである。ならば行うべきは、より高みを目指した研鑽である」

と、妙に肩の力が抜けた表情で――心なしか少し大人びた気がします――ヘル公女はイレニアさんの駆るボーン・ドラゴンでユース大公国へ帰って行きました。

そして、 〈龍神官〉(ドラゴン・プリースト) である メレアグロス(グロス) と、 〈龍巫女〉(ドラゴン・メディウム) テオドシア(シア) のふたりもまた、再生した龍王の安否確認のために聖地巡りの旅に出ましたし、アシミやプリュイ、ノワさんたちはかなり迷っていましたが、【 闇の森(テネブラエ・ネムス) 】に残って、再度の襲撃への警戒と、続々と流入してくる難民や移住希望者の対応に当たってもらうことになりました。

幸いにして当初懸念していた周辺国の侵攻に関しては、グラウィオール帝国を筆頭とした有志による義勇軍が続々と到着して、睨みを利かせることでどうにかなった……ということで、少数精鋭によるオーランシュ辺境伯領(王国)への潜入(割と堂々と入国しましたけど)と相成ったのです。

「“精鋭”と言う割にあからさまなお荷物である、愉快な仲間が交ざってますが?」

コッペリアが横目でエレンとブルーノへ視線を動かせば、

「あたしだってジル様のために戦えるわよ! だいたいアンタよりもあたしたちの方が付き合いが長いんだからね!」

「そうだそうだ。最初の冒険の時から一緒だったんだ!!」

息の合った反論が、猛烈な勢いで二人から返ってきました。

「……まあ別にどーでもいいです。ワタシとルーカス殿下。ついでに 強欲商人(シャトン) がいれば、《五大龍王》の力を失くして弱体化した愚民モドキとその他くらい、どーにでもなるでしょうし――」

そこでコテンと小首を傾げながら、今度は私の方へ視線を巡らせるコッペリア。

「つーか、いっそ 敵のアジト(旧クルトゥーラ城) ごと外から有無を言わせず『 真(ウェルス) ・ 天輪落とし(パイル・ヴァルティン) 』で潰したら、手間がかからないんじゃないないですか、クララ様?」

私が両手で抱えている仔狼形態のフィーアを眺めながら、コッペリアが単純明快にして過激すぎる意見を、さも名案と言いたげに提案しました。

「そんな無差別破壊なんてできません! 城に勤めている無関係な第三者や、第一囚われのラナちゃんまで巻き込む危険があるでしょう!!」

即座に却下した私ですが、コッペリアはなおも不満そうに唇を尖らせます。

「いいじゃないですか。どうせこの国の人間なんて、クララ様を『ブタクサ姫』とか呼んで蔑ろにしていた連中でしょう? 物のついでに始末しても問題ないですよ。ラナポンだって、足手纏いになるくらいなら、潔く犠牲になるくらいの気概を持っているはずです。メイド魂の発露で」

極論を口にするコッペリアですが、私以外の全員が『ウンウン』頷いているところが、何気に怖いですわ。

◇ ◇ ◇ ◇

ジルたちが足元――クルトゥーラの新市街へ足を踏み入れたとの報告を受け、いきり立つアチャコに対して、主塔最上階に位置する礼拝堂の意外なほど簡素な玉座に腰かけながら、ストラウスは当然の帰結……という口調で語り掛けた。

「貴女の負けです、我が母よ。貴女の優位性は自分の存在を隠して活動していたからこそであり、たかだか百五十年程度で浅慮にも表舞台に出てきた時点で負けです。超帝国に存在が認識された時点で逃げ場はないでしょう。その短絡的な思考が貴女の限界であり、場当たり的にその場その場の感情に忠実な悪癖は、無能以前の愚行としか言いようがありません」

事実を事実として恬淡と語り掛ける 我が子(ストラウス) の辛辣な評価に、

「――な……っ!!?」

顔色を赤や青、白と目まぐるしく変えながらアチャコは絶句する。

「それな! まあ傍から見ている分には滑稽だから飽きは来なかったけどねえ」

「と懇切丁寧に教えてやっても、感情的に絶対に認めないだろうがね」

「正論ですねえ。反論のしようがなくて押し黙ったというところでしょうか?」

そんな親子のやり取りを 興味深げ(面白そう) に眺めていた、〈 道化(ジェスター) 〉〈 黒騎士(シュベリノアール) 〉そして、クルトゥーラ冒険者ギルド長であるエグモント・バウアーが、それぞれに好き勝手に合いの手を入れた。

やがて、アチャコの表情が激怒のそれに変わった。息子であるストラウスの言葉が、彼女のプライドを深く傷つけたのは明らかだった。唇を震わせ、握りしめた拳をぶら下げて立ち上がると、彼女は一言も発さず、足音を荒らげて礼拝堂を去っていった。

蒼い龍の宗教画が揺れるほどの勢いで扉が閉まる音が、ガランとした空間に響き渡る。

それを見送った〈 道化(ジェスター) 〉が、くすくすと笑いながら肩をすくめた。

「ふふん、なら最後に好きにやらせてもらうよん。終わったあとは自由さー」

そう言って、彼は奇妙なステップを踏みながら、影のように薄れて消えていった。まるで最初からそこにいなかったかのように。

次に動いたのは〈 黒騎士(シュベリノアール) 〉だった。彼は胸元から豪奢なネックレスを取り出し、どこか寂し気に視線を落とし……静かに呟いた。

「我が娘――ジルと決着をつけねばならぬ」

ストラウスが、玉座に身を置いたまま明日の天気を尋ねるような口調で問いた。

「斬れるのか、実の娘を?」

〈 黒騎士(シュベリノアール) 〉はわずかに目を細め、ネックレスを握りしめ、

「アレが妻の代わりにならないと分かった以上、もはや未練は無用。そもそもいまさら父親面する資格などないであろう。――ならば、決着はつけねばならん」

決然とした表情で彼は兜を被り直し、重い鎧の音を響かせて礼拝堂を後にする。その背中は、迷いのない戦士のそれだった。

そして去り際、ふと思いついた口調で一言。

「……ああ、それと最後の忠告だが、《 真神威剣(ヴァーサス・バニッシャー) 》は使わんほうがいいぞ。アレは切れ過ぎる。切れ過ぎて剣士としての成長も、剣禅一如としての精神性も養われん。我が娘を賭けて、ルーカス殿下と同じステージで戦いたいのなら、さっさと玩具は捨てることだ」

「留意しよう」

ストラウスの返答に何も答えず、今度こそ 黒騎士(シュベリノアール) は出て行った。

残ったエグモント・バウアーが、いつものように 単眼鏡(モノクル) 越しに抜け目のない笑みを浮かべる。

「城内には子飼いの 盗賊騎士(ラウブリッター) や 自由傭兵集団(フリー・カンパニー) が詰めかけていますので、足止めくらいにはなるでしょう。その間にわたしめは、すみやかに退散させていただきます」

「そうか。好きにしろ。――とは言え、貴様ももはやクルトゥーラ冒険者ギルド長ではいられぬだろう。これからどうするつもりだ?」

「浜の真砂は尽きぬとも 世に悪徳と欲望の種は尽きまじ――この世がある限り、どこにでも悪党の居場所はあるものですよ。それでは」

そう言い残すと、彼は素早く身を翻し、礼拝堂の隠し扉から姿を消した。周到な冒険者ギルド長らしい、実に抜け目のない逃げっぷりだった。

こうして、ストラウスは一人、礼拝堂に残された。簡素な玉座に腰を下ろしたまま、彼は静かに目を閉じる。外からは、ジルたちの足音が近づいてくる気配が、微かに感じられるのだった。